表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第二部:屍の王国編 在りし日の望郷の都
67/495

第二十話:骸どもの夜会(承・末話)

 眼鏡を外したカトレアはレンズを拭き、再び眼鏡をかけ直す。フェレスの呪いが浄化された蛇は、彼女の体に巻き付き、舌を何度も出したり引っ込めたりする。

 吐き出したとはいえ、フェレスの穢れた魂を吸い込もうとし、呪いを受けた蛇が解呪されて立ち直る速さからして、かなり上級の使い魔なのだろう。

 しかし何故、カトレアは自分らの不利になる情報をリークしたのか。彼女が魔女団の一員ならば、フェレスらに教えるメリットを感じない。フェレスはカトレアの真意を測りかね、彼女に問いかける。


「お前、どういうつもりだ? なんで、俺に魔女団の話をした? 自分を追い詰めることになるだろう? そもそも、お前は魔女団の一員なのか?」

「まあ、自分は魔女団の人間ではあるッスよ? 私にも目的があったの」

「目的? 俺たちを王国に誘い込むためか?」

「そうね――けど、ちょっと早いッスよ。自分を見つけるのが」


 予定が狂ったといううふうに、カトレアはしょげ込む。

 すると、蛇はカトレアの耳元で囁き、彼女は使い魔の言葉に耳を貸す。


『主よ、彼の者の確認は済んだ。長居する必要もあるまい」

「その通りッスね。帰るッスか、アポピス」

『ふむ、我も腹を下した。あのような穢れ、飲み込むものではない』

「けど、解呪はできたッスよ? 結果オーライでしょう?」

『それは我が身になっていってほしいものだな、主よ』


 アポピスと呼ばれた使い魔の蛇は、疲労感を訴えるように首を垂れる。

 死霊術師は召喚士でもあり、聖獣や魔獣・果ては人々の空想により生まれた神様システムを顕現する力がある。アポピスは始まりの水より生まれた混沌の蛇にして、日食を司る魔獣であった。

 かなり高位の使い魔だ。アポピスの記述がある死者の書を媒体に召喚したのだろう。罪深き死者を罰する力を持つ蛇は、魂の裁定者として名高い。

 契約には彼にふさわしい対価を払ったのだろうが、それでも高位の魔獣を召喚できるくらいには、カトレアは勇敢な術師だったということだ。

 フェレスが少女らを下がらせ、気を引き締めて抗戦の意志を示す。

 そこへ、メルが歩きだし、彼女はカトレアと向かい合う


「貴女たちは……私の王国で何をする、つもりなの……?」

「おい、メルフィアナ――待て!」


 肩を掴まれたメルは立ち止まり、フェレスに振り返る。

 一方でカトレアは推し量るように、メルの問いかけを復唱した。


「私の王国? ああ、そういうことッスか」

「おいおい、勝手に納得するな。こっちにもわかるように話してくれないか?」

『穢れし者よ、その問いには答えてやってもよいが……いや、どうやら時間のようだ。我が守護せしは主のみ、貴様らの健闘を祈ろう』

「それは仕方ないッスね――ここは、逃げさせてもらうわ」

「待って、ほしい……話を……」


 メルが手を伸ばすが、カトレアは容赦なくサードアイを開眼する。彼女の見開いた額の目が瞳術を発動させ、術は視神経を刺激し、目を合わせた者の脳細胞にダイレクトな攻撃を与え、感覚神経を揺さぶる。


「何、これ。体に力が入らない」

「頭がクラクラします」

「きっつ――ってか、立ってらんないんだけど」

「ぐっ! ……これは、やられた……」


 少女たちは膝をつき、両手で頭を押さえて蹲る。

 カトレアの瞳術で視界が歪み、脳の神経細胞ニューロンの活動が活発化し、シナプスからの神経伝達物質の量も激増し、全身に伝わる電気信号は乱れ狂い、少女らは立っていられなくなったのだ。

 咄嗟に目を閉じ、フェレスは瞳術を防ぐ。しかしカトレアに隙を与えたのは間違いなく、彼女は今が好機だと言わんばかりに逃走を謀る。

 彼女は魔術で脚力を強化し、使い魔の蛇とともに塀の登り、民家の屋根を飛び移って、フェレスらの前から逃亡した。


「――くそっ、逃がしたか! それに、厄介なもんまで残して行きやがった!」


 そしてカトレアがいなくなり、時機を見計らったかのように、ぞろぞろと噴水広場に集まってきたのは、スケルトンの群れであった。



      ◇



「先輩、こいつらは!」


 白骨死体の群れに囲まれ、リーシャが弓を双小剣に変化させ、逆手に持つ。

 カトレアの瞳術の効果が抜けきっておらず、少女の足元はふらついているが、リーシャは激しく首を振り、意識をしっかりと保ち、スケルトンを睨みつける。

 どこに隠れていたのか、四方八方は骨だらけ。骸の群れは鎧やローブをまとい、杖や剣・片手斧などの武器を携え、5人を逃がすまいと包囲する。 


「戦うしか……ない……」


 頬を叩いたメルは背中に担いでいた大鎌を構え、彼女が鎌を一薙ぎすると、無数の半透明な鳥が空間を歪ませて現れる。使い魔の鳥の群れはメルの守るように羽ばたき、骸骨どもの動きに警戒を強める。

 うう、と頭痛に耐えるように額を押さえ、三珠とピスカは2人でお互いの体を支え合い、気力を振り絞って立ち上がる。こんな場所で骸の仲間入りはしたくないものだ。

 そうフェレスは思い、火と地の魔術弾を銃剣のシリンダーに入れ、鋼属性の複合魔術を刀身に付与し、銃剣をより鋭利な刃に強化して、危機的状況を打開する策を練る。


「三珠、今はユリアがいない。魔導書は持ってきてるか?」

「スィアなら大丈夫。仲間外れにしたくないから連れて来たよ」

『(スィアね、いつでもみんなを守れるよー)』


 魔導書スィアの元気な声が、5人の脳内に響いた。「呑気な本よね」とリーシャは気抜けしつつ、「スィアさんらしいです」とピスカはやる気を出す。

 だが、困惑したのはメルだった。


「この声……何……?」

「あっ、ごめん。メルは知らなかったよね、私の持ってた本は魔法の記述がある魔導書なの。それで何か、女の子の自我もあって」

「つまり……三珠は、古代魔法ロスト・マギアが使える……?」

「ああ、うん――一応ね。でも、ユリアさんには……」

「んっ……言わないよう、善処する。今は……目の前の敵、優先……!」


 三珠に頷いたメルは地面を強く蹴り、骸の群れに特攻する。三珠の魔法にかけ、彼女は仲間の詠唱を支援する役回りを引き受け、接近戦を仕掛けたのだ。

 横薙ぎされた大鎌はスケルトンの鎧もろとも両断し、メルの召喚した鳥たちは羽を広げて滑空し、スケルトンの頸椎けいついをかすめ取っていく。


「案外、弱い……これなら、いける……」


 勝機を見出したメルだったが、しかし彼女の思い込みは、あっさりと打ち砕かれることになった。地面にばらけたはずのスケルトンが光り輝き、骨のパーツが再び結合し、元の形に戻り、復活したのである。


 まるで永劫に戦い続ける戦士のように――


 スケルトンは体を壊られようとも、甦っては剣を振るう。洞窟で襲ってきた亡者の群れとは、格も完成度も段違いのようだった。

 術者のお膝下のような都市だから、死霊術の練度が桁違いなのだろう。スケルトンという魔物は存在せず、骸骨どもはいわゆる召喚霊つかいまだ。

 当然のように、術者が実力が高ければ強くなりうる。油断は禁物だ、持久戦では惨敗する。

 ゆえに、一撃のもとに召喚霊を冥府に送還する術が必要だった。

 復活したスケルトンが剣を振り上げ、鎌を大振りして硬直するメルを狙う。

 彼女は防護バングルをもたない。危険だ、フェレスはすかさず地面を蹴る。


「メルフィアナ、後ろにさがれ!」


 フェレスはメルを後方に突き飛ばし、スケルトンの振り下ろした刃を銃剣で受け止め、力任せに押し返る。刃と刃の突合が斬撃の音を響かせる。

 所詮は筋肉のない骸骨、腕力はそこまで強くはない。有り体に言えば、殺傷性はあるものの軽いのだ。フェレスが力でスケルトンに劣ることはありえなかった。

 だが、フェレスは時を移さずにバックステップを踏む。前衛の骸骨の後方にいたスケルトンが魔術を発動し、フェレスへと闇の閃光を降らしからだ。

 黒光りする閃光は撃ち出された弾丸のように、地面を黒く染め上げる。黒い光の魔弾を躱し、フェレスは銃剣を長銃形態に可変させた。


 そして撃つ。フェレスが銃剣のシリンダーに込めた3発の光属性魔術弾、それは黄色に輝く魔法陣となって、高出力の光線がスケルトンの群れを吹き飛ばす。

 しかし砕け散ったはずの骨は修復し、やはりスケルトンは復活した。埒が明かない。骨が弾け飛んでも再生するともなれば、三珠の魔法とピスカの魔術に頼らざる負えないだろう。


「三珠、召喚霊を送還する魔法を知らないか? 集団成仏させる方法だ」

「あっ、うん! スィアに検索かけてもらう――どう?」

『(スィアね、何でも知ってるから大丈夫だよー)』

「よし、それなら策はある。リフォルシアは幻術で俺とお前の幻影を作って、骸骨を押し止めろ! ピスカは詠唱、メルは使い魔での支援を頼む」


 「了解」と少女らはフェレスの指示に従い、リーシャが幻術を発動させると、前衛2人の幻影が数十人単位で増加する。リーシャの幻影は精度が高い。

 本物と遜色ない強さの幻を生み出せるのだから、有象無象の増援よりも心強いのだ。小双剣を逆手にもったリーシャと、銃剣を剣形態に可変したフェレスの幻影が、スケルトンの進行を押し止める。

 スケルトンを撃破し、あるいは返り討ちにあって消滅しながら、骸骨と幻影は潰し合いを繰り広げる。


 スケルトンの群れの後方で、杖を持った骸骨たちが詠唱を続ける。

 狙いは後方の3人だった。詠唱中に高まる魔素の波動を感知し、スケルトンは三珠らを先に叩くつもりなのだろう。スケルトンの数が多く、リーシャとフェレスは横槍を入れられない。

 これを好機と、魔術師のスケルトンが詠唱を完了しようとしていた。


 だが、早かったのはメルとピスカだった。メルの放った使い魔の鳥は、スケルトンの群れが開けた隙間を縫うように飛び、もしくは骨の間をすり抜けて、詠唱途中だった魔術師のスケルトンを撃破する。

 そしてスケルトンの頭上に魔法陣を浮かべ、風と光の中級複合魔術である細い稲稲妻が降り注ぐ。

 落雷はスケルトンに直撃して弾け、フラッシュのような眩い光を放ち、大きな雷鳴とともに骸骨どもの骨を爆散させた。青白い光がばらけたスケルトンの骨に走る。

 それでも、不死身の戦士と魔術師は仲間の骨だとしても気にせず結合し、動けばよいのだという無茶苦茶な理論を並び立てるように、フェレスらを阻む壁となる。


「まったく、デタラメだな。けど――」


 魔術の発動を防いだ。それだけで十分、魔術師のスケルトンはもう一度、初めから魔素を練られなければいけないからだ。これが思考を持つ人間と幽鬼である使い魔の差だった。

 がむしゃらに高位力の魔術を放とうとする亡者と、臨機応変に扱う魔術を変える生者。両者の戦術的な駆け引きが、死者の軍勢の致命的な敗因となった。


「スィア、行ける?」

『(うん、大丈夫ー。やっちゃえ、ますたー)」

朗読リーデング、第45項――ソウル・ゾラック」


 パラパラとページを送る魔導書より、空気を振動させる衝撃波が放たれた。その波動は生ある者には利かず、死者の身を対象に効果を発揮する。

 それは肉体に宿る弱き魂を冥府オルキヌスに送り還す浄化の波動。衝撃波を受けたスケルトンに宿る微弱な魂は、透明な霧のようになって大気に溶けていく。

 やがて魂の抜けきった骸は地面に転がり、ただの錆びついた鉄とスカスカの白い骨を残し、再生も活動もしなくなった。散らばった骨に腐臭はなく、錆びついた鉄の臭いが余計に際立つ。

 5人は骸骨の残骸に囲まれ、


「さっきの人が……王都に、死人を放ったの……」

「そうなのかな? カトレアさんが、こんなことをするとは思えないけど」

「魂食われた男の人が骨になるのを見て、あんたはまだそんなこと言ってんの?」

「王都の夜に人がいないのは、不浄の者(アンデット)が徘徊しているからでしょうか?」


 眉根を下げて相談するピスカに、三珠ら3人は顔を見合わせて混乱する。今日1日で色々なことがあったのだ。気持ちの整理がつかないのも仕方ない。


「でも……1つ言えること、ある。私は……国の惨状を、見過ごせない……」

「王族の血が疼く感じ?」

「そう……なのかもしれない。私は、あの女の人について……お母様に聞く必要、ある……絶対に……」

「それでは、やっぱり明日はお城に行くんですね」


 期待を込めたふうにピスカがメルに詰め寄ると、彼女は返答に探すように目を泳がせ、「あう……」と言葉に詰まり、積極的な少女に威圧されていく。

 ピスカも年頃の娘だ。お姫様という地位に憧れを持っているのだろうが、押しに弱く、口下手なメルはどもるばかりだった。

 3人の会話を眺め、「うまくやれるかなあ」と不安になる三珠は、何となしにフェレスを見ると、彼は目を瞑って思案に暮れていた。


「ねえ、フェレスさん。どうしたの?」

『(ますたー無視する人。スィアは嫌いになる)』

「ああ、いや――悪気はなかったんだ。許してくれ」


 そう謝ったフェレスは、三珠に詳しく話してくれるでもなく、「帰るぞ」と疲労した4人を気遣い、宿屋に帰る足を速めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ