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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第二部:屍の王国編 在りし日の望郷の都
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第一八話:亡霊を追って

 宿屋の一室はあまり綺麗ではなかった。

 建物が古いせいなのだろう。軽い掃除がされ、布団は新調さえているようだが、エンドテーブルやクローゼットの立てつけが悪く、窓ガラスは曇っている。浴室もありはしたが、シャワーがなく水道だけ。

 

 湯船に溜めたお湯を風呂桶で掬い、体を洗わなければいけないだろう。

 この手の宿屋には必需品ともなった冷蔵庫もなく、宿泊費が200クリュスと安価だったのが納得できるくらいには、不便な宿屋ではある。

 ともあれ、値段相応の設備であり、ギシギシというベッドの軋む音がうるさいものの、寝心地はそこまで悪くもなく、屋根の下で眠れるのは野宿するよりも幾分かマシなので、フェレスも文句は言わない。

 

 宿屋に寝室に入ったフェレスらは、ユリアに声をかけ、効果を失った防護バングルへの符呪を頼む。

 呪術弾は効果規模を絞れば絞るほど効力が上がり、逆に広げれば広げるほどに効果が弱まる特性があった。レイスの群れを弱体化させ、強力な魔術を封じて撤退が成功したとはいえ、呪術弾の余波を受ければ発動中の術式の消失、あるいは一時的な能力の弱体化につながってしまう。

 常に自分たちまで影響がある呪術は、同行者に余計な手間をかけるし、使い勝手が悪いな、とフェレスは思わずにはいられなかった。


 真皇教団御用達(ごようたし)の持ち運び型の符呪台を使い、ユリアは2人のバングルに魔素充填の巫術を行使する。

 緊急事態だったこともあり、ユリアはフェレスの呪術使用を不問としてくれた。

 彼女も都市警察ではないし、そこまで規律に厳しくはないらしい。


「しっかし、おいらも驚いちまったなあ。まさか、都市内に亡霊がいるなんて」


 ロークはベッドに寝っ転がり、目を閉じて言う。1日中動き回ったわけだから、彼も疲労がたまっているのだろう。かく言うフェレスも、ふくらはぎがパンパンに張っていた。

 あの程度で筋肉痛に嘆くなんて、年寄りの限界を感じてしまう。フェレスはベッドに腰を据え、自分の足を揉み解し、疲れを癒しながら明日のプランを練る。


「王国に入ったはいいが、見つけたのが術師の操る亡霊だけとはな」

「仕方ないさ、まだ初日だ。魔女団の動向すらも掴めないのは当たり前だよ」

「おいらも、鍾乳洞の中以外のことはわかんねえしな」

「明日から本格的に動かないといけないわ。この都市の教団は頼れないもの」


 ユリアは魔素の補充を終えたバングルを、フェレスとアディンに手渡す。

 2人はバングルを受け取り、ベッドの枕元にある台の上に置いた。


「ひとまず、明日は王国の仲介屋に行ってみよう。情報が得られるかもしれない」

「それがいいな。俺も気になることがある」


 フェレスは気分転換に立ち上がり、ふと窓の外を見ると、白い発光体が闇中の空を彷徨うように、都市の上空を飛んでいく。フェレスは目を見開き、バングルと銃剣を装備して、宿泊部屋の外に歩き出す。

 何事かと、アディンがフェレスに尋ねる。


「どうしたんだ、フェレス?」

「いや、ちょっとな。気になることがあるんだ」

「外に行くつもりなの?」

「ああ、すぐに戻るよ」


 「待っててくれ」と言い残し、フェレスは部屋の外に出る。

 白い幽霊の向かう場所に心当たりはない。当てずっぽうで夜の街を探索することになるだろう。

 本腰を入れて探すつもりはなく、下見がてらに怪しげな夜の都市をうろつくだけだ。

 危険な賭けに出るつもりもない。危なそうならば宿屋に帰還しよう。

 そう心に決め、フェレスは港で噂となった街道の幽霊を追う。



       ◇



 ユリアが男性陣の泊まる部屋に呼び出され、4人の少女が部屋に残される。

 地べたで寝ると言い張ったメルに、ユリアが交代を提案したのだが、「私は、お世話になる身……」と彼女は頑なに拒否し、受付の女性が持ってきた敷布団を床に敷き、今も姿勢のよい正座をしている。

 ベッドを占領してしまい、メルには申し訳ない気持ちもあったが、三珠は彼女の好意に無下にしないため、少女の言葉に甘させてもらうことにした。


「睡眠中に……踏むのだけは、やめてほしい……」

「ああ、うん。それは気を付けるよ」


 夜中にトイレになった時、自分を踏まないでくれ、との申し出だった。

 三珠たち3人はメルに頷き、足元に注意することを約束した。

 それはさておき、三珠たちは明日の予定を決めてない。ノープランならば、フェレスに付き添うことになるだろうが、それでは聞き込みの効率は悪くなる。

 フェレスとは別々に情報を集めたいが、三珠は他の3人に確認をとった。


「ねえ、みんな。明日はどうしよっか?」

「私はお姉さま方に従います。どこでもついて行きます、どんとこいです!」


 ぐっと両手の拳を胸の前で握りしめ、ピスカは言う。

 「お任せします」という選択肢が、実は一番困る。ピスカは相手の意見を尊重する子だから、悪気がないのもよくわかり、三珠はズバズバと自分の考えを発言してくれそうなリーシャに、助けを求めた。


「まあ、先輩に同行するのが間違いないっしょ? あたしら、3人で問題を解決できるほど、優秀な天才児じゃないわけだし」

「確かにそれは確実だけど、フェレスさん達におんぶに抱っこなのは、どうなのかな? 私たちにもできることはあると思う」

「そう言われるとね。ユリアさんが協力してくれそうな感じあるし、いけないことはないかもってくらい? 地下水路の時みたいになったら、あたしも対処しきれないし――悔しいけどさ、その辺りも考慮しないといけないっしょ?」

「危険度は抑え目で、私たちでも対処できるレベルのことか」


 う~ん、と首を捻って三珠は悩む。

 すると、意外にもメルが相談を持ちかけようと挙手をした。


「1つ……お願い、ある……」

「んっ? メルフィアナ様、何かな?」

「三珠……様、やめて……」

「御免、ごめん。冗談――メルには、したいことがあるの?」

「一応……迷惑でなければ、王城に行きたい……」

「この国のお城ですか?」

「そう……それ以外に、ない……」


 確固たる意志を持った瞳をして、メルは三珠たちに頭を下げた。

 砦門での王国兵の態度が気掛かりだったらしく、メルは不安そうに、されど真実を見極めたいというふうに、自ら行動しようとしているのだ。

 メルの記憶と王国兵の言葉の齟齬は、三珠にも気になることだったし、フェレスも口に出さなかっただけで、怪しんではいると思う。ここはメルの信用回復のために、三珠らが一肌脱ぐべきかもしれない。


「ねえ、2人とも。お城の様子を見るくらいなら、危なくはないんじゃないかな? 城内に忍び込むわけじゃないし」

「まあ、いいんじゃん? そのくらいなら、先輩も許してくれるでしょ」

「はい! お友達が困っているのならば、力は貸すべきです」

「友達……?」


 きょとんと、メルが目を丸くする。彼女はまだ、友人のつもりがなかったのだろうか。そりゃあ、メルの素性は知れないし、怪しく点がないとは言えない。

 それでも同じ釜のご飯を食い、自分たちが危機に瀕した時は手助けもしてくれて、口下手なだけでメルは優しい子だと思えたから、三珠は彼女の性格を信じようと決めたのだ。

 誰に何を言われようと、それが三珠たちの気持ちである。

 何を今更というふうな顔をした3人に、無愛想なメルが僅かに頬を緩めた。


「ありがとう……貴女達に、最高の謝辞を……」


 一国のお姫様らしい少女に頭を下げられ、三珠たちは恐縮してしまう。

 ちょっと照れくさくなってしまい、三珠はベッドに腰掛けて背中を仰け反り、ストレッチを装って気持ちを誤魔化す。が、反転した窓の外に白い浮遊霊を目撃してしまい、格好をつけたのが台無しになるくらい挙動不審になり、三珠はベッドのシーツを滑り落ちた。

 尻餅をつき、「あいたっ!」とお尻を擦る三珠は、リーシャに「何やってんのよ?」と言いたげな顔をされ、締まらない自分が情けなくなるが、それよりも都市の上空を浮遊する幽霊に心が騒いだ。


「ねえ、リーシャ。今の見た?」

「んっ? 何のこと言ってんのよ?」

「あの幽霊が見えたの。すぐ窓の外に!」

「三珠姉さま、本当ですか?」


 窓枠に寄ったピスカだったが、しかし既に幽霊の姿はなかった。一方の三珠は魔導書スィアの入ったリュックを背負い、部屋の外に向かおうとする。と、三珠をリーシャが呼び止めた。


「あんたさ、得体のしれない街に出るつもり? それもこんな夜に?」

「違うよ、フェレスさんに報告しようと思ったの。私だけじゃどうしようもないし、経験の豊富な人に相談した方がいい」

「分不相応な行動はしない、か。あたし、三珠のそう言う所は嫌いじゃない」


 軽い準備運動をし、リーシャが三珠の隣に並ぶ。同行してくれるというのだろう。

 すると、ピスカも負けじと奮い立つ。


「私もお2人と一緒に行きます! 教団の神官として見過ごせません」


 勇気を振り絞るうように、むっ、とピスカは脇を締める。2人に触発されたのか、メルも敷布団から離れ、部屋の壁に立て掛けた大鎌の柄を掴む。

 影響されやすい仲間たちである。三珠は良き友人を得たと誇りに思う。


「私も、行く……気になる、から……」

「――ったく、結局はみんなで行くことになるんじゃん」

「1人より2人、2人より3人、3人よりも4人、ですよ! リーシャ姉さま!」


 全員で協力すべきだと言わんばかりに、4人は集団行動を心掛け、三珠が宿泊部屋の扉に手をかける。


『(ますたー、スィアは仲間に入れないの? 人間かみさまじゃないから?)』

「(そんなことない。スィアも大切な仲間だよ)」

『(んー、よかったー。スィアね、5人目の仲間ー)』


 不満そうだった魔導書スィアは機嫌を直すが、しかしどこかに引っかかりがあるみたいに、スィアの歯切れ悪く喜んでいた。

 元気な姿を取り繕うスィアに違和感を抱きつつも、ただの書物がんぼうである彼女にだって、心があることを忘れないよう胸に刻み、三珠は扉を開けた。 

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