第一四話:仲介屋(ギルド)
オロスの仲介屋は第二層の居住区にあった。一般的な市民の自宅が立ち並ぶ階層であり、仲介屋の内部は酒場と言うよりは、公的機関の事務受付といった感じだ。
昔は酒を出す仲介屋もあったらしく、会員たちの乱闘事件が多くなり、禁酒の法令が出されたそうだ。
その名残で食事処のようなテーブルと厨房はあるが、今では軽食やスイーツ類の提供と、酒以外の飲料物の販売がメインとなっている。
きゃいきゃいと、スイーツをテーブルに置き、騒ぎ合う女性会員たちがいて、彼女らを別のテーブルから遠巻きに眺め、「話しかけてこいよ」と肘打ちするような、若い男性会員たちの姿もあった。
なかなか盛況な仲介屋ではないだろうか。
依頼受付の女性たちはぴっちりとしたスーツを着こなし、依頼がまとめられた書類を武装した冒険者風の来客に手渡している。
受付もざっとしている訳ではなく、討伐系や採取系、企業雑務などの職種別に、各分野の担当受付が決まっていて、カウンター横の掲示板には新着の依頼書が張られ、男女問わず、武装した仲介屋の会員たちが群がり、「一緒に行かないか」などと声を掛けあっている。
男性グループの冒険者は女性グループに声を掛けている者が多く、成功報酬の分配額などを提案し、否応にでも同行してほしいという執念が窺えた。
仲介屋の会員は男性が多いため、一種のナンパに手を出す男も少なくはない。
「冒険者の人って、かなりいるんですね」
「そりゃな、これで生計立ててるやつもいるしな」
物珍しく仲介屋の中を見渡す三珠に、フェレスは説明する。
仲介屋の会員だが、大きく分けてニパターンがある。
軍の派遣兵や傭兵会社の従業員、そしてフェレスのような根なし草の放浪者だ。
公的企業の従業員たちにはE~A、その上の特《S》級までのランク付けの制度もあり、仲介屋では数字持ちと呼ばれる。
ランカーの雇い主は軍であれば国、傭兵であれば会社となっており、ランカーは雇い主への献上金があって、報酬の総取りとはならないが、逆に自分の実力にあった仕事を見つけやすく、個人への保険がきくメリットが大きい。
一方、放浪者は依頼金が総取りになる反面、受注できる依頼に制限がないので、仕事選びを間違えた場合、死亡する危険も高かった。依頼は受注から七日以内に報告がなければ、契約を取り消され、別の会員に割り当てられる仕組みである。
また、仲介屋には銀行の側面もあり、会員の報酬金を管理されており、もし依頼を受けて行方不明となって、おおよそ一ヶ月以上の経過すると、死亡判定が下され、貯蓄金の査定が行われ始める。
企業関係者のランカーであれば、正式な手続きを踏み、葬儀の段取りと遺族への保証金の受け渡しがされるが、ここに放浪者は含まれない。
放浪者は戸籍を持たない名無しの人間であるから、貯蓄金は仲介屋の総取りだ。
仲介屋としては放浪者は死亡してくれた方が儲かるという、ド畜生なブラック企業ぶりだが、その生き方を選んだのであれば、これは覚悟しなければいけない。
そもそも放浪者のレッテルが貼られた時点で、無名の旅人や傭兵崩れ、前科持ちの脱獄犯まで、まともな人間は少ないのだから。
フェレスは旅人の女に育てられた身だから、待遇にあまり不快感もないが。
「ひとまず、受付カウンターに行って、ガウスが納品した品を受け取ってくる」
「あっ、私はどうすればいい?」
「待機でいい。その辺を見て回ってもいいが、問題は起こすなよ?」
「合点承知、気を付けるね」
びしりと敬礼をした三珠は、フェレスの指示に従う。
フェレスは少女に頷き、人垣の中へ入りこんでいった。
◇
何もせずに待つのも暇なので、三珠は人の群がる掲示板を見ることにした。
新着の依頼書が貼り紙のように、画鋲で貼り付けられる。
気になる依頼に自由に手に取っていいらしく、貼り紙をはがし、仲間同士で相談する者もいれば、受注するのを取りやめ、掲示板に貼り直す者もいた。どうせなので、三珠は貼り紙の一枚を手に取ってみる。
手に持った依頼は絶対に受けないといけない訳じゃなさそうだし、ちょっと見てみる分には問題ないだろう。三珠が手に取った貼り紙には、『カルディアナ山道沿いの魔物駆除』と書かれていた。
ウェネーヌムという毒鳥が、街道を荒らしているという報告があったらしい。
三珠が版画付きの依頼書を眺めていると――
「それ、あんたが受けるのやめといた方がいいと思うけど~?」
「んっ? 誰?」
「誰って、昨日会ったのにもう忘れちゃったわけ~?」
気づけば、リフォルシア・ミーゼンフェルシェが三珠の肩を叩いていた。
そういえば、リーシャは傭兵会社の社員だという話だったし、彼女が仲介屋の会員だったとして、何ら不思議はない。ひょいと、リーシャは三珠から貼り紙を取り上げ、掲示板に戻す。
「募集項目はちゃんと読んだ方がいいって~」
「そんなのがあるの?」
「うん。ここ、ここ」
リーシャが指さしたのは、貼り紙の下部にある備考だった。
『この依頼を受ける者は、ニ年程度の軍や傭兵での勤務・又は戦闘訓練を受けた者が望ましい』、と注意書きがされていた。報酬額は四二七〇〇クリュス。推奨ランクはD、としっかり記入もされている。
Dランク以上のランカー向けということだろう。放浪者に受注制限はないが、この辺りは参考にすべきなのかもしれない。
「なんか、ハローワークの求人票みたい……」
日本での苦い思い出がよみがえり、三珠は気だるげに言う。
面接の合格報告を待ち、いざ電話がかかってきたと思えば、不合格通知だったのが一度や二度ではないのだ。理由は「学歴の方が~」というのが大半だった。げんなりする。
聞きなれない単語が出たからか、ハローワーク? とリーシャは首を傾げた。ちょっとした愚痴が出てしまい、三珠は焦って訂正する。
「ああ、いや――ごめん! ちょっとした独り言」
「ん~? 何か、怪しんだよな~」
怪訝な目つきをするリーシャ。彼女が三珠の顔を覗き込む。
三珠はリーシャの注意をそらすべく、改めて自己紹介をする。
「えっと、リーシャさん、だったよね? 私は天津三珠って言うの」
「それは聞いた。昨日、先輩が教えに来てくたから。酒瓶の入ったビニール袋を持ってたけど」
「ああ、掃除の途中かな?」
「ふうん――っで、あんたは昨日、先輩と部屋でイチャイチャしてたわけ?」
嫉妬のこもったように、頬を膨らませて言うリーシャは、割りと直情的な少女だった。フェレスへは丁寧な敬語を使っていたが、三珠へはさっぱりである。
間違いなく、キャラを作っているタイプの少女なのだろう。
使い分けがはっきりしていて、ここまでいくと感心するレベルだ。
「なんというか、私とフェレスさんへの対応、全然違うね?」
「当たり前っしょ? 年齢近いっぽいし、何であんたに敬語使わないといけないの?」
不機嫌そうなリーシャの動物耳は尖り、尻尾はぴこぴこと動いていた。
上下関係しっかりした子だなと思う。
うん、でもやっぱり動物耳はかわいい。撫で繰り回したい。
リーシャの尻尾を凝視し、三珠はとろけた顔になっていく。動物的直感がリーシャの全身に危機を知らせたのか、彼女は尻尾を押さえて飛び退いた。
「ななな、何のつもりよ! あたしをまた汚そうっての?」
「あっ、違うよ。流石にもう触らないから――って、言い方やめて!」
「本当よね? 絶対だかんね!」
「私、信用されてなさすぎないかな?」
「だって怖いし、あんた……」
リーシャは自分の純潔を守ろうと必死のようだ。
心外である。リーシャの中での三珠は、破廉恥少女のままだった。
なんやかんやと二人が言い合っていると、
「お前ら、うるさいからな?」
そう言って、銃剣を腰に携え、三珠用の腕輪を持ったフェレスが戻ってきた。
彼を見るや否や、リーシャはフェレスの腕に飛びつく。
「ねっ、せんぱ~い! あたし、襲われかけたんですよ~」
「だからって、どうして抱きつく?」
「え~、幼気な後輩を守ってもらおうと思いまして。早くしないと~、あたしの純潔が、お連れさんに奪われちゃいますよ~」
例のごとく、フェレスに耳打ちするリーシャは生温かい吐息を、わざとフェレスの首筋にかけるが、しかしフェレスは半目になって呆れるだけだった。
「別に問題ないな。三珠が欲しいならくれてやる」
「――なっ! 寝取られて悔しくなりません?」
「いや、まったく。とりあえず、一発入れとくぞ?」
フェレスがリーシャの頭に拳骨を振り下ろす。
「あいった! もうせんぱ~い、あたしが馬鹿になったら、どうしてくれるんですか~? 生涯、面倒見てくれます?」
「安心しろ、お前は昔から頭悪いからさ」
「ひどい! そこまで言わなくてもいいじゃないですか!」
頭を押さえ、涙目になったリーシャが抗議する。
フェレスは彼女を置き去りにして、三珠に腕輪を手渡した。
「これ、腕に嵌めておけ。防御特化の結界が展開されるように調整されてる」
「あっ、ありがとう」
三珠は早速、手渡された腕輪を左手首につけてみた。
フェレスによれば、三珠の腕輪の宝石構成はシトリン(地)・アクアマリン(水)・ジルコン(光)の三つということらしい。
結界に負荷がかかる条件は、毒やしびれなどによる魔術を受けた時や、純粋な物理攻撃もしくは魔術攻撃を受けることで、結界にはある一定ダメージまでを吸収してくれる効果があり、その耐久値を削りきられれば、生身の体がさらけ出されてしまう。
結界は攻撃を受ければ受けるほど、その魔素を消耗していくらしい。宝石の構成を変えれば、結界の耐久値は下がるが、筋力や脚力強化の副次効果も得られ、三珠の宝石構成での副次効果は、結界への物理・魔術ダメージ軽減と、毒などの無属性魔術への耐性強化みたいだった。
腕輪の魔素補充には都市で店を営む武器屋や、符術師を頼ればよいという話だ。
腕輪を付けるだけで結界は自動展開されるらしいが、三珠にあまり実感はない。
何か温かいものに包まれたな、という漠然とした感覚はあるが。
「これ、本当に結界張られてるんだよね?」
「じゃあ、試してみるか? リーシャ、いけるよな?」
「まあ、大丈夫ですけど。攻撃すればいい?」
「ああ、思いっきりやってくれ」
「じゃあ、遠慮なく。先輩の許可も下りたしね~」
リーシャは手元にナイフを作り上げる。彼女の幻術により具現化された透明な魔術製のナイフだった。幻術に特化したリーシャは、幻を実体化させるまでに至ったのだ。
リーシャはナイフを構えて立ち、じりじりと三珠に歩み寄る。
「えっ? ええ?」
三珠は後退り、冷や汗を浮かべたまま、口角を引き攣らせる。次の瞬間――懐に飛び込んだリーシャが、三珠の体めがけてナイフを振りぬく。
リーシャの待つナイフは風切り音をあげ、ひゃ! と悲鳴を上げた自分を貫くと、体を庇うように腕を前に出した三珠は予見していたのだが、ナイフは自分の前で押し止まられていた。
三珠を覆った透明の膜が、ナイフを受け止めて波打っている。
「よっ、お嬢ちゃんたち。いいものを見せてもらったよ」
「結界の作動試験か」
「結構よさそうだな。どこの鍛冶屋だ」
三珠たちを取り囲み、やじ馬たちが話し合う。
仲介屋の来客たちはあまり驚いておらず、もしかすれば日常茶飯事の光景なのかもしれなかった。
リーシャがナイフを下げると、三珠にどっと疲れが押し寄せ、へろへろと腰の力が抜け、尻餅をつく。
「そろそろ時間か。三珠、教会の方にいくぞ?」
「あれ? へっ?」
「ダメだな、こりゃ。刺激が強すぎたか。リーシャ、介抱してやってくれ」
「先輩、あたしに押し付けないでくださいよ~」
「――頼んだぞ」
有無を言わさず、フェレスは仲介屋の外に出ていった。薄情者と思うが、三珠は放心状態で文句の付けどころではない。リーシャは三珠に肩を貸し、そっと耳元で囁いた。
「もう、先輩はあたしに冷たすぎ」
「でもフェレスさん、あんな感じでしょ」
「まあね。天津さんには妙に優しい気がするきけど」
「そうかな? あれ、私の名前――」
自分の名字を呼ばれ、三珠はリーシャの横顔を見ると、彼女はどこか寂しそうで、普段の軽い調子が消えていた。
「あんたに任せるのもしゃくなんだけどさ、先輩のことお願いできないかなって」
「ん? どうして?」
「あたし、これでも感謝してるんだよね。だから、心配には心配なの。先輩、素直じゃないけど、寂しがってるとは思うから」
だから、と過去を思い起こすように、リーシャは遠い目をした。
それは一人の青年の思う少女の素直な気持ちだったのだろう。フェレスは気づくべきなのだ。自分が人に好かれるはずがないというのが、とんだ思い込みであることに。
「天津さんが先輩に同行したいなら、我儘を言ってみてほしいかなって」
「もしかして宿で聞いてた? 私とフェレスさんの話?」
「内緒――でも、先輩のことはよく知ってるつもりだから、どうせまた突き放そうとしてるんっしょ?」
「ああ、だから押しまくってみろってことか。うん、アドバイスありがとう」
「べ、別に。敵に塩を送ったとかじゃないから! 天津さんが先輩の同行者になれば、あたしの付け入る隙もあるわけだし! これは作戦、そう作戦よ」
「うん、そっか。でも安心していいよ。私、フェレスさんは良い人だなって思ってるけど、そういう感情はないから」
「――なっ! わざわざ訂正しなくていいし!」
取り繕うように、リーシャが頬を染めて言うが、彼女がとってもいい子なのだということが、三珠にはよくわかった。仲良くなれるかもしれない。
「私のこと、三珠でいいよ。ちょっと頑張ってみるね、リーシャ?」
「も、もう! 三珠の勝手にすれば!」
ふふっ、と二人は笑いあい、三珠はフェレスを追う。
友人から受け取ったエールを、その胸に抱いて。




