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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第二部:屍の王国編 在りし日の望郷の都
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第一四話:鍾乳洞の出口

 夜は明け、人は目覚める。

 昨夜と変化のない地底湖に出て、夜光石の淡い光に照らされ、フェレスは大きく背中を伸ばした。

 軽く腰が痛み、ぎっくり腰にならないかと不安にもなったが、水辺の湿気を含んだ新鮮な空気を肺に溜まり、目覚めた体はよく動く。

 

 まだまだ若い者には負けられない。フェレスは現役放浪者ノマッドなのである。 


 スクロールに効果時間が切れ、フェレスの背後にあるテントは粒子化していく。

 元が魔素の結晶が実体化したテントなので、おおよそ15時間が経過すれば、テントは大気に還る。なかなかにエコロジー満載のテントだった。

 テントを出て、仲間たちは身支度を整えている。今日は足を早め、シワテテオスタ王国まで行くつもりだ。彼らには覚悟をしておいてもらわなければならない。

 死霊術師の調査拠点は王都に入り次第、フェレスは確保するつもりである。


 長期戦を想定しつつ、フェレスは死魔族の少女、メルフィアナの様子を窺う。

 彼女は三珠と仲良さげに話し合い、出発の荷造りを手伝ってくれている。

 死霊術師との関連性に不審な点が多く、メルの動向には注意が必要だが、文句1つ言わないあたり、働き者な姫君だと思う。黙々とした無口な少女だから、思ったことを口に出さないだけかもしれないが。


「そういえば昨日、水底こんなものを見つけたのだけど……」


 消えていくテントに立てかけた大鎌を、ユリアは軽々しく片手で持ちあげ、「使えるといいわね」と、彼女は大鎌の用途を模索する。すると、彼女のもった武器に反応したのがメルだった。


「それ……私の……。商売道具……返して……」


 メルが大鎌の柄に触れ、ユリアは彼女に返却する。持ち主が見つかってよかったとでも言うふうに、ユリアは腕を組んで首を上下に振った。

 ユリア自身が実力者とはいえ、素性の知れない同行者に気を許し過ぎだ。

 お姉さんぶりたいユリアにしてみれば、年上の優しさだったのかもしれないが、メルが大鎌を手に、自分たちに反撃してくるとは予想しなかったのだろうか。

 当のメルは鎌を手にご満悦な表情をするだけで、フェレスの杞憂だったのは間違いないが、勇者気質の高いユリアの性格も考えものである。

 一方のメルは三珠にリーシャ、ピスカの3人に囲まれ、


「そんな大きい鎌、メルは使えるの?」

「使えないとか……使えるとかの問題じゃない。鎌は……死魔族の誇り……」


 メルは大鎌の柄を抱きしめ、それを慈しむように撫でる。

 あまりにメルが大鎌を大事そうにするので、三珠たち3人は理由を尋ねた。


「民族的な風習ってやつ?」

「そう……死魔族の部族は、冥界オルキヌスの番人……」

「死魔族には《《死》》を神聖視する風習があるんですよね?」

「ある……王国でも新月の暦に、夜会が開かれた……」

「夜会って、危ない感じのじゃないよね? 食人の儀式とか?」

「違う……ただのお祭り、カーニバー……」


 ちょっと面白いことを言ってやったぜというふうに、メルが誇らしげな顔をしたが、三珠とリーシャは突っ込みに困り、軽く流すことにする。純粋な好奇心で聞き入っていたのは、ピスカだけだった。


「あっ! 忘れる所だった!」

「ん? どうしたの、三珠? お姉さんに手が貸せること?」

「ああ、いや違くて――薬を忘れるとかだったなって」

「あのヒカリゴケを使った透明薬ね。出来はよさそう?」

「うん、上々。昨日、夕食の後にユリアさんがレクチャーしてくれたおかげ」

「うんうん。妹分を育てるのはお姉さん冥利に尽きるぞお」


 テントが消え、三珠はユリアの光属性魔術で光源を作ってもらい、暗い足元に転がった色々な霊薬が入った薬瓶を拾い集め、彼女はリュックに入れ込んでいく。

 三珠が拾い上げて見つめたのは、薬瓶に入った無色透明の液体は透過の霊薬だった。

 その薬を飲むと、光を迂回させる結界効果が一定時間付与され、他者が薬を飲んだ者を視認できなくなる。魔術的な光学迷彩とでも例えるべきだろう。

 錬金術の訓練のため、ユリアには指導を、ピスカには手助けをしてもらい、ようやく透過の霊薬を完成させたようだ。錬金術に不慣れな三珠は、まだまだ勉強中の女学生みたいなものである。


「しかし、お姉さんは感動したぞお。三珠が錬金術の本を読んでるなんて」

「ああ、うん。興味あって……」


 三珠は魔導書スィアのことを錬金術の本にしたらしい。正義感が強く、基本的に人を疑わないユリアはコロッと騙され、三珠は申し訳なさそうに笑う。

 三珠も善人を騙すのは気が引けたのだろう。そう思い、フェレスは口を出す。

 

「お前ら、そろそろ出るぞ? 準備はいいか?」

「あっ、うん。こっちは大丈夫」


 女性陣を代表し、三珠がフェレスに頷く。

 彼女が支度を整えたところで、フェレスは旅人用の収納袋を肩に下げ、ロークに向き直った。


「お前も俺たちに同行する方向でいいのか?」

「まあな、旅の道連れってやつさ。あんなもん見ちまったら、おいらも安心して洞窟に住めねえよ。せめて、死霊術師ってやつらを目的くらいは暴かないとな」

「それじゃあ、君も戦力としてカウントさせてもらうよ。自分の身くらいは自分で守ってくれ。彼女の件もあるし、僕らも手が空いていない」

「チビだからって舐めんなよ? 魔術を使えば、おいらもそれなりにやれんだぜ」

「つっても、あの骸骨どもには遅れを取ってたみたいだが?」

「うるせえな、あんな数を一気に相手できるほど、おいらはアンちゃんらみたいに強くねえ。生き残るために、自分の実力くらいは知ってる」


 横暴な態度の目立つロークだが、彼も身の程知らずの自信家ではないらしい。

 自己分析が優秀なのは結構。フェレスはアディンが点呼を取り、一行は鍾乳洞の地底湖を立ち去り、洞窟の出口を目指す。



       ◇



 鍾乳洞も終点に差し掛かり、ようやく洞穴を抜けようかとしていた頃、フェレスらは想定外の障害に阻まれることになる。蜘蛛の巣だ、それも益虫と呼ばれる原生生物の蜘蛛が張ったものじゃない。

 もっと大型の、魔物と化した洞窟生物の蜘蛛だろう。ロークの案内によれば、直にシワテテオスタ大国方面の出口に差し掛かるというのに、最悪な環境だった。

 

「わっ! 手に引っかかった!」


 三珠は片手が蜘蛛の巣に触れ、外れなくなってしまう。

 少女が何度、腕に張り付いた蜘蛛の巣を振り払おうとしても、逆に複雑に絡まっていく。まるで罠にはまった獲物は逃がさないというふうに、強力な接着力だった。


「三珠、動かないで……私が、助ける……」

「えっ? ちょっと待って、流石に心の準備が!」

「大丈夫……信じて……」


 メルは両手で持った大鎌を振るい、三珠の手に絡み付いた蜘蛛の巣を切断する。

 自分の腕を縛り上げるものがなくなり、前によろめいた三珠が青ざめた顔で腕を確認したのは、メルが誤って自分の手を切り落としてしまわないか、内心はびくついていたからなのだろう。

 三珠はほっと胸を撫で下ろし、まだ片腕が落ちていないことを喜んでいた。

 と、切断した蜘蛛の巣の中から何かが落ちる。

 

 三珠が足元を見ると、そこには死体が転がっていた。

 洞窟を訪れたら旅人の遺体だろう。大きな口を開け、血抜きされたかのように皮膚はしわくちゃで、目玉は瞼から飛び出しかけていて、性別はわからない。

 腐りかけた皮膚には蛆虫のような蟲がわいて蠢き、死体には白い蜘蛛の糸が何重にも巻き付く。


 暗い洞窟内であり、三珠には死体が克明に見えていなかったのが救いだった。

 ねちゃねちゃと、気分を害するような音が聞こえてきて、三珠はそれだけで気持ち悪くなり、蜘蛛の巣から転げ落ちてきた死体から距離をとる。

 

「おいらの予想じゃ、シュピンネの仕業だな」

「あの人食い蜘蛛か、こんなとこに巣を作ってるとはな」

「仲介屋の人間としては、魔物は捨て置けないね」

「あの蜘蛛、繁殖力が異常だからな。でも、この状況で相手にすべきじゃない」

「おいらとしても、会いたくないぜ。餌になりたくねえからな」


 ロークは鍾乳洞の柱から柱へ足音を立てずに移動し、フェレスたちに手招きをしては、出口に誘導してくれている。一方のアディンはフェレスと足並みを揃え、後方の少女らを嚮導きょうどうした。


「うげっ! あたし、でかい虫が大嫌いなんだけど」

「そうなんですか? リーシャ姉さまにも苦手なものがあるんですね」

「まあ、あたしも一応は女じゃん? 虫の動きがもうだめって感じ」

「安心していいぞお、リフォルシア。大蜘蛛が出たら、お姉さんがぶっとばしてやるからなあ。この拳に任せてほしいわ」

「いや、だから――あの虫の中身が出てくる感じが、生理的に無理だってば!」


 恐れる者はないと、ユリアが持ち前の英雄気質を披露するが、打って変わってリーシャは心底嫌そうに、嘔吐感を催したような顔をする。

 リーシャに頷いたピスカだが、彼女はそこまで毛嫌いはしていないようだ。

 元奴隷商品の彼女は、人間こそがもっとも恐ろしい生物であることを、その身をもって知っているからなのかもしれないが。


「やっと、鍾乳洞の出口に来たな。長かったぜ」


 天井が高く、横にも広い鍾乳洞の出口に差し掛かり、湿っぽい洞窟からは早く退散しようと、ロークが風の吹き込む空間を駆けていく。

 ほぼ無風だった鍾乳洞内に比べ、やっと外に出られる開放感はあったが、しかしいち早く異変を察知したフェレスは、単独行動をとるロークを呼び止める。

 が、もはや手遅れであり――


「おい、ローク! 横だ!」

「ああん? なんだよ、アンちゃん」


 「うるせえな」と言いたそうに振り返ろうとしたロークは、真横を見て意気消沈する。2本の鋭利な牙が左右に動き、涎のような分泌液を垂らす口部があった。

 気性の荒い大蜘蛛は地べたで休んでいて、ロークは前方の注意を怠り、休憩中だった大蜘蛛の口元に、自ら進んで近づいたのだ。

 シュピンネは上あごに糸状の粘着物質を噴射する器官がある。

 大蜘蛛としては平和な休息の邪魔をされ、さぞご機嫌斜めだろう。ロークは「おいらを食べてくれ」と、自分から餌になりに行ったようなものだった。


「う、うおあああああああああああああああああああああああああああ!」

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 驚愕したロークの悲鳴と大蜘蛛の威嚇が重なり、シュピンネが吐き出した糸が、小人のロークを白い糸玉に変えてしまう。やむなく彼を助け出すために、フェレスらは大蜘蛛と交戦を開始した。

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