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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第一部:オロス編 そして負け犬は少女と出会う
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第三二話:反撃の狼煙

 そこには数多の願いが流れる次元の狭間――ある場所に温かな家庭があった。

 家族3人で食卓を囲み、会話の花が咲いている。

 これが、この家族の本当の姿だったのだろう。

 天津三珠の消失が、彼らの家庭に安寧と平穏をもたらした。

 ちくりと、少女の胸が痛む気がした。きっと彼女は心のどこかで、自分も少しは役立てたことがあったんじゃないかな? と期待していたのかもしれない。

 地球での存在が消滅した三珠は、その星に帰還することは叶わず、魔導書に願った通りに誰の記憶からも消し去られたが、けれどそれでよかったのかもしれないと、自分に言い聞かせた。

 だって、育ての義父母は幸せそうだったし、少女が消失したという矛盾を埋めるために、実の両親は死ななかった世界に改善され、三珠とは違う別の子供と順風満帆な生活を送っていた。


 これが〝世界再創造エクヴァータル・クリエイティブ〟、人の願望により生まれた魔導書の起こした奇跡だった。


 そして〝世界再創造〟は、アベントゥーラでも起こる。天津三珠という異分子が世界に組み込まれたことで、本来死ぬはずだった者の運命は書き換えられた。

 バートランド・クルシュターの造反は三珠の有無にかかわらずに必ず発生し、魔物に食い破られるピスティリカや、死力を尽くして善戦した後に、思い人への好意が報われずに散るリフォルシア、そして彼女たちの死体を眺め、悲痛な雄叫びを天に轟かせるフェレスの姿が見えた。

 奇しくも、アベントゥーラの民の願いから生まれた旧魔導書の彼女それと、目的もなく死にながら生きていた三珠の利害は一致していたのだ。


 自分がいなければ幸福な世界と、自分がいれば犠牲を減らせる世界。

 三珠の決断は決まっていた。無為に生きるよりはずっと価値がある。


 ――親不孝でごめんなさい、どうか私のいない世界で幸せに


 自分のために身を犠牲にした4人の親に、三珠は敬愛と謝罪を送る。


 ――けどね、今の私は少しだけ幸せなんだ。


 「我儘を許してね」と、三珠は幸せそうな家族の団欒に背を向けた。


 ――育ててくれて、生んでくれてありがとう


 初めて心から4人の親に感謝して、少女は自分へと差し込む光に向けて歩き出す。眠ってはいられない、まだやることが残っているのだ。

 三珠は過去との決別を果たし、


『大丈夫、娘の幸せは親の幸せだよ』


 そんな都合の良いかすかな願いを聞いて、「行ってきます」と少女は告げて、自分を覆う黒一色に覆われた視界の壁を切り開く。



         ◇



  

 ヴァルケ砦の通路の壁にもたれ掛かり、三珠は目を覚ました。

 見ると、真っ赤に腫らして涙を流すピスカが、きょとんとして三珠の顔を見つめていた。

 ポカーン、と呆気にとられたままの少女に対し、三珠は愛想笑いで答えると、唐突に彼女は三珠に飛びついてきた。


「三珠姉さま! 私、三珠姉さまが息もしてなくて、心臓の音も聞こえなくて、どうしていいのか、全然わからなくて……」

「えっ? ええ? 私、どうなちゃってたの?」

「覚えてませんか? 三珠姉さま、クルシュター助祭に刺されてしまって……」

「あっ! そういえば――」


 くすん、と鼻をすするピスカの頭を撫で、三珠の思考ははっきりした。

 どうやら自分は一度、死にかけていたらしい。三珠は胸元と腹を見下ろすと、真っ赤な血がべったりとついた服が破れ、剣に貫かれた跡が残っていた。

 それでも目を覚ますことができたのは、魔導書グリモワールとの契約により、あらゆる生命体の希望という概念に昇華した三珠は老いを失い、人類の願望そのものとして生を受け直し、!不滅の神(システム)である半神半人に、転化してしまっていたのだ。

 「どんな障害からも三珠を守る」、そんなスィアの人としての願いは、ある意味で叶えられていた。

 

 しかし、三珠的には罰が悪くなってしまう。それもこれも、フェレスがゴミを見るような目で三珠を見下ろし、眉をひくつかせていたからだ。

 フェレスの怒りはもっともだが、三珠には取り返さないといけない子がいるし、バラドの目論みを知ったからには、お礼参りをしてやらねば気が済まない。

 どう説明したものか、そんなふうに悩む三珠だが、言い訳のいの字も思い浮かばず、素直に謝ることにした。


「なんかごめんね、人騒がせな子だったみたいで」

「ほんとだ。ピスカに三珠がバラドに殺された、って泣きつかれた俺の身にもなれ」


 バラドが逃走するきっかけとなった足音はフェレスのものだったようなのだ。魔物が一掃され、いち早く三珠たちの元へ駆けつけたのが彼だった。

 殺されたのが人の願望に変貌した三珠だったからいいものの、ピスカであれば取り返しがつかなかったから、グッジョブとフェレスの用心深さには感謝したい。


「なあ、三珠。1つ聞いていいか?」

「あっ、うん。何かな、フェレスさん?」

「お前、どうして生きてるんだ? 急に傷が修復され始めたよな?」

「ああ、いや――私、あの魔導書と契約したんだけど、それの影響でフェレスさんみたいな体質になって、私の命はこの世に人がいるかぎり、再構築されるみたい」

「お前、それでよかったのか? 」

「うん、私の決めた道だから。それに、これでフェレスさんも一人にならずに済むでしょ? これからは一緒に旅をするわけだし」


 そう三珠が笑顔を見せると、フェレスは何とも言えない顔をして、それでも少女の決断を立ててくれたようだ。

 

「わかった、それなら何も言わないでおく、ただ――前にも言ったよな? そういう力があるなら、先に言えって」


 パキポキと腕を鳴らし、「拳骨は覚悟しろよ」と警告するように、前髪の影で表情を隠したフェレスが歩み寄って来て、三珠は拳骨に備えるために頭を覆った。

 しかし、三珠の頭に落ちてきたのは怒りの鉄拳ではなく、優しい手のひらだったのだ。頭を庇う三珠の手の上にフェレスの腕か重なり、ずず、と彼は鼻をすするような音をかすかに漏らし、背中を見せて佇んでいた。

 ほんの僅かに肩が上下したから、フェレスは三珠が生き返ったことに、うれし泣きしてくれたのかもしれない。


 何だろう、少しくすぐったい。三珠の背中がもぞもぞする。


 と、そこへ――リーシャがゲイルズ中将とノクト少佐を引き連れ、三珠の方へ駆け寄ってきた。


「三珠、そっちは大丈夫だった?」

「あっ、うん。何とか――」


 「一回死んでました」とは言えず、三珠はぎこちない返事を返す。

 三珠の歯切れの悪さに、リーシャは怪訝な目をした。

 勘の強い少女だ。三珠はリーシャの気を逸らすために、ゲイルズ中将に質問を投げかける。


「あの、私の使った力については、どうなりましたか?」


 三珠としても気になるところだった。大勢の前で魔法なんて使ってしまったから、噂が広まってしまうのは避けたかったのだ。

 しかし三珠が心配するまでもなく、その辺りに関してはゲイルズ中将もわきまえていたようで、

 

「んん? おおう、あれか。それならば、適当に部下どもには誤魔化しておいたわい。見たこともない魔術じゃったが、そちらにも事情があると思っての」

「この世界には、賢者や仙人と呼ばれる魔術の神域に到達した流浪の伝道師がいます。天津氏は見た目とは不相応な年齢まで長生きしていて、まったく未知の魔術を使用する、大賢者の域に到達した稀代の天才という設定になりました」

「えっ? それ、脚色しすぎじゃないかな? 盛りすぎのような……」

「まあ、そう言っておかんと後が面倒じゃからのう。詮索するのはわしの主義に反する。フェレスとは付き合いも長いしのう、ヴァルケ砦内で適当に処理しておくわい。賢者や仙人は自分の主情をばらされるのを嫌う奴らでの、しっぺ返しを恐れて、誰も他言しようとは思うまい」


 凝った肩をもみほぐすように回し、ゲイルズ中将は隠蔽の事実を明かす。

 やっぱり軽率だったかな? と三珠は反省したが、それはフェレスは否定する。


「いや、あの場合は仕方ないだろう。三珠が力を使わなければ、もっと犠牲者が出てた。判断としては間違いじゃない、後処理は大人に任せるもんさ」

「まあ、あたしもピンチだったしね。それは助かったって感じ」

「わしも砦の代表として、娘っこには感謝せねばのう」


 ゲイルズ中将に「感謝する」と敬礼されてしまい、三珠が畏まるように両手を振るが、しかし重要な案件を思い出したように、ピスカが横から質問を投げかけた。


「そういえば、ゲイルズ中将閣下はクルシュター助祭を見ませんでしたか?」

「いや、見ておらぬが。あの若造がどうかしたのか?」

「あいつが、今回の件の黒幕だったんだよ。ピスカから聞いたが、俺もしてやられた。まさか、俺たちを嵌めるために動いてたとはな。三珠も起きたことだし、そろそろこっちも動いた方がいいかもな」

「そうじゃの、それが本当ならば、軍としても黙っておれんわい。あれからさほど時間は経ってない、今から追えば――」

「ダメです! スィアが、魔導書がバラドさんの手にあるなら、遅いです」


 言いかけたゲイルズ中将の算段を狂わすように、三珠は声を張り上げる。

 スィアの、魔導書の中には空間転移魔法の記述がある。オーナーの三珠が持つ魔導書に対する権限が弱まり、バートランド・クルシュターが魔導書と強制的に仮契約を結んだならば、その魔法を使った可能性は否定できない。


 彼の目的は真皇教団の在り方への反逆だ。

 それでもっとも効果的で、世間の注目を集める事件に発展させたいのならば、1つの都市の象徴を、オロスにある教団の大聖堂を巻き込んだ都市規模災害を引き起こすことだろう。

 眉間にしわを寄せ、フェレスは壁を殴りつける。


「つまり、あいつはオロスに戻ったってことか! ここから陸路で1日はかかる――くそっ、全部あいつの手のひらの上ってことか! バラドの奴がレナに手を出す可能性があるってのに!」

「お姉さまに、ですか?」

「ああ。狂った男の悲劇を演じるには、最高の生贄だからな」


 「おい、待たんか」と言うゲイルズ中将の制止も振り切り、フェレスは足早に砦の外に向かい始める。いてもたってもいられずに、とにかく抗わなければと、フェレスらしくない無計画さで。

 愛弟子の危機に、フェレスは取り乱していたのだろう。

 そこへ、通路の奥からひょっこりと小鬼の運転手、ナシュタが現れた。


「話は聞かせてもらいやしたぜえ、旦那」

「お前、ナシュタ。どうしてここに?」

「魔物から身を隠していやしたんですが、一件落着したみたいなんで、挨拶にでもうかがったんでさあ。そうでやしょう、中将閣下殿」


 ホブゴブリン族のナシュタに呼び掛けられ、ゲイルズ中将が頭をかく。


「まいったのう、こりゃあできすぎとらんか?」

「なんだ? ゲイルズとナシュタは知り合いなのか?」

「まあの、そこの小鬼に飛空艇操作の教官を依頼したことがあったんじゃよ」

「つまり、ナシュタは飛空艇を運転できるってことか?」

「ええ、そうでやすよ。危険地帯への潜入なんで、ちょいとお高くしてもらいやすが、お役に立てるのではないんで」

「ああ、最高のタイミングだよ。狙ってたか?」

「どうでやしょうね。あっしは運び屋ナシュタ、お客様がお望みとあらば、どんな境地へもお届けしやしょう」


 小鬼の見た目には似合わないたくましい顔をして、ナシュタは協力を申し出る。

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