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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第一部:オロス編 そして負け犬は少女と出会う
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第二一話:女子会と師弟(承・末話)

 宿屋に戻り、お風呂に入った三珠は、リーシャの自室で横になっていた。

 フェレスがレナ司祭と話があるそうなので、彼女の部屋にお邪魔したのだ。

 同じ宿屋ということもあり、石造りの部屋の造形は変わらないが、違いがあるとすれば、鏡台に女性用の化粧水と小道具があるくらいか。

 リーシャも2人部屋を借りていたらしく、三珠はその内の1つを使わせてもらっているが、彼女が2人部屋を間借りした理由は、「いつでも先輩をお誘いするため」と、すごくリーシャらしい理由だった。

 女の子が間借りした部屋だけあって、フェレスの部屋のように荒れておらず、必要なものはちゃんと整頓されているし、女子特有のシャンプーや洗濯洗剤の香りが、部屋中に満ちている。

 

 うん、なんというか落ち着ける空間だ。

 

 人当たりは勝気だが、リーシャは繊細で女子力の高い女の子なんだと感じた。


「あの、三珠姉さま。大丈夫ですか?」

「ああ、うん。ごめん、かっこ悪いとこ見せた」

「別に、気にしても仕方ないっしょ? あたしらは色々と慣れちゃってるし、三珠のそれ、ちょっとうらやましいくらい」


 三珠の枕元に椅子を持ってきて、リーシャが腰を落ち着け、ピスカは水の入ったコップをエンドテーブルの上に置き、三珠を見下ろす。

 ピスカはフェレスに三珠の介抱を頼まれたらしく、こうして自分に付き添ってくれているのだ。

 迷惑かけっぱなしである。お姉さんとしては失格だ。


「あはは、情けないな。私……」


 布団で口元を隠し、三珠は気丈に笑う。まだ胃はむかむかしているが、たいぶ落ち着きはした。

 せっかく3人でシルキリアの調理を手伝い、おいしい夕ご飯をご馳走になったのに、すべて吐き出してしまったのがもったいない。


(私も死体を見るのは初めてじゃなんだけどな)


 三珠は幼い日の記憶を呼び覚ます。あれは家族3人で父の趣味であるハイキングに行く途中だった。

 まだ小学1年生だった三珠は、家族での遠出に浮かれていて、父と母の気が引きたかったから、後部座席から空のペットボトルを投げ飛ばした。

 それが運悪く、車のブレーキの下に入ってしまう。

 車が走行していたのは急カーブの多い山道で、ブレーキがきかなかった車はガードレールを突き破り、崖下に落下し、車の落下中に身を投げ出されかけた三珠の体をしっかり掴み、両親は身を盾にして自分を庇ってくれた。

 後続の車両の運転手がすぐに病院に連絡し、救急ヘリが飛んできたが、集中治療室に運ばれた父と母が助かることはなかった。

 おおよそ半年間の昏睡状態を脱し、三珠は一命を取り留め、人々は家族の愛が生んだ奇跡などと持てはやしたが、三珠にとっては天罰だったのだと思う。

 自分が両親を殺したようなものだ。

 あの日、鉄の棒に腹を貫かれた母と、頭部のひしゃげた父の姿が頭から離れない。

 男の死を見た時と同じトラウマのスイッチが入り、三珠は吐きそうになる。


「ちょっと、また顔色が悪くなってるけど大丈夫なの?」

「三珠姉さま、お水を飲みますか?」


 コッピを手に取り、ピスカが三珠に水を飲ませてくれる。

 うん、大丈夫だ。喉まで出かかった胃液を戻すことができた。


「まあ、あれよ。別に邪魔じゃないから、ゆっくり休みなさいね。今日はあたしが床で寝てあげるから」

「そんな! リーシャ姉さまの部屋なのに、お邪魔している身で悪いです!」

「けど、どうすんのよ? ベッド、足りないじゃん」

「問題ないです。こうすれば、万事解決なので!」


 そう言ったピスカが、三珠のベッドに入り込んでくる。

 2人分の体が押し込まれ、布団は大きく膨れ上がった。

 

「ちょっ、ピスカちゃん! くすぐったい!」

「放しませんよ、三珠姉さま! 今日は付きっ切りで私が看病しますから!」


 ピスカが三珠の体に抱きつき、ぐっと片手の拳に力を入れた。

 これで大丈夫です、ということなのだろう。

 まるで子犬みたいな少女だった。甘えったの妹をもった気分だ。

 気の配りからが別方向に向かってしまっている気がするが、けれどどこか温かかったから、三珠はピスカを追い出すようなことはしない。


「ああ、はいはい。じゃあもう、2人でよろしくやってて」


 リーシャが部屋の電気を消し、隣のベッドに潜りこむ。

 2人は三珠なんて比べ物にならないくらいに、辛い思いをしてきたはずなのに、人を気遣う余裕があり、前を向いて進もうとしているなんて、三珠には真似できない。

 本当に優しくて強い子たちなんだなと思う。

 小学校も中学校も、誰とも交わらずに1人でいた人殺しには、もったいない友人たちだった。こんなに幸せでいいのだろうか。


(私も、強くならないとな)


 この世界から離れたくない理由の1つが見つかってしまった。

 ならば、今日みたいに平気で人の死ぬ陰惨な世界と、三珠はこれから戦っていかなければならない。

 少女はそんな決意を胸に、ここにいない男の姿を思い描く。



    ◇



 

 聖堂の奥地にある女司祭の私室は、多くの本棚に囲まれていた。

 司祭としての雑務だろう。机の上にはプリントの山がある。

 第1層での呪詛による人間の魔物化事件もあり、フェレスは報告に訪れたのだ。

 レナ司祭に事情を説明したところ、特例としてフェレスへの立ち入り許可が下りた。夜間ということもあり、常勤の修道女たちは自室で眠っている。

 フェレスの迎えに来た修道女は、少し男への抵抗感がある顔をしたものの、「レナ司祭の指示だから」と職務をまっとうしていた。

 そのレナ司祭だが、今はフェレスの防護バングルに符呪をしてくれている。

 神秘的な光粒の浮かぶ符呪台にバングルを置き、意識を集中して魔素の補充を心がけ、やがて光粒はバングルにそそがれ、部屋は一気に暗くなった。

 符呪の効率を上げるため、部屋の電気は消していたのだ。

 レナ司祭は防護バングルを手に持ち、部屋の明かりをつける。

 

「先生、できましたよ?」

「ああ、助かる。さっき消耗したもんでな」

「だいぶうまくなりましたよね? 私の符呪は」

「ああ、上々だ。巫術の腕もあげたじゃないか?」


 巫術とは物質に対する魔素の充填技術のことだ。

 俗に魔法武器と呼ばれる武具は、この巫術を用いて属性を付与して作られる。

 レナ司祭はそう言った魔術商売に特化した術のポテンシャルが高かった。

 教団内でもその技術が買われ、戦闘要員ではなくサポート要員としての司祭として、その地位に上りつめたのだ。自分の見立ては悪くなったようで、弟子の成長は素直に喜ばしい。

 

「しかし、まさかこのオロスで呪術犯罪が起こるなんて」

「信じられないかもしれないが、事実だぞ? あの魔王崇拝者に関しては、どうするつもりなんだ?」

「今しがた、部下にゴンドラの事務所に問い合わせさせています。こんな犯罪が起こったのですから、もう都市内にはいない可能性のほうが高いですから」

「――だな。仮に俺が犯人なら、とっくにとんずらしてる」


 フェレスは椅子に深く腰を沈め、レナ司祭から受け取ったバングルを腕に差し込む。すると、かなりしっくりくる感じで、ちょうど戦闘で消耗していたから、余計にそれがわかった。 

 フェレスと向き合うように座ったレナ司祭は、恥ずかしげに指を擦り合わせ、そして大切な質問を投げかけるように、潤んだ瞳でフェレスを見る。


「あの、先生。少し聞いてもいいですか?」

「なんだ? 悩みがあるなら聞いてやるぞ、これでもお前の師匠だからな」

「では、失礼して。先生から見て……その、私は魅力的な大人の女性に成長できたのでしょうか? あの頃のような子供ではなく……」

「そうだな、成長したにはしたな。身長も高くなったし、胸もでかくなった。若い男からすれば、いい感じに食い時だろうな」

「――なっ! 先生!」

「冗談だ。俺にとっちゃ、お前はまだまだガキんちょだよ」


 ははは、と笑い、椅子から立ちあがったフェレスは、ポンッとレナ司祭の頭に手を置いた。もう、とレナ司祭は不機嫌そうに唇を尖らせる。

 年甲斐もなく、もじもじと股をすり合わせた彼女は、フェレスに頭を撫でられながら、僅かに頬を紅潮させた。まるで父親に絶対勝てない背伸びした娘のように。

 と、そこでレナ司祭の私室の扉が開く。


「あの、レナ司祭。報告があるのですが……ん?」

「えっ、あっ――ななな、何かしら!」


 フェレスの手を払いのけ、挙動不審になったレナ司祭が姿勢を正す。部下には尊敬される上司の姿しか見せていないのだろう。

 優秀な上司を演じる愛弟子を、フェレスは微笑ましく思った。

 レナ司祭はきりっとした顔つきに戻り、部下の対応に移る。

 彼女の私室を訪ねてきたのは、茶色の髪をした人間種の修道女であり、彼女は小首を傾げながらも、にやにやとしてフェレスとレナ司祭を眺める。

 やがて「みなまで言わずとも大丈夫です」と、彼女は何やら1人で納得し、報告書を読み上げていく。


「先程依頼された暗主崇拝者の件ですが……」

「ええ、報告して」

「ゴンドラの管理事務所に問い合わせたところ、本日の夕刻くらいに白髪の老人が、西の街道へ向かうのを目撃したそうです」

「西の街道か。そうなると、カルディアナ山道方面だな」

「目的地はヴァルケ砦ということでしょうか?」

「その可能性が高いだろうな。あのジジイの所に行かないといけないのか」


 フェレスはかったるそうに、ぼりぼりと頭を掻く。

 オロスの西方にカルディアナ山という山脈地帯があるのだが、そこの峠の砦にフェレスに知り合いであるドワーフ族の男がいるのだ。

 顔を合わせば小言に言い合いばかり。

 仲が悪いわけではないが、その男を頼るのは多少なりとも癪に障る。


「確かヴァルケ砦には、ファウスナー中将閣下が駐屯中ですね」

「ああ。あの老いぼれジジイのドワーフだ」

「老いぼれジジイって、ゲイルズ中将は先生と年齢があまり変わりませんよね?」

「いや、奴の方が10歳年上だ。つまり、俺の方がまだ若い」

「あの、何の争いなんですか?」


 男の人は面倒くさいな、という顔をして、レナ司祭は呆れ笑いをする。

 ともあれ、フェレス一行の明日の予定は決まったようなものだ。

 早めに寝て、三珠たちを起こしに行かないといけないかもしれない。

 フェレスは椅子に座り直し、明日のプランを考える。


「先生、やはり砦に向かうんですか?」

「だな。ついでにいくつか仕事をこなしたいが……」

「それでは砦への配達物を運ぶのはどうですか? 山道途中の魔物除け台座が故障したとも聞きます。仲介屋に依頼が残っているかもしれませんよ?」

「それは朗報だ。そうしてみるかな」


 まるで夫婦のような2人の会話に、レナ司祭の部下は退散を決め込み、彼女は一礼を済ませ、上司を気遣うように、そっと耳打ちをした。


「夜はまだまだ長いので、ごゆっくり」

「えっ? 何の話をしているのかしら?」

「いえいえ、お気になさらず」

「ちょ! ちょっと待ちなさい」

「ただ、まだ未成年の子もいるので、声はなるだけ控えてくださいね」


 そう、何か含みのある言い方をして、修道女は口元に人差し指を立てて扉を閉める。

 まさか、とんでもない勘違いをされたのではないだろうか。

 閉じた扉とフェレスの顔を交互に見たレナ司祭は、反応に困ったように赤面をして、黙ったまま俯くのだった。

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