第一五話:死霊の召喚士
シュピンネと呼ばれる魔物は、仲介屋の危険度指定Cランクとなる大蜘蛛だ。
体長はおおよそ5メートル、主に洞窟を住処とする肉食の魔物である。産卵期には特に気性が荒くなる魔物で、子供の餌を確保するために、稀に街道に現れ、行商人や旅人を襲うことがある。
肉であればなんでもよく、人は勿論のこと、放牧場などのある農家も襲い、家畜を食い荒らす厄介な大蜘蛛だった。足は10本あり、その容姿ともに醜い蜘蛛型の魔物である。
シュピンネが大きな牙を打ち鳴らすと、鍾乳洞の天井からぞろぞろと子蜘蛛が、蜘蛛の糸をつたって降下して来る。子蜘蛛の体長は1メートル弱だが、とにかく数が多く、フェレスらは一瞬のうちに囲まれてしまう。まるで餌の時間だとでも言うように、母蜘蛛の眼球が彼女の縄張りを荒らす愚か者どもを映す。
品定めをするように、子蜘蛛たちは頭部をしきりに動かし、自分の食べたい人間を選んでいく。
人を食料と勘違いした不快な蜘蛛どもだった――いや、彼らからすれば食料なのだろう。フェレスらは背中合わせに円陣を組み、全方位を警戒しつつ、糸巻になったロークを助ける機会を窺う。
「アンちゃんら、助けてくれえ!」
ミノムシみたいになったロークは飛び跳ね、フェレスたちに救援をこう。
しかし、先手を打ったのはシュピンネと、その子蜘蛛たちだった。
蜘蛛の魔物どもは体を震わせ、一斉に粘着性の強い糸を下あごから吐き出す。その濃密な白い糸は放物線状に飛び、フェレスたちに降りかかろうとした。
このままでは一網打尽だ。しかし、アディンに動じる気配ない。
「どんなに糸を吐こうが、全て燃やせば解決だよね」
アディンは手のひらに浮かべた火球を空中に放り投げた。その瞬間に炎の熱波は上空に広がり、蜘蛛の糸は点火して燃えていく。燃え広がる炎にひるみ、シュピンネの母親は後退する。
アディンは大蜘蛛が怯んだ隙に、彼の周りに火柱を発生させ、蜘蛛どもが近づけないように細工をした。煌々と照るオレンジ色の火柱は、薄暗い洞窟内に眩しいくらいの明かりを灯す。
「ギ……ギギ……」
アディンの放った火柱を警戒し、蜘蛛どもの足並みは乱れ、統率がとれずに浮足立つ。
今こそが好機だ、フェレスは全員に指示を飛ばす。
「ピスカは姫君の護衛を頼む」
「はい! 任せてください!」
フェレスの頼みを聞き、メルに走り寄ったピスカは教団直伝の結界魔術を行使した。ルクス・オビツェ、光属性中級魔術の防護結界だ。
「必要ない……私も、戦う。王家の……威信にかけて……」
「待ってください、メルフィアナさん。フェレスさんを信じましょう!」
「……わかった。ピンチになった時に……手を貸すことにする……」
大鎌を振り回し、戦闘態勢をとったメルだったが、彼女はピスカに説得され、大鎌を下ろして結界の中で身を守る。これでメルの守りは固まった。フェレスは安心して、シュピンネの討伐に注力できる。
「ユリアとリーシャは敵の数を減らしてくれ」
「了解よ、お姉さんパンチでお仕置きしてやるわ」
「うわあ、虫キモい。あたし、逃げちゃだめですか~?」
「どこに逃げ場所があるんだよ。わがまま言うな」
「じゃあ、先輩。こいつら倒したら、ご褒美のキスしてくれますか~?」
「その元気があれば問題ないな。やるぞ!」
「もう! ちょっとくらいは、冒険者の後輩に優しくしてくださいよ~」
意地でも蜘蛛に近づきたくないらしいリーシャは弓を構え、小手の甲を打ち合わせるユリアの後方に位置取った。大蜘蛛の子供に嫌そうな顔を向けるリーシャだが、ユリアの後方援護をするのであれば、それはそれで連携が取れそうなので、フェレスは黙認する。
「フェレスさん、私はどうすればいい?」
「三珠は俺の援護だ、ブレスレットと霊薬をうまく使え。ユリアがいるわけだし、俺が危険にならない限りは魔法の使用を控えろよ?」
「うん、わかった。やるだけやってみる」
覚悟完了したように目尻を上げた三珠に期待し、フェレスは親蜘蛛のシュピンネに対峙する。
「僕は手を貸さないからね」と言いたげに、アディンはロークの救助を優先する。友人から厚い信頼を寄せられているのだと、好意的に解釈しよう。
フェレスは腰の銃剣を引き抜き、その刀身を大蜘蛛に向けた。
10本の足をバラバラに動かし、シュピンネは前足を大きく振りあげ、フェレスの体を切り刻むべく振り下ろす。しかしフェレスは後退することない。
フェレスは前方に走り出し、シュピンネの前足を躱し、その懐に滑り込んだ。大蜘蛛の足は長い。
下手に後方に回避しようとすれば、シュピンネの足の関節を折り、フェレスを守る防護結界に甚大なダメージを与えただろうが、しかし関節までの距離が長いというのが、大蜘蛛の弱点だった。
大型の蜘蛛であるシュピンネは、腹部の下まで脚を入れ込むことはできない。
フェレスは10本脚の関節部を狙い、火と風の魔術弾を差し込み、螺旋を描く炎の弾丸を撃ち込む。
大蜘蛛の腹部をえぐった爆発は、風圧と大蜘蛛の身を焼く煙を噴き上げ、フェレスは風圧を利用し、大蜘蛛の懐から退避した。
腹部が焼けるような痛みが走ったからなのか、シュピンネは甲高い雄叫びを上げ、どすんどすんと鍾乳洞を揺らしてよろめく。
虫が焦げたような異臭を嗅ぎ、鍾乳洞が崩落するかもしれないという危険性に、フェレスはひやひやしていたが、存外に鍾乳洞の岩壁は丈夫だったようだ。
「先輩、危ない!」
フェレスに呼び掛けたリーシャ。シュピンネの悲痛な叫びに怒り狂った子蜘蛛が、母を苦しめるフェレスに飛びかかろうとしたが、それは教団の騎士により阻まれた。
ユリアは「鉄拳成敗!」と叫び、子蜘蛛の頭部を殴り潰すと、緑色の血が噴き上がり、彼女の勢いが落ちない打撃を食らい、真っ二つに引き裂かれる。
緑色の返り血と虫の臭いが、ユリアの防護結界に撒き散らされ、「うええ」とリーシャは気分を悪くしたみたいに、ドン引きした顔をした。
と、悲しむように叫んだのはシュピンネである。
母の愛とでも言うべきか、大蜘蛛はかさかさと素早く動き、頭部を仰け反って、ユリアに蜘蛛の糸を吐き出そうとする。そこへ、ユリアのピンチに駆けつけたのは三珠だ。
彼女は背中のリュックから薬瓶を取り出し、それをシュピンネに投げつけた。紫色の毒々しい薬が入った瓶は、三珠が錬金術で作った失敗作の薬だ。
瓶は蜘蛛の牙に当たって割れ砕け、中身の薬品が溢れ出る。薬液がシュピンネの頭部にかかり、大蜘蛛は感覚器官を奪われ、暴れ始める。
「――まだっ!」
そう叫んだ三珠はブレスレットの魔術を発動させると、火と地の複合魔術を使用する
鋼属性により生成した無数の刃だ。三珠はそれを上空に展開し、彼女が射出した刃は大蜘蛛を襲い、刃が肌に刺さって傷をつけるたびに、シュピンネは苦痛に悶える。
母の命の危機を察知し、子蜘蛛たちは一斉に三珠たちに突撃するが、リーシャが上空に放った幻の一矢が、無数に分裂して降り注ぎ、子蜘蛛の腹を、頭を射抜いて皆殺しにしていく。
リーシャが降らした矢雨は、彼女が敵と定めた者にしか通用せず、仲間に着弾してもすり抜ける矢は、やはりよくできた幻なのだ。
「フェレスさん、今です」
「ああ。お前ら、よくやったな」
フェレスは闇と地属性の魔術弾を銃剣のシリンダーに入れ込み、
「発射、高重力物質」
長銃形態の暗黒物質は弾丸よろしく飛び進み、シュピンネの腹部に着弾すると、大蜘蛛の腹部を削り取るように突き進む。
やがて暗黒物質は消滅し、えぐられた腹部から緑色の血を垂れ流す大蜘蛛は、無様に地面に転がって、生命活動を停止する。が、喜ぶのも束の間だった――
「フェレス、まだだ! 何か来る!」
「あ、ありゃ? 蜘蛛の餌になってた死体だぜ」
「またかよ」と、ロークはうんざりしたように言う。
住処を荒らす屍どもには、彼も心底迷惑しているようだった。
蜘蛛の糸に雁字搦めにされていた人の死骸が、「あー……うー……」と気味の悪いうめき声を上げ、蜘蛛の巣を払いのけるように蠢く。まだ、死霊術師たちの置き土産があったらしい。
〝生ける屍〟とも呼ばれるという、ゾンビやリビングデットの類である。
「ど、どうしよう? もう勘弁してくれないかな?」
「三珠、あたしにくっつくなって言ってんじゃん!」
「でも、リーシャだって虫を怖がってたでしょ?」
三珠とリーシャが不毛な争いをしている最中に、刻一刻と生ける屍どもは、彼女達に接近して来る。
「流石に連戦はきついな、こっちの体力も考えてくれ」
「ここで足止めされたら、今日中に王国に行けないかもしれないわ」
「一気に焼き払った方がいいかもしれないね」
ロークを救助したアディンはフェレスの隣に並び、ユリアは拳を固め、動く屍に応戦する準備を整える。だが、彼らより先に動いたのはメルだった。
「メルフィアナさん、離れないでください」
「……問題ない。あれの相手は……私がする……」
大鎌を振り、メルはリビングデットたちを見据える。
そして彼女は大鎌の柄で地面を打ち鳴らし、
『彼の者らは悠久に漂いし名も無き幽魂、武勇は残せず今もここにあり』
そうメルが唱えると、彼女の周囲に青白く光る人魂が集まる。
それは召喚魔術である降霊術により、魔素に込められた残留思念を触媒として、新たに生み出された〝心なき幽魂〟だ。
死霊召喚、降霊術の最たる召喚魔術の1つだった。
ウィルオーウィスプは徐々に人魂から姿を変えていく。
やがて人魂は半透明の人間の姿になり、生きた屍どもに襲いかかる。大昔、争いの絶えなかったニフタで戦死した武人らの魂を、メルは降霊術で呼び起こしたのだ。
『ここは……どこだ……』
『まだ……戦いは、続いているのか……』
戦死者の亡霊は追憶の剣をかざし、リビングデットを次々と葬っていく。
一方のメルは「まだ終わらない」というふうに、自分の長い髪の毛を1本引き抜く。
そして彼女が髪の毛を放り投げると、水色の髪が光り輝き、透明な犬の使い魔が召喚され、リビングデットの喉元を噛み切っていく。
討伐されたリビングデットは灰色の砂になり、淡く発光して土に還る。
リビングデットを掃討し、戦死者の亡霊は勝利の雄叫びを上げ、戦死者の願いは冥府に還り、まるで忘れ去られた追憶の欠片のように、青白い霧となって消滅した。
これが死を司るという、死魔族の得意とする召喚魔術である。
フェレスらは呆気にとられ、そして彼女が王国の姫君だと確信する。
シワテテオスタの王家は、代々強力な召喚魔術の使い手という伝説があるからだ。
メルほどの召喚魔術は並みの死霊術師では扱えない。
ならば何故、そんな彼女が鍾乳洞にいたかという疑問は残るが。
「ピンチみたいだったから……手を、貸した……」
「ああ、助かったよ。無駄な労力を使わずに済んだ」
フェレスはメルに感謝し、大蜘蛛の死骸と亡者の灰を見る。よく見れば、大蜘蛛の方にも、フェレスたちが付けた傷以外の負傷があった。大蜘蛛もシュピンネの死体だったのだ。
死霊術師が操る蜘蛛の死体が活動停止し、亡者でもが動き出す仕掛けがしてあったようだ。
見事にはめられた。パリカーの構成員に切れ者がいるらしい。
自分らの安全が確保され、アディンは思い悩むように頭を抱えていた。
「早々に、王国の方へ向かおう。この鍾乳洞での襲撃、偶然とは思えない」
「お願い……そうしてもらえると、すごく助かる……」
「じゃあ行くか、ここで立ち止まってても意味がない」
あれやこれやと苦慮したところで、現時点では王国に向かって真相を確かめるしかない。メルの召喚魔術を目の当たりにし、呆然と立ち尽くす仲間たちに声を掛け、フェレスは鍾乳洞の外に出て行く。
洞窟内と同じような暗闇だが、閉塞感のなくなった平原に吹く風を受け、フェレスは真っ暗な空よりも晴れ渡った心で、王国への街道を進み始めるのだった。




