第三四話:空上の弔い合戦
飛空挺操縦室の片隅――フェレスは三珠とピスカ、そしてリーシャを集めて、レナ司祭との過去を話し終えていた。
三珠とピスカは「2人はそんな関係だったんですね」と素直に聞き入れていて、リーシャだけは少し不機嫌そうに、「あたしだって負けてないんだから」と対抗心を燃やしているふうでもあった。
三者三様の反応を見て、フェレスはレナ司祭の安否を心配する。彼女らに負けないくらい、レナ司祭もまた、フェレスの大切な教え子の1人なのだから。
飛空艇の操舵席にはナシュタが立ち、彼を補佐するようにヴァルケ砦の駐屯兵が並ぶ。
船橋には複数の魔術設備があり、空図を映し出すための探査魔術を発生させる設備や、レーダー機関にコンパス、エンジンコントロールの監視設備に、船内および味方空艇への通信設備もあって、それぞれに担当する軍人が割り当てられる。
設備に魔素を流しこんで使用する仕組みだから、1人の負担を減らすために、飛空艇の運転には数名の係が、交代制で担当するらしい
飛空艇の船橋は巨大な大窓が複数重なり合い、白霧のような雲に覆われた空が見渡せる。ゲイルズ中将は指揮官席に立ち、部下たちの動きを観察していた。
飛空艇の船体中央部の動力炉には火と風の魔素結晶が複合し、シリンダー内で爆発的なエネルギーを生み出して、ピストン運動が始まり、シャフトからプロペラに伝わる動力になる。
そして船体上層に光と水の魔素結晶を組み込んだ一室があり、中央動力炉から伝わる火と光の魔素と結合して、サイドスラスターや飛空艇の武装にパワー供給を行い、空気抵抗を遮るフィールドを展開する。
水と風の魔素が結合し、船体の冷却装置に一役買っている。
船体下層の制御室に地属性魔素の金属摩耗を抑制するための硬度変化を随時行い、地と混ざった闇の魔素結晶が機体への引力付与を行い、星の引力と飛空艇の引力を相殺・または拮抗させて高度維持のための浮力を代用する。
それらが推進力減退の効果を発揮し、舵による空気抵抗の調整もあって、飛空艇は進路を変更できる。
と、1人の兵士が声を上げる。
「オロス上空より接近する魔物の群れを確認。中将閣下、いかがなさいますか?」
兵士の報告を聞き、フェレスは船橋の窓際に歩み寄る。
そこには鳥類型や獣型、そして昆虫型もふまえた魔物に襲われる山岳都市の様子が窺えた。あの綺麗だった街並みの建造物に見る影はなく、倒壊もしくは半壊して煙を上げる市街地に、魔物と交戦する小粒大の人影がちらほら見える。
人々の恐怖や怒号、そして悲鳴が聞こえてくるような惨状だった。
ゲイルズ中将は深呼吸を1つ、そして声を張り上げた。
「みなまで言う必要はあるまい、死した戦友どもの弔い合戦よ! 全艇に通達、砲門を開け! これより戦闘を開始し、向かい来る魔物どもを殲滅せよ!」
老将の高らかな号令とともに、飛空艇と魔物の群れは開戦した。
◇
5機の飛空艇は隊列を組み、迫りくるウェネーヌムの大群に応戦した。
飛空艇先端の外装が引きはがされ、その内部から大砲の筒が伸び出て、船体側面に設置された機関砲は、魔物の群れに向けられた。
中央の大砲は飛空艇の動力となる火・風・光の魔素を収集し、複合魔術上級クラスに相当する魔術レーザー砲を放つ武器となり、機関砲は水・地・闇の魔素を拾い、複合属性の中級クラス魔術となる発射間隔の短い実弾兵器として機能し、360度全方位への牽制射撃を行える。
『1番艇は後方へ、頃合いを見て着陸の準備をされたし』
『2番艇と3番艇は前へ、敵に主砲を放った後、4番艇と5番艇に前方を譲れ』
「ラジャー」と威勢のいい声が上がり、無線機で連絡を取った艦隊は、統率された動きで隊列を組む。
フェレスを乗せた1番艇を中央に、左右の前後へ散った4隻の飛空艇は、陣形を整えた。
ウェネーヌムの群れが大空に翼をはためかせ、魔術の詠唱を開始する。まばらに分散して撃ち出される機関砲の銃弾は、ウェネーヌムの群れを襲った。
機関砲の弾丸に翼を貫かれ、首を撃ち抜かれたウェネーヌムは、生命活動を停止した個体からバランスを崩して地上へ落ちていく。
上空33000フィートからの落下だ、たとえ機関砲の一撃で命を奪われていなくとも、巨体で体重の重いウェネーヌムが地面に叩きつけられたとならば、その命もただではすむまい。
だが、仲間がやられようともウェネーヌムが詠唱を止めることはなかった。
まるで何者かに操られているように――
詠唱を完了したウェネーヌムたちが一斉に魔術を放ち、その毒を帯びたスクリューの如き竜巻は、しかし飛空艇に張られた光の結界に弾かれた。
万全の守りを有する飛空艇と、危険度ランクD程度の生身をさらした魔物。
両者の力関係は決していた。風魔術以外の属性魔術を行使し、ウェネーヌムの大群から火球や、高威力の水鉄砲が飛び交い、それらは飛空艇の撃ち出した機関砲の弾丸と交錯し、オロス近郊の上空で魔術は炸裂し合い、まるで落命の花火が咲くように空模様は騒がしく、激しい音が荒野に響き渡る。
と、2番艇と3番艇は飛空艇の主砲に魔素の凝縮を終え、発射体勢に入る。
『各員、主砲の反動に備えよ』
『撃てーーーーーーー!!』
2隻の飛空艇から放たれた巨大な光線は、空を駆ける稲妻のように怪鳥の群れを撃ち抜き、そして焼き払う。2本の眩い光線にのまれた魔物は肉が溶け、骨は粉微塵となって、空の藻屑と消えた。
群れの中央にぽっかりと穴をあけたウェネーヌムだが、魔物たちはすぐさま空白を埋めるように散って飛行する。
滅多にお目にかかれない魔物の大群だ。飛空艇の主砲で数を減らしたというのに、青空を埋め尽くすような怪鳥の影は、まだまだ減る気配がない。
その毒怪鳥の大群の中に、ひときわ成長した個体がいた。
体長も通常のウェネーヌムよりは一回り大きく、赤いトサカを黒く変色させて、緑色の羽毛が紫にかわった毒々しい怪鳥だった。
ウェネーヌムの大群を統率する亜種といったところだろう。
通常のウェネーヌムよりも高い魔素含有量を持つ個体で、仲介屋の手配書が明記した危険度指定はBランクであり、鳥類ベースのウェネーヌムは群れを成すこともあるから、よく群れを統べる長として亜種の存在は確認されていた。
紫色の毒怪鳥が警戒されるのは、個としての能力もそうだが、必ずといっていいほどに、仲間を引き連れているカリスマ性にある。
紫色の毒怪鳥は翼を広げて吠え叫び、ウェネーヌムの大群は飛空艇に突撃してきた。まるで自爆特攻をするような捨て身の攻撃だ。
船体に辿り着けず、機関砲に撃ち落とされるウェネーヌムだったが、やはり数の暴力とは恐ろしい。
機関砲の弾数よりもウェネーヌムの数が上回り、撃ち漏らした怪鳥が、その身を勢いに任せて飛空艇に体当たりする。
『全員、衝撃に備えろ!』
2番艇の操縦士が叫ぶと、ウェネーヌムの体重を乗せた突撃に船体が揺れる。防御フィールドが明滅するほどの衝撃を与え、ウェネーヌムの1匹は地上に舞い落ちる。
そこへ、紫色の毒怪鳥が魔術を放出した。
風と光の魔素が結合した雷が、獣のくちばしのようになって、防護フィールドの弱った2番艇を襲うが、それは後方に待機していた4番艇に防がれる。
味方に船体をぶつけた4番艇の防護フィールドと、2番艇の防護フィールドが接触し、2番艇は無傷で横に流され、紫色の毒怪鳥が放った雷撃は、4番艇の強固なフィールドが受け止めたのだ。
『いまだ、ぶちかませ!』
4番艇の操縦士が5番艇に指示を飛ばし、1番艇と3番艇は左右に流れる。
紫色の毒怪鳥が2番艇にターゲットを絞っていた間に、5番艇は砲門を開き、主砲発射の準備を整えていたのだ。
5番艇の主砲が火を噴き、体当たりをしに接近していたウェネーヌムともども、瞬く閃光の砲撃が敵を薙ぎ払い、紫色の毒怪鳥を包み込む。
しかし、流石はウェネーヌムの上位個体だけあって、毒怪鳥は翼で身を守る姿勢を取り、自衛のための魔術結界を展開し、砲撃の熱線を受け止めていた。
主砲の高威力にじりじりと後退する紫の毒怪鳥、しかしその魔物の敵は5番艇だけではなかった。
『任せて、援護するわ!』
1番艇と護衛についた2番艇が味方の進路上にいるウェネーヌムに機関砲の雨を降らせ、熱線の左右に分かれた3番艇と4番艇は紫色の毒怪鳥の側面に回りこみ、機関砲の集中攻撃を浴びせる。
体に銃弾を受けたウェネーヌムの親玉は、たまらず結界魔術を維持できなくなってしまい、やがて5番艇の主砲は毒怪鳥の体を完全に溶かしきった。
リーダーを失ったウェネーヌムたちの動きはちぐはぐで、途端にかみ合わなくなる。あとは数を減らし切れば、共和国軍側の勝利で収まるだろう。
『そろそろいいでしょう。中将閣下、着陸の準備を』
『うむ、みなご苦労。最後まで気を抜くでないぞ?』
「イエス・サー」という飛空艇操縦士らの声を聞き、1番艇は艦隊を離れ、地上への降下準備に入る。
遮蔽物の少ない荒野は、着陸場所に欠かないだろう。
オロス上空の魔物処理は4隻の飛空艇に任せ、フェレスたちを乗せた1番艇は地上へと降り立つ。




