第二二話:出立の朝
オロスの外壁の外に、フェレス=エディーダ達は集合していた。
枯れた大地に降り立ち、天津三珠は瞼を擦る。ピスティリカ・ラルデンバークは荒野の風に吹かれ、気持ちがよさそうに早朝の日差しを一身に浴びていた。
三珠と同じベッドで寝ていたからか、朝日に照らされたピスカの肌は、妙に艶やかな気がする。
大きな城壁に囲まれた都市内にいたからだろう。
野ざらしになったどこまでも続く赤茶色地平は、相当に開放感があり、風に舞う砂埃が鼻をむず痒くした。煌々と照る朝日が荒野にぬくもりを届ける。
砂漠地帯の多いエレーミア大陸の夜は、昼間の猛暑とは打って変わり、かなり冷え込む。明け方の今が、肌寒くて丁度良い温度だろう。
これからきつい日差しと闘うことになるのは避けられないが、それでも山間部の移動になるから、多少は涼しいはずだ。
目的地のカルディアナ山は、標高7000メートルを超える巨大な山で、山脈地帯の多いエレーミア大陸でも、ベスト5位に数えられる山である。
いくつもの山谷を越えた先に、ヴァルケ砦はある。
到着は明日の昼になるかもしれない。野宿用の結界テントを張る魔術道具を片手に、フェレスは肩掛けのリュックに押し込む。
結界テント用の魔術道具はスクロール型であり、それを使用することで結界の簡易テントが張られる使い捨ての道具だった。
「本当についてくる気か?」
「まあ、成行きですからね。先輩も一緒ですし~」
背中で手を組み、リフォルシア・ミーゼンフェルシェが胸を張って言う。
彼女の部屋に三珠とピスカを起こしに行ったところ、事情を知ったリーシャがどうしても同行したいと言いだし、フェレスはここまで連れてきたのだ。
何があったかは知らないが、昨夜のうちにリーシャは三珠たちと仲良くなったようだし、戦力は増えるに越したことはない。
そこに関しては、フェレスとしても問題はなかった。
が、問題だったのは、もう1人の同行者で。
「――っで、どうしてお前がいるんだ?」
「ヤダなあ、フェレス君。司祭殿から聞いた話では、君はうら若き乙女たちと一夜を共にするそうじゃないか? そんなうらやま――いや、けしからん所業を神の信徒として見過ごせなかったのさ」
そう言ってウインクをしたメガネの男は、バートランド・クルシュターだった。
今朝方、彼はレナ司祭と連絡を取り合ったらしく、フェレスたちの到着をオロスの壁外で待ち構えていたようだ。
司祭の仕事があり、オロスを留守にできない彼女が、フェレスの助っ人としてよこしたそうなのだが、あまり信頼できない男だった。
フェレスたちの援助をするのだって、もしかすれば助祭の仕事まで、レナ司祭に押し付けたいがための言い訳かもしれない。
フェレスは嫌そうな半目になりながらも、バラドの同行は受け入れる。
「さてと、人数は揃った感じですかい?」
「ああ。悪いな、ナシュタ。オロスでくつろいでたとこ、こんな仕事を受けてもらう羽目になちまって」
「いえいえ、構いやせんよ。あっしは運び屋ナシュタ、依頼があればどこへなりともお連れしやそう」
砦の外壁付近に駐車した車両を下り、ホブゴブリン族のナシュタが頭を下げる。
2本の角を生やし、長い犬歯を見せる小柄の男は、フェレスに挨拶をした。
あのトラックのような車両で、フェレスは砦までの山道を移動しようというのだ。
三珠を保護し、偶然通りかかった車両を呼び止めたことでつながった縁だが、こうして今更生きてくるのも、旅のいいところだろう。
道中の食料だが、収納ボックスと呼ばれる魔術道具を、オロス第3階層の朝市で購入し、2日分は買い込んだ。
早朝出発の多い冒険者向けに、営業時間外の朝方に露店商を営む店も多いが、値段は割高で、あちらも商売人として根性が座っている。
損をした気分になったけれど、必要経費と諦めるしかないだろう。
フェレス1人ならば、その場しのぎの自給自足でよかったが、同行者が増えたならばそうはいかない。
収納ボックスには空間魔術を扱うための無属性魔素の宝石と、風と水の魔素をもつ宝石が使われていて、空間魔術によりボックス内に亜空間を作り上げ、水と風の属性魔術により低温状態を維持する。
そんな見た目以上の収納量を誇るボックスは、冷却効果のある空間とない空間を分けることもでき、なんでも放り込んで保存できるという偉大な魔術道具だった。
空間魔術による亜空間にも重量指定はあり、それを越えると中身が吐き出される惨事になるが。
露店商から買った収納ボックスの値段は25000クリュス(日本通貨:25万円相当)、いやはや良い買い物だった。フェレスの瞳に涙が滲む。
依頼の報酬よりも出費の方が多い気がした。世帯主の苦労を知る。
ちなみに収納ボックスは、ピスカに風属性の低級魔術を使ってもらい、ホバリングさせて運んだ。眠そうな三珠に反し、ピスカが元気なのは、朝一から魔術を行使したからでもある。
車両の荷台に積み込んだ収納ボックスを確認し、ナシュタは集まったメンバーを指さして数える。
「ええと、お客様は全員で5名でいいですかい? 要望がありやしたら、言ってくだせえ」
「そうだな、途中で魔物除けの台座の修理していきたい。故障中の台座があったら、止まってくれるか? それを治してたら、1日目は野宿になりそうだ」
「お安いごようでさあ。まあ、のんびりいきしょう」
運転席に乗り込んだナシュタは、エンジンの調子を確かめる。
エンジンと言っても、この世界のトラックは燃料で動いておらず、ハンドルに埋め込まれた風の結晶石が、運転手の魔力を消費してタイヤを動かす。運転席には空気の壁が展開され、運転手を空気抵抗から守っている。ハンドル操作自体は手動であるが。
運転に魔術を使用するから、この世界で車を持っているのは一部のVIPか、ナシュタのような風の魔術適性が高いものだ。
魔術適性が低ければ、運転中に体力を消耗してしまい、長時間の移動はできないため、この世界での運転者は、ある意味で選ばれた人間が務める仕事だった。
運転手としての才能があっただけで、富豪層に重宝されたりもする。
富豪層はお抱えの運転手を、使用人として数名保持するくらいなのだ。
まさに高給取りの仕事といっていいだろう。
ナシュタのように、その才能を運送屋のような自営業として使うものだっていて、車の運転ができるというだけで、そこまでアドバンテージとなるのだ。
「ねえ、フェレスさん。今から行くのは、カルディアナ山道でいいんだよね?」
「ああ、そうだが? 昨日の暗主崇拝者を追うためにな。まあ、あっちはスラム街の住人だから、徒歩の可能性が高い。多少の雑務をしたところで、こっちは車両を使うからな。間違いなく、追いつけるさ」
「そこは心配してないけど……なんか、忘れてるような気がするんだよね」
どこかで聞いたような、と三珠は寝ぼけ眼で考える。
しかし思い出せなかったらしく、彼女は「まあいいか」と聞き流していた。
「ほらほら、三珠。さっさと車に乗ればよくない?」
「う~ん。それもそっか」
「そうそう。思い出せないってことは、どうでもいいってことっしょ?」
リーシャが三珠の背中を押し、ビニールに覆われた乗り込み口に寄っていく。
と、フェレスは2人を呼び止めた。
「待て、お前ら。高山病の処置がまだだろ? 先に高地順応の処置を取るぞ」
「そんなのあるの?」
「ああ、標高が上がるにつれて酸素が薄くなるのは常識だろ?」
「まあ、そうだね。それくらいは私も知ってる」
中学の理科の授業だったか。高所になるにつれ、酸素濃度と気圧が低下していくのは、三珠とて知っている。彼女は確かにアベントゥーラの世界情勢には疎いが、異世界でも共通らしい自然科学的な常識がない訳ではないのだ。
フェレスは少女に頷き、魔術的を利用した高山病対策を口にした。
「風属性魔術には気圧や酸素濃度操作の魔術もある。防護バングルの結界に符呪して、段階的に肉体に症状が出ない程度に気圧を低下させ、高地の薄い酸素濃度にも体を慣らしていく」
「ふんふん、それで?」
「今日は山の中腹でキャンプを張る予定だから、そこで依頼の消化をしつつ、俺の手伝いでもいいが、三珠たちには軽い運動をしてもらう」
「それで山頂に着いた時の対策をとるわけだ」
「ああ。もしもの時のために、備えておくのは重要だろう?」
そう三珠に助言をすると、フェレスはピスカを呼んだ。
「今の話を聞いてたよな? ピスカ、バングルへのエンチャントもいけるか?」
「それなら大丈夫です。そこまで難しくはありません」
「決まりだな。お前ら、ピスカの前に並べ」
フェレスに促されるまま、三珠はピスカの前に立つ。
すると、彼女は目を閉じて、三珠のバングルに意識を集中し始める。ピスカの詠唱と共に、三珠のバングルに緑色の光が宿った。
それは彼女に、時間単位の酸素量のコントロールと、気圧変化の魔術の効果を持つ魔術が付与された証だった。これならば、車両移動中に高所への順応処置が進み、登山中に少女らが倒れることもないだろう。先輩は用心深いな、と言いたげに、リーシャは三珠と入れ替わる。
少女たちの戯れを眺め、バラドが満足げに言った。
「やはり、うら若き少女たちの友愛は素晴らしいじゃないか!」
バラドは顔を覆うキザなポージングをして、青く澄み渡った空の下で吐息を漏らす。実際、この男は何がしたいのだろう。
フェレスはバラドの肩を強く掴み、ナルシストな男にお灸を据える。
「い、痛い! 何をするんだ、フェレス君!」
「お前も処置受けとけよ。なんか、バラドなら大丈夫そうだけどな」
「何を言うんだい? 僕のようなひ弱な美男子を捕まえて!」
「おうおう、自分で言うかよ? 一発入れるぞ、お前の男の部分にな」
「いや、それは……本当にやめてほしいかな?」
「じゃあ、さっさと動け。後がつかえてる」
「あ、ああ……あああああああああ」
フェレスに引きずられ、バラドはピスカの前に立たされる。
その移動中、これだけは奪われてなるものかと、バラドは股を必死に両手で庇っているのだった。




