第四話:悪魔族の旧友《アエーシュマ》
三珠たちの眠る部屋にはいかず、朝早く宿屋を出たフェレスは、港町の仲介屋を訪れていた。明朝の仲介屋は薄暗い。
朝起きても真っ暗な大陸の景色は変わり映えせず、仲介屋に灯る照明だけが、会社の始業時間であることを証明していた。まだ朝方ということもあり、依頼を受けにきた会員の姿もまばらだ。
受付カウンターに立つ受付嬢の中にも、眠そうに欠伸をするものもいた。
仲介屋への要件は2つだ。幽霊の噂の調査と他依頼の受諾、そして傭兵会社に勤めるリーシャを私兵として雇うための契約をするのが目的だった。
傭兵会社の社員を旅に連れて行くのであれば、契約者には契約金を払う義務があり、放浪者であっても依頼金の一部を傭兵会社に献上する義務がある。それを怠れば業務上契約違反となり、罰金を払わされるのだから、そんな問題は未然に防いでおくべきだ。
フェレスは仲介屋の受付に通され、椅子に腰かけていた。
自分の隣では討伐系の依頼を受けるために、チームメンバーの代表が人間種の受付嬢と交渉をしている。依頼の最終確認として、入念に取り決めをしているのだろう。
仲介屋の奥、資料の押し込まれた棚が並ぶ事務所から小人族のノーム(グノーメ)、フェレスの担当になった企業雑務係の受付嬢が戻ってくる。
「ええと、この資料にサインをお願いします!」
よちよちと爪先立ちをしたノームの受付嬢は、フェレスに傭兵会社との契約書を差し出してきた。小人族のノームは、大きくても身長100センチメートルにも満たない。
そんな彼女には、仲介屋の受付カウンターは少しばかり高かったのだろう。
職員用の椅子があるのだから座ればいいのにとは思うが、彼女にも何かに負けたくない強い信念があるのか、爪先立ちを維持していた。
契約書には雇用名リフォルシア・ミーゼンフェルシェと書かれ、詳細な個人情報を非公開にされているが、彼女の所属するハイラント株式会社という社名と、仲介屋階級Bランカーの称号、そして1日当たりの雇用額が書かれていた。『彼女の雇用額は1日あたり500クリュス(5千円)、1カ月に換算すれば、おおよそ15000クリュス(15万円)となるだろう。まだ実践経験少ない少女にしては高額だ。
それでも、Bランカーの中では上の下程度の値段だが。
フェレスは紙の上に筆を滑らせ、仲介屋にある自分の口座から1日おきに、契約金を引き落としてもらうようにして、親指を魔術液で湿った朱肉に付け、契約主の本人証明となる指印を押す
これで名実ともに、リーシャはフェレスの私兵となった。経費がかさむようになったし、よりいっそう仕事に励まなければいけない。リーシャにも給料分の仕事は期待するとしよう。と、そこへ――
「まさか、君とここで会うとはね。フェレス、うちの社員が世話になってるな」
そう契約書を覗き込み、フェレスに声を掛けてきたのは長髪の美男子だった。目を盗むような鮮やかな緋色の髪は繊維が細く、まるで美麗な女性と見間違うほどに透き通った肌色の青年である。
先の尖った耳に深紅の瞳をした彼は、悪霊種の中でも一段と個体能力が高い者が多いという悪魔族の男だった。男の名はアスモデウス・オーディファン――フェレスがアディンと呼ぶハイラント株式会社所属の、仲介屋階級Sランカーの会員だった。
世界でも12人しかいないという特級クラスの傭兵は、フェレスの同期である。つまるところ、若く老いを知らないような外見をしているアディンは、それでも500歳を超えている。悪霊種には不老不死の輩もいるし、外見的年齢と実年齢がまったく違うなんてことは、よくあることだった。
「アディン、お前こそどうしたんだ? わざわざ、Sランカーが出張る仕事でもあったか?」
「いや、特にはないな。Aランカー昇格試験の教官を務めたくらいだ」
「お前が試験教官か、今回の受験者は災難だったな」
「おやおや、そこまで言われると傷つくな。少し厳しくしてしまったせいか、今回の受験者たちは泣き出してしまったけどね。最高の見世物だったよ」
「ああ、やっぱ変わらないな。お前のドSっぷりは……」
アディンの性格の陰湿さはフェレスもよくわかっている。悪魔族らしく人の嫌がることをするのが大好きな男だから、Aランク昇格試験に挑んだ傭兵会社の職員たちは絶望を味わっただろう。気の毒な話だ。
今回の試験は昇級者ゼロという結果だったらしく、フェレスはアディンに苦しめられたであろう挑戦者たちに同情していた。と、彼ならば情報通だろうと思い、
「街道に出る幽霊の話を聞いたんだが、アディンに心当たりはないか?」
「おや? 君はその情報を誰から聞いたんだ?」
「昨日の夕方くらいに出会ったアベントゥーラ時報の記者だよ」
「成程、だいぶ広まってしまっているみたいだね」
おもむろに仲介屋の掲示板の前まで歩き出したアディンは、依頼書を吟味して1枚の紙切れをはがすと、フェレスに見せる。
「この依頼でもやりながら話さないか? 僕の仕入れた情報を伝えよう」
「どんな依頼だ? 厄介なのは御免だぞ?」
「何のことはない、ただの街灯修理さ。報酬の取り分は君に全額提供しよう、はした金にはなるだろうからね」
そう言ったアディンの提案にのり、フェレスは彼の選別した依頼を引き受け、ノーム族の受付嬢に話を通し、仲介屋を後にする。
◇
「〝流星の魔女団〟だと?」
配電盤の修理をしながら、フェレスはアディンの言った死霊術師の集う魔女団の名を復唱した。
電球がちかちかと明滅する街灯には常に羽虫が集り、フェレスの作業を邪魔するように顔に飛んできては振り払われる。
街灯の電源を落とし、簡単なケーブル交換と動力源になるセレナイト取り替え作業を終えると、フェレスは配電盤のふたを閉じ、先程とはうってかわって明るい光を灯した街灯ランプの稼働確認をして、修理場所を記す地図にチェックを入れる。
修理個所の1件目が終わったばかりだ。まだ時間はかかるだろう。フェレスは地図を張り付けたクリップ版を脇に挟むと、レンガの壁に凭れ掛かったアディンが話を続ける。
「その死霊術師の団体が、シワテテオスタ王国を基盤に活動しているという情報を聞いた。エルデリカ鍾乳洞に入るフードの女たちも目撃されている」
「そいつらの目的は何だ?」
「不明だよ、それがわかれば僕も苦労していない。ただ、パリカーには育った環境が悪かった女が多くて、占星術や交霊術にはまった者が大半らしいな」
「それでネクロマンシーになったわけか」
魔術として善霊を呼び出すのであれば、大気中にふくまれた魔素を祈りを抽出し、疑似的な魂である〝心なき幽魂〟を生み出す。
が、呪術として悪霊を呼ぶ出すのであれば、魔法円と祈祷文、そして欲望の触媒となる人柱が必要であり、捧げられた生贄の魂が生霊となり、人々の呪いがばらまかれてしまう。
一説に死んだ人間よりも生きた人間の執着の方が強いとあるが、実際にそれは正しいのかもしれない。
「これは僕の予想だが、彼女たちはシワテテオスタ王国で暗躍し、かつての女王を復活させようとしているのかもしれない」
「死霊術にはまっていたイカれた女王のことだな。死の国の深淵を覗くためには、どんなに犠牲を払ってもいいってスタンスだったらしいが」
「彼女たちには、救いが占いしかなかったんだろう。一時の夢の中に潜りこみ、いつかは占いの明記した未来がやってくると、そう思いたいんだ」
「依存だな、不確定な未来に希望を持つための」
人は絶望のどん底になった時、ずっとこのままのだろうかと、その先を見据えられなくなる。ともなれば、何かに依存したくなる気持ちも抱くだろう。
パリカーに所属した魔女たちにとっては、死者との交流による占いで、霊魂に愛された自分には他者の運命を予期する特別な立場にあると、それこそ宗教のようにのめり込んでしまったに違いない。
実際には召喚した死霊が術者の望みを叶えるために行動し、その結末として予期した未来が確定したと錯覚しているだけなのだが。
「気になるのか、フェレス?」
「ああ、少しな。この港町まで被害が拡散するようなら、しばらくここに滞在する俺の連れに影響がないとも言い切れない。ただ何もせずにこの港町を出るのであれば、旅費の無駄遣いになっちまうし、元は取っておきたいところだ」
悩むようにフェレスが首を捻ると、アディンが提案した。
「それなら、僕からの依頼に協力してくれないか? 仲介屋のAランカー向けの仕事にするつもりだったが、君がいるならば手間も省ける」
「まさか、俺を仕事に誘ったのはそれが目的か?」
「ああ、君の同行者にはオロスの事件を解決に導いただけの能力がある。君は僕の知人でもあるし、下手に他人を頼るよりは信頼がおけるのさ」
そうアディンに勧誘され、フェレスはもう一度だけ彼に尋ねる。
「今までの話で検討はつくが――念のために聞くぞ、依頼の内容は?」
「勿論、シワテテオスタ王国に潜む魔女団の調査さ。依頼主の僕も同行する」
悪い条件ではないだろうと、アディンは問いかける。
一方のフェレスは「少し考えさせてくれ」と結論を保留し、アディンとともに次の修理場所に向かう。街灯修理が終わるまでには結論を出すべきだ。
あいつらを巻き込むことになるが……、とフェレスは身内への被害も想定しつつ、闇中にある明朝の街を歩いていく。




