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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第一部:オロス編 そして負け犬は少女と出会う
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第三話:最奥の転生少女(序章末話)

 門の中に入り、フェレスは儀式場のような広間を目撃する。


 天井までの高さは一二メートルはある。広間の中心には東西南北に三メートルほどある直方体の支柱が建てられ、その真ん中に魔法陣の彫り込まれた祭壇があった。

 下へ降りるような形状の祭壇で、しっかりとした階段が作られ、祭壇周囲には石造りの長椅子が、四方を囲うように並べられていた。教会のミサのようなものが開かれていたのか。

 あるいは、生贄の儀式でもしていたのかもしれない。古の伝説にはとても形容しがたいおぞましい逸話まであり、その身をもって体験したフェレスにしてみれば、あながちウソでもないと断言できる。


「あれは……石碑か?」


 フェレスは広間の奥に小汚い布に隠された石碑を見つける。何が書かれているようだった。それこそ考古学者に任せればいい仕事なのに、フェレスは好奇心をおさえられない。

 放浪者みたいな稼業をしている者としては、押さえ切れない衝動なのだ。確かに金稼ぎの一環であるが、こういった未知との遭遇も楽しみの一つである。

 心が年老いたとしても、男のロマンを忘れられていないということか。存外に、フェレスは旅が好きなのかもしれなかった。ゆらゆらと揺れるぼろ布に手をかけ、

 

「一応、確かめておくか? 変な術とかが封印されてても困るからな」


 そしてフェレスは思い切り布を引き裂いた。ボロ布の破れる音が小気味よく響き、布の引きはがされた石碑には、長い文字の羅列と壁画が刻まれる。

 フェレスも学者ではないし、太古文字の方は解読できなかったが、しかしどことなく壁画の方には見覚えがあった。


 もうかなり大昔の話だが、村を出たフェレスを引き取ってくれた旅人がいた。


 彼の師匠である旅人の女が、ここの壁画と似たような絵が描かれた本を持っていたのだったか。フェレスは姉代わりだった女が、自分に教えてくれた本の内容を思い出す。


『かつて、この地には高い精神性を持つ〝古き人々(アンスロポス)〟がいた』

『アンスロポスは自然現象を崇拝し、世界の摂理を無形なる神と讃える』

『ある時、〝新しき人々(セル・ウマノ)〟が彼らの元にやってきた』

『自然との調和を愛する彼等とは対照的に、破壊と開拓を好む人間だ』

『野蛮なセル・ウマノは魔術とは異なる兵器を使い、アンスロポスを淘汰する』

『セル・ウマノの王は高らかに言う。我は異界を知るものなり、と』

『王に賛同する者達は、彼のもつ異界の知識を大いに敬愛していた』

『だが、セル・ウマノの支配はそう長くは続かない』


 そこまで読み進め、フェレスはさらに下にある記述にも目を通す。


『不遜で傲慢なる者達は、世界の摂理すらも支配しようとした』

『セル・ウマノは己が欲望に取りつかれ、そして天変地異を引き起こす』

『文明の栄華を誇った王の国は、一夜の内に大津波にのまれて海底へと沈む』

『アンスロポスは摂理の怒りを嘆き、全ての生命が絶えないように方舟を作る』

『彼らは動物と、交友のあったセル・ウマノを方舟の乗客とした』

『方舟は三日三晩に渡る大洪水を耐え抜き、やがて新たな時代が幕を開ける』

『古き人々と新しき人々が手を取り合う時代が――」


 そんな内容の創作神話だっただろうか。壁画には玉座に座る王や、波を乗り越える船が描かれているから、フェレスが伝え聞いた話の補足か、もしくは新たな記述もあるかもしれない。


 あくまでフェレスの見解だが――


 言い伝えにある種族はセル・ウマノが人間種で、アンスロポスが精霊種のことだろうと推察している。後発の種族も合わせれば、世界にはかなりの人種がいる。

 その中でもっとも歴史が古いのが人間種と精霊種なのだ。精霊族の中でも人間族と特に親しいのは、エルフ族やドワーフ族だろうか。宗教組織や軍に属している知り合いだっている。

 精霊種にはまだまだ閉鎖的な民族もいるが、千年前の暗君討伐を契機に、以前よりも民族間の交流は活発になっているようだ。流石のフェレスも生きていない時代だから、人伝てに聞いた話であるが。


「思い出してみると、師匠は気になることを言ってたよな?」

 

 フェレスは考え込み、「我は異界を知るものなり」、そう言った人間種の王の言動がひっかかった。

 もしかすれば、千年前のような異世界からの来訪者は、他にもいたのかもしれない。あるいは、生まれた日に前世の記憶を引き継いでいたか。

 一次元上の四次元空間を越えた先に、多世界があることは魔術大学の教授が提唱している。亜空間魔術研究者の総意みたいなものだ。


 四次元空間は漫然とした概念の集積体で、個の自我が存在しない観測者の領域だという話があり、魔素は四次元空間から降り注いだ意識の欠片で、人々に力を与えるのだとか。

 その魂領域は‶世界の記憶(アカシックレコード)〟の一部とされた。魔素の適合値は細胞組織の発達に深く起因している部分もあり、四次元世界を通って次元跳躍をした異世界人は、その体細胞に大きな変化がもたらされ、強力な力が扱える特異体質になるのでは、という机上の空論も飛び交っている。

 転移者や転生者の存在が歴史に刻まれる世界では、亜空間科学方面の研究も日夜進んでいるのだった。

 

「まぁ、俺が考えても仕方ないよな」


 そろそろ帰ろう、とフェレスが思った矢先だった。彼の背後にある四本の支柱に囲まれた祭壇に稲妻が走り、青の閃光は一瞬にして広間に駆け巡った。

 フェレスは雷撃の直撃を受けないよう、守護の設置魔術を展開して身を守る。鮮やかな白の花弁が稲妻の猛攻を弾き飛ばし、やがて稲光は消失する。

 大気を震わせた雷光の去った後、どさりと、何かが床に落ちる音がした。


「なんだったんだ?」

 

 不可思議に思い、フェレスは広間の祭壇に歩み寄り、そして見下ろした祭壇の中央——そこに幼い少女は横たわっていた。透き通るような白い肌に、みずみずしい艶色。

 外見は丸っこく、大人になりきれない少女といった様子である。体のラインは引き締まっていて、それなりに膨らんだ胸が、彼女の寝息とともに揺れる。

 あまりに無防備な少女の裸体に、フェレスは彼女の乙女心を傷つけぬよう、直視を避けようと考えた。が、古びた魔導書を抱え、肩までの妖艶な黒髪をした不審な少女を警戒しない訳にもいかず、やはりフェレスは彼女を見つめてしまう。


 どこか、色っぽい魔性が他者の目を盗む少女だった。


 うぅ、とうめき声をあげた少女が、熱っぽい吐息を漏らしていたからなのかもしれない。いったい、彼女は何処から現れたというのか。

 フェレス以外に遺跡の最深部に来た人間はいなかったはずである。それに彼女の黒髪、それは魔素の適合値が低い証だった。

 魔素は体細胞に影響を与えてしまうから、日常のように魔術を行使するこの世界では、魔素への順応性が高いほど、カラフルな明るい髪色になる傾向がある。

 なので、黒髪の人間というのは珍しく、黒色は宗教観的に不吉の象徴とされるし、あまり好ましい色ではない。ふと思い出したように、フェレスは言う。


「黒色の髪、そういや暗君と呼ばれた〝異界の民(アンヴァイスール)〟も黒い髪だったけか? まさか、暗君の関係者だったりしないよな? 人体の封印は呪術として可能だから、この遺跡に暗君の手によって封じられていた?」


 いや、それは早計か。フェレスは判断に迷い、裸の少女を注意深く観察する。意識のない少女は魔導書を抱きかかえ、怯えるように肩を震わせた。

 

 ――ああ、わかったとも。


 結局、見捨てられなくなったフェレスは、ぼりぼりと頭を掻きむしり、


「しかし、どうするかな? こいつは……」


 おあつらえ向きに石碑の下にあるぼろ布を眺め、フェレスはひどく気疲れしたように脱力する。きっと、とんでもない厄介事に首を突っ込んでしまったのだ。

 フェレスは自分の行く末に不安を覚えつつ、祭壇の階段を下りていく。


 やがて彼が自分の直感は正しかったと思うのは、まだ少し先の話である―― 

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