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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第一部:オロス編 そして負け犬は少女と出会う
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第一五話:雇用の申し出

 真皇教団は食物連鎖などの自然界における不変の循環を崇めるべき摂理とし、その摂理の観測者たるシステムを女神アリスィアを呼び、敬愛と崇拝の意志を示す組織だった。

 古代遺産オーパーツの回収や、未開発遺跡の調査を推進し、巡礼教士の男女も抱え、真皇騎士団という私兵まで完備している。

 

 真皇騎士団の部隊長は第7階位まで選出され、半数以上が女性と聞く。

 真皇教団は女性を女神に近しい器とする方針があって、教団の本山や各地の教会最深部は男子禁制であり、悪く言えば女尊男卑の教団でもあった。

 当然のように真皇教団の教皇は女性であり、司祭以上の位には女性が任命されることが多い。教団は大陸全土にわたる組織であり、国の統治者への発言権も強く、歴史上に幾度の戦争を仲裁した功績もある。

 女性が多い組織だからこそ同性婚をする者もいて、『乙女の園』なんて背徳的な呼び方をされ、同性カップルのために、教団は孤児院への支援活動を行っているのだとか。


 そんな真皇教団の大聖堂の前にフェレスはいた。大理石の柱が4本、聖堂の上にある岩肌を支えるように建ち、来る者拒まずというふうに、礼拝堂への大扉は解放されている。

 聖堂職員の勤務時間だからだ。夜間になれば、礼拝堂の大扉は教会の魔術式で封じ込められ、聖堂に住まう関係者以外は立ち入りできない。

 大扉の横に職員用の扉があり、そこが夜間の出入り口だった。

 知人の女司祭に聞いた話では、長い廊下の先に職員の宿泊場所があるらしく、そこは女性の寝泊まりしか許されず、男性の職員は別の職員宅である第4層の庁舎で寝泊まりに使うのだとか。

 

 何はともあれ、ここで三珠ともお別れだ。

 1日とはいえ一緒に行動したせいか、彼女に情が移ってしまい、多少は寂しい気持ちもあった。

 いや、そんな感傷に流されるのはやめよう。厄介事はごめんなのだ。

 今まで通りの1人旅に戻るだけ、気楽でいいじゃないか。

 

「三珠、結論はでたか?」

「うん、もう決まったよ」


 三珠は決心を固めたのか、迷いのない顔つきだった。ならば、もう十分だろう。

 フェレスは礼拝堂ではなく、その横にある扉の前へと歩み寄った。

 扉の横にあるインターホン、そのペリドットの宝石で作られたボタンを押しこみ、教会職員を呼び出すが、インターホンのベルが鳴るより早く、扉は勢いよく開け放たれた。


「ピ、ピスカ君! 僕は退場させてもらうよ!」


 教会の聖域から出てきたのは、バートランド・クルシュターだった。

 フェレスは目をしばしばさせ、バラドと見つめ合うと、彼はフェレスの肩を叩き、ふっ、と笑って全力ダッシュする。

 一方のフェレスは背中を押され、開いた扉へと押し飛ばされ、そして体が自分より小さな誰かと接触し、よろめきかけた足を踏ん張る。


「――いたっ! 誰ですか、邪魔するのは! 神罰を下しますよ!」


 そう暴言を吐き捨てたのは、女司祭の補佐を務めるピスティリカ・ラルデンバークだ。彼女は長い耳をヒクつかせ、髪の片側にあるサイドテールを揺らす。

 フェレスはなんとなく察しがつき、バラドの去った背後を振り返った。

 あの男は教会関係者という肩書を盾に、男子禁制の教会最奥に無断で立ち入ったのだろう。若い少女たちの園を堪能するために。

 やはり、バラドは教団から破門された方がいいのではないだろうか。

 やっていることが、そこいらの男子学生と変わらない。

 童心を忘れないのはいいことだが、もう大人なのだから分別は弁えるべきだ。


「ありゃ、完全に逃げたな? 悪いな、ピスカの邪魔した」

「あっ! フェ、フェレスさん!」


 フェレスを眼を合わせたピスカの瞳が、一瞬にして色を失う。

 彼女はまるで今世紀最大の失敗をしたかのように、ぶつぶつを呟き始める。


「私は、お姉さまのお客様になんという無礼を――」

「お、おい? ピスカ?」

「もう私に生きる価値もありません。ゴミクズです、すいません」

「あのさ、聞いてるか?」

「もうダメです、お姉さまに嫌われ……ふふ。こうなったら、腹を切ってお詫びするしか……うふふ、ふははははははは! 神よ、懺悔します!」


 ピスカはゆっくりと腰に携えた短刀を抜き、上段に振り上げる。

 彼女は本気だった。ピスカの持つ短刀の刃が、彼女の腹部へ向けられる。

 少女の豹変に狼狽え、フェレスは面食らってしまう。

 いったい、何がどうしてそうなるというのか。今まさに、少女は自らの手で命を絶とうとしているところへ、仲裁に飛び込んだのが三珠だった。


「ストップ、ストーーーーーーーーップ! 君は何やってるのかな!?」

「離してください! 私のような蛆虫は神に仕える資格もありません!」

「落ち着こう! ひとまず落ち着こうか!?」

「無理です! お姉さまのお客人に無礼を働くなど、もはや信徒の恥晒しです!」

「命を粗末にしすぎだから! 次で挽回すれば問題ないって!」

「ほ、本当ですか?」


 短剣を握った手を掴まれたピスカが、三珠を死んだような瞳で見上げる。

 コクコクと、三珠は全力で首を上下に振り、何とかピスカの暴挙を押しとめた。


「そう、ですよね? 一度の失敗くらい、神は許してくれますよね?」

「うん、絶対大丈夫。女神様はきっと寛大だから」

「それなら、安心しました。腹を切らなくてもよさそうです」


 なんとも物騒なことを言いながら、ピスカは短刀を鞘に納め、バラドのことは諦めたらしく、「司祭様を呼んできます」と言って、聖堂の奥へと戻っていった。

 とんでもない爆弾娘もいたものだ。はぁはぁ、と三珠が肩で息をしながら、えらく消耗しきった顔をするのだった。



    ◇



 礼拝堂の左右には10列の参拝者用の長椅子があった。

 寝殿造りの壁にはステンドガラスを模したように、色鮮やかな魔素結晶が埋め込まれ、その色彩に照らされるように、少女を模した大きな像がある。

 天使の翼が生え、天に拝むようなポーズをとる石像は、女神アリスィアの像だった。


「ごめんなさいね、ピスカが暴走したみたいで」


 聖堂の女司祭は色白で長身な、まさに美形な大人の女を地でいく人物である。

 身長は168センチはあるだろう。モデル体型のような艶めかしい容貌に、さらさらとした長い金髪が美しいエルフ族の女性だった。

 垂れた長い耳は優しげで、その薄緑色の瞳は慈愛に満ちている彼女こそが、真皇教団オロス支部の女司祭、レステリナ・クリスフォードであった。

 オロス支部に配属された修道女からは、レナ司祭と慕われる女性だ。


「うへへ、お姉ひゃま~」


 レナ司祭に抱かれ、頭を撫でられるピスカはだらしない顔をする。

 彼女が同性愛推進派レズビアンであることは薄々気づいていたが、ここまでレナ司祭にべったりだったとは、フェレスも驚きである。

 もしかすれば、彼女の偏愛傾向には理由があるのかもしれないが。

 

 レナ司祭とフェレスの出会いは、もう100年くらい前になるのだろうか。

 辺境の地にあった修道院が魔物の襲撃を受けたという報告を聞き、フェレスはその調査に向かった。

 そして焼け落ちた修道院で瓦礫をどけ、息のあった彼女を助け出す。

 残念なことに、その修道院の生存者は彼女だけであり、幼い日のレナ司祭は「どうして才能のない私だけが生き残って」、と精神を擦り減らしていた。

 古来より、魔素の扱いに長けたエルフ族でありながら、魔術がうまく使えないことに、幼少期のレナ司祭はコンプレックスを抱いていたらしい。レナ司祭の心が回復するまで、フェレスは彼女と共に旅をした。1年に渡る長い旅の中で、フェレスは少女に魔術ではなく錬金術を教え込む。

 

 この世界での錬金術とは、薬草や鉱石などを掛け合わせた薬物生成のことだ。

 薬学や鉱物学ともいえるだろう。その錬金術の上達とと共に、心の回復を見せたレナ司祭は、フェレスと教会の総本山がある都市で別れる。

 あの時は「先生と一緒にいたい」と駄々をこねる子供だったのに、それが教団の女司祭まで成長を遂げるとは、フェレスにも感慨深いものがあった。

 まるで弟子の成長を喜ぶ老人だ。まったく、年には勝てそうもない。


「それで、先生の提案ですが……」

「ああ、こいつを教会に引き取れないかって話だな」


 三珠の首根っこを掴み、フェレスは彼女を押し出す。

 レナ司祭にはある程度の事情は話した。三珠が異世界人であること、そして謎の魔導書を所持していることだ。しかし、レナ司祭の反応はあまりよくはなかった。


「やはり厳しいですね、教団で預かることは」

「暗君の例があるからな。能力を得る前は酷い目に合っていたのかもしれないが、力を得た瞬間に手の平返しして八つ当たりされても、同情する気にはならん」

「私たちからすれば、秩序の破壊者ですからね」


 レナ司祭の発言は正解だ。どこの馬の骨かもわからない奴が、いきなり他人の世界に乱入した挙句、威張り散らした結果は、1000年前の暗君が証明していた。

 どんなに強い力を持っていようと、統治する才能のない奴が立ったともなれば、治世の崩壊は免れない。国の統治に必要なのは強い力もそうだが、それにつり合うだけの教養と人格がいる。

 人の心が分からない王の元に、民の忠誠は得られない。


「実際、暗君は侵略者だしな。無関係の人間を傷つけた時点で、そいつは自分を否定した連中と同類だったってことだ。その事実に言い訳されても困る、こっちは知ったこっちゃない。腹が立つんだよ、俺が喉から手が出るほど欲したもの持った癖に、それを私利私欲のためにしか使わないんだからな」


 辛辣な物言いをしつつも、フェレスは強い力を持つ者を羨むように言う。


「まあ、嫉妬だけどな。子供の頃に夢見た自分に、俺はなれなかったからさ」


 哀愁を漂わせたフェレスは、掴みとれなかった理想を思い、空っぽの手の平を握る。そう、ゆえに敗北者。夢に殺された惨めな道化だ。感傷に浸るのはやめよう、年寄りの悪癖でしかない。

 

 重要なのは三珠の処遇についてだ。教団の協力が得られないのならば、つまり八方塞がりだった。

 フェレスが気持ちを切り替え、三珠を横目で見ると、こちらの世界でも邪魔者か、と少女は鬱屈とした感情で顔を曇らせる。だが、彼女は勇気を振り絞るように、確かな決意をもって一歩前に踏み出す。


「あの、教会への保護の話ですが、その必要はないです」

「あら、何か当てがあるのかしら?」

「えっと、なんというか……」


 三珠は体を反転させ、勢いよく頭を下げた。


「フェレスさん、お願いします。私を雇ってください!」

「はっ? 本気か?」

「はい! お客様待遇じゃなくていいです! 本気で仕事のお手伝いもします! だから――」

「ダメだ。そもそもお前に何ができる? 戦闘経験もないだろ?」

「でも、身の回りのお世話とか! フェレスさん、掃除とか洗濯物の整理できないみたいだし」

「ぐっ! 痛いとこついてくるな」


 確かに、フェレスは私生活で自堕落な所はあるし、三珠がいれば、生活面に不便することはないかもしれない。しかし、だ。それだけでは足りない。2人旅ともなれば、活動資金の増加は免れないのである。

 フェレスの資金面に余裕があるにせよ、やはり三珠にも稼いでもらわなければいけなくなり、必然的に仕事量も増やしていくしかなくなるのだ。

 同行者が増えたことで仕事の効率や回転率を上げる必要がある。

 だからこそ、フェレスはあえて突き放すことにした。


「それじゃあ、俺が体を売れと言ったら売るのか? 笑わせるなよ」


 多少、フェレスがキツイ言い方をすると、三珠の顔を曇らせて塞ぎ込む。

 これでいい、フェレスに旅の同行者などは必要ない。

 旅人の女と別れた時から、フェレスはずっと一人でいたし、確かに同行者のいた期間もあるが、500年の年月に比べれば、些細な時間である。今更、仲間を求めるなんて過ぎた欲望でしかない。

 だが、今回の三珠は引き下がらなかった。


「必要であれば……します! 私が使えないと思ったら、フェレスさんのすきにしていいです! 私も、生半可な覚悟で言ったんじゃなんです!」


 三珠の思わぬ反論に、フェレスは面食らってしまう。引き下がってやるものか、と三珠は決意のこもった瞳をすると、少女に便乗するように、レナ司祭が助け船を出す。


「先生、これは諦めた方がいいかもしれませんよ? 覚悟を決めた女は強いんです。先生の思っている以上に、ね」


 まるで昔の自分を重ねるように、レナ司祭は三珠の背中を押した。あの日、諦めた自分と違い、前に踏み出す勇気をもった少女に感化されたのかもしれない。

 レナ司祭としても、フェレスと過ごした1年間はかけがえのないものであり、師弟として親子に近い絆を感じていた。姉弟子のダメ押しがあり、フェレスは頭を抱える。

 まったく、非情になれない自分が憎らしい。

 もはやフェレスはやけくそになり、レナ司祭と三珠の思いに屈した。


「わかった、わかった。連れてってやるよ――けど、俺の扱きは厳しいからな? そこは覚悟しておけよ。これからは従業員扱いだ」

「――はっ、はい! ありがとうございます!」


 三珠は瞳を輝かせ、レナ司祭にも頭を下げる。

 レナ司祭は優しげに微笑み、ついでにピスカを前に出した。


「先生、この子も同行者にしてあげてくれませんか?」

「はっ? いきなり何を言ってるんだ?」

「そっ、そうです! 私にはお姉さまの身辺警護という重大な役目があります! ま、まさか、私のようなゴミクズはクビ切りですか?」


 レナ司祭に放り出され、ピスカは死んだ魚のような目をする。

 フェレスにしても、さらに同行者が増えるのはやめてほしい。

 1人ならまだしも、2人養うなどとは聞いていないし、フェレスはピスカに便乗して、同行者の増加を拒否しようとしたのだが、レナ司祭は有無を言わさぬ笑顔を作り、フェレスたちの反論を却下する。


「先生、1人も2人も関係ありませんよね? お金はあるでしょう?」

「いや、そういう問題ではなく――」

「ピスカも、貴女も13歳を超えたのだから、巡礼信徒として旅に出ないといけないでしょう? 普通の修道女なら、同行者と共に各地の聖堂を参拝しているわ」

「うっ! だから、フェレスさんと一緒に、ってことですか?」

「ええ。先生、それにピスカも。異論はないわね? 三珠さんの魔導書については、いったん保留ということにして、こちらでも調べておきますから、今はこの決定を優先するということで」


 パン! と手を叩き、レナ司祭が強引にこの場を締める。

 オロスの大聖堂を追い出されることとなり、ピスカは死んだ目のまま、魂が抜けたように立ち尽くし、フェレスはフェレスで、もう好きにしてくれ、と半ば投げやりになっていた。

 どうやら、見事にレナ司祭の術中にはまったらしい。

 オロス大聖堂の最高位の女神官にウインクされ、気の毒だなあ、と三珠は2人を憐れむのだった。

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