第一九話:義母《シルキー》は子を想う
孤児院の中にある長テーブルに、総勢9人が腰を落ち着ける。
石造りの丈夫なテーブルだで、椅子にクッションがなく、丸石にそのまま座っているようなものだ。
尻が痛くなりそうだったが、賑やかな食事風景にそれも気にならなくなった。
まるで大家族で囲む夕食のようだ。
流石にレストランには及ばないが、家庭的な料理がテーブルに並ぶ。小皿に取り分けられた煮物に、薬草を使った野菜炒めもあれば、薄味のスープが添え物に、ニシア麦のパンが主食として出される。
第3層のガーデンレストランのもっちりとした白色の平たいパンとは違い、こちらは標準的な焼き色のついた丸いバターブレッドだった。
孤児院にお邪魔して30分後、ようやくお目当ての夕食が出てきた。
夕食の支度にあたり、何もしないのも悪いということで、三珠たち3人娘はシルキリアの手伝いをしていた。そこには、どうやら三珠を気に入ったらしいアンナも、連れ添ったのだったか。
料理にこなれたリーシャと、シルキリアの手伝いをしてきたピスカの手ほどきを受けつつ、三珠は厨房に混ぜてもらっていた。
仲介屋に来る依頼の一つでもある調理場の手伝いと、自称花嫁修業で料理スキルを磨いたリーシャにしても、三珠の筋はよかったらしい。
ただなんとなく慣れていないだけ、とそういった様子だったとか。
転生前の異世界では、三珠も料理をしていたのかもしれない。
こちらの食材の勝手が違っていたとか、そういう理由で苦戦したのだろう。
かくいうフェレスだが、実は何もせずに待っていただけだ。
退屈そうな子供たちと戯れていたが、シルキリアの手伝いはしなかった。
野宿が多く、サバイバル食に精通したフェレスだから、料理ができないわけじゃない。
とりあえず腹に入ればいいという考えだから、味付けに自信はないが。
それもあり、ここは少女たちに花を持たせたというわけだ。
いや、言い訳はよそう。フェレスは動きたくなかっただけである。
もはや精神年齢は老いぼれなのだ。そこは許してほしかった。
「わあ、おいしそう」
きらきらと瞳を輝かせ、子供たちが「早く食べたい」と訴える。
何故か、アイナだけは暗い顔をしているようだったが、彼女はもともと根暗っぽい性格みたいだから、これが普通なのだろう。
「それじゃあ、みんな頂きましょうか?」
シルキリアが両手を合わせると、子供たち4人が彼女の真似をし、そして「いただきます」と言って、食事を始めた。
本当に児童保育園のような孤児院である。食事に同席するフェレスらも孤児院の方針に習い、声は上げなかったものの、両手を合わせてお辞儀は済ませた。
「今日は、豪華。うん」
「そうなの、アイナちゃん?」
「お客様が来たからね。今日はいつもより量が多めなのよ?」
「うん。そっか、うん」
アイナはこくこくと頷き、三珠にぴったりと引っ付いて食事を摂る。
夕食前に少し話したからか、やはりアイナは三珠を気に入っているようだった。
煮物を食べるアイナは、もぐもぐと黙って口を動かす。
アイナが口に含んだのは、エントキ芋という荒れ地で育つイモ類だ。
甘みを含んだ芋で、ふっくらとした外側と内側のシャキシャキとした触感が混ざり、独特な味わいのある芋である。よく味の染み込んだ煮物で、アイナは満足そうにほっぺたの落ちそうな顔をする。
これを3人娘が作ったというのだから、なかなか腕の立つ少女たちだった。
「あっ、そーだ。マザー、お手紙来てたよー」
ピスカの隣に座ったエリシアは席を立つと、小走りでシルキリアに封筒を手渡す。
エリシアはピスカの次に古株らしく、「ピスカお姉ちゃんの替わりは私がしなきゃだめだ」と、お姉さんぶっている節があった。
孤児院のポストを覗くのも、しっかりしたお姉さんを演じたいがための行動なのだろう。
得意げに胸を張るエリシアは、まだまだ幼さを消せていなかったが。
エリシアから手紙を受け取ったシルキリアは微笑み、
「ありがとう、エリシア。偉いわね」
「そ、そうかなー。このくらいフツーだよ」
「ええ。手紙を片付けてくるから、自分の席に戻りなさい」
そう言って、シルキリアは立ち上がり、フェレスに会釈をする。
何の手紙なのだろう。友人からだろうか、と少し内容が気になりもしたが、プライベートに踏み込むものじゃない。そのあたりは紳士に勤めよう。最低な悪魔も良識くらいは弁えている。
ちなみに、シルキリアとフェレスの座る位置は、長テーブルの両端だった。
フェレスから見て左側にピスカと三珠、そしてアイナとエリシアが座る。右側ではリーシャを挟むようにして、クリオクとヘルゼが皿を奪い合っていた。
シルキリアが席を外したタイミングで、その男子2人が喧嘩を始める。
「おい、ヘルゼ! 今のは僕の分だろ、取るなよ!」
「うっさいな! 先に俺のに手を出したのはクリオクじゃんか!」
火花を散らして睨み合い、やがて少年2人は取っ組み合いを始めてしまった。
なんだが、随分と騒がしくなったように思う。それが微笑ましくもあり、昔の自分を重ねるように、フェレスは少年たちを見る。
喧嘩に巻き込まれたリーシャは体を仰け反り、
「ちょっ! あんたら、やめろし!」
「ヘルゼのアホ! ウンコたれ!」
「なんだと、なよなよ男! ボケなす、クリオク!」
「ちょっと2人とも! お客様がいるところで喧嘩しないの! マザーがいっつも、喧嘩はよくないって言ってるでしょ!」
「うっさいな! 腐れちびのブスエリシア! お姉さんぶんなよ!」
「なあ! そこまで言わなくていいでしょ!」
止めに入ったはずのエリシアがヘルゼに煽られ、彼女も喧嘩に参加してしまう。
子供の扱いに困っているのか、リーシャは苦笑いのまま硬直する。
ピスカにしても妹たちの喧嘩が止められず、右往左往していた。
「こ、こうなったら! 私が腹を切って弟たちを落ち着かせます!」
ピスカが短刀の鞘を引き抜き始める。なんとも命がけの喧嘩仲裁であった。
流石にまずいと思ったのか、アイナが三珠の袖を引く。
三珠は少女の頷き、思いっきり手を叩いた。
「ピスカちゃん、剣をしまって。ここは私がなんとかするから」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
引き抜きかけた短刀を鞘に納め、ピスカは三珠にこの場を預ける。
急に大きな音がして驚いたのか、ヘルゼとクリオクは喧嘩を中断し、エリシアも三珠を見つめていた。
「ヘルゼ君にクリオク君? 女の子への発言にしては、ちょっとあれは酷かったんじゃないかな?」
「で、でも! 勝手に入って着たのはエリシアで――」
「男の子が言い訳しない! ご飯は仲良く食べないとおいしくならないよ?」
「けど、先に手を出したのはクリオクなんだ!」
「そ・れ・で・も、ヘルゼ君はやり返しちゃたんだよね? じゃあ、お相子だ」
「うっ! それは……」
痛いところをつかれ、ヘルゼは押し黙る。
クリオクの方はエリシアへの暴言を悔いたのか、しゅんと縮こまった。
「エリシアちゃんもお姉さんなんでしょう? 弟たちの言葉に腹を立てないの。本心じゃないことは分かってるよね?」
「うん。まあ、そのくらいは……」
「じゃあ、『ごめんなさい』しよっか? 3人で一緒にね」
三珠の采配により、3人は「はい」と素直に頷き、「ごめんなさい」と頭を下げて謝りあっていた。可愛いものである。子供は喧嘩をしあって、仲良くなってゆけばいい。
が、そんな三珠に感激したのは、他ならないピスカだった。
彼女は憑りつかれたように席を立ち、三珠の両手を握って包み込む。
「これは……お姉さまの波動! やはり、私の目に狂いはありませんでした!」
「あれ? ええ?」
「三珠さん――いえ、三珠姉さま! これからはそう呼ばせていただきます!」
「ああ、うん。ありがとう――で、いいのかな?」
「はい! よろしくお願いします、三珠姉さま!」
ぎゅっと三珠に抱きつき、ピスカは彼女の胸に頬擦りをする。
ここに新たな友情が芽生えたようだ。
ただ、フェレスはイチャつく少女たちを眺め、唖然とするだけだったが。
「私のいない間に、面白いことになったようですね」
孤児院の食事場に戻ってきたシルキリアが、フェレスに耳打ちをした。
どうやら、彼女は少年たちの喧嘩が収まるまで、食事場の外で待機していたようなのだ。そして、満を持して戻ったというふうだった。
シルキリアはフェレスを食事場の外へ誘う。子供たちの世話は、もう三珠たち3人娘に任せられそうだ。立ち上がったフェレスはシルキリアに続き、食事場の外に出る。
暗い電球が仄かに光る狭い通路だった。
フェレスは食事場の戸を閉め、子供たちの賑やかな声を聞きつつ、シルキリアの話に耳を傾ける。
「私は昔、さる財閥に仕える使用人でした」
「それで闇市のオークションに参加できたわけか。さっきの手紙は元主からの手紙だったわけか」
「そうですね。私はそのお方に、孤児院の母役を務めるようにお願いされたのです」
シルキリアは儚げに笑み、食事場の戸に触れる。
主に仕えることを己の誇りとし、人に尽くす生涯に全力を捧げるブラウニー族。その生き方に恥じぬように、シルキリアは主からの任を全うしているのだ。
使用人の鑑ともいえるだろう。彼女からしてみれば、孤児院の子供たちは本当の家族と変わらない。
主から守れと指示された家を、賑わしてくれる子供たちなのだから。
「じゃあ、最下層に孤児院を開いたのは……?」
「はい、主様の指示です。元奴隷の子供たちのために」
「まあ、上層では受け入れられそうにないからな。治安が悪かったとしても、最下層を選んだわけだ」
「教団の後ろ盾があれば、襲おうとする人間も少ないでしょうから」
この孤児院――聖アミュリアス孤児院というのが正式名称なのだが、孤児院の看板には教団関係者を記すエンブレムが刻まれている。
そんな施設を襲い、大勢力の教会を敵に回す大ばか者は少ないだろう。
納得した。シルキリアはみすぼらしい給仕服を着てこそいるが、その礼儀作法は上流階級にある者の立ち振る舞いだった。
大企業がバックにいるというのなら、小汚い服装をあえて選び、下層に溶け込むためのカモフラージュなのかもしれない。
「そういえば、ピスカだが――この孤児院出身ってことは、あれなのか?」
「はい、元奴隷です。私の雇い主様が初めて競売で落としたのが、彼女でした」
「精霊種のエルフ族には珍しい肌色だからな。売られた理由もわかる」
「〝摂理の恵地〟――古き写本の聖地から追放され、地上ではなく地下に籠ったエルフ族の末裔、堕落の隠者スヴァルト・アールヴ。人はダークエルフと呼ぶのでしたか?」
「ダークエルフは魔素に高い適性を持つし、見た目がエルフ同様に美形だからな。護身用にしても愛玩用にしても、人気は出そうだ」
あの小さな体で、ピスカはどんな仕打ちを受けたのだろう。
彼女にはまだ、他者へ依存する傾向がある。
これは奴隷時代に仕込まれたものに違いなかった。
「彼女の調教師は男性だったようです」
「だから、あんなに女の方に懐くのか。男にいい思い出がないから」
「心のどこかで畏怖しているのかもしれませんね。調教師も馬鹿ではありません。商品を傷者にはしなかったようですが、拷問されたような痕跡はありました」
「胸糞悪い話だな」
「ええ――ですが、今のあの子は幸せそうなので、それでいいのでしょう。だからというわけではありませんが、あの子には優しくしてあげてくださいね」
「言われるまでもない。愛弟子からの頼みでもあるからな」
フェレスの胸に熱い思いが込み上げてくるのがわかった。
世間を知らない子供が夢を見るように、まるで弱者を救う姿を思い描くみたいに、英雄を名乗れる男になりたいと、未だに、そんなちっぽけな願望に縋り付きたくて、それを捨てられずにいる自分がいた。
悪にしかなれなかった男が持つにしては、あまりに惨めな憧れだ。
「安心しました。フェレスさんなら、あの子を任せられそうです」
「おいおい、なんでそうなるんだ?」
「いえ、貴方の目は穢れきっていませんから。夕食が終わったら、そのままにして帰ってください。跡片付けをされてしまうと、逆に汚したくなってしまいます」
性分なのです、と冗談を言いつつ、シルキリアは子供たちの元へ戻る。
厄介な信頼を押し付けられてしまった。
それでも「悪くはないな」と、フェレスはどこか満足していたのだった。




