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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第二部:屍の王国編 在りし日の望郷の都
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第二七話:聖堂の地下

 聖堂の地下には大理石の柱が並び、タイルのような石壁が延々と続く。

 壁の突出し燭台には松明の代わりに、夜光石をくくり付けた差し棒が固定され、発光する石が聖堂の地下室の光源になっていた。

 壁にはぬめりとした湿り気があり、天井から水滴の粒が浮かんでいるのは、この地下空間が水路の近くにあるからなのだろう。


 ふと、こちらに向かってくる2つの足音が聞こえた。フェレスが大理石の柱を背にして隠れると、地下室の入口に向かう2人組が現れる。

 フード付きの黒装束に身を包んだ2人の声は高い。性別は女性で間違いないだろう。女の1人が愚痴を溢すように、聞き上手な相方に語りかける。


「それでさ、入り口が開いたって本当かな?」

「団長の使い魔が侵入者を察知したんだから、疑いようがないでしょう。もしかすれば昨日、貴女の作った物を買い上げた子たちかもしれませんね」

「ボクが仲間たちのために作ったバングルだったのに、ほんと嫌になっちゃうよ。あの女狐の顔を思い出すだけで腹立たしい!」


 背が低い方の女が憎まれ口を叩く。相当に悔しかったのだろう。強く拳を握りしめた彼女の額には、青筋が立っていると想像する。

 背の高い女の方は、直情的な連れにうんざりするように、ため息を吐く。


「実際、団長は何故、あの人たちを王国に招いたのでしょう」

「さあね、ボクにわかるわけないじゃん。頭の出来は良くないし」

「それもそうですね。あっさり値切られたようですし」

「う、うるさいな! それとこれとは関係ないだろ!?」


 黒装束の女どもは立ち止まり、言い合いを繰り返す。気づかれてしまったのかと、内心はひやひやしたフェレスだったが、そうではなかったらしい。

 透明化の薬を服用したのだ。自分がヘマをやらかさなければ、彼女らがフェレスを目視することはできず、そう簡単に気づかれることもないだろう。


「とにかく、サバトの役者は揃いました。ここで部外者に邪魔されるわけにはいきません。警戒は厳しくするべきでしょう」

「まったく、あんなのボクらだけでなんとかできるっていうのに……」

「仕方ありません。運命の導きなのですから」


 黒装束の女たちは再び歩き出し、フェレスは2人の女の背を目で追った。変装したカトレアと同じ衣装を着た彼女らは、魔女団の関係者に相違ない。

 彼女らの口ぶりからして、王国で何かしらの儀式が行われているのは明らかだった。王国の異変も、彼女らの所属する魔女団の仕業なのかもしれない。

 そう、フェレスが断言できないのも、未だにカトレアの真意に疑問符が浮かぶからだ。自分らが暗躍する王国に、わざわざ敵対者を呼び込む理由が見当たらない。

 それに関しては、魔女団の構成員らしき彼女らも納得していないようだった。


「全員、いるか?」

「ええ、はぐれてはいないわ」

「おいらも大丈夫だぜ? この姿にも慣れてきたな」


 フェレスが小声で語りかけ、ユリアとロークが無事を伝えてくる。


「いよいよ、魔女団の本拠地といった様子だね」

「ああ、何があるかわからない。気を引き締めていくぞ」


 ようやく仕事が果たせるというふうに、アディンが靴で地面を軽く突き、フェレスは彼に応えるように床をタップし、2人は小さな靴音を頼りにお互いの距離感を計り合うと、再び地下室の奥を目指す。



       ◇



 辿り着いた先には、聖堂地下の大祭壇があった。天井からは大きなシャンデリアが垂れ下がり、ドームのような半円形の造りだ。

 地下礼拝堂にも女神像があったが、それは秩序の番人とされるアリスィアではなく、もっと別の信仰対象だった。その名もドゥルジ・ナス――不義と偽りに塗り固められた不浄の女神だった。

 死を穢れではなく、神聖なる旅立ちと捉えたシワテテオスタ王国の民により、独自の宗教観からドゥルジという死に群がるハエの女神ぐうぞうが誕生した。


 不浄の女神を拝むため、中央の主祭壇がある壇上を囲うように、五段に分けた教徒の席がある。

 つなぎ目のないベンチが、ぐるっと一周したみたいな石造りの参拝者席で、そこは黒装束に身を包んだ魔女どもの姿で埋め尽くされる。


「集会への参列、感謝するッスよ? 今日が占いに出た約束の日ッスからね」

「教祖様、前置きは構いません。皆、覚悟をしてきたのですから」

「いいんッスか? 大切な人がいるのなら、帰っても構わないんッスよ?」

「私たちに残してきたものがあるとでも?」

「そうッスね――私たちは捨てられた女だもの」


 地下礼拝堂の壇上に立ち、演説をし始めた女性は、カトレア・ホルステッジだった。教祖様と呼ばれる彼女が、この密会サバトの主催者なのだろう。

 まさか、彼女が魔女団のリーダーだったとは、灯台下暗しもいいとこだ。


 カトレアが演説する主祭壇の直上には、眩い光を放つ巨大なオーブがある。人の魂、つまりは願望が凝縮された光球は、玉響たまゆらとも呼ばれた。

 玉響は肉体を失った多くの人の感情が混ざり合い、偶発的に発生する現象であるとされ、一種の神の願望器(システム)に昇華するという。

 特に多くの人間が一斉に死ぬような災厄、もしくは戦争などの人災が激しかった地に現れるとされ、我の強い人間たちの意識をつなぎ止め、この世に停滞させ続ける古代遺産オーパーツや、太古の儀式などの関連性が疑われている。

 だが、詳しい事情は研究者の間でも判明していない。


 唯一、玉響が発生した土地には奇跡が起こる、という言い伝えが残るくらいだ。一説には魔素化した意識の集合体とも言われ、玉響を野放しにしておけば、天災の引き金になるという話もあり、得体の知れない思念体なのは間違いない。

 一般的には危険とされる玉響を敬愛し、その恩恵に感謝するみたいに、礼拝堂に集まった魔女らは巨大な光球へと両手をかざした。

 崇拝者たちの思いに答えるように、いっそう眩しく玉響は発光し、魔女どもの体に力を分け与えるように、渦を巻いた光の筋が伸びる。

 彼女らの目的は、最終段階を迎えていたのかもしれなかった。


「これはまずいかもしれないな」

「ぎりぎり間に合うかどうか、といったところだね。どうする、フェレス?」

「決まってるだろ? 俺たちに気付いてないみたいだし、横槍を入れるのにはもってこいだ。正々堂々とオーブを壊しに来たなんて、宣言する必要はないよな?」

「相変わらず、君は卑怯な上に下種だね。まあ、僕も嫌いじゃないよ。他人が必死に守ろうとするものを壊すのは気持ちがいい」

「お前も人のこと言えないな。ド畜生じゃないか」


 地下礼拝堂に並ぶ参拝者の座席から距離を取り、カトレアの演説に集中する魔女らの隙を突いて、フェレスとアディンは壁伝いに移動する。

 視覚の認識から外れた2人は、アディンが魔術により無臭の焦げ跡を壁に刻み、フェレスは壁に這った黒い線を頼りに、彼との距離を測る。

 地下礼拝堂にシャンデリアがあってよかった。礼拝堂の隅には影が作られ、アディンが壁に付けた黒い焦げ跡を目立たなくしてくれている。

 

 「何をするつもりなの?」と尋ねてきたユリアは、不可解な顔をしていただろうが、2人は彼女のように英雄気質も、ましては正義感も強くはない。

 そこに危険があるのならば、なによりも早く先手を打つ。たとえ姑息な手段だとしても、正面突破のリスクを考えれば、不意打ちの方が安全だ。


「ねえ、何か物音が聞こえなかった?」

「そう? 気のせいじゃない?」


 魔女の1人が反応し、フェレスの心臓は鼓動を速めたが、彼女は「そっか」と納得したところで、胸を撫で下ろす 鈍感な娘でよかった。長居は無用、アディンも頃合いだと判断したようだ。


「用意はいいか、フェレス?」

「ああ。攻撃した瞬間に、全力で転進するぞ」


 フェレスは火と風、そして光の魔術弾を銃剣のシリンダーに、2発ずつ弾丸を入れ込み、自分の持つ最大出力の複合魔術を組み上げる。

 一方のアディンも魔術の威力を高めたようで、2人は「せーの」と掛け声を合わせ、高威力の魔術を玉響へと放出した。

 

 フェレスの放ったのは火炎の渦を巻く光弾。それはアディンの発動させた黒炎とぶつかり合い、礼拝堂に輝く玉響に着弾する。どこからともなく、不意に玉響へと撃ち込まれた魔術に、礼拝堂に参列した魔女らは騒然とし、その混乱に乗じて2人は逃走を謀った。

 だが、2人の魔術により吹き荒れるはずだった熱風の余波はなく、地下空間を震わせるような爆音も上がらない。2人は自分たちの放った魔術が、玉響に吸収される様を見て、思わず地下礼拝堂の入り口で足を止めてしまう。


「おい、何やってんだよ! アンちゃんら、逃げるんじゃなかったのか!?」


 ロークに叫ばれるが、奇襲は失敗に終わった。玉響が健在だったことで、魔女団が団結を取り戻すまでは素早かった。まるで、あらかじめ不測の事態を予期していたかのように――


「ようやく来たか。ならば歓迎してやらねばな」


 シャー、と高らかに吠えたのは、鱗が赤く腹部が白い大蛇だった。

 カトレアの使い魔、アポピスである。姿が見えないと思えば、大蛇の魔獣は地下礼拝堂の天井に張り付き、視覚の認識を阻害する魔術を使っていたようなのだ。

 見事にオウム返しされたのである。大蛇の鳴き声は、霊薬の効果を解除する波動となり、魔女らは侵入者の4人を取り囲む。


 最悪だ。無益な殺傷行為はしたくなかったが、相手に抗戦の意志があるのならば、フェレスらも身を守るために戦わなければいけない。

 アディンの実力を考慮すれば、魔女団が束になっても彼には勝てない。ゆえに、フェレスが心配しているのは自分たちではなく、魔女団の面々だった。

 ユリアにしても、「やるのであれば受けて立つわ」と拳を掲げ、既に魔女団の動きを警戒していた。

 彼女のリーチに入ろうものならば、すぐさま鋼鉄の制裁を受けることになるだろう。魔女団の数が勝っていても、個人戦力の差がありすぎる。

 

 血迷わないでくれよ、と願いつつ、フェレスは銃剣を構えた。が、魔女団の面々には、もとより敵意がなかったようだ。むしろ彼女らはフェレスらを歓迎するように、仲間同士で手を取り合って喜ぶ。


「貴方達が占いに出た〝救いし者〟なのですね!」

「よかった、本当によかったよお!」


 ユリアの手を取る者もいれば、ついには魔女団の仲間に抱きつき、仲間の着た黒装束に顔を埋め、泣き崩れてしまう者までいた。

 侵入者であるはずの4人の整理が追いつかない。フェレスは銃剣を握った手の力を抜くと、魔女団を代表してカトレアが歩み出た。


「やっぱり、よくわかってないみたいッスね?」

「当たり前だ、俺はお前の使い魔が魂食いする瞬間を見た。あれは契約者への負荷を緩和させるために、他者の魂を生贄にする行為だ。魔術犯罪の類だろう?」

「そうッスね。普通の都市なら、自分は刑務所行きッスよ」


 そう茶化すように言ったカトレアは、アポピスを自分の元に戻した。大蛇は契約者の体に巻き付き、長い舌を出し入れする。


「1つ聞いていいか? 俺を襲ったスケルトンどもは、お前らがけしかけて来たんじゃなかったのか?」

『それは違う、彼の者らはもとよりこの地にいた亡者どもだ。汝も既に気づいておろう。我が主の宿願は、あれの破壊にある」


 アポピスの振り返った先には、輝きの増した玉響があった。そうなのだ、カトレア率いる魔女団の目的は、玉響を神聖視して崇めることではない。

 フェレスの横槍により中断されたのは、彼女らの命を消費し、玉響の力を封じるための呪術的な儀式であった。つまり、初めからカトレアの率いる魔女団の目的は、玉響を忌むべきもの(・・・・・・)として排除することなのだ。

 ようやくカトレアの真意が分かり、フェレスは彼女の話に耳を傾けていく。

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