第一三話:死魔族《死神》の少女
三珠の座るテントの中には、青白い肌の少女が寝息を立てる。冷静さを失い、彼女の正体に怯えてしまったが、三珠が掴んだのは少女の右胸で、心臓の音が聞こえないのが当たり前だった。盛大な勘違いで動揺したなんて、甚だ決まりが悪い。
一緒のテントで寝る予定だったリーシャは、地底湖に流れたついた少女に養生してもらうために、ピスカとユリアが入るテントの方に移動してくれた。
自分が着替えるついでに、三珠は少女のびしょ濡れだったローブを脱がし、ピスカが持ってきてくれたバスタオルを彼女に被せる。
『(三珠、目を覚まさないねー)』
「(でも、滋養強壮薬は飲んでくれたし、きっとすぐに目を覚ますと思うよ)」
地底湖を流れてきた少女は呼吸が弱々しく、衰弱していたようだったから、三珠は自分が錬金術で作った治癒効果のある栄養薬を、少女に飲ませたのだ。
精神年齢が高く、疲れやすいというフェレスのために作った薬品だったが、役に立ってよかった。
魔導書に刻まれた錬金術の薬学を試したものだから、即効性がないのを心配し、スィアは責任を感じるみたいにそわそわする。
ともあれ、発見した当初よりは呼吸も安定しているし、三珠が作った栄養薬に一切の効果がなかったとは言い難かった。
「三珠、まだそいつは目を覚まさないか?」
テントに顔を出したフェレスが、三珠に尋ねてくる。少し前にフェレスらは帰還し、夕食の用意をしてくれていたのだ。
まだかな、と三珠はフェレスに首を振る。
フェレスは手に持った黒いローブを三珠に放り投げ、いまだ眠る少女の服が乾いたことを伝えてくれた。アディンが得意な火属性魔術を活かし、地下水の染み込んだローブを乾かしてくれたらしい。
「うう……」
三珠がローブを受け取った直後に、隣に眠る少女が吐息を漏らし、ゆっくりと瞼を開け始めた。ようやく眠り姫はお目覚めのようである。
頭を強く打っていたのか、少女は額に手を当てたまま起き上がり、ぼやけた視界に戸惑うように、すぐそばにいた三珠の顔を覗き込む。
すると、素っ裸の少女に被せていたタオルが落ちかけ、三珠は咄嗟にタオルのふちを掴み、彼女の素肌がフェレスの目に入らないようにカバーする。
「あ、あの、フェレスさん!」
「わかった、着替えさせたら出てこい。そいつに聞きたいことがある」
三珠の言わんとしたことを察したように、フェレスは大人の対応をして、テントの外に出てくれる。ほっと一息ついた三珠に、少女は問いかける。
「貴女は……誰?」
「私は三珠、よろしくね」
「三珠……理解した……」
「えっと、詳しい話は後でいいかな? 今は服を着て」
「そう……貸して……」
片言で喋る少女は能面のような無表情だ。あまり感情の変化を読み取れない。彼女が長い前髪で顔を隠してしまっているのも、根暗な印象を与える原因だった。
必要最低限の対話に応じ、手を差し出してきた彼女は、乾いたローブを渡してくれと、意思表示したのだろう。コミュニケーションの取りづらい少女だ。
その当たり障りないよそよそしさは、アベントゥーラを訪れる前の三珠を彷彿とさせた。だからこそ、共感を抱いてしまったのかもしれない。
彼女と会話を成立させるには、相手の思うことを聞き手側が想像してあげないといけないが、なんとなく三珠には読み取れたのだ。
「貴女が……私を?」
「あっ、うん。地底湖に流れ着いたところを助けたの」
「……迷惑かけた」
無口な少女は特に恥じらいもなく、三珠の目の前で裸になると、黒のローブに袖を通していく。
不健康そうな肌色なのに、彼女の滑らかな肌には艶があり、気品に満ち溢れたような艶肌の少女には「綺麗だなあ」なんて、同性でも憧れてしまう。
「……何?」
「いやね、すごく綺麗な肌だなあって。手入れとかしてるの?」
「この肌は生まれつき……ただ、賞賛はうれしい」
「綺麗……」と少し照れたように少女は頬を染め、けれど一瞬にしてポーカーフェレスに戻ってしまう。
感情表現の乏しい子だなと思いつつ、三珠は立ち上がった。
「着替え終わったなら、外に行こう。お腹、空いてないかな?」
「……必要ない」
遠慮したらしい蒼髪の少女だったが、きゅうと腹の虫は素直に鳴いていた。
「やっぱりね」と見透かしたような三珠に優位を勝ち取られ、少女は三珠の差し出した手を取ると、テントの外に歩き出す。
◇
テントの外は、既に宴会ムードだった。
炎を灯した調理用の炉を中心に、床の上に茣蓙を敷いた6人が座り込む。
フェレスとアディンは紙コップに入った酒を飲み交わし、ピスカは先輩のユリアと野営メシを満喫し、ロークも串焼きにした魚にかぶりついている。食欲をそそる香ばしい匂いが漂う鍾乳洞だった。
燃え上がる調理炉に照らされ、オレンジ色の光が岩陰を照らす。
「ああ、その子も起きた感じ? あんた、名前は?」
「……メルフィアナ」
「ええと、それが名前でいいわけ? メルでいいっしょ、長いし」
「構わない……貴女の好きに呼んで……」
名乗った少女、メルフィアナ・シーマ・プリヴィディエーニは、長い前髪で表情の変化が少ない目を隠し、根暗な印象のまま、リーシャに受け答えした。
完璧に明るく気さくなリーシャとは対照的に、陰気な性格のメルである。
リーシャは苦手意識を持ったのか、言葉を選ぶのに時間がかかっているようだ。
「ああ――あのさ、メルも食べる?」
「その香り……くれると、嬉しい」
リーシャがメルに差し出した紙皿の上には、小切りにしたウインナーの混ざったこふき芋だった。
メルは飢えた獣のような勢いで、リーシャの持つ皿を掴みとり、ぎらぎらとした目つきで野営メシを見下ろすと、唇の端から涎を垂らす。メルの真意が読めなかったらしいリーシャは、紙皿に盛った野営メシを手渡し、三珠の隣に寄ってくる。
一方のメルは夕食に釘付けなり、気に止めてもいなさそうだった。
「あの、メルフィアナさん。良ければ、これもどうですか?」
そう言って、フライパンで焼きあげたチャーハンの手に、ピスカがメルにコンタクトをとる。
ぱさぱさに焼き上げたチャーハンは、よく味が染み込んでいるらしく、色も濃い。香辛料の匂いも香しく、食欲が進みそうな主菜だった。
その料理を餌にメルを釣ったのだから、ピスカは恐ろしいコミュ力モンスターだと思う。
後輩の神官に便乗し、ユリアまでもがチャーハンをレンゲの上にのせ、メルの旺盛な食欲に訴えかけ、彼女を誘惑する。
「ほらほら、お姉さんが食べさせてあげるぞお」
「そこまではいい……自分で食べられる……」
「じゃあ、お姉さんが渡してあげよお」
「んっ……これは、美味……」
レンゲですくい上げたチャーハンを食べ、メルは至高の一時を過ごすみたいに、歯でよく噛んで味わう。いつの間にやら、3人は打ち解けていた。
「ねえ、あの子さ。餌付けされてるっぽいけど、大丈夫なわけ?」
「私に言われても困るけど……」
もう完全に気を許したような空気を醸し出すメルを見つめ、三珠とリーシャは苦笑いを浮かべる。と、酒を飲み干したフェレスが、全員に号令をかけた。
引率者の呼び掛けにより、楽しい食事は一時的に中断され、全員が調理炉を取り囲むように整列し、三珠は静かにフェレスの言葉を持つ。
「楽しんでるとこ悪いな、メルフィアナって言ったか? お前に聞きたい」
「貴方が……このチームのリーダー?」
「成り行きだがな、そういう立場にはある。俺の名前はフェレスだ」
「フェレス? 覚えた……要件は?」
「答えてくれるんだな?」
「そう言ってる……助けられたお礼、恩は仇で返さない主義」
「わかった、単刀直入に言うぞ。お前は死魔族だな、魔女団の関係者か?」
どっしりと構えて言及するフェレスに、メルは首を振った。彼女は魔女団など聞いたこともないと言う。三珠が見る限り、彼女に嘘はなさそうだ。
半信半疑といった様子だが、ひとまずフェレスは彼女を信用する。隣のアディンに目配せをして、警戒は怠らないように指示はしていたが。
「じゃあ、もう1つ質問だ。お前はどうしてここにいた?」
「わからない……覚えてないの、私は国に向かっていたはずなのに……」
「国? どこの国だ?」
「シワテテオスタ王国……私はその国の息女……」
「それは事実なの? あの国のお姫様なんて!」
メルの話に食いついたのはユリアだった。ユリアは真皇騎士団の一員として、死霊術師を追っている身だから、パリカーが拠点があるという国の名に、思わず驚いてしまったのだろう。
彼女と同じように目を丸くしたフェレスとアディンだが、彼らはアイコンタクトを取り、ユリアに落ち着くよう宥める。
そんな彼らを余所に、三珠は素直に感心していた。が、一国のお姫様が1人で危険な鍾乳洞に来るなんて、メルの行動には違和感がないでもない。
護衛とかはつけなかったのだろうか。メルの出身国の文化をよく知らず、三珠も詳しい事情までは口出しできなかったが、それでも深読みしてしまう。
一方、フェレスは落ち着きを取り戻し、再びメルを尋問した。
「確証は?」
「ある……王国にさえ連れて行ってもらえばいい」
「よし、俺たちの目的地も王国だ。一国の姫君に大事があっても困るからな、護衛を引き受けようか?」
「助かる……鍾乳洞が広すぎて、迷ってた……」
「決まりだな、晩飯中に手を止めて悪かったな。気を取り直して、飯にしよう」
「お前らに異論はないな」と、その場に集まった全員に声を掛け、誰一人として首を横に振らなかったのを確認し、フェレスはメルを王国まで連れて行くことに決定した。
メルには不審な点が多く、結論を急ぐべきではないと判断したのだろう。
「おいらにゃ、よくわかんねえが――もう食っていいんだよな、アンちゃん?」
空気を読み、律儀に黙っていたロークが口を開く。やがて彼の質問を皮切りに夕食は再開され、水の流れる静かな音に心身を癒されつつ、総勢8人で騒ぎ合った地底湖でのやかましい一夜が更けていく。




