第二三話:娘の心、母知らず
シワテテオスタ王国の国旗を掲げ、王国兵の鎧を着た兵士たちが行進する。
その統率のとれた行進はダイナミックであり、訓練された兵士らは歩幅を乱すことなく、彼らが地面を踏みしめる度に、鎧の擦れる音が重なる。
兵士らが組む陣形の中央に、馬に跨る女性がいた。メルにそっくりな水色の髪に青白い肌、そして彼女のもつ灰の瞳は透き通る。
彼女こそがシワピピルティン12世、そう呼ばれる王国を統べる女王だ。
かつて戦死者を悼む妊婦が働きかけ、彼女につられるように集まった女性が団結し、死者を弔う魔女団の拠点として、シワテテオスタ王国の歴史は始まった。
初めは魔女団を主体とする女性だけの団体だったが、そこに戦で傷ついた男性兵士たちが流れ着き、傷の介抱と夜のまぐわいに身も心も、そして情欲さえも魔女たちの母性に癒され、彼らは戦争を放棄して魔女団と歩むことになる。
そうして、王国の基盤が出来上がったという。シワテテオスタを魔女の聖域とする魔女団も多く、建国時の指導者となった妊婦を讃え、王座には必ず女性がつくことになっており、指導者は〝情愛の聖母〟の名を受け継ぐ決まりになっていた。
「女王陛下、万歳!」
熱い国民たちのエールに、馬に跨ったシワピピルティン12世が慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、王国民に手を振って進む。彼女の跨る軍馬だが、それはただの馬ではなかった。
馬のたてがみは背びれのような形をしていて、4本脚の蹄には長いヒレが伸びる。尻尾の毛並みはよく、口の横にはエラがある馬は、水棲馬と呼ばれる召喚獣だった。
女性の肌触りに興奮するのか、絶対に女性としか契約を結ばない牡馬である。ただし、契約した女性は己が絶命しても落馬させない召喚獣であり、その1点に関しては紳士的な馬なのだとは思う。
女王の愛馬の名はグラシュティン――彼女ら王族、シワピピルティンの血族に限り、その水棲馬は背に乗せるという。馬に跨った女性の周囲にはスペースがつくられ、4人の女将校が王女を囲む。
彼女の忠臣となる部下だろう。堕ちた首を抱えて歩く女将校が王女と会話をする。
悪霊種の首なし族の女性だ。
4人の将校の中で女王に親しげであり、行進中にグラシュテンの手綱を引き、女王の体を気遣う彼女は、旧知の仲といった様子だった。
「知っているか? 女王陛下はご懐妊なされているらしいぞ?」
「ほう、誰の子だ? 城に招かれた男はいなかったような気がするが……」
「なんでも人工受精らしい。魔術で保管していたさる御仁の子種だそうな」
「どこのどいつだよ、その幸せもんは?」
やじ馬の男どもが羨ましそうに語る中、「お母様」と叫んだメルが、パレードに乱入してしまい、会場は騒然となる。国旗を掲げ、最前列に兵士が号令をかけ、隊列は足を止めた。
「え、ええええええ!? これはやばいっしょ!」
「きっとメルフィアナさんは、お母様に会えて嬉しかったんでしょうね」
「いやいや、そういう問題じゃないって! こんな時に天然かますなし!」
『(ん~、何がわるいのー? スィアね、全然わからないー)』
「ああ、えっとね……このお祭りは国の名誉をたたえたものなの。スィアにもわかるように言うとね、ネア・セリニのお祭りを台無しにするのは悪いことで、私たちは打ち首にされても文句言えな――って、メルは何してるのおおおおおおお!!」
スィアの問いかけに教鞭をとった三珠は、しかし彼女に教える過程で、ようやく自分たちが危機的状況に陥ったと理解した。
今更謝り、許してもらえるとも思えない。メルが王族ならば、面通しも聞くとは思うが、言い訳を考えるのも大変だ。そんなふうに悠長に構えていた三珠だが――
「貴様は誰だ! どこの許可を得て、パレードの妨害をする!」
兵士の1人がメルに剣を突きつけ、状況は一変した。
その兵士だけでもない、パレードに参加した住民は口を揃え、「誰だあの娘は?」と困惑している節もあった。少なくとも、彼らにメルとの面識はないということだ。
メルが王国の血族に名を連ねる者ならば、公の場で見たことはあるだろうし、この反応はおかしい。
女王陛下ならばと期待したが、彼女はメルの顔を見ても眉1つ動かさなかった。
「お前は……誰だ……?」
実の母からの辛辣な言葉にメルの瞳が揺れる。
母に拒絶された事実が少女の心を乱し、彼女は懇願するように、もしくは目の前の出来事が現実ではないと否定するように、メルは母に語りかけた。
「私、メルフィアナ……貴女の、娘!」
「メルフィアナ? 馬鹿なことを……お前がどうして、その名を口にする?」
「私は……本当に……」
「我に、まだ子はおらぬ……侮辱の、つもりか……?」
王女の睨まれ、メルの顔は絶望に歪んだ。
母と思っていた人物は自分を拒絶し、さらにはメルの存在すらも否定した。
何がどうなっているのだろう。ならば自分は誰なのか、この記憶はさて誰のものなのだ。わからないことが多すぎて、メルの脳はパンクしそうなほどに熱をもつ。
「みな、下がれ。ここはアタシが対処しよう」
額に触れ、偏頭痛に耐えるメルに、腰の剣を引き抜いた女将校が近づいていく。兵士らに道を譲られた彼女は、デュラハンの女騎士だった。
デュラハン族の女性をメルに刃を突きつけ、彼女の背負った大鎌を流し見る。
「それは王家に伝わる秘宝の鎌だな。さる御仁からの献上品、それを盗み出したともなれば、アタシも容赦をしないぞ?」
「違う……これは、もらったの……」
「誰からだ? 名前を言ってみろ」
「それは……」
メルは口ごもる。彼女自身も《《誰にもらったのか》》、それがわからなかった。
女騎士は「やはりか」と勝手に納得し、少女に向けて剣を構える。
「ミレスエナ、お願い……」
「ええ、わかってる」
王女の指示に従い、ミレスエナと呼ばれた首なしの騎士は、メルを敵対者と定める。少し砕けた物言いが、彼女らの信頼関係を表していた。
一方、メルは必死に対話に臨もうとするが――
「待って……貴女は、勘違いしてる……」
「それは命乞いのつもりか? 傑作だな、国のパレードを汚した冒涜者。その罪状は重いぞ、盗人にはその命で支払ってもらおう!」
怒気を込め、剣を振り上げたミレスエナは、メルを自分と同じ姿にしてやろうと、少女の首に目掛けて刃を振り下ろす。しかし鋼色に輝く一閃は、メルを守るバングルの結界に阻まれた。
「これは――っ! 仲間がいたのか!」
ミレスエナの剣とメルのバングルが張った結界が力を削り合う中、濃い霧が辺り一面を覆う。リーシャの発動した魔術だ。霧を吸い込んだ者に幻覚を見せるというオーソドックスな幻術である。
魔術階級は中級クラス、効果範囲が広いのが特徴だった。
ミレスエナは口元を押さえ、王女の近衛兵らしく指示を飛ばす。
「あの大鎌は模倣品か、こちらの隙をつくるための罠」
「ミレスエナ様、我々はどうすれば……」
「敵の狙い襲撃だ! 何が何でも、女王陛下をお守りしろ!」
霧に巻かれた住民たちは逃げ惑い、王国兵たちは王女を守るように、彼女の跨る水棲馬の元に集まるが、しかし逃亡を目的とする三珠には有り難い勘違いだった。
「スィア、透明化の薬を強化できる!? 広域散布できるくらいに!」
『(うん、スィアねー。何でもできるよー)』
「じゃあ、よりしくね――みんな、私の近くに来て!」
そう叫ぶと、三珠は透明化の薬が入った瓶を強く握りしめる。
リーシャは「大丈夫なのよね?」と少し不安そうに三珠に聞き、ピスカは放心するメルの手を引いた。
「メルフィアナさん早く! 三珠姉さまの所に!」
「私は……んっ、わかった……」
悲しみを振り払うように走り出したメルは、ピスカと共に三珠の元へ集合する。4人全員が集まったところで、三珠は透明化の霊薬を地面に叩きつけた。
薬瓶が割れ、密封状態から解放された薬液は瞬時に蒸発し、三珠らにふりかかる。
霊薬の効果により、4人の皮膚は光を透過させる特性を手に入れ、三珠らの姿を人間の視野から消し去り、彼女らはステルス化した透明人間になる。やがてリーシャの幻術の霧が晴れ、
「賊はどこへ……」
エレスエナは三珠らを見失い、王国兵の男らに混ざって棒立ちした。
◇
走る、走る。腕を大きく振って前へ。
追っ手を警戒する4人の少女は、透明化の薬の効果が完全に消える前に、狭い路地裏に逃げこんだ。光が届かず、祭りの賑やかさからもかけ離れた常闇の街は、やはり不気味だったのだと三珠は思い返す。
路地裏の空気は受け付けなかったが、それでも「お化けが怖い」なんて言っていられないので、少女は友人を思い遣ることで恐怖心を帳消しにした。
「あたし、外の警戒しとくから」
路地の入口にある壁に引っ付き、認識阻害の幻術を使ったリーシャは、王国兵の追跡者がいないか、しっかりと見張ってくれる。
うん、犯罪者にでもなった気分だ。
シワテテオスタ王国限定だが、昨日の不法入国といい、やむを得なかったとはいえ、どんどん三珠は悪人寄りになってきている。
はあ、と三珠がため息を吐くと、メルの力ない謝罪をする。
「迷惑、かけた……謝る……」
「いや、謝らなくてもいいよ。メルのせいじゃないと思うし」
「でも、私……この国の王族じゃ、なかった。ずっと、三珠たちを……騙していたことに、なる……」
メルは完全に塞ぎ込み、長い前髪で瞳を隠してしまう。友人として励ましてあげられないのだろうか。 三珠はピスカと目を合わせるが、なかなかに妙案が浮かばない。
母と信じていた人に切り捨てられたのだ。メルのショックも大きいだろう。
鍾乳洞に迷い込んでいたあたり、王族によくあるというお家騒動に巻き込まれ、彼女はいない子も同然に扱われているのかもしれない。
そりゃあ、メルが真実を言っていない可能性もあるし、三珠が地球の歴史書で得たにわか知識に、どこまで信憑性があるのかも疑わしいが、彼女の友人として、少女の頬を伝った涙に嘘はないと信じたいのだ。メルが立ち直るのを待ち、落ち込む彼女にピスカが肩を貸す。
「ひとまず、落ち着けるところにいきませんか?」
「そうだね。透明化の効果も切れたし、慎重にいかないと――リーシャ、表はどうかな? 追っ手の兵士は来てる?」
「ん~、拍子抜けするくらいに来ないって感じ。通りも静かだし」
ニフタは常闇の大陸だから空模様に変化はなく、時間感覚がおかしくなっているが、もう夕方くらいにはなったのではなかろうか。
夜にスケルトンの大軍に襲われた経験もあるし、王国に手配が回っているかどうかに注意しつつ、宿屋に戻る方が賢明かもしれない。
パレードでの一件を隠さず、宿屋に帰還したであろうフェレスや、彼の友人であるアディンに話し、年配者の意見を聞くにも手だろう。
わからなければ聞けばいい、三珠がアルバイトとして積み重ねた経験談だ。
「もう手が回ってるかもしれないけど、ひとまず宿屋の様子を見てこよう」
「はい、私も賛成です。ユリア姉さまたちの方も気になります」
「じゃあ、宿屋に戻る感じでいい? メルの方は歩けんの?」
「んっ……心配、ない。これ以上……迷惑は、かけない」
ふらつく体に鞭を打ち、ピスカとリーシャに支えられ、メルはとにかく体を動かそうとする。
三珠は傷心中の少女に絆され、宿屋に帰る道中に、自分にできることはないかと考え込み、街灯にぶつかる失態を演じるのだった。




