第二八話:襲撃の牡山羊《キマイラ》
山道から登りくる魔物の群れと砦の衛兵たちが戦っていた。
「くそっ! どんだけいるんだよ!」
兵士たちの装備する魔術小銃の発砲音が砦に響く。
魔術小銃は引き金を引くことで、銃腔内で魔術弾へと生成する機構があり、弾倉部分に満たされた火と風の結晶石を使った複合術式を作り上げ、熱を持った空気が発生させ、その熱風の圧力が前方にかかることで、弾丸を射出する。
火と風の魔素は銃腔内に設置された水と土の魔素結晶に触れ反発し合い、火は土属性と混ざって弾丸にかわり、風は水属性と混ざって圧力調整機関のエネルギーに置換される仕組みだ。
魔術により銃弾を生成するから弾数制限はないが、小銃の魔素を消費するからこまめな点検は必要で、発射速度は300発/分とやや遅い。
魔術小銃から撃ち出された弾丸が、昆虫型の魔物の甲殻に弾かれる。
全高2メートルのカマキリや、1.5メートルの芋虫のような怪物だった。
カマキリ型の魔物はマンティス、芋虫型の魔物はエールカという名だ。
そんな昆虫型の怪物が、10や20で済まないほどの軍勢を引き連れ、カルディアナ山道からヴァルケ砦に攻め込んできていた。
エールカがぶるぶると気持ち悪く体を震わせ、上空に大量の魔法陣を浮かべ、はじけ飛んだ魔法陣は炎球にかわり、橋を守る兵士へと降り注ぐ。
「ぐあああああああああああ!!」
爆風に吹き飛ばされ、人間種の男性兵が橋の塀にぶち当たる。
彼の装備した防護バングルが、魔素を完全に失った。
こほこほ、と胸を圧迫された男性兵がせき込むと、そこへマンティスが襲いかかる。
「い、いやだ! こっちにくるなあああああああ!」
「おい、早く下がれ! 何してる!」
「うわ、うわああああああああああああああ!」
じたばたと手を振り、マンティスを追い払おうとする男性兵。
エルフ族の兵士が駆け寄ろうとしたが、マンティスの動きの方が速かった。
巨大なカマキリはその鎌を上段に振り上げ、そして一薙ぎ。
まるで首をかすめ取りように――
振り下ろされた鎌は男性兵の首筋に刺さり、空中へと浮き上がった生首が石橋の下、白い雲海へと消えると、首を失った胴体は大量の血飛沫を噴き上げ、橋の一角を深紅に染め上げて、どろどろとした血だまりの中へ沈む。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
味方の死に激昂した男性兵は、死体をその鋭利な牙で啄ばみ始めたマンティスに、魔術小銃の銃口を向けるが、仲間の死に気を囚われた彼は、横から迫るもう1体のマンティスを見落としていた。
羽をはためかせ、宙を滑空したマンティスは男性兵に飛び掛かり、その四肢を腹部から生えた4本脚で掴み、彼の身動きを封じる。
防護バングルの張った結界に突き立てられた昆虫の鋭利な爪。
それは男性兵の結界の耐久値を削りきり、彼の肉に爪をめり込ませていく。
ぐちぐちと肉に穴をあけられる感覚。爪の突き立てられた太ももから、あるいは二の腕から、血がどくどくと滲み出る。襲い来る痛みに男性兵は苦悶の呻きを上げ、
――俺もここまでか。
目に浮かぶ幸せな家族の情景を浮かべ、そう男性兵が諦めた時だった。
「フェレス、はよう援護せぬか!」
その荘厳な声が山頂に響き渡り、1発の火球がマンティスの頭部に着弾した。火球は爆ぜ、爆音は轟く。
いくつものレンズが重なったような目を焦がし、頭から煙をあげたマンティスは乱れ狂うように首を振り、男性兵の体を離して仰け反った。
その隙をつき、ドワーフの男はマンティスとの距離を詰める。
振り抜かれた大槌は風を切り、壮絶な殴打音を上げて、マンティスの頭部をへこませた。
「ウギ、ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
マンティスは耳をつんざくような断末魔をあげ、石橋の外へと放り出される。
頭を砕かれたマンティスに羽を動かく力は残っておらず、背中の羽を小刻みに震わせながら、まるで抱き込まれように巨大なカマキリは雲の中に吸い込まれた。
地面に力強く打ち立てられた大槌は、この砦を管理する将軍が自作した物。
その重量感ある大槌は軽々と振るわれ、魔物の硬い甲殻をやすやすと打ち砕く鉄槌となる。大槌の柄を地面に打ち立て、ゲイルズ中将はその堂々たる立ち姿で、魔物たちを威圧した。
圧倒的強者の乱入に、魔物たちの生存本能が戦慄した。
この人間はダメだと、早く倒さなければと、魔物たちは一声にドワーフの男にとびかかる。
しかし一蹴、縦横無尽に振り回される大槌は、魔物の甲殻を砕き陥没させ、緑色の液体を噴出させながら、男の周囲へとぺしゃんこになった体をばらまいた。
一騎当千たる勇猛な男は、空を仰ぎ見て高らかに吠える。
「何を怖気づいておるかああああああああああああああああああああああああ!」
それは獣の怒号。吠え叫ぶ男の一喝に、兵士たちの声色が変化した。
勝負は決した、もはや我々に敗北という文字はない、と。
ただ1人の男の救援が、兵士たちの戦意に火をつけた。
手際のいい指示が飛び交い、浮足立った足並みが一瞬にして統率され、兵士たちの動きは変わり、魔物相手に善戦していく。
「相変わらず、すげえパワーファイトだな。どんな魔術使ってんだよ」
「はんっ、わしの使ったのは身体強化の魔術だけよ。この程度の烏合の衆、相手になるわけもあるまい」
「そりゃそうだ。流石は闘神とうたわれた男ってか?」
「ふん、貴様にもまだ付き合ってもらうぞ。のう、フェレス?」
「上等だ。2人で何匹、蹴散らしちまうのかね?」
フェレスは長銃形態にした銃剣を構え、ゲイルズ中将は大槌を担ぎ。
自分たちを囲む魔物を前に、2人は互いに背中を預け合う。
◇
砦の南側にある高台も、魔物の攻撃を受けていた。
小高い丘のような形状になった高台で、そこはカルディアナ山道に出没する毒怪鳥の群れに襲われていた。空に羽ばたく3体ウェネーヌムに囲まれ、4人の女性兵士たちが身を寄せ合って交戦している。
ウェネーヌムが翼をはためかせ、無数のカザ羽が彼女らに降り注ぐ。
「敵の攻撃! 誰か、防御魔術を使える!?」
「任せて! あたしが防ぐわ!」
「じゃあ、他の2人は詠唱継続! 私は敵に攻撃を続ける!」
降り注ぐ無数の羽は、猫耳を持つ女性兵士が展開した結界に防がれる。
エルフ族の女性と、髭がなく小柄なドワーフ族の女性が詠唱を続けていた。人間種の女性は3人に指示を飛ばしつつ、獣人の女性が張った結界の中で、ウェネーヌムに魔術小銃の発砲を続ける。
ばらまかれる魔術弾を浴び、ウェネーヌムがひるみ、詠唱を終えた2人の女性兵が、上級クラスの魔術を使用した。
「これは冷徹なる水脈――アクア・フォーンス」
「今来たれり風絶の刃――エアリアル・ゲイン」
猛烈に噴き上がる水の弾丸はウェネーヌムの腹部を貫き、巨大な穴をあけて、その命を奪い取り、折り重なるように吹き荒れた風の刃は、もう1体のウェネーヌムの首を裂き、羽をむしり取って絶命させた。
巨体を動かす力はなくなり、2体のウェネーヌムが高台の地面に落ちて大地を震わせ、その振動で砂埃が巻き上がった。
どんなもんだと、自分たちはやってやったのだと、エルフの女性とドワーフの女性がハイタッチし、結界を展開する猫耳の獣人は「まだ終わってないでしょ?」と呆れ、リーダーらしき人間種の女性兵は最後の1体を処理するはずだった。
しかし、高台に至る崖を1匹の猛獣が飛び登り、状況が一変する。
毛並みのいいライオンの頭に背中に生えた山ヤギの顔、毒蛇の尻尾をもつ牡山羊――俗にキマイラと呼ばれる猛獣だった。横槍を入れてきた猛獣の乱入に、女性兵たちの足並みが崩れる。
仲介屋の会員でも10人以上のメンバーで戦うのが望ましいと言われる、Bランクの危険指定を受けた全高7メートルの巨獣は、その強靭な脚力で宙へ飛び上がり、女性兵士たちを守る結界へ鋭い爪を立て、巨体の体重を全て乗せきった一撃を振り下ろす。
「きゃあああああ!」と悲鳴を上げた女性兵たちを守る結界は打ち破られ、けたましい地響きとともに、吹きすさんだ突風に舞い上がった石片にまみれながら、彼女らは散り散りにぶっ飛ばされた。
水切り石のように地面を転がり、あるいは高台にあった岩にぶつかり、またあるいは岩の斜面に背中を叩きつけられて、女性兵たちは防護バングルの守りを失う。
「グルルルルルルルルルルルルルルル」
「――かはっ、があ!」
威嚇するように吠える猛獣の足元に、猫耳をもつ獣人種の女が踏みつけられる。
彼女の防護結界はもはや限界に達し、やがては消失して、女性兵にキマイラの力による荷重がかかり、みしみしと彼女の骨は、内臓は軋みを上げていた。
かはっ、とせき込んだ女性兵の口から、ごぽりと真っ赤な血が吐き出される。
砕かれた何本かの骨が内臓を突き刺し、もしくはキマイラの重みに耐えきれなくなった臓器がひしゃげてしまって、かひゅうかひゅうと、猫耳をもつ女性兵は肺から空気が抜けているみたいな息をした。
早く助けなければ彼女の命はなく、もしかすればもう手遅れなのかもしれない。
「くそっ、くそお! 離せ、離せよう!」
口汚い言葉を発したドワーフの女性は、護身用の魔術拳銃を引き抜いて応戦する。魔術戦闘が主体の彼女が、保険として所持していた武器だ。
魔術式自動拳銃は連射機能を保持した魔術小銃とは違い、単発式の術式を採用している。
魔術式の銃弾を放った時の反動を利用し、魔術拳銃内部に残留した火と地の魔素を複合するスペースを作り、再び魔術弾を形成する構造で、弾丸発射のサイクルを安定させる。
ドワーフの女性兵が放った弾丸は、キマイラの頭に何発も命中するが、それは分厚い皮を持つ魔獣には、豆鉄砲に撃たれる痛みとさほど変わらず、けれどちくちくと蚊に刺されるような痛みは煩わしかったのか、猛獣の顔がドワーフの女性を見た。
キマイラは虫の息だった女兵士を解放し、のっそりとドワーフの女性兵に近づきかけたが、ぴたりと止まって上空をうかがう。
がくがくと足を震わせながらキマイラを狙うドワーフの女性兵、けれど彼女は仲間に叫ばれるまで、自分の犯したミスに気が付けなかった。
「待って! 逃げて!」
「――えっ?」
リーダーらしき人間種の女性兵に叫ばれ、ドワーフの女性兵は自分が大きな影に覆われていたことに気付く。そう、彼女の上空にいたのは生き残ったウェネーヌムだった。
仲間の仇だと言わんばかりに、毒怪鳥が巻き起こした人体に有毒な毒素を含んだつむじ風は、女兵士の軍服を肌をズタボロに引き裂き、彼女は回転するように吹き上げられて、地面へと打ち付けられた。
ドワーフの女性兵は苦しみ悶えるように、胸や首を掻きむしり、毒風に蝕まれる体が徐々に紫色に変色をはじめ、瞳孔の見開き、懸命に息を吸おうと喘ぐ。
そんな彼女に、トドメを刺そうと下卑た笑みを浮かべたキマイラが歩み寄る。
「この、このおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
死にかけの仲間の姿を見せつけられて、人間種の女兵士はむちゃくちゃな怒声を上げて、魔術小銃をキマイラに向けて連射した。キマイラは魔術弾の猛襲を受け、その痛みに吠える。
「よかった、利いている」と、人間種の女性兵が安堵した瞬間、弾倉の魔素は枯渇し、魔術小銃の次弾が発射されなくなる。怒り狂った猛獣は人間種の女性兵めがけ、その鋭い牙を立てて飛び掛かる。
「少尉!」
部下だったエルフ族の女兵士が叫んだ。
人間種の女兵士――少尉と呼ばれた彼女は突き飛ばされて、代わりにエルフ族の女兵士がキマイラに咥え上げられるが、彼女はまだ死んでいなかった。
エルフ族の女兵士は、僅かに結界の効力を残していたのだ。
キマイラは実に食べにくそうに、結界の破壊に戸惑うように、顎に力を入れ続ける。上半身を咥えられ、口からはみ出した手と下半身をじたばたともがくエルフ族の女兵士だが、ついに結界の耐久値は限界に達し、彼女は噛み砕かれた。
まるで真っ赤なペンキのように飛び散った女性兵の血液は、少尉の顔にべったりとこびりつき、キマイラの顎をぽたぽた伝う。
支えを失った下半身がぼとりと地面に落ちて、食い千切られた腹から半壊した胃や、でろんと伸びた腸管みたいな臓器を飛び出させ、ぴくぴくと足首を小刻みに震わせる。
肩から向こうを失った骨のはみ出した片腕は、少尉の足元に飛んできた。
どうしてこうなってしまったのだろう。彼女らとは昨日、楽しげにランチをしていたし、彼氏との関係みたいな恋バナもしていたし、そんな日常が、それこそ毎日続くのだと思っていた。
それが今日、こんなにもあっさり終わってしまうなんて、信じたくなかった。
ごくんと喉を鳴らし、ニタァとキマイラが白い牙を見せ、その猛獣を支援するウェネーヌムには見下ろされ、少尉は頭が真っ白になって、下半身の筋弛緩がおこり、ちょろちょろと失禁してしまい、軍服の股と地面を湿らせたことにも気づかずに、がちがちと歯を打ち合わせて震えあがる。
そこへ、一投の閃光の如き矢は放たれた。矢はウェネーヌムの頭を消し飛ばし、赤黒い血を噴射させて、毒怪鳥の死体はキマイラの上にのしかかる。
毒怪鳥の死体に押しつぶされ、それを押しどけようキマイラがもがき、ヤギの頭は魔法陣を浮かべて詠唱を始め、ばたばたと毒蛇の尻尾がのたうつ。
しかし、この好機を逃しはしないと、その軍人は地を駆けていた。
「まったく、被害甚大という所でしょうか? この責任、どう償っていただけるのか、それを聞かせてほしいものですね!」
長槍を構えて眩い金髪を揺らめかせ、キマイラに突進するその男は、ヴァルケ砦に駐屯するゲイルズ中将の懐刀、ノクト少佐であった。
軍の御前試合でゲイルズ中将に肉薄する実力を見せた期待の若手、彼は喉元からキマイラを串刺し、その体内で炎の魔術を噴き上げた。
「アガ……ギュルル……」
体内器官を焼き払われた猛獣は焦げ臭くなり、口や鼻の穴から煙を噴き上げ、眼球を真っ白に染め上げる。その場に残る女性たちの容体をチェックし、確実に死亡したエルフ族の若い女性兵の残骸に、「遅かった」と失態を嘆く。
だが、瀕死の女性兵を救う暇もなく――
「ノクト少佐! まだ来ます!」
幻術で作成した魔術弓を空へ向け、フェレスとの話し合いの結果、ノクト少佐に同行したリーシャは冷や汗を流す。彼女が弓に矢をつがえた先に、怪鳥の群れは続々と迫っていた。




