第二五話:シワテテオスタの真実
翌日の朝。早めに行動を開始したフェレスらは、聖堂を見張っていた。
聖堂の近くに隠れ、そこに出入りする者がいないか、フェレスは注意する。
宿屋の女主人が聖堂に訪れ、しかも止められることもなく、最奥の間に入ったのは違和感があった。
ユリアによれば、教団が部外者を聖域に通すことはないという。
王国の聖堂が正常に機能しているのかも疑わしい。フェレスの疑念に改めて賛同したユリアは、自分に連れ添うように、宿屋の入り口を凝視する。
「フェレス、そろそろ準備をしておいてもいいだろう」
そう言って、アディンが放り投げてきたのは、三珠の作った透明化の霊薬である。それを飲み、フェレスらは聖堂に侵入しようというのだ。
「アンちゃんら、これを飲めば姿が消えるんだよな?」
ぐへへ、といやらしく笑うロークは、欲にかられた妄想をしているに違いない。
フェレスらが聖堂の最奥に侵入すると聞いたロークは、あわよくば修道女らの無防備な姿が見られないかと、そう期待しているふうでもある。
昨日の典礼の儀でおいしい思いをしたから、今回もそれが目的なのだろう。
欲望に忠実な男だが、いずれ痛い目に合うかもしれない。
それが今日だとすれば、同情の余地もないが。
「みんな、着たわよ?」
聖堂の入り口に佇み、左右を見回す女性が現れる。
痩せこけた不健康そうな女性は、昨日に聖堂で目撃した宿屋の女主人だ。彼女は黒いローブに身を包み、周囲を警戒した後、フードを深く被って聖堂に足を踏み入れた。
カトレアが来ていた服と同じ、彼女が魔女団の関係者であることを証明するローブだった。
これで明らかになったのは、聖堂が魔女団に乗っ取られれているということである。降霊術により他者の霊をおろし、人の精神を操る術はある。
いわゆる憑依というやつだ。都市全体が魔女団の術に汚染され、集団催眠状態になったのならば、彼女らや使い魔の亡霊が怪しまれないもの頷けた。
だが、フェレスはそうではないと断言している。国民の全員が精神支配されたともなれば、有力者の協力が不可欠だろう。しかし――
「フェレス、急ごう。彼女を見失ってしまう」
「ああ。全員、透明化の霊薬を飲むぞ?」
「了解したぜ、アンちゃん――へへっ、楽しみだな」
フェレスらと方向性の違うやる気を見せ、ロークが透明化の霊薬を飲み干していくと、彼の姿が透けていく。薬の出来はよいようだ。
「これ、ほんとにおいらは見えてないのか? こいつはすごいぜ!」
「えっ? ひゃあああ!」
ロークの声しか聞こえないが、ユリアがお尻を押さえて飛び退いたから、彼がいるのは間違いなかった。錬金術を始めたばかりの三珠だ。彼女には悪いが、技術面に不安を抱えていたので、好奇心旺盛なロークが毒見役になってくれてよかった。
その点だけは、彼が同行してくれたことに感謝していいかもしれない。
ともあれ、「不埒な子には、お姉さんも怒るぞお」と半目になって憤るユリアに、ロークがこの後で鉄拳制裁されたとしても、フェレスは彼を庇わないだろう。
それは言い切れたので、フェレスはロークを一時の幸せに酔わせておく。
「まったく、ロークにはお仕置きが必要だわ」
彼にとってはご褒美になるかもしれない愚痴を溢し、ユリアの透明化の霊薬を飲み干す。
自分が三珠の錬金術訓練に付き合っていたからなのか、ユリアは躊躇する姿さえも見せず、ロークの悪戯が悪化する前に、体を透過させた。
透明化の霊薬が難儀なところは、仲間内でも相手の状況は把握できないことだ。三珠らは魔導書のナビもあり、王国兵から逃げきったらしいのだが、フェレスらのチームに便利な案内役はいない。
もはや運任せ、その点は仲間を信頼するしかなかった。
「フェレス、覚悟はいいね?」
「ああ、行こうか」
最後に、フェレスとアディンが揃って透明化の霊薬を飲み、4人はお互いの姿を確認する方法を失ったまま、聖堂の中に入り込んでいく。
その最中に、フェレスは明滅する街灯の光だけが頼りの真っ暗な空を見上げ、別働隊に割り当てた弟子たちを心配する。
◇
明朝、メルが王城に行きたいという決断を下し、三珠らは王国の中枢となる城に向かっていた。
フェレスとの約束で、もしメルが王城に行くことになれば、三珠ら3人と1冊で、彼女を支えてほしいとのことだった。
訪れた十字路の交差点――
噴水広場に溢れ返った屋台で客引きをする店主の声が、今日も威勢よく響いている。
くじに群がる子供らは親にせびり、当たった景品を受け取ると、喜びを表す表情になり、あるいは不満げな顔をして、屋台を後にする。
昨日と変わらず、盛況なお祭り模様だった。そう、昨日とまったく同じ、人々の往来はまるでカセットテープのように繰り返される。
「そんな……ありえない。お祭りは……終わったはず……」
驚愕するように、メルの唇が震えた。それもそのはずである、ネア・セリニの祝祭は新月の日に、一日限りで終わるはずのお祭りなのだ。
これではまるで、永遠にネア・セリニの祭日だけが続いているかのようだ。
「いやでも、数日かに分けられるお祭りって、そんなに珍しくなくない?」
茶化すようにリーシャが言うが、メルは何度も首を振った。
こんなものは自分の知る祭りじゃないと、現実を直視できなくなるくらいに。
「三珠姉さま、やはりフェレスさんの言ったことは……」
「うん、正しかったんだと思う」
取り乱すメルを憂慮しつつ、小さく呟いたピスカに三珠は頷く。
そもそも、昨日は新月の日ですらもなかったのだ。
偶然お祭りに居合わせ、運が良かったなどと楽観視してしまっていたが、年に1日しかないお祭りに都合よく鉢合わせるなんて確率は、そう高くないのが当たり前である。
都市の現状に違和感をもつ自分たちの方が、もしかすればおかしいのかとも思ったが、そんなことはどうやらありえなかったらしい。
国を思うメルには言いにくかったが、やはり間違いなく、異常でおかしいのは王国民の方だった。
『ますたー。みんな、スィアたちのことを忘れちゃったの?」
「そうだね。あれだけのことをしたし、普通の都市ならここに来た時点で、国の兵士に囲まれてもおかしくなかったから」
最初の方は身を隠し、王城への侵入を考えていた三珠だったが、自分たちの手配書が出回っておらず、中断する方向にした。
国を挙げたお祭りの邪魔をして、あろうことか、女王陛下の顔を潰すような真似をしたはずだが、建物の壁や広告に看板に、三珠らを写生したビラが貼られていないのは、どう考えても対応が遅いだろう。
リーシャの霧に紛れた三珠たちはともかくとして、顔もバッチリ見られたメル1人くらいならば、捕まえようと動かない方が不自然だ。
そして、三珠らが荒らした噴水広場に来ることで、それは顕著となった。
警備の兵士も少なく、メルが横を素通りしたというのに、彼らは反応しない。
これでは捻りもなく、ただ昨日の焼き増しだ。
お祭りを包み込む喧騒も、今ではよくできた撮影キットのようだ。人々の顔に浮かぶ笑顔も、精巧に作り上げれた能面のようにしか見えず、賑やかさよりも不気味さの方が強い。
「……お母様に、会わないと……事情が、知りたい」
ふと思い立ったかのように、メルが顔をあげて走り出す。彼女の行動は突飛であり、いくらか精神がやられたかのようでもある。
不安定な精神状態のメルを放ってはおけない。何より、メルが錯乱するのを予想して、フェレスが三珠らに彼女を託したのだ。
自分の指標となった人の期待には応えたい。暴走するメルを見失わないように、3人の少女は彼女を追った。
走って、走って。息が切れるくらいに全力疾走し続け。
ようやくメルが立ち止まったのは、17メートル程度の高い城壁に囲まれ、入り口の巨大な城門をきつく閉ざした王城である。
これ以上は誰も進ませないというように、城門は強固な壁となって立ちはだかる。
しかし、城門を見上げることなく、屈み込んだのがメルだった。彼女は地面のマンホールに手をかけ、力一杯に踏ん張って持ち上げていく。
「メル、どういうつもり!?」
「地下水路を通って……城の庭園に、入る……」
「ちょっ、正気なの!? 地下水路でレイスに襲われたこと、もう忘れたわけじゃないっしょ! 少しは考えて行動しなさいよ!」
「無理……私は、行く……行って、聞かないといけない……」
「待ってください。みんなで考えれば――」
呼び止める3人を振り切って、メルは地下水路に下りていく。三珠らは顔を見合わせ、彼女を追った。錯乱する少女を1人にはしておけなかったからだ。
「みんな、覚悟はいい?」
「はい! 私は大丈夫です、メルフィアナさんを見捨てたくはありません」
「まあ、仕方ないっしょ? 初めっから王城には付き合うつもりだし、もう行くところまで行っちゃえって感じ?」
「うん、友達のためだもんね。スィア、もう我慢しなくていいからね」
『ますたー、わかったー。スィアがね、みんなを守るからね!」
魔導書の逞しい返事を聞き、三珠はピスカとリーシャの身体能力と腕輪の結界、そして魔術の威力を向上させる魔法を使ってバフをまく。
フェレスがユリアと三珠を別働隊に割り当てたのは、三珠が遠慮なく古代魔法を扱える環境を整えるためだ。
現地人も驚く強力な魔法だ、ちょっとやそっとでは破られない。三珠らはレイスとの交戦も視野に入れ、地下水路への梯子を下りていく。




