第三十話:魔物殲滅
「ほら、到着よ?」
砦のバルコニーに続く扉の前に辿り着き、レティが「言ったとおりでしょう?」と得意げに胸を張って、背中で手を組んでいた。
どんな魔法を使ったのか、実際に三珠とピスカは砦内に侵入した魔物と交戦することはなく、方々で銃撃戦をするような発砲音や、兵士たちの掛け声が響いていたのに、2人はあっけなくそこに到着した。
「レティちゃん、いったいどうやって……」
「秘密よ、高潔な淑女に謎はつきものだもの」
「後は任せたわ」と投げやりに去るレティが、ぴょんぴょんと子供らしく階段を一段飛ばしに下りて、踊り場の影に消えていく。
「本当に不思議な子でしたね、三珠姉さま」
「うん、まあ。でも、無事に到着しちゃったしね、帰りが心配だけど」
『ますたー、スィアは大丈夫だと思う。あの子、特別な感じがした』
「そっか、スィアが言うなら、信じることにするよ」
飛行する魔導書に目を向け、三珠が納得すると、ピスカは「やはり、スィアさんには自我があるんですね」と半信半疑ながらも、彼女を受け入れていた。
三珠がピスカへ嘘を吐く理由がないし、もし彼女が1000年前に人々を救った神様ならば、信徒としては崇めるべきであり、なにより新しい知人ができたような気もして、スィアを嫌うなんてありえない。ピスカは三珠に全面的に信頼し、こうやって同行してくれたのだ。
「よし、行こう」
三珠は砦のバルコニーに出て、その惨状に息を飲んだ。
魔獣に応戦していた兵士たちは重傷を負い、あるいは既に息絶えて、それでも生き残った者たちが攻めてくる魔物の群れに応戦しつつ、砦を死守している。
バルコニーからは雲海の橋が見渡せて、その綺麗な景観は死した魔物の残骸と倒れた兵士たちの血に汚れ、観光名所と名高かった砦に見る影はない。
ピスカに背中をさすられ、気分が悪くなるのを我慢するために、三珠はスィアにお願いをした。
「ねえ、スィア。あの魔法を使ってもいい?」
『んっ。ますたーが使いたいなら、いつでもいい』
「うん、ピスカちゃん。後ろはお願いできるかな?」
「はい、任せてください。三珠姉さまは私が守ります」
「じゃ、いくね。朗読――第87項、メンタル・ぺイシャンス」
ぐっ、と拳を固めたピスカを一瞥して、三珠がそう言うと、スィアはページの項を上に向け、光粒を噴き上げるように輝き、パラパラとページがめくれていく。
少女を包み込んだ光は彼女の精神の起伏を抑制し、そして三珠が深呼吸をすると、感情を鎮めてクールダウンした。
これで死体を探知したとしても、三珠が嘔吐するようなことはないはずだ。
バルコニーのへりに近づき、続けて三珠は魔導書を読み上げる
「朗読――第34項、ライフ・イズ・サーチ」
三珠の読み上げた魔法の波紋は周囲一帯、それこそヴァルケ砦を中心とした半径1キロ未満の地形と人、そして魔物の姿をエコーロケーションをするように、目を閉じた三珠の頭の中にマップが浮かんだ。
今まさに魔物と交戦するリーシャとノクト少佐だって、ゲイルズ中将とフェレスを含めた兵士全員の生死と、向かい来る魔物の数がわかり、無残に死んだ兵士の姿形も捉えてしまって、ただの少女でしかなかった三珠ならば、心が壊れてしまっていたかもしれないが、それは抑制された精神で抵抗した。
「次の項――第42項、グランディス・レフェクティオ」
ヴァルケ砦上空に展開された巨大な魔法陣、それはまるで女神の祝福の如く大翼をひらめかせ、雪のように降り注ぐ癒しの粒子は、死の目前だった兵士の傷を癒し、体を侵食した毒だって浄化して、人々を救う癒しの慈悲となった。
しかし死した兵士の復活とまではいかず、「もっと早く起きていれば救える人もいたのに」と、三珠は強大な力でもなせない無力さを思い知る。
本人の自然回復能力を極限まで高め、細胞分裂の速度を加速して臓器までも直す回復魔法と違い、復活魔法の工程は願望と肉体の一致に拒否反応があるから、まず肉体側の修復から入り、世界に溶けた死人の霊魂を選別し、肉体に戻さなければいけない。
降霊魔術の起源でもある復活魔法は、1人ずつ行うのが限度であり、しかも死体の状態がよく、さらに術者が降ろす霊魂の人物像を把握しているのが条件なため、三珠は知り合いでもない兵士たちを救えなかった
ふつふつとわき起こる無力感を怒りに変え、三珠は次に魔物へ狙いを定める
魔物への八つ当たりになるかもしれないが、そもそも彼らが砦にせめて来なければ、犠牲出ずに砦に駐屯する兵士たちに平穏な日常は続いていたのだから、ならばやはり魔物側にも問題があるだろう。
三珠はこれ以上の犠牲を出さないために、その死神の如き魔法に手をつける。
「さらに次の項――第132項、ブラック・ドゥィラー」
生命探知の魔法で割り出した魔物たちの体内に、極小サイズの高重力物質を作り上げ、空間異常を引き起こし、魔物を内側から破壊していくはずだったが、三珠の魔法が行使されるよりも早く、危機を察知した1匹の魔物が、砦のバルコニーへ強襲した。
石橋の反対側にある山道を駆け、バルコニーに飛び上がったキマイラである。
その猛獣は雄叫びを上げ、バルコニーの塀をぶち破り、瓦礫をそこかしこにばらまいて、無防備な三珠の背中に突進する。
すかさず、集中状態の三珠を庇うように前に出たピスカが、教団仕込みの〝光壁結界〟を展開して応戦する。三珠は生命探知の魔法で猛獣の接近を悟っていたが、後ろを守るピスカを信じて、彼女に自分の命を託した。
「グルルルルルルルルルルルルルルルルルルル!!」
「三珠姉さまに――手出しはさせません!」
ピスカはさらに魔力を込めて結界の強度を上げ、キマイラに拮抗する。
魔術の才に秀でた少女の作りあげた盾は、並みの術師を凌ぐ圧倒的な強度を誇り、やすやすとは砕けず、キマイラは追加の攻撃をかけるべく、蛇の尻尾で何度も結界の表面を殴りつけ、背中のヤギの頭は詠唱を開始する。そして、そんな猛獣と少女の死闘をフェレス=エディーダが目撃していた。
◇
「いったい、どうなっとるというんじゃ!」
ふん、と呼気を荒げ、飛び掛かってきたマンティスの頭を大槌で粉砕したゲイルズ中将は、空に浮かんだ魔法陣と降り注ぐ光粒、そしてみるみると傷を癒していく部下たちを眺め、「何が何だかわからない」といった様子で立ち尽くす。
フェレスは地の魔術弾で硬度強化し、剣形態へと変化させた銃剣でエールカを両断し、緑色の血液を結界の上からかぶって、ゲイルズ中将と隣り合う。
「つっても、敵ではないだろう? こっちの仲間だけが治療されてるからな」
「そうじゃのう、流石のわしもこたえてきたところじゃ。助かるわい」
「ジジイに長期戦はきついよな? よくわかる、年だな」
「ふん。現役時代であれば、まだやれたんじゃがんのう。年には勝てんわい」
「やめろよ、余計にふけるぞ」
軽口をたたくフェレスだったが、それに浮かんだ魔法陣の正体に、薄々は気が付いていた。そういえば、彼女から相談されたこともあったのだったか。こんなとんでもない芸当をできるのは、彼女しかいないだろうし、これが天津三珠の選んだ力の使い方なのだ。
本当に憎らしい、フェレスが望んでも手に入らなかったものを、彼女は手に入れていた。
うらやましいとは思ったし、できれば自分にもあればよかったと嘆きたくなるが、けれどフェレスはその渇望を切り捨てた。
わかっていたことじゃないか、自分が人よりも劣っているのは――ならば、フェレスが示すなのは、圧倒的力ではなく、彼女たち若者の進むべき道にある障害を取り除き、やがて自分を越えてゆくその日まで、1人の男の生き様を見せ続けるだけだ。
いつか情けのない負け犬がいたな、と彼女たちが振り返れるように。
「俺の呪術は必要ないな」
もともとフェレスの呪術は集団戦闘向きじゃない。
呪いを放つ出力を上げれば、魔物たちは弱体化させられただろうが、こちら側の兵士を守る防護バングルまで、効力を失うからだ。
あの日、遺跡でゴーレムに襲われた日に、フェレスが防御型の設置魔術を使って、石造の動きを止めなければならなかったのは、その手前で使った呪術弾のせいで、防護バングルが結界の効力を失っていたからに他ならない。敵味方関係なく伝播する呪いだから、味方まで弱くしては意味ないだろう。
設置型の照準魔術で呪いの規模を抑えることもできたが、しかし1体ずつ相手にしていては、フェレスの弾丸のストックが切れてしまう。
「お前はすごい奴だよ」と感心して後ろを振り返り、上空に浮かんだ魔法陣の中心となるヴァルケ砦の壁上を見たフェレスだったが、しかし彼は戦慄した。
魔術書を広げて佇む三珠を守るように、キマイラと交戦するピスカの姿が目に入ったからだ。明らかにピンチである。
フェレスは咄嗟に火と風の魔術弾を3発ずつ、長銃形態にし銃剣のシリンダーに入れ込む。
銃剣のシリンダーは総弾数6発をセットできるようになっており、弾倉に入る属性弾の数により威力も上昇し、さらに相対しない属性弾を装填することで、簡易的な複合属性弾も製作できる。
フェレスは設置魔術によって、遥か後方で詠唱するヤギに当たるように、着弾位置への魔法陣の照準を展開し、そして銃剣の引き金を引く。
風に巻かれた炎は渦を巻く火炎の弾丸となって、速度と威力を減退させることなく、キマイラのヤギ頭を焼き払った。
消し炭となった背中に激痛が走ったのか、キマイラは巨体を横倒しにして、4本の足をばたつかせてもがき苦しむ。
魔術の維持に体力を疲労したピスカは一度、結界を消し去って息を整え、自分の援護をしてくれたフェレスに感謝しつつ、結界を再展開する準備を整えた。
だが、それよりも早く、三珠は自分が探知した全ての魔物の位置と座標を把握し、それらを対象に体内へ高重力体を作り上げる。
腹部に内側が光り輝いたキマイラは、ぐちぐちと内側に圧縮されていくように潰れていき、大量の血と肉片を飛び散らして、最期にはぐちゃぐちゃになった肉と骨粉だけを残し、原型もなく融解されたような肉の泥と化した。
それはキマイラだけでなく、マンティスもエールカも、ウェネーヌムだって例外なく、まるでプレス機で圧縮された後、ミキサーにかけられたかの如くに潰れてゆく。
一瞬にして魔物を潰した強大な力に唖然としつつも、死した怪物どもの肉片から沸き立つ汚臭を嗅いで、兵士たちは空を見上げる。
「まるで女神、アリスィアの福音だ」
そう呟いた兵士たちは武器を下ろし、拳を天へと高らかに振り上げ、「勝利の女神に感謝を」という歓喜にも雄叫びを、高山の麓まで木霊させるのだった。




