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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第二部:屍の王国編 在りし日の望郷の都
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第二二話:王国の祭りはつつがなく

 少女4人は噴水のある十字路の交差点に来ていた。

 昼下がりの広場は屋台で溢れ返り、お洒落をした人の往来は激しい。くじ引き店に群がる子供らの声が、闇の世界を明るく染め上げる。

 辺りが暗闇に覆われていることに変わりはないが、屋台の照明が眩い光を放ち、まるで大陸に届かない太陽光の肩代わりをするみたいに、辛気臭かった王国の雰囲気を噴き飛ばし、祭りの熱気を訴えかける。


 昨日の夜の出来事が嘘のようだ。亡者の襲撃は夢だったのだろうか。


 王都を包み込むお祭り模様に、三珠は白昼夢を見せられている気分だった。

 昨夜はお祭り前日の気配すらなかったのに――いや、確かに民家の屋根を結ぶように紐が架けられ、頭上にたなびく旗はあったわけだが、それでも祭りの前日とは思えないほどに活気がなく、誰がこんな賑やかな表通りを想像できたのだろう。


 昼夜の温度差があまりに激しい。何者かの陰謀を感じるほどだ。


 人々の賑わう姿に共感できず、開放感のある大きな都市のはずなのに、自分らは檻にでも閉じこめられてしまったのかと、そう錯覚してしまいそうなくらいに、三珠は心の底から祭りを楽しめてはいない。

 自分と一緒にいるピスカとリーシャも眉根をひそめ、祭りの空気に溶け込めておらず、三珠と同じで疎外感を抱いているのかもしれなかった。 

 ただ、メルだけは忙しなく大通りに並ぶ露店を巡り、感情のわかりづらい表情こそ維持しているが、楽しんでいるのは間違いなかった。


 ネア・セリニという新月の開催される祭りには、浄化の儀式サバトとして側面がある。

 シワテテオスタの王族には代々、召喚士としての力が受け継がれ、多くの使い魔たちが国のために戦い、命を落としてきた。

 そういった事情で、落命した使い魔の無念や怨念を清め、冥府オルキヌスの楽園に導き、その魂たちに感謝の意を示して送還しようとしたのが始まりなのだ。

 新月の日には願いが叶いやすくなるという。

 つまりは、魔素の濃度が1年を通し、もっとも濃くなる時期ということだ。

 その魔素の流れに乗り、使い魔たちの思いが報われるように、王族が個人的に行っていた儀式が、国を挙げたお祭りにまで発展したらしい。


 メルが自国の祭りを誇らしげに語るのは、シワテテオスタ王国を統べる王族、そして召喚士の1人として、故郷の祭典に強い思い入れのある証拠なのだろう。

 メルは三珠に手招きし、自分の見つけた露店に誘う。


「これ……なかなかに美味。食べて、みるといい……」


 メルが指差したのは、魔法陣の型をとったワッフルだった。甘ったるい香りが鼻孔を刺激し、食欲が駆り立てられ、空いた小腹がキュウゥと鳴く。

 シワテテオスタ限定品の商品らしい。パンノ・ワッフルという商品名で、召喚術が盛んな王国では観光客に目玉の商品なのだとか。


 そこまで言われたら、三珠も食べたくなる。先に断わっておくが、三珠も本来の目的を忘れたわけではないし、お祭りを楽しむ気はないのだ。

 少しだけ魔が差した。そう、それだけのことだ。


「私、昔から祭りごとには弱かったんだよなあ」


 そう言う三珠は、実際に祭りの空気感は嫌いではない。むしろ、あのひと夏の憩いのような和んだ空気が好きであり、連れがいなくともよく1人歩きしたものだ。

 遠くに聞こえる虫の声。ゆっくりと流れていく人並みに混じり、耳に入ってくる人々の会話にはまとまりがなく、自分を取り巻く時間だけが、まるでスローモーションになったかのように錯覚し、外界と隔絶された気分に浸れるのがよい。


 この世界で自分だけが特別な場所を訪れたような、枯淡の趣が祭りにはある。


 よくよく考えれば、1人で舞い上がって浴衣に着替えたこともあり、クラスメイトとの接触を可能な限り避け、祭りの冥利に浸っていた自分は、かなり痛い子だったのかもしれない。

 黒歴史である、克明に回想するのはよそう。


「でも、これって……」


 まるで友人と一緒にお祭りを回っているようではないか。

 ふと三珠は思い返し、なんだか得した気分になった。

 それもこれも、三珠が内向的な性格であり、受け身の姿勢を崩さず、「誰か誘ってくれないかな」と期待しつつ、見事に玉砕した過去があったからだろう。


 心機一転し、三珠は自分の弱さを克服していくと決めた。同じ轍は踏みたくない。

 気を張ってばかりでは、皆も息苦しいだろうし、多少の休息は必要なのだ。

 三珠は心のモヤモヤを吹き飛ばし、思い切ってメルに付き合うことにする。


「よし、決めた! 4人分のワッフルを買おう!」

「三珠……いい、選択……」

「えっ? あんたさ、あたしたちの目的忘れてないわよね?」

「食べ物くらいはいいんじゃないかな? 夕方までにお城に行けばいいんだし」

「そうですね、こんな賑やかな場所で暗くなっても仕方ないです!」

「ああ、もう! わかったっての、仕方ないから付き合ってやるわよ」


 ワッフル屋の女性店主に声をかけ、4人はそれぞれ好きな味のワッフルを選んだ。

 三珠はストロベリーチョコ、ピスカはシンプルなチョコレート、リーシャがグレープジャム付き、そしてメルがホワイトチョコのワッフルだ。

 息が合っているのか、いないのか。全員の選んだ品が被らず、こうも分散してしまうと、意図したような感じはあるが、まったくの偶然だった。


 どうせならば、全部の味を楽しんでしまおう。綺麗な魔法陣の形をしていたから、彼女らも崩すのが勿体ないという気持ちはあったが、魔術が発動する時に魔法陣は弾けるものだと開き直り、4人は魔法陣を模したワッフルを割る。

 そして4等分したワッフルを互いの紙皿に配り合い、味の違うひび割れた魔法陣の欠片が、少女らの皿の上に乗った。


 大きさもまちまちで、ワッフルは均等に分けられた気はしない。

 だが、それでいいのだと、三珠は満足する。レストランのように綺麗に小分けされず、人の手によって割られたワッフルに、味があるようにも思えたのだ。

 これぞお祭りの醍醐味だと、三珠は感慨深く頷く。

 

「友情の魔術が発動したって感じかな?」


 少しだけうまいことを言った気になり、三珠は友人らとお祭りの中に飛び込む。疑心暗鬼になりかけていた心を振り払い、少女たちはお祭り気分に切り替えていく。もう、遠慮も気遣いも無用である。

 ワッフルの欠片を口に入れつつ、4人は噴水広場にある出店を回っていく。

 甘みのあるふんわりとした生地に、チョコレートのトッピングがマッチするワッフルだった。ほんのりとした焦げ色と甘い香りも食欲をそそる。


 ストロベリーチョコは甘酸っぱく、生粋のチョコレート味はビターな苦みがある。ブルーベリージャムには渋い味わいがあり、ホワイトチョコはワッフルを包み込むような甘ったるさ。

 そのどれもが、焼き上がったばかりの生地に馴染む。

 それぞれの旨味があるワッフルに舌鼓を打ち、三珠は飲料物が欲しくなり、近くの屋台で購入した。


 癖のある店主が営む屋台には個性があり、ぐんぐんと購買意欲をかき立てられ、目についた商品は買い食いし、4人はかけがえのない一時を過ごす。

 

 そしてリーシャが立ち止まったのが、武器屋の露天商だった。

 鍛え上げられ、符呪の施された武器は立派だったが、その店だけが妙に市場の空気から浮いている気がした。何と言うか、武器が野ざらしにされているだけのように見えなくもない。

 店主らしいドワーフ族の女性が露店から離れ、民家の壁際に積み上げられた樽をつつき、何やら細かい作業をしているようだった。


「あの、すいません」


 不可思議に思ったリーシャが彼女に声を掛けると、ドワーフ族の女性はびくりと肩を震わせ、三珠らの来店に困惑したような笑みを浮かべる。


「えっ、あれ? ボク?」

「あんた以外に誰がいるんのよ? 値札ないけど、これは売りもんなの?」

「ええ? それは……その、はい! ボクのお手製の商品です!」

「ねえ、あんたさ。本当に武器屋なのよね?」

「あああ、当たり前でやがりませんか! さあ、どうぞ売りますよお!」


 一人称がボクらしいドワーフ族の少女は、あからさまにテンパった接客をする。

 まるでお客が来るはずがないと、そう思い込んでいたふうでもあった。

 メルによれば、ネア・セリニの祭りは王城から許可をもらい、店のスペースを確保するための抽選があるようだから、もしかすれば、彼女は初の出店許可がおりたのかもしれない。

 そう考えると、接客が不得手な事にも納得できる。


 鍛冶屋の弟子か、もしくは武器屋を営む店の子供だろうか。

 ドワーフ族の少女は、「どれにいたしますか?」と半ば上擦った声で言う。

 よく出店する気になったなと、三珠は感心したほどである。


「じゃあさ、そこの防護バングル売ってもらえる?」

「ああ、こちらの商品でやがりますね。こちらの商品ですかあ……」

「随分と嫌そうじゃん。問題あるわけ?」

「いえ、まったく! ボクは店員ですからねえ!」


 商品を持ち上げた少女は、どうしてか悔しそうにバングルを差し出す。

 と、彼女はリーシャの手首にあるバングルを流し見て、小首を傾げる。


「あれ? 防護バングルは装備中のようですが……?」

「あたしのじゃないしね。この子へのプレゼント」


 そう言って、リーシャはメルを指差す。三珠の記憶が正しければ、確かにメルは防護バングルを装備していなかったはずである。

 名案だ。三珠はピスカに耳打ちし、2人はリーシャに便乗することにした。


「私もリーシャに賛成。昨日みたいなことがあったら大変だし」

「そんな……私には、勿体ない。それに……死魔族は、不老不死の血族……」

「それでも、怪我をすれば痛いですよね? すぐに回復もできませんし」

「それは……まあ。細胞の修復に……時間、かかる……」

「それなら、やっぱ装備した方が都合いいじゃん――っで、これの値段は?」


 確信をつくような質問に、ドワーフ族の少女が言いよどむ。

 「どれくらいの値だっけ?」と考えるふうに、彼女は目を泳がせていた。


「えっと……7000クリュス? だったっけな」

「え~。この前寄った店では、3000クリュスくらいだったのに」

「えっ、そうなの? いやいや、そこまでは安くなかった気がする。6000クリュスで……どう?」

「4000、ここは引けない感じ?」

「――うぐっ! わかったよ、5000クリュスで売ったげる」

「オッケー。交渉成立、それでよろしくね~」


 防護バングルの相場だが、実は良品で平均が7000クリュスなのだ。

 ドワーフ族の少女の見積もりは間違っていない。しかし、リーシャは彼女が接客に不慣れだと悟り、その弱点に付けむと、彼女は2000クリュスも値切ってしまった。

 やはり彼女はあざとく、計算高い女狐で正解なのかもしれない。


 三珠とリーシャ、そしてピスカの3人がお金を出し合い、項垂れたドワーフ族の少女からバングルを買い取る。3人からバングルを受け取ったメルは、「……ありがとう」と呟き、胸元でバングルを握りしめると、右手首に装備する。

 普段は無表情な彼女が見せた淡い微笑みに、同性の三珠から見ても、きゅんと胸を締め付けるような愛らしさがあり、ギャップの真髄を体験してしまう。

 

「それで、あんたさ――」


 ふとリーシャがドワーフ族の少女に問い詰めようとした時、広場に集まった人々の歓声が沸き起こり、彼女らの会話は中断された。


「王族のパレードだ! 女王陛下がおいでになるぞお!」


 待っていましたと言わんばかりに、「うおおおおおおおお!」と国民の喝采が響き、祭りに興じる人々が熱を持つ。

 ネア・セリニにおけるメインイベントの1つなのだろう。物語の中でしか聞いたことのない王族を、三珠はこの目で見えるのだと期待し、高揚感を覚える。

 が、三珠よりも冷静さを失ったのはメルだった。


「お母様が……来る……」


 ずっと、この時を待ち望んでいたのだと――

 居ても立ってもいられなくなったらしく、メルは自分の帰還を母に伝えるため、心底嬉しそうに足を動かす。パレードの見物人どもに紛れ込むように、あるいは行く手を阻む人々の背中を押しのけ、まるで子供が母の元へ歩み寄るように、メルは長蛇の行列を成す人垣の先頭に出た。

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