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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第二部:屍の王国編 在りし日の望郷の都
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第六話:買い出し中の一騒ぎ

 旅の備品を揃えるならば、ということで、三珠たちは港の市場を訪れていた。港町ということもあり、新鮮な魚を扱う屋台や魚の薫製くんせいを扱う店も多く、かなり生臭さのある通りでもある。

 三珠はピスカを連れて、物珍しそうに原生生物らしい魚を眺める。名称は違うようだが、イカのような魚もいたり、おいしいのか疑わしい顔の潰れた奇形の魚がえらを動かしていたり、魚臭いのはいただけないが、見ていて飽きない市場だった。

 ずっと山岳の都市で神官見習いをやっていたためか、ピスカにとっても生きた海の生物は初見だったらしく、彼女は三珠と一緒に騒いでいた。


『(ますたー、スィアはまだ静かにしてたほうがいい?)』

「(あっ、うん。ごめんね、退屈かもしれないけど……)」

『(大丈夫。スィアね、ますたーのためなら頑張るよ?)』

「(ありがとう、私との念話なら何度してもいいからね)」


 後ろを振り返り、なぜかダンベルを持って立つユリアを警戒し、三珠は魔導書スィアと密談を交わしていた。

 ユリアは教団の騎士らしいから、スィアのことがばれてしまうと、厄介なことになってしまいそうだから、そこは黙秘で避けようと考える。ピスカやリーシャもその辺は察してくれていて、極力魔導書の話題には触れないでくれていた。

 しかし、三珠が魔法を使えば発覚しまうわけで、どうにか手を打ちたいところではある。

 と、リーシャがユリアと一緒に露天商に近づいていた。

 地面に敷いた茣蓙の上に魔術道具や武具を置く露天商である。


「――っで、ユリアさんはいつまでダンベル振ってるわけ?」

「よく聞いてくれたわ、リフォルシア。ただ歩くだけなのももったいないでしょう。これは時間のロスをなくし、トレーニングを兼ねた行為なの――どうだあ、お姉さんの頭脳的な訓練に感動したかあ?」

「ああ、うん。ユリアさんが頭脳ぶつり的な思考回路なのがよくわかる」


 「頑張り方がずれてるっしょ」とリーシャが言いたげに眉をひそめるが、なぜかユリアはしたり顔をしていた。知能にいくはずの栄養が、もしかすれば胸に流れ込んでしまったのだろうか。

 失礼だと分かっていても、彼女たちの会話の流れて聞いてしまい、そう思わずにはいられない三珠であった。


「ええと、先輩の注文は……テントのスクロールが10枚に、各種属性の魔術弾とスクロール、あとは加護系のスクロールか。あと収納袋を私とピスカの分」


 リーシャはメモ帳の通りに品を店主に頼み、合計金額17300クリュスの支払いを済ませる。一番高かったのは収納袋だった。

 収納袋は収納ボックスを繊維状にしたようなもので、冷却効果を持たずナマ物の保存には向かないが、袋を編む際に糸状にした無属性魔素結晶が使われ、収納可能な総重量は高くないものの、ある程度の量までなら袋内の亜空間に放り込める品物だった。

 魔導書の入ったリュックを背負う三珠には、収納袋を買う予定はない。


「リフォルシアは、武器を買わないの?」

「いや、あたしは自前で魔術製の武器が作れるから。ユリアさんは――まあ、教団が提供した武器以上にいいものはないっしょ」

「教団の抱える一流の巫術師による符呪のおかげで、聖炎の加護があるもの」

「聖炎の加護?」

「魂を亡くした不死者やアンデットへの浄化、もしくは呪い解除の効力よ。別名は銀の鋼拳とも言うわね、迷える子羊はお姉さんの拳で改心させるわ」


 ダンベルを収納袋のしまい、ぐっ、とユリアは拳を固めて小手を見せる。

 「やっぱ脳筋思考じゃん」とリーシャは苦笑いし、けれどユリアが得意満面に誇っていたから、彼女は深く突っ込まないようにしていた。

 4人の少女が買い物を満喫していると、ふと近場の宝石店で声が上がった。


「どういうことッスか、そんな結果は納得いかないッス!」


 そう立ち上がって叫んでいたのは、アベントゥーラ時報の社員で赤毛の多眼族、カトレア・ホルステッジだった。魔術結晶ほうせきを棚に飾った露天商だが、大きな水晶玉の置かれた机が露店の隣にあり、水晶占いのサービスもやっているようだ。

 カトレアが大声をあげたのは、占いの結果が良くなかったとか、そんな理由だろう。報道関係者にしては、占いなんて乙女チックな趣味を持っている。

 かく言う三珠も占いの類は嫌いではない。「少し面白そうだな」なんて占いに興味をそそられつつ、三珠はカトレアに声をかけた。


「カトレアさん、昨日ぶりです。お仕事は順調ですか?」

「おお、大賢者様じゃないッスか――っで、また猫かぶりッスか?」

「えっ、ああ――ふむ、左様よ(うわあ、危なかったあ!)」


 思わず素で話しかけてしまい、三珠は軽く焦る。ユリアは首を傾げていたが、三珠に置かれた状況を察したリーシャとピスカが、咄嗟にフォローした。


「あ、あの! ユリア姉さま、一緒に他の露店も見てみませんか? 三珠姉さまはお知り合いの方と、お話があるみたいなので!」

「えっ? ええ、構わないけれど……」

「よ、よかったです。どうしても、ユリア姉さまじゃないと駄目だったんです!」

「そ、そうなの? よしよし、お姉さんが付き合ってあげるぞお!」


 ピスカにおだてられ、ユリアは満足げに彼女に同行する。

 チョロいお姉さんである。びしりと三珠に親指を立て、ピスカはユリアを連れて宝石店の側を離れていった。と、カトレアがユリアの後姿を眺め、記憶を辿るようにこめかみをつつく。


「さっきの人、どこかで見たような気がするんッスけど……」


 「誰だったッスかね?」となかなか思い出せないようで、カトレアは記憶の迷宮に囚われていく。カトレアがユリアのことを真皇騎士団ニフタ管轄下の第5位階、力天使であることに気付くよりも早く、三珠は彼女に質問した。

 

「それよりも、うぬは何を騒いでおったのだ?(答えてくれるかな?)」

「自分ッスか? いやあ、占いの結果が思った以上に悪かったもんで、つい……自分が独立する前に縁起が悪すぎるっての」

「ふん、詮無きまじないごとに現を抜かすなど、己が志の低い者がすることよ」

「お、おお! 流石は大賢者様ッスね、貫録あるッスよ」

「ふふふ、そうであろう(ごめんなさい、占い大好きです!)」


 嘘八百を並べる三珠に、カトレアがほだされるように頷く。顔色1つ変えずに尊大な態度をとれるようになったのは、三珠も自分の成長を感じた。

 それが正しい成長であるのかはさて置いて――リーシャは2人のしょうもないやり取りを眺め、「その路線で行く感じ?」と三珠の将来を危惧しつつ、「そういう年頃もあるか」と友人を痛い子評価して知見を改める。


「お前は占いを信じないのか?」


 三珠の態度が癪に障ったのか、ふと宝石店を営むフードを被った占い師が、水晶玉に手をかざす。彼女にも占い師としての意地があったのだろう。

 三珠から料金も受け取らずに、光輝いた水晶玉に浮かび上がった映像を眺め、「これは……」と息を飲むように、占い師が結果を伝えてくる。


「お前はもうすぐ知人と再会するだろう」

「ふん、何を戯けたことを(私にこの世界の知り合いなんていないし)」


 やっぱり占いは占いか、と三珠が思いかけたところで、不意に彼女の名を呼ぶ少女が現れた。


「あら、三珠とリーシャお姉さんじゃない。こんな所で会うなんて奇遇ね、さっき教団の騎士様とピスカお姉さんに会ったから、もしかしてとは思ったけれど」

「えっ? この声は――レティちゃん!?」


 思わず、三珠はあんぐりと口を開けてしまう。

 自分に声を掛けてきたのは、毛先がウェーブを巻いた薄紫色をした長髪の少女、レティーナ・フォルゼ・メルデンティアだった。

 オロスの飛空艇発着場で出会い、事件終息後のレティの安否を知らなかった三珠だが、こんなにも早く再会してしまうとは思っていなかった。

 ともあれ、驚くべきなのは占いの結果である。見事に未来予知が的中し、宝石店の店主はほくそ笑み、三珠は恐怖を抱かずにはいられなかった。

 だが、瞳孔を見開いたのは三珠ではなく――


「あっ、自分は何で忘れてたんッスか! さっきのはユリアティル・カルネルフィア、教団の若き力天使じゃないッスか! こうしちゃいられないッス、何故に彼女がエルデフィース港を訪れたのか、それを取材しないと――特ダネのためよ!」


 出世の足掛かりをつかんだ瞬間に、「またッス」と怒涛の如く勢いで手を上げ、カトレアはユリアを連れ去ったピスカを追いかけてしまう。

 まさに嵐のような新聞記者だ、出世欲たくましい女性である。


「まったく、落ち着きのないお姉さんね。あれでは淑女と呼べないわ」


 アクティブすぎるカトレアに呆れつつ、「三珠はレティと同じ整然とした淑女よね?」と確認をとるみたいに、レティは微笑みかけてくる。

 レティとの再会は素直に嬉しかったが、しかし三珠は背後に座る占い師の圧力に畏怖していた。フードを下ろし、ベシー司祭に似た黒色の肌をしたテッグアールブ族の女店主は、「占い代を払ってもらうぞ」と理不尽な要求をしてくる。

 

 そんな女店主と三珠の熾烈しれつな争いなどつゆ知らず、三珠に再会したレティは宝石店の品にくぎ付けになっていた。

 特に彼女の目を引いたのが、棚に飾られた宝石をあしらったペンダントだったらしく、まるでおもちゃを前にした子供のように、レティは目を輝かせる。


「あんた、マセすぎっしょ? ペンダントが欲しいわけ?」

「べ、別に、レティは欲しがってなんていないわ。勘違いしすぎよ、リーシャお姉さん? 立派な淑女は物欲に惑わされたりしないのよ?」


 ツーン、と顎をしゃくり上げ、レティはリーシャへ強がりを言う。「この子は変わらないな」と頑固な幼女を可愛らしく思いつつ、三珠は女店主とも和解するために、背中のリュックに入ったスィアを押しのけ、自分の財布を取り出した。


『(ますたー、くすぐったい)』

「(ごめんね、スィア。でも、ちょっとだけ我慢して)」


 三珠はスィアに謝ると、物欲しそうにペンダントをチラ見するレティの横に立つ。三珠の財布に入っているのは、オロス復興に彼女が助力し、共和国軍の中将閣下であるドワーフの男、ゲイルズから感謝の印として受け取ったものだ。

 言い方を変えれば、この世界で三珠が働いて手にした初めてのお給料だろうか。レティには砦でお世話になったし、そのお詫びをしても罰は当たらないはずだ。

 三珠は女店主に交渉を持ちかけ、


「あの、さっきはごめんなさい。色々と事情があって、カトレアさんの前では強気じゃないといけなかったんです」

「まあ、いい。それで商品を買ってくれるのか?」

「あっ、はい。そこのペンダントをお願いします」

「毎度あり、客ならば歓迎しよう。こちらも意地を張ってしまって、悪かったな」


 「8500クリュスになる」と女店主に言われ、三珠は財布の中から白金水晶のメダルを手渡す。

 と、女店主は白金水晶をレジにしまい、金水晶のメダルを2枚と銀水晶のメダルを5枚、三珠の手のひらにのせてくる。

 ペンダントを女店主から受け取った三珠を見上げ、レティが羨ましそうな顔をするが、彼女はぶんぶんと首を振って表情を隠そうとしていた。


 レティは強情な子だと思う、素直になってくれればいいのに。


 屈み込んだ三珠はレティの首に手を回し、ペンダントを付けてあげる。

 「三珠が買ったものじゃないの?」と、レティが遠慮がちにペンダントに触れるが、「もらってほしいな」と三珠に言われ、「仕方ないわね」と彼女は頬を赤く染める。


「三珠がどうしてもって言うなら、もらってあげるわ。一人前の淑女は、人の好意を無下にしないものなのよ?」

「うん、似合ってる。似合ってる」

「お、おだてても、レティみたいな立派な淑女は騙せないわ!」


 レティの発言と態度があっていない。口では強気なことを言っているが、顔が笑っていて、彼女の本心がまったく隠せていなかった。

 「可愛いなあ」なんて三珠が癒されていると、ユリアを連れたピスカが帰還する。


「2人ともお帰り、カトレアさんはどうだった?」

「カトレアさん、ですか?」

「いいえ、会っていないわね。彼女がどうかしたの?」

「ああ、入れ違いになった感じ? まあ、あの人なら大丈夫っしょ」


 リーシャが軽く流したところで、ユリアの視線がレティに注がれる。レティに気付いたピスカは、「偶然ですね」と再会を祝する感じに挨拶をするだけだったが、ユリアの方はまったく違い、獲物を見つけた猛獣のような目だった。


「そのかわいい子は三珠たちの知り合いなの? 私はユリアティルよ――さあ、お姉さんが抱きしめてあげるぞお」

「えっ? な、何なのかしら、このお姉さんは!」

「ストップ、ストップ! ユリアさんがレティちゃんみたいな小さい子に抱きついちゃだめ! 本気で命の問題になるから!」

「このアホっ子お姉さん! 自分のバカ力を考えろし!」


 レティと友好を深めるべく、彼女にハグをしようとしたユリアの両腕を引っ張り、三珠とリーシャが真皇騎士の暴挙を押しとどめる。

 怯えるふうにちょっと引いたレティと、ユリアの暴走に必死に妨害する三珠たちを眺め、ピスカは「にぎやかなのは良いですね」と幸せそうに和んでいた。

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