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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第二部:屍の王国編 在りし日の望郷の都
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第二一話:明け方の王国

スケルトンに襲われた夜より一晩が明け、フェレスとアディンは仲介屋に訪れていた。受付にはビラが溜まり、掲示板に打ち付けられた依頼書も乱雑に張られ、整理の行き届いていない古い事務所だった。

 テーブルには鎧を着たガタイの良い男が多く、彼らは仲介屋の施設内にある酒場で酒を飲み交わし、でかい声をあげて笑う。だが、依頼を手にするものはほとんどおらず、全員が休日を満喫しているふうだ。

 なんとも騒がしく、会員たちの憩いの場とも化す仲介屋は、企業的な事務受付が多くなった他人行儀さがなく、活発で古風な雰囲気がある。

 仲介屋の空気に酔いしれつつ。フェレスは仲介屋の壁に凭れ掛かり、受付嬢と話すアディンに視線を送る。すると、彼は受付の女性に頭を下げて帰還した。


「どんな感じだった?」

「設備は古いくらいで、不自然なくらいに普通だね」

「亡者の群れが夜中に徘徊してるってのにか?」

「行方不明者の捜索依頼は多いみたいだよ。住人はそこまで気にしていないか、もしくは知らないんだろう。彼女ならば、何か知っているかもしれないが」

「カトレアか。あいつ、何が目的なんだろうな」


 フェレスは頭を抱え、昨晩に自分を襲ってきた新聞記者のことを考える。

 自分の所属する魔女団の話をフェレスにリークし、わざわざ追い込まれるような状況を作る意図が、まったくと言っていいほどに読めない。

 魔女団にも派閥があるとか、カトレアがパリカーに不満があるとか。様々な憶測を立てられ、魔女団の内部分裂が狙いかもしれないと考えもしたが、こればかりはカトレアを捕まえて吐かせるしかなかった。

 残念なことに、彼女が隠れ潜むアジトも見つけられていないが。


「とにかく外に出よう。ここに長居しても情報はなさそうだ」

「次は大聖堂だな。あっちに行ったのはユリアとロークだったか?」

「ああ、そっちでも確認しておきたいことがあるからね」


 フェレスとアディンはもう一度振り返り、依頼の受注で賑わうどこの都市でも変わらない活気ある光景を目に焼き付け、その喧騒に安心感と懐疑心を同時に抱きつつ、仲介屋を後にするのだった。



    ◇



 フェレスらは教団の聖堂に足を踏み入れる。古い神殿のような造りの聖堂だ。

 聖堂の中央を陣取る女神像の足元は、まるで噴水のように水を噴き出し、水の溜まり場を遮るために柵で囲われていた。

 水属性の魔素結晶が埋め込まれているようである。聖堂内に造られた溜め池に溜まった水は、これまた柵で仕切られた水路を通り、聖堂の外にある用水路まで流れていく――かなり立派な神殿だった。


 神殿の水路には橋がかかり、聖堂の水路は鍾乳洞にあった夜光石が使われ、匠によって加工された石が輝く水路となり、透明な水をライトアップする。

 夜光石の青白い輝きが水路や溜め池の水面を鮮やかに彩り、まさに神聖な場所にふさわしい聖堂だと、フェレスは一目で思った。

 死霊術に没頭した王女がいたくらいだから、シワテテオスタ王国は国民の共通思想として、神秘学的な考えを持つのかもしれなかった。

 王国の指導者は代々、死を神聖視する傾向の強い死魔族なので、神や霊のような超自然的存在に敬意を払うため、関連施設への義援金が多く支払われたのだろう。


 ちょろちょろと、水の流れる音が心地よい。水が室内に流れているからなのか、聖堂の中は少し肌寒かった。参拝客は多く、今日が式典の日だとよくわかる。

 聖堂の女神像を囲うように、参拝客の座った石製の長椅子が四方に分かれ、5列ずつ並ぶ。その西側に女神像を見上げ、聖堂の素晴らしさを語る女司祭がいた。


 山ヤギのような黒い角に大両翼をもつ悪魔族の女性。彼女は立派な司祭服に身を包み、高貴な品格を醸し出す女性であった。


「どうですか、力天使様。この聖堂の美しさを理解していただけましたか?」

「ええ、それはよく――本当に、よくわかったわ。だから、私の話も聞いてほしいのだけど……」

「いえ、まだまだです。わたくしの知識をお伝えしきっておりません。そもそも、本日はネア・セリニとも呼ばれる我が国の一大イベントの当日。これより、我が聖堂の伝統でもある典礼の儀が行われます。それをぜひとも力天使様に――」


 式典が始まる前に、ぜひとも真皇騎士として位の高いユリアに知ってほしいと、女司祭はまるで彼女の言葉には聞く耳をもたず、ひたすらにうんちくを垂れる。

 おしゃべりな王国の女司祭に捕まり、大勢の人の前に連れてこられたユリアは「私は聞いていないのだけど……」と、あまり興味なさげに苦笑いしていた。

 女2人のやり取りに聖堂の入り口で眺め――いや、おしゃべりな女司祭に絡まれないように予防線を張り、フェレスとアディンは足を止めた。


 フェレスらとしても偶然だったのだが、どうやら今日はシワテテオスタ王国における〝新月の夜会(ネア・セリニ)〟という祭典の日だったらしい。

 メルフィアナが自慢げに語ったお祭りだ。仲介屋に人が少なく、聞き込みの成果が得られなかったのも、主な原因は祭りだろう。

 誰が祭りの日に仕事をするというのか、そんな奇特な人間はフェレスらくらいのものだ。

 そんな祭りの日に聖堂に訪れたのが、ユリアの誤算だったに違いない。女司祭の頭の中は完全にお祭りモードであり、仕事中の自覚が欠けていた。


「ユリアの姐さん、その人の話はいつもで続くんだ……おいら、もうきついぜ」


 ユリアに連れ添ったはずのロークは、他の参拝客に紛れて長椅子に座り込み、今にも灰になりそうなくらいに燃え尽き、精神を擦り減らし切った顔をする。

 女好きのロークはユリアが単独で聖堂に赴くと聞き、人数の足りないユリア組に同行し、彼女の好感度を引き上げる作戦だったらしいが、詰めが甘かったようだ。

 ロークはフェレスらの誘いを突っぱね、ユリアに同行することを選んだのだから、自業自得でしかないのだが。長々と続く女司祭の歴史語りに痺れを切らし、遂にユリアが確信をつく。


「あの、そろそろ本題に入らない?」

「この由緒正しき聖堂の文化以外に、何を語れと言うのですか?」

「死霊術師の話よ。昨日の夜、私の知人がスケルトンの群れに襲われたの。何か、心当たりはない?」

「スケルトン? まさか、街中にそんなものが現れるはずがないじゃないですか」

「いえ事実よ、私もレイスを目撃したのだけど……」

「申し訳ございません、力天使様? あまり妄言は控えてもらえますか?」


 女司祭の態度が急に威圧的になり、えっ? とユリアは目を見開いて困惑する。立場的に教団の騎士であるユリア相手に、笑顔で誤魔化された女司祭の攻撃的な物言いが、彼女の胸に深く刺さる。

 まるで現実を直視することを避けるように、彼女の言葉が冷たかったからだ。ずっとお祭り気分に浸っていたい、そんな闇が女司祭の内に潜む。

 オロスの事件と同じように、また身内に犯罪に手を染めた者がいるのではないか。正義感の強い種族に生まれたユリアは、そう疑わずにいられなった。


「1ついい? 聖堂の奥を確認したいのだけど?」

「いいえ、お断りします。力天使様のお手を煩わせることはありません。お引き取り願えますか?」

「それなら、扉を開けても問題ないでしょう?」

「先ほども申し上げた通り、現在は祭典の儀の準備をしております。扉の中には――」

「第5位階の権限を使うわ。命令よ、開けなさい」

「……かしこまりました」


 はあ、とため息を吐き、女司祭が扉を開ける。すると、扉の中には式典に赴くため、舞台裏で典礼用の祭服を整える少女たちがいた。

 まさか扉が開く筈がないと高をくくっていた彼女らの中には、祭服を着直していた者おり、若い少女らの瑞々しい肌と愛らしい下着姿が、一部の参拝者の目に入ってしまう。

 しばし呆然とした後、少女らの悲鳴が礼拝堂に響き渡る。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 少女らの羞恥に満ちた叫喚が礼拝堂に反響し、ユリアは慌てて扉を閉める。

 ユリアが背後を振り返ると、少女らの生身替えを食い入るように凝視し、顔を赤くした男性の参拝者たちが、知らんぷりをするように目を逸らす。

 「理解されましたか?」と女司祭に諭され、ユリアは自責の念に駆られていく。


 なんてことだ。いらぬ勘違いで、とんでもない過ちを犯してしまった。


 そう言うように、ユリアはお姉さん(・・・・)としてあるまじき行動を取ってしまい、着替え中だった少女らへの罪悪感に蝕まれ、卑劣な女である自分を戒める。


「なんてこと、お姉さん失格だわ! 天誅うううううううう!」


 鈍い音が響くほどに強く、ユリアは礼拝堂の壁に額を打ち付ける。額にぷっくりと膨らんだタンコブをつくり、ユリアは真っ赤になった顔を両手で隠し、フェレスらの元に走り寄った。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいいいいいい!」

「お、おい。どうしたんだ、ユリア?」

「ええ、貴方にお願いだあるの。私を思いっきり殴ってちょうだい!」

「はっ? どうしてそうなる?」


 悪目立ちしたユリアは参拝者の注目を集め、彼女に声を掛けられたフェレスも目立ってしまう。

 ユリアが敵対者であればともかく、彼女は仲間な上に、大衆の面前で異性を殴るような暴挙は、フェレスも避けたかった。


 しかし、ユリアは頬を殴られる覚悟を決め、歯を食いしばってフェレスの拳を待つ。

 「あの人、本気でやるつもりなの?」と、参拝者の女性から非難めいた眼差しを向けられ、フェレスは精神的に追い込まれていく。

 体育会系全開なユリアは殴られないと納得しないだろうし、仮にフェレスが子供のような身長の彼女を殴ったともなれば、社会的に死ぬだろう。

 これは窮地だ、それも魔物を相手取るよりも精神的にきつい。


「フェレス、やらないのか? 僕は一歩引いて、見守ってあげるよ?」

「お前、絶対に楽しんでるだろ?」

「さあ、どうだろう? 僕は友人を見守ってるだけさ」


 友人だと信じたくもない鬼畜生な笑みを浮かべ、アディンがフェレスを煽る。観衆に晒されたフェレスは、逃げるようにユリアの腕を掴み、礼拝堂の外に走っていく。

 と、その最中に――


「あれは……」


 フェレスは礼拝堂の混乱と人ごみに紛れ、ユリアの開けた扉とは別に、聖堂の奥地に入っていく宿屋の女主人の姿を目撃する。宿屋の女主人は聖堂の関係者だったのだろうか。

 フェレスは不可解に思いつつ、首を傾げた頃だった。


「うへ、うへへ。いいもの、見ちまったぜ」

 

 少女たちの痴態に、すっかり元気を取り戻したスケベなロークは、ふう、と満足げな息を吐き出し、極楽浄土に誘われたかのような多幸感を味わう。

 だが、「君も行くよ?」とアディンから脅されたロークは、あっという間に顔面蒼白になり、横暴な悪魔に連れ去られるのだった。 

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