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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第二部:屍の王国編 在りし日の望郷の都
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第二八話:魔女の真意

そもそも、カトレアはパリカーに属する魔女ではなかった。シワテテオスタ王国で暗躍していたパリカーは、遥か昔に解体されているはずだからだ。

 おおよそ700年前――シワテテオスタ王国の女王、シワピピルティン12世は暗君派の残党とされ、彼女の国は新帝国軍に包囲され、一夜の内に滅亡した(・・・・)

 シワテテオスタ王国という国は、現代の地図上に存在しないのである。繰り返されるネア・セリニの祭日は、玉響の起こした奇跡ともいえる望郷の残影だった。

 

 あの日に抱いた栄華を語り継ぎたい。多くの国民が命を落とした滅亡の日に、彼らは同じ走馬灯を見た。そして亡国の古都に残されたものは、永遠に続く祝杯の日に酔う亡霊たちの楽園であった。

 シワテテオスタ王国に生者はいない。カトレアが使役するアポピスに魂を奪われ、彼女らに襲われた男は白骨化したのではなく、もとより死した国民である骸骨が自分の魂をまとい、生前の姿を偽って動く亡霊だったというだけだ。

 ゆえに、玉響に集う亡霊の記憶と未練を写し取り、まるで鏡のように投影したこの国は、まごうことない屍の王国(・・・・)なのである。


「東の大陸、トリミニエオスにある魔術学院はご存じッスか?」

「ああ、それなりにはな。各界に優秀な人材を輩出した学院だ、名前くらいは聞いたことがある。俺は生まれも育ちも放浪者だから、通ったことはないがな。それに、生きるために必要な知識くらいは、独学でなんとかできる」

「いやあ、熟練の放浪者は言うことが違うッスね」


 おどけるように笑うカトレアだったが、彼女はレンズの輝く眼鏡を外し、いつかの学生生活に思いを馳せるように、憂いげな表情をした。


「自分には友達がいたんッスよ。それも、かなり優秀な生徒だったッスね」

「おいおい、俺はお前の昔話を聞きに来たんじゃないぞ?」

「わかってるッスよ。でも、重要な事なんで聞いてください」

「仕方ないな、手短に頼むぞ?」


 彼女の昔話と魔女団が、どう関わっているのだろう。

 フェレスは悪態を吐きつつも、カトレアの話を遮ろうとはしない。


「その子、占術に興味があったんッスよ。それで深く調べていく内に、シワテテオスタ王国にいたとされる、流星の魔女団に惹かれていきました」

「それが、お前の魔女団が王国に辿り着いた理由か」


 シワテテオスタ王国の建国者である妊婦、後にシワピピルティン一世と呼ばれる女性が率いたのが、流星の魔女団だったのだ。

 流星の魔女団は占いに精通していたという。戦を行うのならば、まず占いを実行して吉日を見計らい、戦争に応じたという徹底ぶりだ。

 王国の占いは的中率が高く、国が甚大な被害を受けることはなかったという。王国が滅亡した日も、敗戦であることを理解しつつ、恩義のあった亡き暗君への顔を立て、滅びを受け入れたともされる。

 一説によれば、最期の女王であるシワピピルティン12世は、暗君に恋心を抱いていたという伝承も残るくらいだ。


 なんにせよ、女王が魔女団の指導者に会ったのだから、シワテテオスタが建国された日より、パリカーは命運を国とともにする定めにあった。

 その類の文献を読み込み、カトレアの友人は王国の秘密に辿りついたのだろう。

 だが、そこから彼女らは袂を分かつことになったそうだ。


「最初は2人で結成した魔女団だったんッスけどね。自分が情けないばっかりに、友人とは仲違いしちゃったんッスよ」

「ここに来たのが原因か?」

「まあ、想像通りッスよ? 自分は地縛霊のようになった王国民の救済を願ったんッスけど、友人はこれこそ神秘の体現だと譲らなかったんッスよ。人間不審な感じの子だったんで、占いしか眼中になかったんッスよね」

「降霊系の占い結果が、現状維持だったわけだな」


 もし仮に、カトレアの友人が玉響の力を借り、亡国の行き先を占ったとすれば、当たり前の結果だった。ここで忘れてはならないのが、玉響は王国民の未練に呼応し、生まれた意識体ということだ。

 ならば、自分の国を壊した方がいいと占うはずがないだろう。いくら占いに精通した国に残された遺物だとしても、それを理解した上で占ったのだろうか。

 なんとも疑わしい、盲目的に占いに惑わされる典型だった。


「それで、お前が記者をやっていた理由は?」

「単純ッスよ、世界を飛び回って、この悲劇に終わりを告げられる人物を見つけたかった。それが――」

「俺だったわけだな。確かに、可能性がないわけじゃない」


 フェレスの呪術弾を玉響に撃ち込み、そこに停滞する意志をなくしてしまえば、永劫の祭日に囚われた亡国の民は、ようやく新天地に旅立てるだろう。

 それこそがカトレアが組織した魔女団、〝暁の魔女団(ヘオース・ウィッカ)〟の目的である。苦しむ者に手を差し伸べるという理念を掲げた魔女団だ。

 彼女の下に集まった者たちも、社会的に不利な立場にある女性たちだった。


「まあ、これは自分の過去にけじめをつけるための、団長の我儘みたいなもんなんで、他のメンバーを巻き込むのも気が引けるんッスけどね」


 たはは、と照れるように頭をかくカトレアに、魔女団の重鎮らしい女性が声を掛ける。山ヤギの角に大きな両翼を持つ彼女は、聖堂の女司祭だった。

 女司祭はユリアを引き連れ、カトレアをフォローする。


「私たちは教祖様に救われた身です。この命、貴女のために消費するのも、やぶさかではありません」

「話は聞かせてもらったぞお。魔女団とはいえ、やっていることは否定すべき内容ではなかったわ。今の教団は信仰の自由に口を出さない主義だから、貴女たち非人道的な手段に乗り出さない限り、一方的な弾圧はしないことを誓うわ」

「教団力天使のお墨付きッスか? 自分らとしては、公に活動を認められたわけで嬉しいんッスけど、本職に差し支えなくなるんで」


 肩の荷が下りたように、カトレアは脱力していく。

 カトレアを慕う女司祭だが、王国で魔女団として活動するにあたり、彼女は偽の女司祭役を演じただけで、実際の神官ではないようだった。

 カトレアの仲間が祝祭の日に紛れこんだのは、偵察隊を送り込むことで、王国の近況をしっかりと把握するためだろう。

 基本的には同じ日の繰り返しなのだが、僅かな変化が玉響を乱すかもしれないという危険性を考慮し、カトレアは用心深く動いていたらしい。


「やっぱり表の仕事があった方が、何かと動きやすいッスよね――独立して軌道に乗れば、魔女団の活動範囲も広げられるわ」

「ああ、新聞記者のことか。あの野心はは本当だったんだな」

「当たり前ッスよ。自分以外のメンバーも、傭兵会社所属や放浪者の仲介屋会員だったりするんッスよ」

「そういうことか。負傷した会員の件もあるだろうが、仲介屋が人員不足な理由がわかったよ。こっちに人を取られてたんだな」


 少数とはいえ、魔女団に会員を奪われた万年人手不足の仲介屋は、さぞ大変なことになっただろう。事務員の苦労が容易に想像できた。

 独立した自分と魔女団の未来を思い浮かべ、ふふ、とカトレアは企むように笑うが、ふと彼女はある少女の話題を振ってくる。


「そういえば、あの死魔族の子とはどこで会ったんッスか?」

「エルデリカ鍾乳洞だ。俺じゃなく、三珠が見つけたんだがな」


 そこまで言って、フェレスは鍾乳洞にあった棺の間を思い出す。魔女団の所属者らしい遺体が床に転がっていたが、彼女らはカトレアの配下だったのだろうか。

 とてもそうは思えない。魔女団の団員を家族のように思う彼女ならば、仲間を切り捨てるような真似はしないだろう。と、フェレスは考え、


「そう言えば、エルデリカ鍾乳洞に棺の部屋があったんだが、カトレアに心当たりはないか? どんな些細なことでもいい」

「そうッスね、自分らも見つけたッスよ。かなり殺風景だったッスよね」

「殺風景? いやいや、儀式跡みたいだったろ? 女の死体も多かった」

「何の話ッスか? そんな棺の間じゃなかったッスよ?」

「いや、カトレアの方こそちゃんと見たのか?」


 んん? とフェレスとカトレアの会話がかみ合わず、両者ともに首を捻る。

 しばし沈黙し、カトレアはあっさりと聞き流すと、彼女はフェレスの手を引き、玉響の真下に連れて行く。どうも彼女には急ぎたい理由があるようだった。


『夜明けが訪れた時、古き屍たちは凱旋がいせんする』


 そうやって口遊んだのはカトレアだった。彼女がエルデフィース港で占い師に告げられたのが、その予言であった。ただの占いを恐れるなんて、と人はフェレスに忠告するだろうが、経験上、占いを馬鹿にするものじゃない。逃れられない運命を知ることになる。

 空間を歪めて輝く玉響を歪め、待機していたアディンがオーブの中核に指を差す。


「あれの効力をなくせばいいのかもね」


 光輝く玉響の中心部に、その宝玉はあった。王国に伝わる遺物の類だろうが、それが国民たちの未練を停滞、もしくは凝縮しているのかもしれない。

 フェレスは呪術弾を銃剣のシリンダーに入れ込み、玉響の中心に座する宝玉に狙いを定め、設置型魔術により照準補正を緩和する。だが、フェレスはすぐに引き金を引かず、カトレアに再び質問する。


「もう一度聞くが、お前の目的は俺をここに連れてくることだったんだよな?」

「そうッスよ。あれを破壊できそうな、呪術の持ち主がいるという情報を手に入れて、尾行までしたんッスから」

「じゃあなんで、蜘蛛やら死人やらを差し向けた。こっちは死ぬかと思ったぞ?」

「いったい、何の話ッスか? ――って、まさか!」


 思い当たる節があったのか、ポカーンとしたカトレアは、はっと目を見開いて真面目に驚く。

 その反応からして、亡霊を作り上げたのは彼女ではないようだが、それでは誰がフェレスらにちょっかいをかけたというのだろう。

 フェレスが銃剣を下ろし、一旦情報を整理するため、カトレアに意見を聞こうとした――まさに、その矢先の出来事だった。


「大変、大変だよ!」

「どうしたんだよ、ネエちゃん。そんな慌てまくっちまって」

「焦るよ! ボクらの予想に反して、厄介な侵入者が入って来たんだよ!」

「侵入者? おいらたちじゃなかったのか?」

「違う、むしろ君らは占い通りに招き入れたんだ。だから、侵入者は君たちじゃない。レイスだよ、レイスの群れが地下に入ってきたんだ!」


 地下礼拝堂に黒装束の少女が飛び込み、彼女は狼狽えて言う。

 さっきまでは呑気だったロークが、悪霊の名を聞いただけで震え上がる。少女の乱入により、地下礼拝堂に集まった一同は騒然となった。

 やがて少女の報告通り、地下礼拝堂にはフードで着飾った亡霊が押し寄せる。 

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