第二十話:骸どもの夜会(承・末話)
眼鏡を外したカトレアはレンズを拭き、再び眼鏡をかけ直す。フェレスの呪いが浄化された蛇は、彼女の体に巻き付き、舌を何度も出したり引っ込めたりする。
吐き出したとはいえ、フェレスの穢れた魂を吸い込もうとし、呪いを受けた蛇が解呪されて立ち直る速さからして、かなり上級の使い魔なのだろう。
しかし何故、カトレアは自分らの不利になる情報をリークしたのか。彼女が魔女団の一員ならば、フェレスらに教えるメリットを感じない。フェレスはカトレアの真意を測りかね、彼女に問いかける。
「お前、どういうつもりだ? なんで、俺に魔女団の話をした? 自分を追い詰めることになるだろう? そもそも、お前は魔女団の一員なのか?」
「まあ、自分は魔女団の人間ではあるッスよ? 私にも目的があったの」
「目的? 俺たちを王国に誘い込むためか?」
「そうね――けど、ちょっと早いッスよ。自分を見つけるのが」
予定が狂ったといううふうに、カトレアはしょげ込む。
すると、蛇はカトレアの耳元で囁き、彼女は使い魔の言葉に耳を貸す。
『主よ、彼の者の確認は済んだ。長居する必要もあるまい」
「その通りッスね。帰るッスか、アポピス」
『ふむ、我も腹を下した。あのような穢れ、飲み込むものではない』
「けど、解呪はできたッスよ? 結果オーライでしょう?」
『それは我が身になっていってほしいものだな、主よ』
アポピスと呼ばれた使い魔の蛇は、疲労感を訴えるように首を垂れる。
死霊術師は召喚士でもあり、聖獣や魔獣・果ては人々の空想により生まれた神様を顕現する力がある。アポピスは始まりの水より生まれた混沌の蛇にして、日食を司る魔獣であった。
かなり高位の使い魔だ。アポピスの記述がある死者の書を媒体に召喚したのだろう。罪深き死者を罰する力を持つ蛇は、魂の裁定者として名高い。
契約には彼にふさわしい対価を払ったのだろうが、それでも高位の魔獣を召喚できるくらいには、カトレアは勇敢な術師だったということだ。
フェレスが少女らを下がらせ、気を引き締めて抗戦の意志を示す。
そこへ、メルが歩きだし、彼女はカトレアと向かい合う
「貴女たちは……私の王国で何をする、つもりなの……?」
「おい、メルフィアナ――待て!」
肩を掴まれたメルは立ち止まり、フェレスに振り返る。
一方でカトレアは推し量るように、メルの問いかけを復唱した。
「私の王国? ああ、そういうことッスか」
「おいおい、勝手に納得するな。こっちにもわかるように話してくれないか?」
『穢れし者よ、その問いには答えてやってもよいが……いや、どうやら時間のようだ。我が守護せしは主のみ、貴様らの健闘を祈ろう』
「それは仕方ないッスね――ここは、逃げさせてもらうわ」
「待って、ほしい……話を……」
メルが手を伸ばすが、カトレアは容赦なくサードアイを開眼する。彼女の見開いた額の目が瞳術を発動させ、術は視神経を刺激し、目を合わせた者の脳細胞にダイレクトな攻撃を与え、感覚神経を揺さぶる。
「何、これ。体に力が入らない」
「頭がクラクラします」
「きっつ――ってか、立ってらんないんだけど」
「ぐっ! ……これは、やられた……」
少女たちは膝をつき、両手で頭を押さえて蹲る。
カトレアの瞳術で視界が歪み、脳の神経細胞の活動が活発化し、シナプスからの神経伝達物質の量も激増し、全身に伝わる電気信号は乱れ狂い、少女らは立っていられなくなったのだ。
咄嗟に目を閉じ、フェレスは瞳術を防ぐ。しかしカトレアに隙を与えたのは間違いなく、彼女は今が好機だと言わんばかりに逃走を謀る。
彼女は魔術で脚力を強化し、使い魔の蛇とともに塀の登り、民家の屋根を飛び移って、フェレスらの前から逃亡した。
「――くそっ、逃がしたか! それに、厄介なもんまで残して行きやがった!」
そしてカトレアがいなくなり、時機を見計らったかのように、ぞろぞろと噴水広場に集まってきたのは、スケルトンの群れであった。
◇
「先輩、こいつらは!」
白骨死体の群れに囲まれ、リーシャが弓を双小剣に変化させ、逆手に持つ。
カトレアの瞳術の効果が抜けきっておらず、少女の足元はふらついているが、リーシャは激しく首を振り、意識をしっかりと保ち、スケルトンを睨みつける。
どこに隠れていたのか、四方八方は骨だらけ。骸の群れは鎧やローブをまとい、杖や剣・片手斧などの武器を携え、5人を逃がすまいと包囲する。
「戦うしか……ない……」
頬を叩いたメルは背中に担いでいた大鎌を構え、彼女が鎌を一薙ぎすると、無数の半透明な鳥が空間を歪ませて現れる。使い魔の鳥の群れはメルの守るように羽ばたき、骸骨どもの動きに警戒を強める。
うう、と頭痛に耐えるように額を押さえ、三珠とピスカは2人でお互いの体を支え合い、気力を振り絞って立ち上がる。こんな場所で骸の仲間入りはしたくないものだ。
そうフェレスは思い、火と地の魔術弾を銃剣のシリンダーに入れ、鋼属性の複合魔術を刀身に付与し、銃剣をより鋭利な刃に強化して、危機的状況を打開する策を練る。
「三珠、今はユリアがいない。魔導書は持ってきてるか?」
「スィアなら大丈夫。仲間外れにしたくないから連れて来たよ」
『(スィアね、いつでもみんなを守れるよー)』
魔導書の元気な声が、5人の脳内に響いた。「呑気な本よね」とリーシャは気抜けしつつ、「スィアさんらしいです」とピスカはやる気を出す。
だが、困惑したのはメルだった。
「この声……何……?」
「あっ、ごめん。メルは知らなかったよね、私の持ってた本は魔法の記述がある魔導書なの。それで何か、女の子の自我もあって」
「つまり……三珠は、古代魔法が使える……?」
「ああ、うん――一応ね。でも、ユリアさんには……」
「んっ……言わないよう、善処する。今は……目の前の敵、優先……!」
三珠に頷いたメルは地面を強く蹴り、骸の群れに特攻する。三珠の魔法にかけ、彼女は仲間の詠唱を支援する役回りを引き受け、接近戦を仕掛けたのだ。
横薙ぎされた大鎌はスケルトンの鎧もろとも両断し、メルの召喚した鳥たちは羽を広げて滑空し、スケルトンの頸椎をかすめ取っていく。
「案外、弱い……これなら、いける……」
勝機を見出したメルだったが、しかし彼女の思い込みは、あっさりと打ち砕かれることになった。地面にばらけたはずのスケルトンが光り輝き、骨のパーツが再び結合し、元の形に戻り、復活したのである。
まるで永劫に戦い続ける戦士のように――
スケルトンは体を壊られようとも、甦っては剣を振るう。洞窟で襲ってきた亡者の群れとは、格も完成度も段違いのようだった。
術者のお膝下のような都市だから、死霊術の練度が桁違いなのだろう。スケルトンという魔物は存在せず、骸骨どもはいわゆる召喚霊だ。
当然のように、術者が実力が高ければ強くなりうる。油断は禁物だ、持久戦では惨敗する。
ゆえに、一撃のもとに召喚霊を冥府に送還する術が必要だった。
復活したスケルトンが剣を振り上げ、鎌を大振りして硬直するメルを狙う。
彼女は防護バングルをもたない。危険だ、フェレスはすかさず地面を蹴る。
「メルフィアナ、後ろにさがれ!」
フェレスはメルを後方に突き飛ばし、スケルトンの振り下ろした刃を銃剣で受け止め、力任せに押し返る。刃と刃の突合が斬撃の音を響かせる。
所詮は筋肉のない骸骨、腕力はそこまで強くはない。有り体に言えば、殺傷性はあるものの軽いのだ。フェレスが力でスケルトンに劣ることはありえなかった。
だが、フェレスは時を移さずにバックステップを踏む。前衛の骸骨の後方にいたスケルトンが魔術を発動し、フェレスへと闇の閃光を降らしからだ。
黒光りする閃光は撃ち出された弾丸のように、地面を黒く染め上げる。黒い光の魔弾を躱し、フェレスは銃剣を長銃形態に可変させた。
そして撃つ。フェレスが銃剣のシリンダーに込めた3発の光属性魔術弾、それは黄色に輝く魔法陣となって、高出力の光線がスケルトンの群れを吹き飛ばす。
しかし砕け散ったはずの骨は修復し、やはりスケルトンは復活した。埒が明かない。骨が弾け飛んでも再生するともなれば、三珠の魔法とピスカの魔術に頼らざる負えないだろう。
「三珠、召喚霊を送還する魔法を知らないか? 集団成仏させる方法だ」
「あっ、うん! スィアに検索かけてもらう――どう?」
『(スィアね、何でも知ってるから大丈夫だよー)』
「よし、それなら策はある。リフォルシアは幻術で俺とお前の幻影を作って、骸骨を押し止めろ! ピスカは詠唱、メルは使い魔での支援を頼む」
「了解」と少女らはフェレスの指示に従い、リーシャが幻術を発動させると、前衛2人の幻影が数十人単位で増加する。リーシャの幻影は精度が高い。
本物と遜色ない強さの幻を生み出せるのだから、有象無象の増援よりも心強いのだ。小双剣を逆手にもったリーシャと、銃剣を剣形態に可変したフェレスの幻影が、スケルトンの進行を押し止める。
スケルトンを撃破し、あるいは返り討ちにあって消滅しながら、骸骨と幻影は潰し合いを繰り広げる。
スケルトンの群れの後方で、杖を持った骸骨たちが詠唱を続ける。
狙いは後方の3人だった。詠唱中に高まる魔素の波動を感知し、スケルトンは三珠らを先に叩くつもりなのだろう。スケルトンの数が多く、リーシャとフェレスは横槍を入れられない。
これを好機と、魔術師のスケルトンが詠唱を完了しようとしていた。
だが、早かったのはメルとピスカだった。メルの放った使い魔の鳥は、スケルトンの群れが開けた隙間を縫うように飛び、もしくは骨の間をすり抜けて、詠唱途中だった魔術師のスケルトンを撃破する。
そしてスケルトンの頭上に魔法陣を浮かべ、風と光の中級複合魔術である細い稲稲妻が降り注ぐ。
落雷はスケルトンに直撃して弾け、フラッシュのような眩い光を放ち、大きな雷鳴とともに骸骨どもの骨を爆散させた。青白い光がばらけたスケルトンの骨に走る。
それでも、不死身の戦士と魔術師は仲間の骨だとしても気にせず結合し、動けばよいのだという無茶苦茶な理論を並び立てるように、フェレスらを阻む壁となる。
「まったく、デタラメだな。けど――」
魔術の発動を防いだ。それだけで十分、魔術師のスケルトンはもう一度、初めから魔素を練られなければいけないからだ。これが思考を持つ人間と幽鬼である使い魔の差だった。
がむしゃらに高位力の魔術を放とうとする亡者と、臨機応変に扱う魔術を変える生者。両者の戦術的な駆け引きが、死者の軍勢の致命的な敗因となった。
「スィア、行ける?」
『(うん、大丈夫ー。やっちゃえ、ますたー)」
「朗読、第45項――ソウル・ゾラック」
パラパラとページを送る魔導書より、空気を振動させる衝撃波が放たれた。その波動は生ある者には利かず、死者の身を対象に効果を発揮する。
それは肉体に宿る弱き魂を冥府に送り還す浄化の波動。衝撃波を受けたスケルトンに宿る微弱な魂は、透明な霧のようになって大気に溶けていく。
やがて魂の抜けきった骸は地面に転がり、ただの錆びついた鉄とスカスカの白い骨を残し、再生も活動もしなくなった。散らばった骨に腐臭はなく、錆びついた鉄の臭いが余計に際立つ。
5人は骸骨の残骸に囲まれ、
「さっきの人が……王都に、死人を放ったの……」
「そうなのかな? カトレアさんが、こんなことをするとは思えないけど」
「魂食われた男の人が骨になるのを見て、あんたはまだそんなこと言ってんの?」
「王都の夜に人がいないのは、不浄の者が徘徊しているからでしょうか?」
眉根を下げて相談するピスカに、三珠ら3人は顔を見合わせて混乱する。今日1日で色々なことがあったのだ。気持ちの整理がつかないのも仕方ない。
「でも……1つ言えること、ある。私は……国の惨状を、見過ごせない……」
「王族の血が疼く感じ?」
「そう……なのかもしれない。私は、あの女の人について……お母様に聞く必要、ある……絶対に……」
「それでは、やっぱり明日はお城に行くんですね」
期待を込めたふうにピスカがメルに詰め寄ると、彼女は返答に探すように目を泳がせ、「あう……」と言葉に詰まり、積極的な少女に威圧されていく。
ピスカも年頃の娘だ。お姫様という地位に憧れを持っているのだろうが、押しに弱く、口下手なメルは吃るばかりだった。
3人の会話を眺め、「うまくやれるかなあ」と不安になる三珠は、何となしにフェレスを見ると、彼は目を瞑って思案に暮れていた。
「ねえ、フェレスさん。どうしたの?」
『(ますたー無視する人。スィアは嫌いになる)』
「ああ、いや――悪気はなかったんだ。許してくれ」
そう謝ったフェレスは、三珠に詳しく話してくれるでもなく、「帰るぞ」と疲労した4人を気遣い、宿屋に帰る足を速めた。




