第十話:スケルトン来襲、怯えるトロル
まず仕掛けたのがフェレスだった。
銃剣のトリガーを引き、放たれた火球が飛びかかってくるゾンビ犬の一匹を焼き尽くす。すかさず、アディンが刀剣を持つスケルトンに近づいた。鉄盾で自分を守るように構え、刀剣を振り上げたスケルトンだったが、しかし白骨死体である怪物の動きはのろい。
振り下ろされた鋼鉄の斬撃はいともたやすく回避され、アディンはスケルトンの肩骨に軽く触れた――瞬間、真っ黒な火炎が骨の怪物を包み込む。
それこそ、仲介屋のSランカーたるアディンの保有する極位クラス魔術、火・地・闇の3属性が混ざり合った複合魔術は、対象を焼き尽くすまで決して消えはしない。
まるで煉獄の業火の如き黒炎は、骨の怪物をたちまちに塵と化す。
その圧倒的な絶対不可避の黒炎により、アスモデウス・オーディファンは〝煉獄皇帝〟と、そう呼ばれた。
かつて暗君の忠臣だった男の血族で、冷静な行動の内に秘めた激情をもつ強者だった。
「あー……あー……」
人の心を忘れ、恐怖を知らなくなった亡者の骨は、眼前の悪魔を恐れることはなく、3体がかりで襲いかかった。が、亡者らの刃が煉獄の悪魔に届くことはない。
「すまないが、退いてくれないか? 僕たちはこの先に用があってね」
息の合った連携を取るスケルトンだったが、しかし無情にもアディンに近づくことさえも許されず、真っ黒な炎にのみこまれて骨は塵になり、地面に剣や片手斧といった武器をばらまいた。
と、その時だ――アディンが後方に飛び退く。
高圧で圧縮された水の塊が、アディンを狙って放たれたからだ。彼が睨んだ先、そこには詠唱をするスケルトンがいた。降霊術により作った亡者には僅かばかり過去の記憶を呼び起こす者がおり、たまに魔術を扱える個体が出来上がるという。
魔術を扱うスケルトンは完成させにくく、珍しい成功品でもあった。
だが、アディンは焦らない。彼はさりげなく横に避け、後方に振り向くと、そこには長銃形態をした銃剣の刀身を前方に向けるフェレスがいた。
光属性の魔術弾をシリンダーに込め、後方で待機していたのだ。
「フェレス、後は頼むよ」
「言われるまでもない」
アディンの長い緋色の髪をかすめ、フェレスの放った一筋の閃光は、詠唱中のスケルトンの頭蓋骨を貫き、それを粉砕した。
頭蓋骨のなくなったスケルトンは、ぽろぽろを関節が外れて地面に落ち、ただの白骨死体へと戻る。
散らばった骨を眺め、アディンは考え込むように目を閉じる。
「やはり、この鍾乳洞に魔女団が滞在していたのは確からしいね」
「ああ。この死体でもは何かしらの儀式の弊害か、あるいは魔女団が鍾乳洞に残していったものだろう」
「何か、探られたくないものがあった、と?」
「その可能性が高いだろう、シワテテス王国には空路がない。ここは鬼門だったわけだ」
「キナ臭いな。そうまでして調べられたくなかったのか」
「先に進めばわかるだろう。それより、あっちの援護に向かおう」
「そうだね。ここで考え込んで、彼女たちに被害が出るのまずい」
悠長にしてはいられなかった。乱戦中に怪我をする身内などは見たくない。フェレスとアディンは頷きあい、後方で戦う少女らの加勢に向かう。
◇
「おりゃあ、鉄拳・制・裁!」
ユリアの打ち出した小手がゾンビ犬の顔面をとらえ、その頭部を消し飛ばした。
粉微塵になった肉片が辺りに飛び散り、どろりとした血を噴き上げた犬の亡骸は、地面に落ちて痙攣し、無くなった頭部から血を垂れ流して血だまりを作る。
そこへ、もう2匹のゾンビ犬が牙を突き立て、ユリアを襲ったが、しかしその牙はユリアに届くことはなく、空気の膜のような結界に阻まれた。
ユリアの両手に食らいつき、結界を破ろうとするゾンビ犬だったが、甚大な被害ではないというふうに、軽々と2匹の屍犬を持ち上げた。
ユリアの装備した防護バングルには、一流の巫術師によって不浄の者に対する高い耐性が施されていて、亡者の呪いをことごとく弾き返す。ユリアはゾンビ犬の体を振り回し、鍾乳洞の天井から垂れ下がる尖った岩石に叩きつけ、2匹のゾンビ犬の体を両断した。
見事なまでのパワーファイトである。はじけ飛んだ胴体からどす黒い汚れた血を垂れ流し、ぐったりとした犬の屍はユリアに頭部を握り潰され、活動を停止した。
「うわあ、すごい力任せの無双っぷり」
リーシャは少しばかり顔を引き攣らせつつ、幻術で創り上げた魔術弓の弦を引くと、3本の魔術矢を構え、前方に撃ち出した。ユリアの体に当たらないように湾曲した矢は、3体のスケルトンの胴体を射抜き、手足の人骨が辺りに散らば。る
しかし、次から次へと湧き出すように、屍の進行は止まらない。
死体の群れは、前方よりも後方に戦力が集中していたようだ。
「もう! 何匹いんのよ!」
「ちょっと、お姉さんも疲れちゃうぞお」
心労を吐露するようにユリアは肩を下げ、リーシャは不満が爆発したみたいに苦情を言う。
このままでは埒が明かない、一網打尽にする魔術が必要だ。
「ピスカちゃん、これ使ってくれる?」
「それは、魔術薬ですか?」
「うん、さっき試作してた薬。私が毒見もしてるから体に害はないよ」
「わかりました、三珠姉さまを信じます!」
三珠から薬瓶を受け取った魔術薬を飲み干すと、ピスカは自分の適応力が向上するのを感じた。
「ピスカちゃん、私が援護してあげる。だから、一気に決めて!」
「はい、任せてください!」
三珠はピスカと手を合わせ、彼女の力を増幅する。
攻撃用のブレスレットで使用した魔術に見せかけ、味方を支援する魔導書の強化魔法を行使した三珠は、ピスカの魔術を増幅させるほどの魔素を流し込み、彼女の能力を飛躍的に伸ばした。
『曰く、冷徹なる追悼を』
ピスカの放った魔術は光属性を孕んだ粉雪のような氷晶、死した者に浄化の氷で癒すアンデット特攻をもつ光の吹雪だった。
氷晶の鮮麗は白骨死体と腐った犬の死骸に降りかかり、屍の化け物どもを綺麗な氷漬けにして、命尽きた者に供華を贈るみたいに氷の華を咲かせ、やがて凍結した死体の全てが氷の欠片になった。
一件落着というふうに、三珠がアンデットの残骸を眺め、「今更怖くなってきた」と緊張の糸が切れ、三珠はへなへなと脱力していく。と、そこへ――
「すげえ、マジで奴らを倒しちまった。ありがとよお、姐さんたちい!」
討伐された死体の残骸を目の当たりにして、気を良くしたトロル族のロークが、三珠の胸にダイブして頬擦りをする。姉ちゃんから姐さんに呼び方を変えたのは、ロークなりの敬意かもしれないが、それでも彼の仕草がいやらしい。無頓着な三珠ですら、彼の行為は乙女として不快だった。
「うへ、うへへ。この絶妙な柔らかさがたまんねー」
「え、えええ! ちょっと、何するの!」
「おい、三珠から離れろし! この変態小人が、都市警察に突き出すぞ!」
ロークの首根っこを掴まえたリーシャが、彼を地面へと投げつける。
まるで水上を跳ねる魚みたいに、見事なバウンドを繰り返したロークは、やがて地面から突き出した岩にぶち当たり、「ほげえ!」とまた悲鳴を上げる。
だが、顔はにやにやと満足げに笑っていて、「これはこれで……」と満更でもない様子のロークは、ぶれない小人だった。
「三珠姉さま、大丈夫でしたか?」
「女の敵は、お姉さんが許さないぞお」
ピスカは心配そうに三珠に駆け寄り、ユリアは年下の少女たちを守るように拳を突き出し、ロークの欲望に任せたような行動を警戒していた。
三珠は同性に守られるような感じで、困ったように眉を下げ、胸を両手で庇う。
と、一足遅れて駆け付けたフェレスが安堵の息を漏らす。
「なんだ、終わってたのか。急いで損したな」
「一応、念のために焼いておくよ」
アディンが指を鳴らすと、ゾンビ犬やスケルトンの残骸に黒い炎が燃え上がる。火葬の儀というべきか、死霊術師の犠牲となり、命を弄ばれた死体たちに、アディンはせめてもの手向けを贈る。
だが、戦闘後の空気を吹き飛ばすように、リーシャがフェレスに媚を売る。
「あっ、せんぱ~い! 前の方はもう大丈夫な感じですか~?」
「まあな、2人でなんとかしたさ」
「所詮は思考のない死霊術師の手ゴマだからね。処理は難しくない」
「あたし、アディン教官には聞いてないんだけど……」
「おやおや、随分と生意気じゃないか? 僕は上司なんだけどね。あることないこと報告書に書き連ね、君の雇用賃を落とすが、それでもいいのかい?」
「うぐっ! 職権乱用じゃないですか~、鬼畜過ぎません?」
自分たちの元に駆けつけたフェレスに抱きつこうとしたリーシャだったが、アディンの煌びやかな長髪を見るなり、恐れを抱くように思い止まる。
上司にどんな扱を受ければ、お化け以上に上司を怖がることになるのだろう。
三珠はアディンの訓練内容すらも想像できなかった。
一方で、フェレスは床に転がるロークを一瞥し、彼に苦言を呈した。
「遠巻きに見ていたが、さっきのはお前が悪いからな」
「なんだよ、アンちゃんにならわかるだろ? おいらの気持ちが!」
「昔なら鼻の下をのばしてたかもな。もう年くっちまって、そんな気力はないが」
「マジかよ。アンちゃん、男として死んでるぜ?」
ロークに呆れたような眼差しを送られるが、フェレスは気疲れしたように肩を落とす。もう腰が限界なのだ、疲れるのは仕事だけでいい。
唯一の憩いは男の晩酌だけだった。疲れたから寝て、早めに起きる。もう生活サイクルが老人だな、とフェレスは思わずにはいられなかった。
「まあ、いいか。おいらも助けられちまったわけだしな。どうだい、アンちゃんったち? よかったら、この洞窟でいい場所に案内してやろうか?」
「そんなスポットがあるのか?」
「ああ、おいらの秘密の場所さ。姐さんらには助けられたしな、その恩返しだ」
「気前良いだろう?」と、ロークが物知り顔をする。ケロッと立ち上がったロークの体は、存外に丈夫なのかもしれなかった。
「いや、ついさっき、その恩を仇で返したと思うのは俺だけか?」
「細けえことはいいんだよ――おいらも入れなかった鍾乳洞の中に何があるのか、それを見つけたいしな」
「洞窟でおかしなことがあったのか?」
「前に、変な女どもが洞窟の中をウロウロしてたんだよ。おいらもあの数の女はさばけねえから、横穴でじっとしてたけどな」
「なあ、ローク。その話、詳しく聞けないか?」
鍾乳洞に女の一団がいたと聞き、フェレスはロークの話題に食いつく。
この洞窟の蠢いていたアンデットを作り上げたのが、パリカーの魔女団かもしれないからだ。
「ついてきな」と言ったロークに続き、フェレスたちは鍾乳洞に住み慣れた彼の案内に従い、テントが張れそうな広い場所を探しに向かう。




