表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第一部:オロス編 そして負け犬は少女と出会う
21/495

第一七話:第一層スラムストリート

 フェレスは三珠たちを引き連れ、オロス第1層の貧民街を歩く。

 痩せこけた女性が子供たちの手を引き、ぼろ屋の軒下に隠れながら、フェレス一行を睨みつける。

 茣蓙を敷いて座る老人が、「金を恵んでくれ」と3人に手を伸ばす。

 フェレスとピスカにぴったりと引っ付き、三珠は眉根を下げていた。

 実際に見ると、かなり抵抗があるのだろう。

 整地されていない路地は、荒野の赤茶色に土がむき出していて、第2層までの清潔な空気は打って変わり、独特の臭みが充満していた。

 入浴もままならない人々から出る体臭か、それとも荒野に張りつめた元々の臭いなのかはわからないが、長居したい場所とは思えない。


「三珠さん、大丈夫ですか?」

「あっ、平気。ごめんね、私の方がお姉さんなのに心配かけちゃって」

「仕方ないさ、慣れてないんだろう?」

「私はスラム育ちですから。才能を買われて、教会に引き取られましたが」

「もしかして、ピスカちゃんを拾い上げてくれたのが……?」

「はい、お姉さまです。上層の生活に慣れたのもあって、私もスラムの空気は苦手です。大切な人たちが住む場所ではあるのですが」

「しかし、レナはどうして俺たちを送り出す時に笑ってたんだ?」


 フェレスは首を捻って考える。

 魔術の鍛錬を切り上げ、レナ司祭に話を付けに行ったが、どういうわけか、彼女を何かを企んだ風に、「よろしくお願いします」とフェレスを送り出した。

 あの頭がいい愛弟子のことだ。目論見があるのだろうが、フェレスの固い頭ではどうしようもない。仕方なく、フェレスは愛弟子に乗せられてやろうと思う。

 2人の少女を引き連れ、フェレスが先を急いでいると――


「真皇教団は間違っている。我らを真に愛してくれたのは、暗君と罵られた神のごとき王である!」


 ふと、そんな内容の演説が聞こえてきた。

 反真皇教団派の異教徒だろう。かつて暗君と呼ばれた王こそ、《《真に世界を救う英雄だった》》と、そう信じて疑わない盲信的な狂信者だ。

 彼らは志半ばで倒れた暗君を崇拝し、王が死して1000年経過した今でも権威復活を説く。

 暗君の崇拝者には特に貧困層に多く、演説者の老人もまた古びた祭服を着ていて、伸び放題の髭と長い白髪が印象的な、しわの多い老人だった。

 

「うるせえよ、邪教徒が! 黙ってろ!」

「な、何をするんじゃ!」

「こんな所で暗主崇拝の演説するんじゃねえよ! 第1層の評判がもっと悪くなるじゃねえか!」

「それこそ、真皇教団の狙いじゃ! 暗君を崇めなければ、我々は救われん!」

「もういない王をってか!? 意味わかんねえんだよ!」

「別に悪い教団じゃない。逆らっても、得るもんなんてねえだろ!」


 演説者の老人は、チンピラ風の男2人に絡まれていた。

 血の気の多そうな長身の獣人種と、その連れらしき人間種の2人組だ。

 ストリートスラムを拠点とする若者グループのメンバーだろう。

 老人は胸倉をつかまれ、そして頬を殴りつけられる。

 くぅ、と老人は悲鳴を上げ、背後のボロ家の壁に押し当てられた。

 体の弱い老人だ。力の強い若者2人に勝てるはずもなく、自分の勝利を確信した血の気の多そうな獣人の男が、老人に歩み寄ると、追い打ちをかけようとする。

 

「あんなの酷すぎる!」

「お、おい! 待て、三珠!」

 

 フェレスの呼びとめも聞かず、三珠は若者と老人の間に割って入る。

 その人の好さは三珠の美点でもあり、欠点であるとも思う。

 考えるより先に、気持ちが前に出すぎている。

 危なっかしい多感な年頃の娘なのだから、一概に否定することはできないが。


「君たちさ、流石にこれは酷いんじゃないかな?」

「なんだ、この女。上層の人間か?」

「おいおい、お嬢ちゃん。俺たちのシマで、でかい顔するのやめてくれない?」

「つぅか、暗主崇拝者を庇うとか、お前もそっち系なわけ?」

「あれじゃね? 上層の人間が、俺らと遊んでほしくて下りてきたとか?」

「そりゃいい、顔はそれなりにいいしな。お楽しみの後は、闇市にでも売ってやるか? それなりの金になりそうだしな」

「えっ、何? やめて!」


 野卑な笑みを浮かべ、チンピラ風の男の1人が三珠の手首を掴む。

 必死に抵抗する三珠だが、筋肉質な獣人族の力は強く、引きはがせないでいる。

 言わんこっちゃない。フェレスの予想通りの結果になってしまった。

 獣人の男は手首を握る力を強め、三珠は痛そうに片目を閉じる。

 フェレスは仕方なく、近場にあった角材を手に持ち、こんこんと肩を叩く。


「よし、やるか」

「あの、フェレスさん? どうして木の棒を持ってるのですか?」

「いやな、あいつらを背後から襲ってやろうと思ってな」

「ええ! それはあまりに外道ではありませんか!」

「若い奴を2人も相手にできるかよ。これが一番救出できる確率が高い」

「だからって、そこまですることはないような気がするのですが……」

「けど、このまま三珠を行かれるわけにもいかないだろ?」

「そこには同意しますが……わかりました、協力させてもらいます」

「じゃあ、頼むぞ」


 フェレスはピスカの背中を押し、男2人にゆっくり距離を詰めていく。

 男2人が三珠に気を取られているというのなら、わざわざ正々堂々と止めに入り、乱闘騒ぎに付き合ってやる必要はない。付けこむ隙があるのならば遠慮なく、男2人を叩くだけだった。

 クズだ、卑怯だなど、言いたければ言えばいい。

 もっとも効率的で勝率が高く、無駄な体力を消耗しない方法を実行すると、それこそが長年の経験の果てに、フェレス=エディーダという男が到達した流儀なのだ。

 もし仮にフェレスに圧倒的な才能があれば、こんな非道な手段を使わず、カッコいい大人として、少女を救えたのだろうか。

 

 理想を抱くのはやめよう、もうそんな年じゃない。

 

 ピスカは三珠の助けに入り、男たちを呼び止める。


「待ってください! 彼女をどこに連れてゆく気ですか?」

「ピ、ピスカちゃん! ダ、ダメだよ、今来ちゃ!」

「んん? お嬢ちゃんの連れか?」

「おいおい、こっちも上玉じゃねえか――っても、その服は教団の……」

「いや、流石にねえだろ? 教団の人間が下層になんて下りてくるかよ」

「つまり、教団の制服をパクったのか? 確かによくいるんだよな、そういう奴。教会信徒のふりをして、スラムでも偉ぶってた男がいたな」

「そんな悪いお嬢ちゃんには、お兄さんたちが教育してやらないとな。そんで俺らが満足したら、とってもいい場所に連れてってやるよ」


 ふはっ、とチンピラ2人は一笑しあい、人間種の男がピスカに手を伸ばす。

 ぎゅっと目を閉じたピスカは、祈るように手を組んで神に許しをこう。


「神よ、お許しください。穢れた神官の私は、悪魔の囁きに応じてしまいました」

「ああん? お嬢ちゃん、今更怖がってんのか?」

「いやいや、お前らの冥福を祈ってるんじゃないか?」

「はあ? ――がっ!」


 獣人種の男は角材で後頭部を殴られ、前のめりに倒れ込み、男の拘束から解放された三珠は、ちょっとだけ引いたようにフェレスを見た。

 助けられた身としてはなんとも言えないけれど、ここまでしてよかったのだろうか。そう感じたふうに、少女は獣人の男に申し訳なさそうな顔をする。

 一方、仲間がやられた人間種の男は、頭に血を上らせてフェレスに毒を吐く。


「てめえ、クソジジイ! 何しやがる!」

「いやな、俺の連れが世話になったみたいだからさ」

「うっせえ! このゲスオヤジ、死ねや!」


 人間種の男は腕を振りかぶり、フェレスの顔面を殴りつけようとしたが、その拳は透明の結界に阻まれ、ぐっ、と男は苦しげな声を上げて蹲る。

 チンピラ男からすれば、意味もなく石壁を全力で殴ったのと同じであり、彼は腕の痛みに耐えるように、手の甲を握りしめる。


「くそっ! このおっさん、仲介屋の人間かよ!」

「相手が悪い。引くぞ!」


 後頭部を押さえた獣人種の男が指示を出し、人間種の男を引き連れて逃げていく。「小娘ガキ共が命拾いしたな!」と、ご丁寧な捨て台詞まで残して。

 フェレスは角材を放り投げ、邪悪な笑みを浮かべて男たちに手を振っておく。

 もはやどちらが悪役なのかわからない。


「フェレスさんの計画通りですか?」

「まあな、防護バングルしてないのは確認しておいたしな」

「抜け目ないですね。お姉さまから聞いてはいましたが」

「あの手のイキったガキ共は、一度くらい痛い目見ておくべきなんだよ」

「それで更生するでしょうか?」

「無理だな――けど、次からもっと慎重になるだろう」


 俺の若い頃もあんなだったかもな、とフェレスは懐かしむ。

 フェレスの横顔を眺め、ピスカは呆れるように困った顔をした。


「あの、大丈夫ですか? おじいさん」

「これはこれは、優しい娘さんもいたものじゃ」


 三珠に手を差し伸べられ、老いた老人は彼女の手をとり、そして彼は抜け落ちた歯を見せ、三珠の手の甲を撫でまわす。助けられた恩義を感じたというには、あまりに不気味な笑みだった。

 びくんと肩を震わせた三珠は、咄嗟に手を引っ込める。


「この恩義は、いつかお返ししますじゃ」

「あっ、うん。おじいさん、気を付けてね」

「ほんに、優しい娘さんじゃな。わしも、次からは教義の場所を変えようかの」


 丁寧なお辞儀をして、老人は立ち去ってゆく。

 三珠は手の甲を擦り、眉根を下げつつ、無理をした笑顔で老人を送り出す。

 

「暗主崇拝者、か」


 フェレスは気掛かりなこともあり、老人の背中を追う。

 そして自分のこめかみを突き、フェレスは懸念を抱いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ