第一九話:吸魂の魔女と日蝕の蛇《アポピス》
「お前ら、どうして?」
フェレスは部屋のドアを開いた三珠と、ばったり出くわしてしまう。彼女は同室の4人を引き連れ、今まさに外に出ようとしていた。考えられるのは、空に飛ぶ発光体を目撃したというところか。
「勝手な行動は控ろよ」と単独行動に出た自分のことは棚に上げ、フェレスは三珠たちを非難しようとする。弟子たちにもしものことがあってほしくなかったのだ。
が、フェレスの思うよりも三珠らは無謀ではなかったようで。
「あっ、フェレスさん。よかった、呼びに行く手間が省けたかな」
「ん? どうしたんだ?」」
「さっき三珠姉さまが、空を飛ぶ幽霊を見たそうです」
「それでみんなで相談して、先輩たちを呼びに行くところだったんですよ~」
「そう……友情の、満場一致……」
どことなく強調するようにメルが言い、少女らはフェレスに説明した。
多少なりとも恥ずかしくなってしまう。単独行動主義のフェレスに反し、4人はしっかりと話し合い、1つのグループとして結論を出し、アクションを起こしたのだ。
1つのチームとしてみれば、彼女らの方がまとまりがあるかもしれない。
だが、やはり少女たちだけで、危険の多い夜道をぶらつかせるのは不安でしかなかった。
部屋でじっとしていてほしいが、4人の少女が経験のある引率者を求めているということは、彼女らに引き下がるつもりはないということだ。
俺は弟子に甘いな、とわかっていても、フェレスは彼女らの意志を尊重する。
一緒に行ってやろう。彼女らがもやもやを抱えたまま、寝床に就くことのないように。
そう決断し、フェレスは4人を連れていくことにした。
「わかったよ、俺もついさっき三珠の言う幽霊を見た」
「へえ。だから、先輩は1人で出て行こうとしたんですか~?」
「一応な、地下水路でのことがある。確認をしておきたかったんだ」
「ええと、ごめん。手間のかかる子たちで」
「まったくだ。わかってるなら、少しはお転婆も控えてくれ」
「行くか?」とフェレスは問いかけ、4人の少女が頷く。決意は固いようだ。
ただの見回りのつもりだから、そこまで危険ではないと判断し、フェレスは彼女らの同行を許可した。
そして5人は宿屋のカウンターに顔を出すが、あのやつれた受付嬢はいなくなっており、外出報告はできず、彼女を探すのは諦めて宿屋の外に向かう。
◇
静まり返った夜道だった。常闇の大陸であるニフタに滞在中と考えれば、ずっと夜みたいなものなのだが、それでも王都の夜間は異質だった。
街灯の明かりはつかず、夜間に営業している店もあるはずなのに、人通りは皆無だ。
それに人がいないだけならば、地下水道で暴れていたレイスのように、人を害する何かがおり、家の中に立て籠もっている推測できそうなものだが、動物の姿すらないのはどういうことだろう。
夜間に徘徊する猫もいなければ、レストランの生ごみを漁る野良犬もおらず、街灯で羽を休める鳥も――いや、民家の屋根に逆さ吊りになり、赤い目を光らせるコウモリはいた。
それと、耳障りな羽音を響かせるのは、小さなハエだろうか。ここまで陰気な都市が、王都だとは思いたくない。人影がないことに不安を駆りたてられたのか、三珠がメルに声を掛けた。
「あのさ、メル。王国の夜って、いつもこんななの?」
「違う……私の知ってる国は、もっと活気があった……」
「いやいや、それ聞いても信じられないっしょ?」
「そうですね。私もシワテテオスタ王国のことは、フェレスさんに初めて聞きましたし、どんな国なのかもよく知りませんし」
「……わかった、証明する……」
自分の国の評価が下がるのを避けたかったらしく、メルは一歩足を踏み出す度に、彼女の周囲を根深く観察し、国の良さをアピールできるものを探していた。
メルは自国に誇りを持っているのだろう。意地でも王国のイメージアップを計りたい彼女は、良き姫君なのだと思われる。と、民家の屋根を渡すように、紐を架けた旗を指差した。
フェレスらの頭上に張り巡らされた紐に垂れ下がった旗は、王国の家紋が入った国旗だろう。
新月の日に行われる夜会を象徴する旗渡しだった。運よく、シワテテオスタ王国の一大イベントとも言われる祭りが、近日中に開催されるらしい。
「あの旗……新月の夜会が行われる証拠……」
「えっ? お祭りがあるの?」
「それにしては静かですよね?」
「あたし的にはお祭りの前日って、もっとこう盛り上がってるイメージだけど?」
「きっと、準備済み……そこまで言うなら、明日連れて行く……」
むっ、と唇を尖らせ、表情の変化が乏しいメルが、わかりやすく怒っていた。
無愛想な少女だからこそ、彼女のもつ愛国心の強さが窺える。
「子供っぽいとこもあるんだな」と、ムキになるメルを眺め、フェレスは安心していた。
第一印象として、メルはクールな物腰で、何を考えているかわからない所もあったから、感情を表に出してくると対処がしやすくなる。そう、フェレスが肩の力を抜いた時だった――
「あれを見てください!」
ピスカが指を差した先に、発光体が移動するのが見えた。だいぶ距離も近い。
よく見ると、発光体の本体は細長く、まるで空を飛ぶ蛇のようで、それが発する光が常闇の空に煌めき、ローブのように見えなくもない。
街道で見た幽霊と同じ固体なのだろうか。正確なことは言い切れないが、しかし追わないという選択肢がないのも、また事実である。フェレスは4人を告げ、
「追うぞ、ついて来いよ」
少女らが頷き、夜の街を走り出す。斜め上の闇空には、まるで海中を泳ぐウミヘビのように、胴体をうねって飛行する蛇がいる。
やがて蛇が民家の影に消え、フェレスらは建物の間を縫って、その通りに出た。
人影は2つ、水の溜まった噴水がある広場が、十字路のようになった大通りだ。噴水のすぐ場にある木製のベンチは、当然のように無人である。
そんな広場に、黒装束にフードを被った術師はいた。
光輝く蛇を体に巻き付け、術師は地べたに座り込んだ町人の男を見下ろす。
赤白の蛇は術師の使い魔なのだろう。蛇の鱗は赤く、腹部は真っ白であり、大きく開いた口には4つの牙があった。
「や、やめてくれ! もう死にたくはない!」
『……シャー』
蛇は口を大きく開けると、男の体から半透明の霧のようなものが溢れ、彼の皮膚は干からびていき、遂には白骨死体となってしまう。
バラバラと、男の骨は地面に散らばり、蛇は喉を鳴らした。王国市民らしい男は蛇に魂を食われ、息絶えたのである。止めに入る間もなく男が殺害され、フェレスは銃剣を引き抜く。
「お前、今のは魂食いだな。パリカーの人間か!」
「……ふっ」
術師は肯定することもなく、ましてや否定することもなく、フードの影で鼻から上を隠し、口元だけが意地汚くせせら笑う。
瞬間、牙を突き立てた蛇がフェレスを襲った。まるで獲物を目の前にした野獣のように、空中を飛び進んだ蛇は鋭い牙を尖らせる。
フェレスは蛇の牙を銃剣で受け止めたが、しかし激しい脱力感に見舞われる。フェレスの体から黒い霧が溢れ出し、それが蛇に飲みこまれていく。
例える必要もない、フェレスは自分の魂を蛇に食われかけていた。
「あれは……ソウル・ドレインの一種……」
「それってまずいの?」
「危険な状態です。フェレスさんの魂が大蛇に縛られてしまいます」
「――くっ、させないっての! 今、あたしが先輩を援護します!」
メルとピスカがフェレスの危機を察知し、リーシャが幻術で生み出した弓を番える。
が、フェレスは「構うな!」と叫び、蛇を睨みつける。
「どうだ? 俺の魂はうまいか?」
『フギャ――シャアアアアアアアアアアアアア」
けほけほ、と飲み込んだ毒でも吐き出すように、使い魔の蛇は咳き込んだ。
フェレスの魂を食らうということは、森羅万象の絶望を吸い込むということに他ならない。
蛇は自ら、劇物を飲み込んだに等しかった。蛇は鱗と腹に赤黒い紋様が浮かべ、術師の使い魔は地べたをのたうち回る。
「エクソルシスモ・マルディシオン、クラル」
術師が使い魔に使用したのは解呪の魔術だった。流石は召喚術のような降霊の儀に精通した術師と言うべきか、呪術関連にも詳しいらしい。
フェレスの魂の悪質性に気付き、完全に食ってしまう前に吐き出したため、蛇への呪いの影響は軽微なようだった。
契約者に解呪の魔術を施され、蛇の体内に侵入した呪詛と魔素は相殺し、蛇の容態は回復していく。
「今だ、リーシャ――やれ!」
魂を吸われた反動で倦怠感が押し寄せ、膝をついたフェレスが、必死に声を張り上げて指示を飛ばす。「はい!」と咄嗟に返事を返したリーシャは弓の弦を引き、フードの術師へと矢を撃ち出す。
首を逸らした術師だが、追尾性の高い有幻覚化した矢を躱し切れなかった彼女は、防護バングルの結界で矢を受け止め、パサリとフードを落とす。
「えっ? まさか、あなたは!」
「そんな、どうしてですか!?」
「何? 2人とも……知り合い、なの……?」
驚愕する三珠とピスカに、彼女と初対面のメルは尋ねる。
術師はショートボブの深紅の赤毛を掻きあげ、
「いやあ、まいたッスね」
そう言ったのは、インテリ風のメガネをかけ、額に3つ目の瞳を持つ多眼族の新聞記者で、フェレスたちにパリカーの噂を聞かせた張本人であるはずの――カトレア・ホルステッジなのだった。




