第二六話:ドワーフの老将軍
ノクト少佐に連れられ、フェレスは砦内の指揮官室に通される。
軍の書類が詰め込まれた本棚がある。
魔術式の無線装置一式が、机のわきに置かれていた。
強固な石壁に守られた部屋の片隅には、自作の大槌が立てかけられている。むんむんとしたアルコールの臭いが漂う指揮官室だ。
そんな一室に、ドワーフ族の男はいた。
身長は148センチくらい。赤茶色の髪は手入れされておらず、ぼうぼうに伸ばした髭が特徴的な小柄の男だが、背の低い見た目に反し、がっしりとした筋肉のついた体は横に太い。
ドワーフ族の男は早熟で、満8歳児にもなれば中年、あるいは老齢な男性の見た目になるとされる。逆に女性は小柄で童顔に成長しやすいのだが。
とにかく、ドワーフの老将軍とは付き合いも長いのだが、彼の見た目はフェレスと出会った日とあまり変わっていない。
ミニサイズの酒樽を片手に、ドワーフ族の男は品もなく酒を飲み干す。
ヒック、と酔った勢いでしゃっくりを上げ、鼻を真っ赤にした粗暴な彼こそが、ヴァルケ砦の管理を担当する、ゲイルズ・ファウスナー中将である
ゲイルズ中将はフェレスを見るなり、ふん、と荒い鼻息を鳴らした。
「なんじゃ、フェレス。まだくたばっておらんかったのか?」
「それはこっちのセリフだ。仕事中に酒飲んでんじゃねえよ」
「はんっ、細かいことを気にする男じゃのう。そのあたりは、本当に昔から変わらんわい。ここではわしがルール、わしが法律じゃ」
そんな世迷言を言う豪胆な男は、ふらつく足で立ち上がり、臭い息を吐き出した。いったい、どれくらい飲んでいたのだろう。
ドワーフ族は大酒飲みと聞くが、下手をすれば毎日飲んでるのではなかろうか。
辺境の砦に左遷されたからといって、自由にもほどがある。
かつて数々の武勲をあげ、その統率力と個人戦力の高さから〝闘神〟とまで恐れられた男のなれの果てにしては、いささか気迫が足りない。
軍の中央局から地方砦に更迭されたのも、酒がらみの乱闘事件だというのに、まったく懲りない男であった。軍に武勇で比肩する者がなく、ゲイルズ中将の扱いには手を焼いただろう。
将軍としての実力は十分なのに、彼がいつまでたっても大将に昇進できないのは、そのあたりの素行不良が問題ではある。
当の本人は「息の詰まる本局勤めから解放されて、せいせいしたわい」と言っていたから、本気で反省していないのは流石だ。
「どうじゃ、久々に酌み交わさぬか? いい品じゃぞ?」
「悪いが、遠慮しておくよ。こっちは仕事の途中なんでな」
「相も変わらず、口を開けば仕事仕事と、貴様は病気にでもなっておるのではないか? 働かなければ、死ぬものでもあるまい」
「うるさいな、他にやることもないんだよ」
「本当かのう。最近は小娘どもを引き連れておるようではないか? どういう心境の変化かのう、犯罪の気でも芽生えたか?」
「黙れよ、クソジジイ。こっちにも色々と事情があるんだ」
「ほう。何を言いよるかと思えば、わしがジジイならば貴様もジジイじゃろう?」
はんっ、と吐き捨てるように笑い、もう一度ゲイルズ中将は酒に口をつける。
が、水滴がぽとりと落ちるだけだった。どうやら空になったらしい。
ゲイルズ中将はノクト少佐に目配せし、
「酒が切れた。追加を頼めんかのう?」
「お断りします――自分で取りに行きやがったら、どうですか?」
「なんじゃと? フォーゼン少佐、貴様はわしの副官じゃろう?」
「これは申し訳ありません。このまま飲み続けては、中将閣下の脳内血管が切れてしまうと思い、ご忠告したまでです」
のらりくらりと上官命令をかわし、ノクト少佐は涼しげな顔をする。
が、眉がひくひくと動いていたため、それなりに我慢しているのはわかった。
少佐が気の毒だ。かなりのストレスを抱えているのだろう。
気の難しい上官を持った恵まれない部下を、フェレスは同情する。
「とりあえず、酒の催促はやめろ。話が進まない」
「そうじゃったの、カルディアナ山道沿いの魔物じゃったか? それは近日中に部下を派遣しよう。予定が空いている者もそれなりにおる」
「まあ、そっちはいい。完全に討伐しておいたから、また動き出すこともないだろう。それよりも――」
「魔王崇拝者の件か? そやつならば、独房に突っ込んでやったわい」
「はあ!? ゲイルズお前、そんな適当に対応したのか?」
「まあの、この砦は観光名所でもある。そんな場所で、暗主崇拝の演説をされてはかなわんのだ。立派な公務執行妨害じゃろう」
職権乱用を平然と認めた男は、あっけらかんと言ってみせる。
仲介屋で悪名高い会員と軍の将軍――ともに事件を追い、背中を預け合うこともそれなりにあった。
昔馴染みの2人だが、ゲイルズ中将の大雑把な性格は変わっていない。
それが懐かしくもあり、また面倒でもあり、フェレスは眉間をつまむ。
「ついてこい」と申し出たゲイルズ中将に続き、フェレスは魔王崇拝者を捕えているという独房に案内されるのだった。
◇
砦の食堂では4人の少女が同席し、彼女たちはデザートにありついていた。
三珠はレティと隣り合い、その正面にリーシャとピスカが座っている。
テーブルの上には大皿のクッキータルトがのっていた。
プラジャーパティ、そう呼ばれるマンゴー種のような果物が、ふんだんにあしらわれたクッキータルトである。クッキータルトが、4人分の小皿に取り分けられる。
ピスカが厨房から運ばれてきたナイフで切り分けたのだ。
厨房のコックだが、お堅い軍人が担当しているのかと思っていたが、実際は穏やかな笑顔の似合う優しそうな中年女性だった。
食堂で食事を摂りながら休息する観光客たちに、どこか緊張感の欠けるぬくもりがあるのは、厨房に家庭的な和やかさがあるからなのかもしれない。
自分の小皿に乗るクッキータルトに、三珠はフォークを入れる。
プラジャーパティは乾燥地帯でもよく育つ果物で、エレーミア大陸でも有名な果実であった。
糖度は高く、じゅわあとしたみずみずしい甘みが、口に入れた瞬間に広がる。
それがぱりぱりとしたクッキー生地に染み込み、口内にで混ざって溶けていく。
パリッとした触感のクッキーと、マンゴーの甘みを吸い込んでふやけたクッキー、口の中で2種類の味の変化が楽しめる。クッキータルトの器に盛られたプリン生地も、いいさじ加減になっていた。
女性が好きそうな、とっても甘く後味もよいデザートである。
ここが地球ならば、インスタ映えなどと豪語して、ツイッターなんかで拡散していたところだ。
それくらいに、三珠にとって満足度の高いデザートだった。
「本当においしいね、ここの食堂。軍の砦の中とは思えない」
「当たり前よ。淑女は嘘をつかないわ」
「まあ、料理ってそれだけで士気に影響するしね。まずいよりはおいしい方がいいっしょ? ここに駐屯する人たちも」
「食欲は人の三大欲求の1つですから、砦に雇われた方も腕が立つ人にしたのでしょう」
もぐもぐと口を動かし、「神に感謝を」と言ってピスカはありがたがる。
食べ終わったリーシャは、手元でフォークを転がした。
「ほんと、先輩も来ればよかったのに」
「リーシャ姉さま、本当にフェレスさんが好きなんですね」
「まあね、あたしはこれでも一途だから」
「あら、そうなのね。リーシャお姉さんは見た目がフシダラだから、もっと遊んでいる人かと思ったわ」
「これはオシャレっていうの! ――ってか、あんたまだ10歳よね?」
「10歳でも立派な淑女だわ。これでも、恋愛には詳しいのだから」
「じゃあ、レティちゃん? たとえば、どんな感じなのかな?」
「そうね、白馬に乗った騎士様が悩めるお姫様を助けるの。そして2人は恋に落ちるのだけど、身分違いの恋にはたくさんの障害が――」
「それ、めっちゃ児童向けの本じゃん」
「ち、違うわ! 立派な淑女のお話よ!」
ぷくう、と頬を膨らませ、レティが必死に手をばたつかせた。
してやったりと思ったのか、リーシャはにやにや笑う。
「三珠姉さま。レティさん、かわいいですね」
「うんうん。背伸びしちゃってるとこがもう、ね」
テーブルに手をつき、身を乗り出したピスカに耳打ちされ、三珠は頷く。
2人の会話を盗み聞いたレティは、さらに意固地になった。
「じゃ、じゃあ! リーシャお姉さんは、フェレスおじさんのどこが好きなのかしら? あまりカッコいいおじさんとは思えないけど?」
「うわっ、直球――まあ、全部って感じ?」
「むっ! こっちは真面目に聞いているのだから、答えられないのかしら?」
「ああ、はいはい。あたしさ、昔っからファザコンなとこあって、先輩に指導されながら思ったんだよね。お父さんに似てるなって……」
「それだけ? もっと、ドラマチックなエピソードはないのかしら?」
「ないわよ。恋に落ちるのなんてね、物語みたいにドラマチックなもんじゃないの――って、あんたら、どんな顔であたしを見てんのよ!」
恋に対する持論を語ったリーシャに、三珠とピスカの真顔が注がれた。
いやはや、驚いた。狙ったような行動が多いリーシャだが、それでも恋に対しては真剣なんだな、と三珠は感心したくらいだ。
ピスカも三珠と同じ心境だったのだろう。
ことさらに、「尊敬します」と彼女のお姉さま崇拝は強まったようだ。
それが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしたリーシャの唇が、わなわなと小刻みに震え始める。
「ちょっ! 恥ずかしいこと言わせんなし!」
「えっ? でも、リーシャが勝手に言ったんだよね?」
「うっさい、忘れろ! あたしは何も言ってないから! わかった!?」
顔を真っ赤に染めて威圧的に言ったリーシャ。
だが、彼女の尻尾は正直で、ぶんぶんと左右に動き乱れる。
もう面倒くさいなあ、なんて思いながら、三珠はリーシャの尻尾を見つめた。
どうしてこう、モフモフとして素直な尻尾なのだろう。
理性が飛びかけ、三珠は破顔しそうになるのを必死に耐える。
一方、「まだまだお子様ね」と偉ぶったレティは、ちらりと大皿に残ったクッキータルトの余りを見てしまい、それに釘付けになっていた。
他の3人の顔色を気にしつつ、少女はクッキータルトの残り一切れをしきりに見る。誰も食べないのならば、自分が食べたいと訴えるように。
レティの様子が気になった三珠は、ピスカとリーシャに目配せした。
すると、「どうぞお譲りします」とピスカが頷き、「勝手にすればいいじゃん」と特に興味なさげなリーシャはそっぽを向く。
2人の了解は得た。三珠はクッキータルトの残りを指さし、
「ねえ、みんな。これ、どうしよっか?」
そう、三珠がわかりやすく誘導する。
「えっ? 三珠、それは……」
三珠の狙い通り、レティは反応したようだ。
安心していい。自分たちはレティにあげるつもりなのだから。
「私はお腹一杯です。どうしましょうか?」
「残すのはもったいないよね? ねえ、レティちゃん。レティちゃんはさ、もうお腹一杯なのかな? もし食べられるなら、食べてほしいんだけど?」
「ほ、ほんと――あっ! しょ、しょうがないわね、三珠たちがどうしてもっていうなら、食べてあげてもいいわよ?」
「うん、お願いできる?」
「ええ。立派な淑女は、出されたお料理は残さないものなのよ?」
おませなレティは背伸びをする。三珠は微笑ましく思いながら、彼女にタルトクッキーの残りをよそってあげようとした――が、その時だった。
不意に、三珠は強烈なめまいに襲われる。呼吸もままならなくなり、ぐにゃりと視界が歪んだ。
体が熱い、なのに背筋は凍えるほどに寒かった。
足腰に力が入らなくなり、食器が音を上げて床に崩れ落ちる。
見ると、三珠の体に赤黒い筋のようなものは這い始めていて。
「ちょっと、大丈夫!」
「三珠姉さま、しっかりしてください!」
「三珠! 聞こえるかしら、三珠!」
一緒に食事をしていた3人の声が、次第に遠ざかっていく。
やがて三珠の視界は暗転し、少女は意識を失った。




