第二七話:惨劇の妄執
「ここから出さぬか! わしが何をしたというのじゃ!」
砦内の拘留所に、大声で怒鳴り散らす老人の声が聞こえる。
鉄格子に塞がれた独房が、左右にいくつも並ぶ部屋だった。
昔は捕縛した敵兵を捕えておくために造られたらしいが、今では観光地で迷惑行為をした犯罪者の一時的な監視場所として使われている。1人分のベッドとトイレが置かれた狭い独房だった。
白髪の老人は鉄格子に張り付き、看守の兵士に言い寄っている。
「いや、そんなこと言われてもねえ。こっちは上官の命令なんだ」
「さては、貴様らも教団の回し者じゃな! わしを辱しめ、悦に浸っておるのじゃろう? いつか、貴様らに偉大なる王の天罰が下される!」
「なんでそうなるんだ……俺は軍人だ。教団には勤めてない。ここはな、観光客の多い砦なんだよ、演説するにしても許可を取って貰わないと犯罪になる」
「何を言う! そうやって、わしを言いくるめるつもりか!」
「だからな! ああもう、話にならん! だいたい、邪教勧誘の演説をして、どうして捕まらないと思った? そんなもん、許可できるわけないだろ?」
まったく聞く耳を持たない老人に、看守の軍人が手を焼いている。
軍帽を取った人間種の彼は、苛立つように頭を掻きむしっていた。
「なんじゃ、手こずっておるようじゃのう」
巨大な大槌を担ぎ、いかめしい歩みでゲイルズ中将は部下に話しかける。
ゲイルズ中将の姿を見るなり、「お疲れ様です」と看守の男は切れのいい敬礼をする。こうやって巡回すれば、飲んだくれの老人も将軍の風格はあった。
ゲイルズ中将を視界に入れるなり、ギシギシと老人は鉄格子を揺さぶり、怒り狂ったように叫ぶ。
「貴様か! 貴様が王を愚弄する者か!」
「なんじゃ、いきなり。恨みを買った覚えはないがのう?」
「いや、たぶん恨みしかないだろう? どうせ部下と数人で囲って、理由も聞かずに、牢屋にぶち込んだんじゃないのか?」
「無論だが? それのどこが悪いのかのう、正当な処置ではないか」
「いや、もうそこが問題だからな」
「難儀なものよ」と髭を擦るゲイルズ中将の様子に、フェレスは頭が痛くなってきた。雑な対応にもほどがある。
この男に昼夜付き添うノクト少佐は、かなり強靭なメンタルの持ち主だと思う。
と、フェレスの登場に、顔を明るくしたのは暗主崇拝者の老人だった。
「おお、お主は! あの心優しい娘さんといたものではないか? 頼む、偉大なる王を慕う者同士、助けてはくれぬか?」
「ちょっと待て、俺は……」
「なんじゃ、フェレス。貴様は、いつの間に魔王崇拝者になったんじゃ?」
「――ったく、ゲイルズは少し黙っててくれ」
フェレスは考える。老人の勘違い、これは都合よくはあった。
同じ教義の者であれば、彼も気を許してくるかもしれないからだ。
ここは訂正しない方がいいだろう。鉄格子の中から老人は助けを求めて手を伸ばす。
フェレスは彼の手を握り返さず、そして暗主崇拝者ではないことを明かすこともなく、オロスで若者2人がスライム化した事件について問いただす。
「助けてやりたいのは山々だが、1つ聞きたいことがある」
「なんじゃ? 同朋の悩みならば聞いてやるぞ?」
「いやな、昨日の夜にあんたを襲った若い連中だが、呪術によって魔物化したんだ。心当たりはないか? 俺も懲らしめてやりたいんだよ、偉大なる王様? ってやつを小馬鹿にする連中をな」
「もしや? あの者らは王の天罰を受けたというのか?」
「あっ、いや。それを聞いてるんだけど、な?」
「ふははは――そうか、あははははははは! 天罰は下ったのか!」
まるで歓喜に打ち震えるように、天井を仰いだ老人は高笑いをし、やがて目玉を裏返した彼は血の涙を浮かべ始める。老人のしわくちゃな肌に赤い紋様は浮かび上がり、彼は尚も喜び続けた。
狂気の沙汰だ。どうかしている。
老人の異様な変化に、フェレスは銃剣に手を添え、ゲイルズ中将は部下の看守を逃がし、大槌を構えた。白目をむいた狂信者は鉄格子を握りしめ、フェレスに不気味な笑みを向ける。
「聞け、同朋よ。ついに、ついに気が熟したのだ――ぐえっ!」
狂信者は苦しそうに喉を掻きむしり、舌を垂れ出してうずくまる。
だが、まるで至福の時を迎えたかのように、老人は満足げに口角を上げた。
「親愛なる王、我が敬愛すべき愛おしい方よ。この命、お捧げしますうううううう! くひ、ははは――がはっ! いはははははははははははははは!」
言葉にならない悲鳴にも似た笑い声をあげ、老人は何度も何度も地面に頭突きをする。もこもこと彼の背中は膨れ上がり、やがて1柱の結晶が突き出した。
肉は裂け、皮ははげる。老人の着ていた古い司祭服が、真っ赤な鮮血を染み込ませていく。飛びった血飛沫は、牢屋の天井や壁にどろりとへばりつく。
ピクピクと老人の指先は痙攣し、頭蓋骨が割れ、へこんだ額から血を流した男はこと切れた。
男の背中を突き破った結晶柱は七色に輝き、超音波のような甲高い音を響かせ、大気を振動させていく。鼓膜を破りそうな高音に、フェレスとゲイルズ中将は耳を塞いだ。
そして、フェレスはある呪術の名を口にする
「〝生贄の悲願〟」
1人の人間を人柱として捧げることで、その欲望を拡散させる呪術だ。
効果に関しては生贄になった男の願望に即するが、死した老人の望みは真皇教団への報復である。良い結果になるとは到底思えない。
ともあれ、最優先は結晶柱が発する音波をなくすことだ。
このまま耳を塞いで動けないのでは、埒があかない。
「ゲイルズ、なんとかならないか!」
「わかっておるわ! そう急かすでない!」
怪音波に集中力を乱されながらも、ゲイルズ中将は魔術を展開する。
独房の鉄格子に張り付いたのは琥珀色の魔法陣。
地属性魔術の魔法陣である。魔法陣は砕かれ、巨大な岩石が牢屋の鉄格子にぶつかり、その形を歪ませて消失する。変形した鉄格子には人1人分が通れるくらいの隙間ができる。
「交代だ」とばかりにゲイルズ中将はフェレスに視線を送り、
「早く行かんか、フェレス!」
「うるせえな! わかってる!」
軍の将官と悪態を吐きあい、フェレスは銃剣のシリンダーに地属性の魔術弾を差し込む。そして直立、フェレスは剣形態になった銃剣を手に、牢屋に飛び込んだ。
鉄格子に肩がぶつかり、その痛みが脳にひびく。
耳が避けるような高音がうるさい。鼓膜が破けてしまいそうだ。
フェレスは下唇を噛んでそれらの痛みに耐え、硬度を強化した刃で結晶の柱を両断した。砕かれた結晶はかつんと音を上げ、牢屋の壁に当たって床に落ちる。
拘留所に響く音波も次第に弱まり、フェレスはゲイルズ中将は一息つく。
頭痛がひどく、じんじんとした痛みが耳に残る。
耳鳴りに悩まさせる気分を味わいつつ、フェレスは一休みできる――はずだった。が、拘留所に若い少女の声が響き、フェレスの小休憩は終わった。
「先輩! 三珠が倒れました!」
そう言った声の主は、友人を心配してフェレスを呼びに来たリーシャだった。
◇
砦の医務室には全員が集合していた。
高熱にうなされるように汗をかき、白いベッドに寝そべる三珠。
息遣いの荒い彼女を心配するように手を握ったピスカと、眉根をひそめて三珠を見つめるレティもいる。飛空艇の発着場で出会った彼女が、どういう理由で同席することになったのか。
フェレスに察することはできないが、今はそこを気にしている場合ではない。
三珠の顔に先程の暗主崇拝者と同じ、赤黒い紋様が浮かび上がっているのだ。
警戒はしておいたが、やはりこうなってしまった。
呪術はかけられた者に外見的な変化はなく、発動するまで気づくことができない。当の本人も、最初は風邪のような症状だから、気づきにくいのだ。
息苦しそうに眼を閉じる三珠に、バラドが解呪を施そうとしていた。
「バラド、三珠の状況は?」
「あまり良くないね。フェレス君、君はこんな時に何をしていたんだい?」
「すまんのう、それはわしにも責任がある。そう責めてやらんでくれ。こちらはこちらで、一悶着あったばかりよ」
「例の暗主崇拝者の件ですか?」
「ああ、そいつはさっき死んだ。薄気味悪い呪いだけを残して、な」
「つまり、三珠の具合が悪くなったのは、その人のせいかしら?」
頬に人差し指を当てたレティが囁く。
フェレスは首を縦にふる。
「その可能性は高いな。悪い、俺の警戒が甘かった」
憶測は立てていた。それで対処が遅れたのはフェレスの責任だ。
三珠も含めた3人が元気そうだったから、油断していた部分もあるだろう。
こいつらに任せておけば問題ない、と。
なかなか、1人旅の癖が抜けない。何故傍にいてやらなかったのか、フェレスは悔やんでも悔やみきれなかった。
「まあ、過ぎたことを言っても仕方あるまい。若いの、その娘は助かりそうか?」
「解呪に時間はかかるかもしれないけど、僕に任せておけば命までは落とすことはないよ。ピスカ君も、僕が駆けつける前に応急処置をしてくれていたしね」
「バラド、お前は何処にいたんだよ?」
「いやね、食堂の近くを歩く可愛い子を追っていたら――偶然、食堂で倒れたうら若き少女を見かけたのさ。それが彼女だった」
「理由が最悪だな」
「今回ばかりは、フェレス君も僕のことは言えないよね?」
バラドに指摘され、フェレスは認めるしかなかった。
忠告してきたのが彼だったのが気に食わないが、今回ばかりはは助けられたのもまた事実。フェレスも八つ当たりするような真似はしない。
ふと、「このおじ様は誰かしら?」と、レティがゲイルズ中将を指さす。
そういえば、フェレス以外の人間はゲイルズ中将と初対面だった。しれっと混ざりこんでいる彼のことも、紹介しておいたほうがいいかもしれない。
「ええと、このじいさんはな……」
「なんじゃ、わしか? わしはこの砦の王よ」
「えっ、何? ちょっと痛い人……?」
うわあ、と眉を下げてリーシャが言う。
「いやいや、あながち間違いじゃない。こいつは俺の昔馴染みだ」
「まさか、将軍さんですか!? すすす、すいません。私のような一介のヘッポコ神官と同じ空気を吸わせてしまって!」
あわあわと畏まるように、ピスカが頭を下げる。
「小娘、そう気にするでない。わしなど、とうに枯れた飲んだくれだわい」
かかか、とゲイルズ中将は豪快に笑う。
やがて三珠が無事に済むと、皆が安堵した時だった。
医務室に乗り込んできたノクト少佐が焦ったように、「報告します」と手早くゲイルズ中将に敬礼する。ゲイルズ中将は医務室内を見渡し、「そのまま話せ」とノクト少佐に命令する。
「ヴァルケ砦にくそったれな魔物の群れが、接近中という部下からの報告がありました!」
「なんじゃと!」
ゲイルズ中将は目を丸くして驚く。
暴虐の王を討伐して1000年、魔物が群れを成すことはなくなっていた。それがどういうわけか、今回は徒党を組んで襲いかかってきたというのだ。その原因は調べるまでもないだろう。
暗主崇拝者の男が残した悲願、真皇教団への報復――
それが成就したというわけだ。死した男の背中から這い出た結晶の柱、それの発した怪音波に、魔物を引き付ける効果があったに違いない。
ゲイルズ中将は老いた飲んだくれの表情から、凛々しい戦士の顔になる。
彼は熱にうなされる少女を流し見て、フェレスと視線を交わした。
「その娘の治療を担当する者以外に、戦闘に参加できるものはおるか?」
軍からの報酬も出す、と明言したゲイルズ中将。
そこまで言われては、フェレスは引くわけにはいかなくなった。
なにより、三珠の治療中に医務室が襲われるのは困る。
まったく、とんでもなく騒がしい1日になりそうだ。
老体には厳しいが、それでも身内を守るために戦わなければいけない。
三珠の治療はバラドとピスカに一任し、戦力外のレティには淑女らしく、おしとやかに待機してもらうように頼む。そしてフェレスはリーシャを引き連れ、ゲイルズ中将とノクト少佐に同行した。




