第一六話:講義、魔素の仕組み
分かりやすさ重視で、元設定変更点
日属性→光属性 月属性→闇属性
このままでは三珠が使いものにならないので、フェレスは彼女に魔術を教え込むことにした。
場所は大聖堂の裏手、階段を上った先にある山の峠である。
延々と連なる山脈の山なりを見渡せ、赤茶色の荒野を地平の果てまで望むことができる、聖堂関係者の魔術修練場だ。的のついたカカシが立ち並び、太めの岩石が転がる平らな峠だった。
修練よりもさらに高い場所――整地された階段を上った先には、いくつもの石碑が置かれた丘が見える。
その丘がオロスの霊園だ。そこに並ぶ墓石の下だが、実は遺骨が入っていない。
オロス地区のフィールドには、埋葬鳥という死肉を食らう原生生物がおり、その鳥たちによって鳥葬を行う文化があった。
死人の肉は鳥に食らわれ、残った骨は彼らの巣に持ち替えられる。
『人は死に、白き天羽にその魂を冥府に届けられる』
そういった伝承が残っているという。山脈地帯に生息する埋葬鳥の巣は、人骨や動物骨でつくられているというから、そんな不気味なものはあまり見たくはない。
白い鳥が2羽、雄大な青空に飛び交った――その鳥が埋葬鳥だ。
埋葬鳥は死肉しか食べないから、生きた人間に害はないが、だからといって、縁起の良い鳥だと言われても疑問が残る。
「どうですか、三珠さん? 魔素を感じ取ることはできましたか?」
「いや、それがまったく――これっぽっちも」
三珠は修練場に割り込み、う~ん、と目を閉じて唸る。
早速、同行者になったピスカに三珠への魔術教練を頼んだが、なかなかに難航しているようだった。ここらで手を貸した方がよさそうかと、フェレスは6色の宝石を手にして、三珠の傍に腰を下ろす。
「たいぶ、苦労しているみたいだな?」
「うう、すいません。私のようなゴミクズ神官ではお役にたてず……」
「いや、よくやってくれてるとは思うぞ? あんまり自分を卑下するな」
「そうでしょうか? お姉さまにも捨てられ、三珠さんのお役にも立てない。もはや腹切り事案です、ふふふ」
「そこまで思いつめなくても……私の出来が悪いのもあるし」
苦笑いを浮かべ、三珠はピスカを励ますが、自分の不甲斐なさを責めるように、教会の見習い娘は暗い顔をした。彼女とはうまくやっていけるのだろうか、フェレスは不安でしかたない。
ともあれ、弟子に依頼されたからには、師としての務めを果たすつもりだ。
「とりあえず、ピスカは切腹を頭から切り離せ。どうせだ、おさらいがてらに2人揃って教えてやる。三珠、まず宝石に手をかざせ」
「こんな感じ……?」
「ああ、それでいい」
フェレスの用意した宝石は、ルビー・サファイヤ・エメラルド・アンバー・ホワイトオニキス・ブラックオニキスの6つだった。
淡い赤色のルビーは火属性の魔素結晶、青いサファイヤは水の魔素結晶であり、緑色のエメラルドが風属性の魔素結晶で、黄土色のアンバーが地属性だった。
白と黒のオニキスは、それぞれ上位属性の光と闇である。
魔素には対となる属性の法則があった。火であれば水、風であれば土、光であれば闇といった具合だ。
対となる属性の魔素は反発し合う関係になり、決して交わることはなく、この法則は防護バングルの宝石構成にも採用されている。
魔素の適性は細胞の成長に起因し、第2次成長期を終えた頃から得意な属性は固定化されていく。
秀才であれば1属性に特化し、天才であれば2属性。稀にだが、3属性を保有する超人も現れるが、この相対しない3属性までを保有するのが限界だ。
そのはずなのだが、フェレスは三珠の適性を見て驚く。
用意した6つの宝石が全て光り輝いていたからだ。
これは全ての属性に万遍なく適性があるということである。
「そう来たか、参ったな」
「えっ? 私、すごいの?」
「その逆だ、この配列は最悪の構成だ」
「えっ、でも――全属性使えるってことだよね?」
「まあ、俺みたいに反応が薄いよりはましだがな。けど、微妙なのは変わらん」
「び、微妙?」
「それは私が説明します。何のお役にたてないままなのはイヤです」
名誉挽回の好機とばかりに、ピスカが名乗りを上げる。
属性魔術には2種類の特性がある。
初級~上級クラス、その上の極意クラスの単一属性魔術と、中級~極意クラスの2属性以上の複合魔術だ。高位の魔術師であれば、1属性に特化した術師は少なくない。
2属性以上の複合魔術が扱えるのは、賢者階級に至ったごく一部の天才だけで、昔は複合魔術が使える人間を、戦略級の兵器と讃えられたほどである。
魔素の特性は、磁石で例えればわかりやすいかもしれない。
相対する属性は磁石でいう同極同士で反発し合うが、相対しない属性は磁石のS極とN極のように、際限なく惹かれあう。
相対しない2属性以上に特化したものは、選出した魔素同士を結合し、特殊な複合属性の魔法陣を組み上げることができるが、ただしこれは相対しない属性に特化した場合の話だ。
「三珠さんの適性を見る限り、全ての属性に適性があります。確かに、この適性値あれば、すべての属性が扱えます――が、問題は威力です」
大気中には多くの魔素が放流している。
その中から特定の魔素を選出する場合、相反する属性魔素を感じ取ってしまうと、まるでノイズが流れるように錯覚し、上級クラス以上の魔術を練るだけの魔素を抽出できなくなる。
これが相反する属性、または全属性に適性がある者のデメリットだった。
確かにすべての属性は扱えるが、しかし器用貧乏を抜け出せないのだ。
三珠の場合、各属性魔術と複合魔術の中級クラスまでを扱うのが限度だろう。魔術を使用したいのであれば、1点突破もしくは2、3点突破の方がよく、これではいささか決定打に欠ける。
魔術を教えることに意味がない訳ではないが、最優先で付け焼刃のような魔術を覚える必要もない。
三珠は次元を渡って、この世界に来た異世界人だから、そのせいで体細胞に異変が生じ、こんな中途半端な結果になったと推測する。
「ああ、うん。なんというか、私がヘボチンなのはわかった」
「いえいえ、こんな配列は見たことないですし、すごいにはすごいですよ?」
「まあ、戦闘の向きのすごさじゃないけどな」
フェレスは眉間にしわを寄せつつ、今度はジルコンの宝石を取り出した。
特殊な無属性魔素の集積した宝石であり、無属性魔術にも初級~極意クラスまでの魔術階級はある。
リーシャの幻術を発見する際にも使った宝石だが、これは属性魔術に適用しない特殊な魔術を割り出すための方法だ。ジルコンに術者が触れることで魔術が起動し、その特性を見極める。
リーシャの時は濃霧のような白霧があふれ出たのだったか。
フェレスは三珠に手を出させ、その手のひらにジルコンを置いた。
「三珠、その宝石に意識を集中してみろ」
「うん、わかった」
手のひらに乗ったジルコンを、三珠が険しい表情で見下ろす。
さあ、どういう反応がでるだろう。フェレスはいつでも動けるように準備すると、三珠は耳を押さえて困惑した。
『魔術が使いたいのですか?』
「うっ! また、この声なの?」
『では、ここにその力を示しましょう』
三珠が独り言をつぶやき始め、フェレスは即座に異変を察知する。
ジルコンが徐々に浮き上がり始め、フェレスは2人に叫ぶ。
「おい、様子がおかしい! 距離をとれ!」
「えっ? あっ、はい! 三珠さん、こっちです!」
うう、と唸る三珠の手を引き、ピスカは滞空するジルコンから距離をとる。
フェレスは銃剣の柄に手をかけ、ひび割れた始めたジルコンを見上げた。
と、次の瞬間だった――ジルコンは砕け散り、空間が湾曲する。
まるで空間が変動するように景色を歪め、上空に渦を巻き、やがて小規模の空間異常は何事もなく消え去った。フェレスとピスカは呆気にとられ、三珠に視線を注ぐ。
「今のは……?」
「えっと私――何か、したの?」
「それはこちらが聞きたいです! あんな魔術は見たことありません!」
「魔素も使用せずに、空間に干渉した? これじゃまるで……」
「はい、魔法です!」
ピスカの上げた声に、フェレスは目を見開く。
そうなのだ。魔素を選出する過程を省略し、現象のみを発生させる術はあった。
遥か昔、太古の時代に置き去りにされた魔法という高度な秘術、それが肉体の世界移動の際に得られた能力だというのか。異世界人は強力な力を得るという言い伝えも、もはや信用するしかない。
フェレスは三珠に近づき、その額に優しく手刀を振り下ろす。
「おい、あんな力を持ってるなら早く言っておけ」
「――いたっ! そんなこと言われても、私も知らなかったし!」
「お前な、暴発したらどうするつもりだった? ここは教会の敷地でもあるから、もし何か壊したりでもしたら、器物損壊で賠償金支払わないといけないんだぞ!」
「お、落ち着いてください! フェレスさん、三珠さんも悪気があったわけじゃなさそうなので、言い過ぎはよくありません!」
フェレスの体を押しとめ、ピスカは三珠を庇う。
赤くなった額を押さえつつ、「理不尽だあ」と三珠は訴える。
「まあ、あれだ。それは三珠の手に入れた力だから、使っちゃいけないってことはない。けどな、力の使いどころは考えろ」
「目立っちゃうから?」
「それもあるが、強い力をひけらかすのは、暴力主義と変わらないからだ」
「女神の教えにも、『無用な暴力は振るうべきではない』とありますね」
「ああ。才能に任せて、努力している奴を見下す人間にだけはなりたくなかった。いくら絶対に負けない力』を手に入れたとしても、それに頼りっきりなのは、あいつらと変わらない」
「フェレスさん、まるで自分のことみたいに言うのですね?」
「俺が、そんな最低男にしかなれなかったからだよ。かっこいい主人公に、悪魔は逆立ちしてもなれなかったのさ」
自分を戒めるように、フェレスは拳を握りしめた。
三珠とピスカは顔を合わせ、暗い表情をする。
思わず、口が滑ってしまったらしい。これだから、年を取るのは嫌なのだ。
すぐに感傷的になり、口が軽くなってしまう。
話すべき話題ではなかったと、フェレスは反省して気分を切り替える。
「これからは一緒に行動するからな。お前たちの能力が知っておきたい。三珠については今度の課題ってことで、ピスカの方はどうなんだ?」
「私、ですか?」
「ああ、俺の能力はレナから聞いてるだろ? ちなみに、腕輪の構成の方はガーネット(火)・シトリン(地)・モリオン(闇)の3つだ。腕力強化の効果と結界に対する物理ダメージの軽減、あとは照準補正と呪術の抑制だな」
「へえ、バリバリの前衛スタイル」
「まあな、この中だと前で気を引いた方がよさそうだな。ピスカは護身用の短剣しか持ってないみたいだし、たぶん後方火力要員だろう?」
フェレスが推察を口にすると、ピスカは何度も頷いた。
「お恥ずかしい話ですが、私はポンコツダメダメ神官の癖に、3属性の適性がありまして、腕輪も得意属性向けにチューニングしてます」
「3属性って、すごいんだよね?」
「いいえ、基礎スペックだけです。技術面に不足があります」
「技術面ってことは、まだ最高位の魔術が使いこなせてない感じか?」
「はい、一応は上級クラスまでの複合魔術は使えます。腕輪の構成はタンザナイト(水)・スフェーン(風)・ダンビュライト(光)です」
「魔術方面への特化構成か。属性魔術攻撃と耐性の強化、あとは魔術発動時の集中力向上・魔素選出効率の上昇だな――成程、俺の立ち回りも見えてきたな」
一通りのイメージが固まり、フェレスは納得しておく。
「とりあえず、三珠は後方待機。ピスカは後方支援だな」
「えっ? 私、あっさり役立たず宣告されてない?」
「気にするな、お前は未知数な点が多すぎる。出張られても困るんだよ」
さて、とフェレスは今後の方針を決め、早速依頼に取り掛かることにした。
先程、レナ司祭より第1層にある孤児院への連絡係を頼まれたのだ。
ピスカの育った施設らしく、ストリートスラムで彼女の護衛をしてほしいのだとか。ピスカが孤児院に仕送りするから、その身の安全を保障しなければいけない。
教会から多少の報酬も出る。同行者が増え、最初の依頼なのだ。
フェレスは気を引き締め、2人を先達した。




