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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第二部:屍の王国編 在りし日の望郷の都
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第一七話:地下水路の亡霊《レイス》

 水の枯れた水路の脇にある小道を進む。8人分の足音が地下水路に反響した。

 ふさふさした毛を生やす大型のネズミが、せわしなく首を動かし、水路の中を走っていく。

 地下水路に蔓延した異臭が、侵入者たちの嗅覚を刺激する。

 アディンが灯火を作り、ピスカとユリアが光球を浮かべ、暗い水路を照らしている。特に優れた嗅覚をもつ、獣人種のリーシャには臭いがきつかったらしく、彼女は気分が悪そうに鼻を摘まんでいた。


 何と言うか、昨日から辛気臭い場所ばかりを歩いている気がする。


 鍾乳洞を通ったかと思えば、また地下道を進んでいるというのだから、フェレスは地底人にでもなった気分だった。暗い場所が苦手という三珠は、落ち着きなく辺りを見回し、さりげない物音にびくんと体を震わせつつ、気合で堪えて足を止めないようにしていた。

 

「ねえ、メル。まだ外に出れないのかな?」

「まだ……もう少し奥に行く、必要ある……あった」


 三珠が小走りでメルに近寄ると、彼女は足を止める。メルばかりを見ていた三珠は前方の注意を怠り、鉄格子の扉にぶつかった。

 金属の震える音が水路に響き、頭を押さえてしゃがみ込んだ三珠は、涙目になって鈍痛に耐える。


「三珠……大丈夫……?」

「ああ、うん。なんとかね、怪我はないよ」

「そう……じゃあ、先に進む……」


 鉄格子の扉は魔術的な鎖に縛られ、錠を封印されていた。

 解除、と言って、メルが鉄格子の扉を掴むと、魔術式の鎖が砕け散る。

 王族にしか解けない封印式が仕込まれていたらしく、メルは扉を開けて水路の奥を目指す。

 やはり彼女は王国に縁のある地位の人間なのは確かなようだ。

 

 ならば何故、王国の兵士は彼女の顔を知らなかったのかという話になるが、憶測の段階で口を挟むわけにもいかず、考えるのは後回しにする。

 とにかく王国内に入り、確証を得るために情報収集をする必要があった。

 死霊術師の動向を探らなければ、何とも言えそうになかったからだ。

 と、その時だった――


「アイ……セエイ……」


 不気味な声が地下水路に響く。

 フェレスは銃剣を構え、周囲を警戒するが、声の主を確認することはできなかった。

 アディンとロークに目を向けるが、彼らは首を振り、声が聞こえたことは認めたが、その正体まではつかめていないようだった。


「えっ、ええ? 何、なになに!」


 露骨に怯えた三珠がメルにしがみつく。ユリアとピスカは神妙な面持ちで、光球の明かりを強めたが、怪しい影はなかった。不意にぽたりと落ちた雫が、リーシャの頬にかかる。


「――ったく、なんだってのよ?」


 リーシャがぬめりのある液体のついた頬に触れると、彼女の手には真っ赤に染まった液体が塗りたくられていた――動物の血である。

 リーシャの直感が危機感を煽り、彼女が地下水路の天井を見上げると、体を押し潰されたようなネズミの遺体が降ってきた。「ひいっ!」と三珠が悲鳴を上げると、メルが声を荒げる。


「よくないものが……いる!」


 メルがそう叫ぶと、水路の奥から怨霊の群れが押し寄せてきた。

 黒い布を被り、浮遊する亡霊の群れだ。名はレイスという、生きた人間を供物とし、呪術的な死霊術を行使し、呪術師が召喚する穢れた生霊だ。

 鍾乳洞に死霊術師の遺体が多く見つかったのは、この亡霊を生み出すためなのかもしれない。

 交戦も視野にいれたフェレスだが、レイスの数と、今朝からの連戦続きで、全員が体力を消耗している状態であることを考慮し、撤退の選択肢を選ぶ。


「急げ、走るんだ!」


 アディンが火柱をレイスたちの進行を妨げるように展開し、フェレスたちは走り出す。

 同じ精神エルネルギーである魔術は亡霊どもに届き、レイスの群れは火柱の前で立ち往生し、地下水路への侵入者を睨む。

 

「走れ、走れ、走れ!」


 フェレスの掛け声に合わせ、一行はレイスの群れに囲われながら、地下水路を全力疾走で走り抜ける。

 しばらく走り続け、メルが地下水路に下りた梯子に手をかけた。


「ひとまず……ここを登る。そうすれば……城下町に、入れるはず。急いで……」


 駆け上がるようにメルが梯子を登り、フェレスに指示をされ、彼女の次には三珠が地上に向かう。


「ピスカティリカ、先に行きなさい! ここはお姉さんが食い止めるわ!」

「――ユリア姉さま!」

「大丈夫よ、お姉さんを信じなさい!」


 教団作成の小手に光の符呪を施し、ユリアは梯子を背にピスカを送り出す。

 1つ、2つ……ユリアの突き出した拳は、レイスの顔面を殴りつけて押し返し、彼女は妹分たちが梯子を登りきるまでの時間を稼ぐ。

 

「リーシャ、ロークを連れて行け。ここは俺たちが止める!」

「でも、先輩は!」

「すぐに後を追う! 1人ずつしか登れないんだ、仕方ないだろ!」

「お、おう! ネエちゃん、先を急ごうぜ!」

「わかってるっての! 先輩、無理しないでくださいね!」


 三珠に続いたピスカが地下水路の外に出て、ロークを先に行かせ、リーシャが梯子を登っていく。

 一方のフェレスはアディンとともに、一番危険な最前列の防衛にあたり、光属性の魔術弾を銃剣のシリンダーに込め、レイスの群れに威嚇射撃を行い続けた。

 光の弾丸が近づくたびに、日の光が苦手なレイスは身をよじって光弾を回避し、憎たらしそうに攻めあぐねる。


「そろそろね、2人は大丈夫!?」

「ああ、何とかな。ユリアティルは先に行ってくれ!」

「ここはレディファーストにしよう。あとは僕らに任せてくれ」

「わかったわ、よろしくね」


 戦線を離脱したユリアが、リーシャを追って地下水路を出る。

 フェレスとアディンは背中を合わせ、光弾と火球でレイスの群れを牽制しつつ、徐々に梯子の下まで後退した。アディンが梯子の足場を掴み、


「フェレス、もういいだろう。呪術弾のストックはあるか?」

「ああ、なんとかな。一発かましておくさ」


 フェレスは敗北の呪詛が込められた呪術弾をシリンダーに入れ込み、レイスの群れに照準を定め、その真っ黒な弾丸を撃ち込んだ。黒の弾丸は弾け、赤い呪詛の波紋がレイスどもを襲う。

 レイスは生前の贄が持った欲望の塊みたいなものだ。呪いを上書きするフェレスの呪術弾により、大幅な弱体化が進む。


「今だ、先に外に出るよ!?」

「ああ、途中でつっかえるなよ?」

「それは約束しかねるな」

「冗談じゃない、急いでくれよ?」


 レイスの群れが弱ったところで、アディンが梯子を登り始め、フェレスは彼に続いた。

 弱ったレイスたちであったが、自分たちを妨げる攻撃の手が止まり、それでもフェレスら2人のケツを追いかけ、梯子のある円柱形の空間を飛び登ってくる。

 呪術弾の影響で、フェレスとアディンに防護バングルの結界はない。追いつかれ、魔術を撃ち込まれたともなれば、無事では済まないだろう。

 彼らを追うレイスが2人の足を止めようと、小さな魔法陣を浮かべ始めた。


「まずいな、魔術がくる! まだなのか?」

「もう少しだ――よし!」


 2人は地下水路の外に飛び出し、間一髪で闇属性魔術の黒球が空を切り、少女たちがマンホールの蓋を閉める。地下水路に潜むレイスは地上に放たれることなく、マンホールの下に閉じ込められた。

 はあはあ、と肩で息をして、男2人は安堵しつつ、


「ひどい目にあったな」

「まったくだよ、ひやひやした」


 そう言い合って、男たちは地べたに座り込み、シワテテオスタ王国の城下町に潜入成功し、都市の街並みを眺めたのだった。



    ◇



 時刻的に夜中だということもあるのか、王都の城下町はしんと静まり返る。

 市民が家に籠るのに違和感はないが、見回りの兵士すらいないのは不自然だった。民家にも明かりが灯っている気配がなく、活気がなければおかしい城下町なのに、夜の街並みは不気味さの方が強い。

 ともあれ、亡霊に追われる地下水路よりは遥かにましだ。王国に魔女団の拠点があるというのは、十中八九で大当たりだろうが、今の所は魔女団への接触はない。


「今日の宿泊は、ここでいいか」

 

 フェレスが立ち止まったのは、2階建ての立派なレンガ造りの宿屋だった。『オープン』という立札はあるが、宿屋の中から漏れ出る光はない。

 本当に営業しているのだろうか。若干、三珠が嫌がるような顔をしたが、彼女の幽霊嫌いに気を遣い、寝床を失いたくはなかった。

 フェレスは宿屋の扉を開け、ホールに侵入する。が、宿屋のホールにある受付に人影はなく、客がいるのか疑わしいくらいに、電気さえもついていなかった。


「ねえ、ここって宿屋なんだよね?」

「いや、外の看板にはそう書いてあったっしょ」

「でも、それにしては静かじゃないですか? どうなんでしょう?」

「私に聞かれても……困る。宿屋なんて……利用したことない……」

「へえ、マジでお嬢様って感じ?」

「まだ……疑ってるの……?」


 「違うちがう」とはぐらかすリーシャに、メルが頬を膨らませる。

 珍しく不服がメルの顔に出ていた。「意外と感情表現するんだな」と、フェレスは無愛想な少女の一面に触れ、「可愛いところもあるじゃないか」と親父くさい目線で見てしまう。

 しかし、待機していても宿屋の主人が出てくる様子がなく、アディンは受付の奥を覗き込んだ。


「困ったね、人がいないみたいだ」

「営業時間が終わったのかもしれないわね」

「おいら、フカフカのベッドに期待してたんだぜ? 洞窟と同じ硬い床は御免だ」

「それには同意するぞ、ローク。不法入国とはいえ、街道ならまだしも、街中で野宿なのは最悪だな、宿屋に来たってのに」


 旅の疲れがどっと押し寄せたように、フェレスとロークは大きなため息を吐くと、突然に宿屋の明かりが灯った。「ひゃい!」と三珠が小さな悲鳴を上げたが、受付らしい獣人種の女性が現れ、彼女はほっと胸を撫で下ろしていた。


「お待たせしました。最近は鎖国令でお客様も少なく、魔素結晶の消耗を抑えるために、明かりは消していたのです。ご了承ください」


 深々と頭を下げた受付嬢は、不健康そうな顔立ちで頬は痩せこけ、目元にクマができた熊耳をもつ女性である。髪や尻尾の毛先は乱れ、とても接客業を営む女性の身だしなみとは思えない。

 実際に王家の令状により客足も少なく、宿屋が儲かっていないのだろう。

 確かに王国は、死霊術師が好みそうな辛気臭い雰囲気ではあった。


「お部屋はどうされますか?」

「あ、ああ。男用に4人部屋を一室、あとは――」

「大丈夫……女部屋も4人でいい。私が……床に寝るから」

「いいのか? 金なら俺が払うぞ?」

「問題ない……お世話になった身、これ以上は迷惑かけられない……」

「4人部屋を2室でいいですね。女性部屋の敷布団は、後ほど持っていきます」


 「それではサインを」と確認の書類を取り出し、受付の女はフェレスにボールペンを手渡す。

 あまり接客慣れしていないなと、そんな印象を受付嬢に抱きつつ、フェレスは宿泊用の書類に自分の名前を書いていく。やがて8人は二手に分かれ、男女別に間借りした部屋に向かう 

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