第三三話:開戦前の追憶
いくつもの発車レーンが連なる飛空艇の格納庫。
柱から伸び出た鎖に10機の飛空艇が拘束される巨大な空の港だった。
堅牢な屋根に覆われた格納庫は、山頂の形状を利用して、うまく構造されているようにも思う。
フェレスに同行し、オロスの兵舎に増援として向かうことを決めたゲイルズ中将は、ナシュタが操作する飛空艇を護衛するために、飛空艇4機を連れ立つことにしたようだ。というのも、オロスの兵舎から指令室に連絡が届いたからである。
内容は、「突如としてオロスに魔物の群れが接近している」という報告だった。
三珠の悪い予感は的中し、バラドが先手を打ったようだ。
時間の猶予はあまりない。ヴァルケ砦が魔物の襲撃を受けて数時間しかたっておらず、同行者に選抜されたメンバーにも疲れが見えるが、それでも彼らは共和国に属する軍人だ。国土が危機にさらされているのならば、休む暇などはない。
ゲイルズ中将に同行する兵士たちは隊列を組み、昨日の移動中に着ていた服に着替えた三珠の前で敬礼した。少し汗がべとつくが、血に汚れているよりはましだ。
「この度はわが軍に協力して頂き、誠に感謝しています」
兵士たちの好意的とも、威圧的ともとれる対応に、三珠は当惑していた。
彼女と並び歩いていたピスカとリーシャだが、突如として兵士に囲まれ、厄介事が始まると感じたのか、先にナシュタの乗り込んだ飛空艇内に逃げてしまう。
兵士たちが三珠を「大賢者様」と呼び、敬意を払っていたから気を遣ったのかもしれないが、「置いていかないで」というのが本音だった。
ここはどのように応対するのが無難だろう。三珠は見た目とは裏腹に年を食った設定で、ものすごい魔術を扱える偉大な天才となったらしい。
確かにスィアとのバイパスが完全に途絶えていないから、威力と規模は低下するものの、空間異常を引き起こすくらいの魔法は使えるようだ。
能力の方はごまかしようがあるが、問題は口調だろう。普通に話してしまうと、三珠は疑いをもたれてしまうかもしれない。
ならば、と三珠は開き直り、ファンタジー小説に登場した老齢な女の真似をして、高慢な実力者を演じることにした。
「よい、わらわも暇をしておったところよ。そなたらの些末な命など、わらわが邪魔な魔物を消し去るついでに、救ったまでのこと(うん、完璧な演技!)」
「おお、なんたるオーラだ」
「これがゲイルズ中将も恐れるという、大賢者のお姿か!」
「ふん、無論よ(えー、そんな設定まで入れこんでたの! ごめん、ほんとにごめん。兵士の皆さん、これ全部嘘なんです!)」
「大賢者様が助力して下さるなら百人力ね! みんな、きばっていきましょう!」
女性兵士の掛け声に合わせ、「おー!」と兵士たちは熱のある声を一斉に上げる。その女性兵士は同僚を失ったばかりのあの少尉で、気持ちを切り替えようと奮い立っていたのだが、そんなことなど三珠は知らない。
兵士たちは挨拶は済んだと判断したのか、散り散りに4機の飛空艇に乗り込んでいく。その人波を眺め、少女はなんとなく心苦しくて、
(これ私、絶対に痛い子だ……もういや、なんか泣きたい)
表向きは傍若無人な態度で、三珠は心の中で嘆いていた。
そんな苦悩する少女を眺め、ドワーフの男は吐き捨てる。
「娘っこは面白いことになっておるのう。頭がどうかしたのではないか?」
「いや、完全に原因はゲイルズの大雑把な説明だけどな」
がはは、と特に気に病むことなく笑う軍の将官を前に、フェレスは被害にあった三珠を憐れむ。
「フォーゼン少佐、わしの留守を頼む」
「了解しました、中将閣下――もう二度と、帰ってこなくてもかまいませんよ?」
「ふん、いいよるわい」
部下の塩対応をもろともせず、ゲイルズ中将は飛空艇に乗り込んでいく。
フェレスも彼を追おうとしたが、ふと三珠に手を引かれて立ち止まる。
「フェレスさんよ、聞いてもよいかな? レナさんとの関係、わらわに教えて」
「そうだな、それは移動中に話すとして――三珠、演技と素が混ざってるぞ?」
指摘されて顔を真っ赤にした三珠にレナ司祭の幼少期を重ね、フェレスはずっと昔に過ごした少女との旅路の思い出を振り返るのだった。
◇
幼少の頃のレステリナ・クリスフォードを拾った時のこと、ある排他的な村に1ヶ月も滞在していたことがある。子連れのよそ者と罵られたフェレスは、心底嫌気が差していて、「自分1人ならば楽だったのに」と、心を病んだ少女を邪魔に思っていた。
たぶん、長年の疲れもあり、フェレスはやさぐれていたのだ。
一時的に仲介屋でチームを組んでいた時期があったが、一度の討伐依頼の失敗で、「仲間の身を守るのが第一だった」というフェレスに対し、「何が何でも魔物を討伐して名を上げるべきだった」と言う仲間と対立し、次第にチーム仲は険悪になっていき、「卑怯な手しか使えないクズ野郎」と癇癪を起した仲間の1人が、都市警察へとフェレスの呪術使用をたれ込んだ。
結果的に、フェレスは都市警察に追われる身となり、チームは解体されてしまい、犯罪者となったフェレスは指名手配者として、しばらくチームを結成した都市には戻ることも許されず、各々が別の道を歩むことになる。
「あの頃はよかったのに」とチームを結成した当初の、和気藹々とした飲み会を思い出しては、また憂鬱になる。
宿屋のベッドで寝返りをうつフェレスに、虚ろな瞳をした小さなエルフの少女は薬瓶に入った薬品を見せ、「あの……」とフェレスに呼び掛ける。
「薬、作ったの……飲む?」
「いらねえよ、お前も寝てろ」
「お前じゃない、レステリナ。疲労回復の効果があるって、教団の本を読んで覚えたの。だから……」
「うるさいな、ガキは黙ってろって言っただろ?」
執拗に自分へと媚を売ってくる少女が目障りで、フェレスは彼女が差し出した手を払いのけ、薬瓶は宿屋の床を転がっていく。
レステリナは俯いて、今にも泣きだしそうな顔をしたけれど、とてとてと床に転がる薬瓶を拾い上げ、何度もなんどもフェレスに渡そうとするのだ。
それが余計にうざったくなって、フェレスはレステリナを無視し続けたけれど、今思えば、最低な大人だったなと断言する。
ある日のこと――
宿屋の主人に、フェレスは「連れの女の子がひどい目に合ってる」と報告され、半信半疑で畑に囲まれた村の小路に行くと、そこには「通りに勝手に店を開くな」と村男に怒鳴られ、蹴りつけられるレステリアの姿があった。
薬売りをしようとしていたのだろう。ここ数日、レステリナは宿屋から出て行っていたのは、薬売りの準備をするためだったらしい。
村の子供と仲良くなったのだろうと憶測し、そのまま誰かが引き取ってくれればと、ネグレクト気味に放置していたフェレスだが、どうやらその空白の時間に木組みの質素な屋台を作っていたようなのだ。
少女が数日かけて作ったと思われる屋台は無残に壊され、ボロボロの木屑みたいになっていて、その惨状が燻っていたフェレスの心に火をつけた。
レステリナを殴りつける村男を止めに入り、フェレスと村男は殴り合いの喧嘩に発展した――結局、防護バングルと武器を宿屋に置いていたフェレスは、見事に村男に腕力負けしていまい、彼が満足いくまで殴られた。
「二度とここに面を見せるなよ」と吐き捨てた村男は肩を怒らせて立ち去り、顔や腕に蚯蚓腫れしたような傷を残し、地べたに倒れ込んだフェレスは、顔に打撲痕を負ったレステリナに薬瓶を差し出される。
それは彼女が背中を丸めて、村男の蹴りから守りぬいた品だった。
「どうしてこんなことを?」とフェレスは聞く。
「私にはこれしかないから」とレステリナは答えた。
そう、彼女はフェレスに認めてほしくて頑張っていたのだ。焼け落ちた教会で、「何の役にも立たない」と言われていた少女が、どうにか身に着けようともがいた魔術の代わりとなる力で、彼女は自分を救ってくれた男の力になろうとしていた。
錬金術で生成した薬を売ることで、フェレスの旅を支えようと、子供ながらに考えていたのだろう。
嫌われたくない、とその思いをばねにして。
「あなたは……私の命の恩人だから」
少女ははにかんで、その虚ろな瞳に光を灯して言う。
「そうか、誰かにとっての英雄、か」
ああ、その一言で泣きそうだった。
どうしようもない非才な負け犬は、少女の言葉に救われたのだ。
全ての人間を救えるようなカッコいい英雄にはなれなかったけれど、身近な誰かを、目の前の少女くらいは守ってやれるかもしれない。
そんな頑張り屋の少女のための英雄に、悪魔はなろうと思えた。
レステリナの持つ薬瓶を手に取り、フェレスは少女と心を通わすために、最初の一歩を踏み出す。
「お前――いや、レステリナ。俺の弟子になってみるか?」
「いいの? 役に立てないよ?」
「別にかまわないさ、レステリナが人の役に立つ方法を探すための師匠だからな」
「うん。じゃあ――よろしくお願いします、先生」
フェレスはレステリナからもらった薬を飲み干すと、あまりの苦さに舌を出す。
ダメだった? とレステリナが不安そうな顔をしたから、フェレスはそれとなくフォローをしておくことにした。
レステリナの錬成した霊薬は確かにまずかったけれど、フェレスの傷が次々と塞がり始めたから、人体の再生速度を速める効果は絶大だったらしい。
魔術の扱いはからっきしなレステリナだが、錬金術の才能はあるようだ。
まだいくつか試すが、彼女の指導方針は絞られてきた。
こうして1人の弟子を引き連れた男の、おおよそ1年間にわたる師匠としての長い旅は始まったのだ。




