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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第二部:屍の王国編 在りし日の望郷の都
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第五話:姉力を語る教団騎士《ディーナ・シー》

エルデフィース港の聖堂の前に3人の少女が立っていた。ピスティリカが巡礼神官としての職務を果たせるよう、リフォルシアと天津三珠は彼女に連れ添っていたのだ。

 フェレスに報告しようと彼の宿泊部屋を訪ねたが、ノックをしても無反応であり、宿屋の受付に尋ねたところ、「既に外出されました」と伝えられたので、三珠たちは彼の言いつけどおり、聖堂への訪問を優先したのである。


 エルデフィース港の聖堂は、そこまで大きくはない。

 レンガ造りの一軒家といった感じで、聖堂の入り口の看板に教団のエンブレムが刻まれているくらいだろうか。常闇に囲まれた聖堂の扉は、巡礼者が入りやすいように、照明の明かりに照らされている。

 照明に集る羽虫の群れが騒がしいのも、ニフタに日の光が差し込むことがなく、物珍しさのあまりに、知性の低い羽虫たちを引き付けるのかもしれない。

 闇の世界で育ったはずだから、ニフタの昆虫には夜行性の固体が多く、目は退化している。それなのに、光のある方に進んでしまうのは、彼らの祖先から伝わる本能なのだろう。


「到着したのはいいけど、まだ眠いね」


 ふわあ、と欠伸をして、三珠は背中を伸ばす。

 アベントゥーラの西にあるエレーミナ大陸と南にあるニフタでは多少の時差があり、時差ボケしているのもあるだろうが、やはり常に夜みたいな大陸だと時間感覚が麻痺してしまい、体がお休みモードから抜け出せないのかもしれなかった。

 一方のリーシャは反省するように目を擦り、


「いやもう、昨日の夜に騒ぎすぎたのが原因っしょ?」

「お泊り回みたいで楽しかったですから、仕方ありませんよね?」

『(ん~? でも、スィアは眠くないよー)』

「そら、あんたは本だしね」


 リーシャが呑気な魔導書スィアに突っ込みを入れると、『スィア、みんなと違うのー?』と、しょんぼりして元気をなくす。

 リーシャは「失言だったかも」と尻尾をたれ下げ、三珠のリュックに入ったスィアを擦ると、彼女は『くすぐたーい』とたちまち元気を取り戻した。

 

 うん、チョロい子だ。スィアの子供らしさは微笑ましい。


 三珠は妹を見守るお姉ちゃんっぽい感情を抱きながら、けれどこのまま立ち止まっていても用事が終わらないし、リーシャとスィアのやり取りを眺め、穏やかな微笑みを浮かべる謙虚なピスカに声をかける。


「そろそろ、中に入ったほうがよくないかな?」

「そうですね、司祭様への挨拶は早い方がいいでしょうし」


 三珠に促され、ようやくピスカは歩き出す。本当にピスカは主人の命令を健気に待つわんこのような少女だ。オロスでの悲劇を乗り越え、少しだけ自己主張するようになったピスカだが、まだまだ彼女には自分を隠す節がある。

 人によっては聞き分けのよい子なのだろうが、三珠としては自分の指示に合わせるではなく、ピスカ個人の考えで行動してほしいとも思う。

 やがてピスカが扉を開き、3人は聖堂の中に入っていく。



     ◇



 エルデフィース港の聖堂はこじんまりとまとまっていた。

 礼拝堂の中心に飾られた女神アリスィアの像も小さく、参拝者用の椅子も左右に3列ずつしかなく、女神像を照らすステンドガラスに光はない。

 だが、礼拝堂を照らすシャンデリアの明かりだけは眩しかった。


 そんな礼拝堂に司祭らしき背の低い女性と軽装をした小柄の少女が話し合う。

 黒い肌色をした低身長の女性は精霊種のデッグアールブ族と呼ばれ、ダークエルフの親類とされる部族であり、同じ地の民として昔からドワーフとは交友があるらしい。鍛冶師や符術師としては一流の種族でもあって、教団のサポート要員として港町の聖堂を任されているのだろう。

 濃い茶色の髪はぼさぼさに乱れていて、美女とは縁遠い見た目の女性だが、温厚そうな雰囲気はあり、どこか落ち着く女性だった。


「やはり、呪術症状で運ばれてくる仲介屋の会員が多いのね」

「はい、解呪依頼にくる方は大半が仲介屋の会員ですね。彼らによれば、亡霊に襲われて呪いを受けたのだとか」

「亡霊……」


 なにやら女司祭に質問していたらしい少女は、考え込むように目を瞑る。そんな彼女は精霊種のディーナ・シーと呼ばれる部族だった。ディーナ・シー族には人間種に近い見た目で、英雄気質の者が多く、勇気と仁義を重んじる種族だという。

 両手に小手を装備した少女は、柔らかそうな毛先がふんわりと広がった長い栗色の髪をしていて、身長138センチ程度なのに、リーシャに負けないくらいの胸囲を誇っていた。

 ディーナ・シーの部族は大洪水の後に低身長化していき、〝おちびさん〟といった遠まわしの呼称もされるようになったが、種族的にミルクの味を好むからなのか、まったくもって胸はおちび(・・・)ではない。


「もしかして、ユリア姉さまですか?」

「あれ、この声は……ピスティリカ?」


 ディーナ・シー族の少女が振り返るや否や、ピスカは礼拝堂を猛然とダッシュし、まるで子犬のように彼女へ抱きつこうとする。

 しかし、ユリアと呼ばれた少女がタイミングよく小手を振り回してしまい、ごちんとピスカは顔面で小手の甲を受け止め、目を回してしまう。

 気を失って倒れかけたピスカは、咄嗟に動いたユリアに体を支えられていた。


「ユリア姉さま……」

「おお、ユリアお姉さんだぞお――っと、そっちは大丈夫かあ?」

「鼻血、出ていますね……」

「困ったわね。ベシー司祭、拭くものはありませんか?」


 朦朧とした意識の中で手を伸ばすピスカを抱きかかえ、ユリアがエルデフィース港の聖堂管理者であるベシー司祭に頼むと、彼女は聖堂の右側にある女性信徒の宿泊場に入り込み、やがて汚れのない白いハンカチを持ってくる。

 ベシー司祭からハンカチを受け取ったユリアが、ピスカの鼻先にハンカチを押し当てると、赤い染みがじわあと白いハンカチに染み込んでいく。


「ねえ、三珠。やっぱ、ピスカってアホっしょ?」

「そこ、突っ込まないであげて」


 リーシャに同調してしまいそうになるが、しかし鼻血が止まったところで、ピスカが目を覚ましたから、「紹介してくれないかな?」と三珠はお願いする。

 ピスカは赤い染みになったハンカチを手に取り、顔を真っ赤にして伏し目がちになりつつ、ユリアに自分の前に行くように頼む。


「ええと、ユリア姉さまは――本名がユリアティル・カルネルフィアと言って、ニフタの真皇騎士団第5階位の力天使の座に就いています」

「年齢は21歳ね、真皇騎士団の中では若い方よ。それでも、貴女たちよりは年上かもね――どうだあ、ピスティリカみたいにお姉さんに甘えていいぞお」


 むふん、と両手を広げ、包容力をアピールするユリア。「いつでも私の胸に飛び込んで来い」と言わんばかりである。

 だが、年上らしさを主張しているはずなのに、ユリアからお姉さんっぽさを三珠が感じなかったことは黙っておこう。彼女にもプライドがあるはずだ。

 三珠が「遠慮しておきます」と恐縮すると、ユリアは残念そうに肩を落とす。


「ひとまず、こっちも自己紹介した方がいいですよね~。あたしはリフォルシア・ミーゼンフェルシェって言います。よろしくです、ユリアさん」

「私は天津三珠――あっ、ミタマ・アマツの方がいいのかな?」

「成程、リフォルシアと三珠ね。ええ、お姉さんは覚えたわ。それと、リフォルシアは無理に敬語を使わなくていいわ」


 三珠とリーシャに近づいたユリアは、2人の腰に手を回し、ぎゅうっと抱きしめてくる。

 唐突に背の低い女性にハグされ、彼女の過剰なスキンシップで豊満な胸を押し当てられ、三珠とリーシャはわけもわからずに途方に暮れた。

 どう反応すればよいのか、ユリアの意図が読めない。


「ユリア姉さまはハグ魔なんです、年下の女の子限定ですが」

「え、ええ? じゃあ、私たちはどうすればいいの?」

「この人、めっちゃ力強くて抜け出せないんだけど!」


 にこにこと見守るピスカとは対照的に、三珠とリーシャの顔が歪んでいく。

 ユリアが見た目以上の腕力を誇っていて、次第に抱き締められた2人の背骨が、みしみしと悲鳴をあげ始めたからだ。息がつまって苦しむ2人を他所に、ピスカが悠長に解説した。


「姉さまたちが背骨を折りたくなければ、じっとしててください。満足すれば、ユリア姉さまが勝手に離してくれます」

「い、いや、そういう問題じゃないっしょ!? 痛い、痛い!」

「ぴ、ピスカちゃん! これは無理、私たち死んじゃ――」

「これからよろしくね、2人とも。なんでも、お姉さんを頼っていいぞお」


 ふう、とユリアが堪能しきったように息を吐き、三珠とリーシャを解放すると、顔を真っ青にした2人は床に倒れ込む。

 さながら事件の犯行現場のように、虫の息になった2人は指先をぴくぴく動かしていた。

 

 本気でお花畑が見えかけていた。ハグは地球で言う欧米風の挨拶だったのかもしれないが、これでは友好的な印とは思えない。もはや殺傷行為である。

 そんなふうに思いながら、三珠はユリアの腕力に恐れおののいた。


「これが……第5階位、力天使の力……」

 

 まるで戦いに敗れた敗残兵のように、リーシャは体の節々に残る痛みに耐える。


 教団の抱える騎士団は、それぞれ4大陸に第7階位までの師団を設け、各大陸の最高位師団長を4大熾天使として、第2階位の智天使、第3階位の座天使、第4階位の主天使、第5位階の力天使、第6階位の能天使、第7階位の権天使の順に、7師団を配置していて、ユリアはニフタの第5師団隊長だった。

 師団長に仕える副官を大天使、そして団員を天使と呼ぶらしいが、単独行動をするユリアは、自分の副官の大天使へ雑務を任せているのだろう。

 何も戦闘の強さだけで師団長に選出されるわけではないらしいが、ユリアの怪力っぷりからして、確実に武闘派の師団長である。


「あの、ベシー司祭。ユリア姉さまがやりすぎてしまったようなので……」

「ええ、用意するわ。回復薬でしょう?」

「お手数ですが、ありがとうございます」


 三珠たちの惨状を目撃したピスカは、ベシー司祭に回復薬の用意を頼む。

 やがて、ベシー司祭が奥の部屋から薬瓶を手に礼拝堂に戻り、ピスカはそれを受け取った。濃い緑色の液体が入った薬瓶だ。

 おいしくなさそうな色合いの液体が入った薬瓶を2本、ピスカは両手に持つと、防護バングルがユリアの抱擁を攻撃と判断しなかったために、体を締め上げられた三珠とリーシャに回復薬を手渡した。


 左右の太ももを分け合って膝枕された2人は、ピスカに回復薬を飲ませてもらうと、徐々に体が軽くなっていくのを感じていた。

 良薬は口に苦しという言葉通り、回復薬はまるで味のしつこい青汁のような飲み心地だった。

 とてもおいしいとはいえない。三珠としてはかなり苦くてまずい部類の薬だったが、効果は覿面てきめんだったようだ。三珠とリーシャはなんとか立ち上がり、


「1つ聞いていいかな、ユリアさん?」

「ええ、なんでも言っていいぞお。お姉さんが答えてあげよう」

「じゃあ、遠慮なく――真皇騎士の第5位階が、わざわざこんな港町に出向いたってことは、なんかあったんっしょ? 教えてくんない?」


 そう2人が確信をつくように質問すると、ユリアはしばらく考えた後に、「あの事件に関わった子たちならば大丈夫か」と、忠告がてらに口を開く。


「最近、この都市近辺で死霊術師の目撃情報が多発しているの。実際に、仲介屋の会員に被害が出たってタレこみもあったわ」

「その解決のために、ユリア姉さまはここに来たのですか?」

「ええ、そんなところね。ピスティリカがアリスィア様への祝詞を終えた後に、少し話しましょうか?」


 「貴女たちの用事にも付き合ってあげるぞお」と、年上の威厳を見せようとするユリアに言われ、ピスカが目配せすると、三珠とリーシャは頷く。

 聖堂に訪れた巡礼神官は女神像の前で跪き、祈りを捧げるという風習があるらしいので、2人はピスカに職務の遂行を促し、参拝者用の長椅子に座りこむと、少女が女神像への祝詞を唱え終わるのを待った。 

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