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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第二部:屍の王国編 在りし日の望郷の都
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第二四話:召喚士の決意

 宿屋に辿り着いた三珠はすぐには入らず、物陰に隠れて様子を窺う。

 どうやら、王国兵が調べに来た形跡はない。それどころか、国の一大イベントも終わりに差し掛かっているだろうに、帰宅する人影がないもの不自然だった。

 三珠らが起こした騒動のせいで、祭りの収拾がつかなくなり、イベントの予定が狂ったともなれば、謝罪したい気持ちもあったが。


  三珠の背中から顔を出すようにして、他の3人も訝しむような表情をする。

 「行ってみなさいよ」とリーシャに背中を小突かれ、三珠は仕方なしといったふうに覚悟を決め、抜き足差し足と宿屋の入り口へと慎重に進む。

 

 宿屋の扉にある小窓から光が漏れている。

 鬼が出るか蛇が出るか、宿屋の主人が受付で待ち構えているだけかもしれないし、あるいは聞き込みに来た王国兵が出待ちしている可能性だってあり、徹頭徹尾に至るまで警戒を緩めない。

 宿屋の窓枠から見える室内を覗き込み、事務作業に没頭する宿受付の女性を流し見た三珠は緊張してしまい、軽く怖気づきそうになって、後方に振り返る。


 だが、危険な仕事を自らが率先して行う三珠に、ピスカはきらきらと光る尊敬の眼差し送ってくるし、塞ぎ込んだメルは謝罪を書いたような表情になっていて、とさらに引けなくなった。

 三珠の笑顔が引き攣ると、魔導書が自分を励ましてくる。

 

『(大丈夫。スィアがね、ますたーを虐める人は、みんなやっつけるよー)』

「(ああ、うん。気持ちは嬉しいけどね、スィア。今回は完全に私たちが悪人みたいなものだから、魔法を使っちゃだめだよ?)」

『(そうなの? じゃあ、やっつけちゃだめなのかー)』


 むう、と難儀なため息を吐くスィアに癒され、三珠は宿屋の入り口に手をかけた。

 こうなれば自棄だ、当たって砕ける精神で行こう。

 正直、砕けたくはない三珠であったが、そうも言っていられずに、思い切って宿屋の扉を開け放つ。

 

 ピシャン! と扉が大きな音をあげ、受付の女性が驚きにあまりに体を震わせると、受付前のソファに座っていた知人の視線が、一気に三珠に注がれる。

 宿屋の古いソファに腰掛け、これまた古いトランプを手に持ち、ゲームに興じていたのが、アディンとユリア、そしてロークの3人だったのだ。

 いらぬ用心だったことに耳まで真っ赤にした三珠だったが、これだけで少女への追い打ちはわからなかった。


「お前ら、そんなとこで何やってるんだ?」


 そう言ったフェレスが少女3人の隠れる物陰を覗き込み、呆れるように頭を抱えていたからである。

 自分たちの心配は杞憂だったらしい。重なり合うようにずっこけた3人が、拍子抜けしたようにフェレスを見上げる。


 宿屋のロビーも平和一色。1日中町中を歩きまわり、疲れ切った足を休ませるように、和みムード真っ盛りのようだった。


「どうしたあ、三珠。そんなに慌てて、よかったらお姉さんが聞いてあげるぞお」

「ああ、いや……これは、ね……」

「敵がいるとでも思ったのかい? 残念だったね、僕達で」

「あっ、うう……」

「マジか、敵がくんのか? こうしちゃいられないぜ」


 手に持った5枚のトランプをばらまき、ロークが冗談抜きに慌て始める。

 ユリアからは本気で心配されてしまい、三珠はもう居た堪れなかった。

 唯一、三珠の心情を察したらしいアディンは、憎たらしい嫌味な笑みを浮かべ、少女の心を抉ってくる――鬼のような卑劣漢だ。アディンがリーシャに鬼教官扱いされたことも、ようやく三珠は納得する。

 人の嫌がることを喜々として実行する彼は、真性の鬼畜なのだろう。

 彼を師事した仲介屋の面々が、恐れ慄くのも無理はない。


「三珠、もう心配はなくなったか?」

「フェレスさんまで……お願い、もう私を弄るのやめて」


 フェレスにさえもからかわれ、ぐぬぬ、と唸った三珠はピスカにリーシャ、そしてメルの3人に哀れむような視線を送られ、もはや立つ瀬がなくなっていた。



     ◇



 少女らが帰還し、フェレスは男部屋に8人を集め、今日1日の報告をし合う。

 三珠たちの帰りが遅いという話になり、フェレスは宿屋に帰還した後、4人を探しに向かっていた。「過保護がすぎないか?」とアディンに言われたが、自分が預かると決めた少女らなのだ。


 引率者として責任は果たすべきである。

 少女らの問題に巻き込まれたかもしれないという状況で、トランプゲームをすることの方が薄情に見えたのだが、それはある意味で、部下を信じた上司の判断だった気がしないでもない。 

 自分が教導を説いた部下が、多少の困難にも立ち向かえないほど、ヤワなはずがないと、揺るがない自信があるかのようだった。


「まあ、実際に切り抜けちまったわけだしな」


 フェレスの思う以上に、若者の成長とは早いものだ。

 オロスの時であれば、人の顔色を見て動いていただろうピスカは、あの悲劇を繰り返さないように、積極的に意見を言うようになった。

 リーシャだって、フェレスが幻術を教え込んだ14歳の頃からすれば、かなり腕を上げている。

 彼女らに触発され、三珠も独学で錬金術に取り組みは始めたらしく、3人の少女は良き信頼関係を築いていると思う。


 ここで問題なのはメルだった。三珠らに聞いたパレードの話によれば、彼女は実の母だと思っていた女王に、あっさりと自己の否定をされたらしい。

 曖昧な記憶に悩む彼女からすれば、心を抉られる思いだっただろう。


「それでメルフィアナ姫は、どう思ってるんだ?」

「姫は、やめて……私はこの国の、王族じゃなかった……」

「それが本心か? メルフィアナの記憶は間違っている、と」

「違う……そんなはず、ない。それ、なのに……お母様は、私を知らなかった」


 一層に沈む込むメル。心の傷ついた少女には酷だっただろうか。

 しかし、あえてフェレスは彼女を叱責する。少女の本心を聞くためだ。


「それなら、もう諦めて別の国に行くか? メルフィアナに移り住む意志があるなら、俺から仲介屋に掛け合って、出世払いって条件で、住居と仕事探しの手伝いをしてもいい。勿論、護衛という名目でな」


 「どうする?」とフェレスが甘い誘惑をかけていくが、しかしメルは断固として首を振り、王国への愛国心を見せる。


「ここは、私の故郷……記憶じゃなく、心が……そう、言ってる」

「それなら、母親がどうとか関係ないだろう? 城に、潜入してみたらどうだ? あるかもしれないだろう、メルフィアナが王族という証明が」


 不敵な笑みを浮かべたフェレスに、前髪に隠されたメルの綺麗な瞳が輝く。

 まるで一筋の希望を得たかのように、絶望に染まった少女へ、一本のロープが伸びてきた。深い失意の底から再起を図るための命綱が。

 メルがフェレスのアドバイスに乗りかけるが、それをユリアが止める。


「ちょおっと、待ったあ! 今の発言は、お姉さんとして見過ごせないぞお」

「いや待て。ユリアティルよりは、俺の方が遥かに年上だぞ?」

「それは知ってるわ、お姉さんというのは気持ちの問題よ」

「そうか、わざわざ突っ込んで悪かったな」


 フェレスに発言権を譲られたユリアは、メルの顔を覗き込んで言う。


「メルフィアナ、わかっているの? 地下水路やパレードの時と違って、今回は自分から王国に喧嘩を売りに行くことになるのよ?」

「覚悟の、上……私は、確かめたい」

「危険だわ! それに――」


 言いかけたユリアを遮り、フェレスは彼女の肩に手を置いて下がらせる。

 ユリアは歯切れの悪い様子で、ベッドに着席した。


「俺もああは言ってみたが、ユリアの話も間違いじゃない。あくまで決めるのはメルフィアナだ、一晩ゆっくり考えてみろ」

「わかった……熟考、してみる」


 そう言ったメルはベッドから立ち上がり、部屋の戸を開けると、一足先に女部屋の方に戻っていく。

 彼女も明日までには結論を出すだろう。

 フェレスにも気掛かりな点がある。明日の明朝あたりに仕掛けるつもりだ。

 

「フェレス、思ったんだが……」

「ああ、今のでピンと来たよ。俺らの持つ情報に間違いはなかった」

「それなら、この依頼に決着をつけにいくかい?」

「ああ。亡霊が潜む都市に、長居はしたくないからな」


 部屋の角に移動すると、フェレスとアディンは結論を出す。メルには悪いが、フェレスたちも仕事なのだ。そこは許してもらいたい。


「ユリアティル、少し僕に付き合ってくれないか?」

「外に行くの? 別に、私は構わないけれど」

「頼むよ、僕も運動をしておきたい」

「そうね。もやもやした時は、トレーニングが一番だわ」


 実にストイックなユリアはアディンの誘いに乗り、2人は部屋の外に出る。

 フェレスは彼らを見送り、残った少女らを集める。


「行ったか……なあ、お前らに頼みたいことがある」

「なんですか~、先輩。もしかして、私との婚姻届の話ですか?」

「断じて違う。教えるだけさ、俺とアディンが話し合って出した仮説を」


 そう言って、フェレスは3人の少女を1つのベットに座らせ、部屋に備え付けてあった椅子を動かし、彼女らの正面に座り込む。

 三珠とピスカは息ぴったりに生唾を飲み込み、リーシャは不満を表現するみたいにむすっとして、フェレスの話に聞き入っていく。

 フェレスの伝える仮説を小耳に挟みはするものの、


「あれ? おいらだけ、相手にされてなくね?」


 忘れられたかのように浮いてしまい、1人だけ取り残されたロークは、ベッドの上で仲間外れを嘆きつつ、良い子で体育座りをするのだった。 

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