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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第一部:オロス編 そして負け犬は少女と出会う
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第九話:エルフの神官見習い

 そろそろ夕方になり、フェレスは三珠を引きつれ、宿屋近くのレストランに来ていた。屋根がなく、テーブル一つひとつに大型のパラソルが設置されたガーデンレストランである。

 傾きかけた夕日に、山肌の街は赤く染まり、その夕焼け色の景色は、どの世界でも変わりはしないだろう。二人の座るテーブルには料理が置かれていた。

 小麦色の焼跡が食欲をそそる真っ白なパン。その添え物として出されたサラダに、とじ卵のような具の入ったスープ。そしてスパイシーな香りが鼻孔に届く、カップ入りのドライカレーのルーだった。


 フェレスはドライカレーをパンにつけ、口に運ぶ。

 パン生地はもっちりとした弾力があり、噛みごたえもなかなかで、ドライカレーの甘みが口全体に広がったと思うと、ピリッとした辛さが後追いするように食欲を駆り立てる。

 パン生地の原料は、ニシア麦と呼ばれる小麦だったか。雨量の少ない地でも、生命力の高いニシア麦は栽培される。丘陵地帯に適した小麦のため、エレーミア大陸では主力となる小麦だった。


「これ、おいしい」


 三珠が満足したように言う。聞きなれない料理名に困惑していた少女は、フェレスと同じものを頼んだのだ。三珠は卵とじのスープを飲み、ふぅと一息つく。

 スープはとじた卵のおかげで口通りもよく、ふんわりとした卵の甘みが強く、香りも悪くない。体の芯から癒してくれそうなスープだったが、その原料が埋葬鳥ベグラーベンと呼ばれる鳥の卵であることは黙っていた方がいいかもしれない。

 死肉を食べて生きる鳥だから、食事中に出す話題でもないだろうし、何も知らず、おいしそうに食べている三珠の気分を害さないようにする。それに、今は別に気になることはあったのだ。


「お前があの子供を触った時に、傷がふさがったんだよな?」

「うん。何かしたつもりはないんだけど」

「頭に聞こえた変な声、か。あの後、魔導書に変化はないんだな?」

「全然。ただの本みたいな感じ」

「まあ、本だしな。しかし、治療系統の魔術か」


 フェレスは頭を悩ませ、該当する術を考える。

 確かに、怪我を治す呪術はある。相手の生存欲を触発し、体細胞を活性化させて自己治癒能力を引き上げる呪いだが、それには問題がある。

 

 千年前の暗君が行った所業だが、かの王は治癒呪術で人を救うふりをして、患者を人食いの化け物へと変貌させた。呪術の副作用だ、肥大化した生存欲を抑えられなくなった患者は、他人の血肉をすすり、己の欲望の糧とするようになる。

 最初は人を救い、聖人君主のように讃えられていた王だが、今思えば、のちに悪逆の化身と語られる王らしく、彼にも裏があったのだろう。そもそも便利すぎる治癒呪術に、代償がないはずもなかったのだ。


 しかし三珠から聞いた話では、治癒呪術とは違うように思う。呪術には必ず代償が必要となるが、三珠はその過程を省略して、どちらかと言えば、魔術に近い方法で他人を治癒したという話だ。

 だとすれば――


失われた魔法(ロスト・マギア)――いや、考えすぎか」

「えっ、何?」


 三珠が小首を傾げるが、フェレスは適当に誤魔化しておく。憶測の段階で、安易なことをいってしまうこともないだろう。


「気にするな、その治癒術の乱用はやめた方がいいってことだ」

「やっぱり――怖いよね、勝手に人の怪我が治るなんて」

「その思いを忘れないようにな。俺の知っている術だと、回復した方の身体に異変が出る可能性がある。まあ、擦り傷程度じゃ影響も少ないはずだ。しばらくそっとしておけば、本人の精神力が呪術を跳ね返すだろうさ」


 三珠を安心させるために軽口をたたき、けれどフェレスは悩む。やはり彼女は一度、教会に預けた方がいいかもしれない。遺跡調査の報告もあるから、そのついでに三珠のことを説明しようと思う。

 治癒術を使ったと知られれば、呪術犯罪者と間違われるか、もしくはそれ以外の勢力に狙われる危険性もある。治癒したのが、まだあの無邪気な少女だけだから、わざわざ都市の管理局に報告するような知恵も回らないだろう。不思議な力を持った人だったと、幼い少女らしく夢想しているに違いない。


 ともあれ、それは現段階の話――


 三珠には無自覚に奇天烈な術を扱う傾向がある。フェレスの保身もあるが、三珠自身の安全も考えれば、教会の庇護下にあった方がいいだろう。

 そこまで考慮し、フェレスが話を切り出そうとした。と、その矢先だった。


「おやおや、君が年頃の娘さんと一緒とは珍しいね」

 

 そう言って、フェレスに語りかけてきたのは、知人の男だった。丸メガネをかけた教会の司祭服を着た男だ。身長はフェレスとそう変わりなく、特徴のない髪形に眼鏡を掛け、気弱そうなたれ目の青年で、茶髪に澄んだイエローアイもつ彼は、真皇教会オロス支部の助祭だった。

 名前はバートランド・クルシュター。フェレスはバラドと愛称で呼んでいる。バラドはフェレスと三珠を交互に眺め、


「ああ、ついに君もそんな年下の子に手を出すようになったか……だけど、その気持ちは痛いほどわかるよ! やっぱり、若い子はいいよね!」

「ちょとまて、何かを勘違いしてないか?」

「いやいや、隠さなくていい。僕も、若い子が好きだからね」


 眼鏡のレンズを反射させ、バラドは意味深に笑う。本当に聖職者あるまじき発言だ。色欲の権化ではないか。こんなやつに聖職者が務まるとは、到底思えない。


「お前、仮にも教会の人間だろ? いいのかよ、それで」

「当たり前だろう。僕にだって、男としてのプライドがあるのさ」

「ああ、そのプライドを少しは仕事に向けろよ。教会の方は確か、まだ仕事が終わってないんじゃなかったか? 助祭としての雑務があるだろ?」


 フェレスに忠告されようとも、バラドはのらりくらりとはぐらかしていく。


「大丈夫さ、ここの支部の女司祭は優秀だからね」

「それ、遠まわしに逃げてきたことを自白してるが?」

「まさか、仕事は終わってるさ」


 眼鏡のふちを持ち上げるバラド。かっこつけのつもりかもしれないが、どこか腹が立つのはなぜだろう。それに、彼の発言は絶対に嘘だ。

 バルドは職務放棄の常習犯だから、まったく説得力がなく、開き直ってやがる、とフェレスは呆れつつ、眉間にしわを寄せていた。と、バラドが三珠の方を振り向き、


「ところでお嬢さん、珍しい魔導書を持ってるね」

「えっ? これ、ですか?」


 三珠は魔導書の上部が出たリュックを持ち、バラドに見せる。

 バラドは興味深そうに口元を擦りながら、魔導書を凝視していた。


「これは……なかなか……」

「お前、その魔導書の正体がわかるのか? ちょうど明日、教会への報告がてらに見てもらおうと思ってたんだ。今わかるんなら、それに越したことはない」

「いや、まったくわからないよ?」

 

 きっぱりとバラドに断言され、はあ? とフェレスはイラッとした。手を上げてもいいだろうか。そんな衝動に駆られたが、フェレスは堪える。

 一方のバラドは三珠の手を取り、素敵紳士な笑顔を作って言う。

 

「いやね、なかなかに上玉なだと思ってね。彼にはもったいない。ぜひとも、僕とお近づきになってほしいな?」

「えっ? ええ?」


 バラドに顔を近づけられ、三珠がたじろいでいた。全力で口説きにかかっている。教会の助祭がナンパとは目も当てられない。バラドが見つめていたのは魔導書ではなく、三珠の顔だったようだ。

 そういえば、少し前に街中で学生らしき少女に粉をかけていたのだったか。まったく、神の御使いが聞いてあきれる。悪い男に騙されないよう、フェレスは三珠に忠告した。

 

「言っておくが、バラドは誰にでもそう言うぞ?」

「えっ? そうなんですか?」

「やだなあ、僕は若い子を等しく愛してるだけさ」」


 そう言ってウインクをしたバラドだが、三珠に彼の本性を見せることには成功した。


「あの……それは見境がなさすぎるんじゃ……」

「まあ、教会の人間のすることじゃないよな? もう背教者だろ、こいつ」


 フェレスはバラドを非難するが、彼は動じずに答える。


「僕の信仰心はそれなりだよ。女神アリスィアもうら若き乙女だしね、僕の思いにぶれはないさ!」

「ぶれまくりじゃないか! 女神にまで色目使うなよ!」

「そこはほら、気にしてはだめさ」


 ふっ、と悟ったように、バラドはキメ顔をする。もういっそのこと、天罰を喰らってしまえ。フェレスがそう思っていると、バラドへの罰は唐突にやってきた。


「見つけましたよ、クルシュター助祭」

「なっ! この声は……」


 バラドの顔が青ざめ、彼はダラダラと冷や汗を流す。怒気のこもったどす黒い少女の声が聞こえたからだ。彼が振り返ると、そこには少女が立っていた。身長は一四八センチメートルほどで、肩まで伸びた金髪に、サイドテールを作った髪形と横に長い耳が印象的な少女だった。 

 

精霊種のエルフ族である。エルフ族は自然崇拝の理念を掲げ、秩序の女神への信仰を推奨した元祖の種族の末裔と言われ、本来ならば神人に該当していた種族だが、創作神話の大津波が押し寄せた際、率先して方舟を造るのに協力し、不死の存在から常命の者に落ちたとされていた。

 とはいえ、寿命は人間種よりも長く、肉体の成長も遅いので、バラドを迎えにきた一四歳の見習い神官の少女が、年齢よりも幼く見えるのは当然だった。


 彼女は綺麗な薄緑色の瞳は黒く濁り、ピクピクと眉根を動かしていた。

 真皇教団の修道服を着た彼女こそ、女司祭の側近にして、バラドのお目付け役を兼任する、ピスティリカ・ラルデンバークという名の少女である。

 愛称はピスカ、エルフ族にしては珍しく、薄褐色の肌色をもつ少女で、女司祭と仲の良いフェレスは、意外と彼女にも気に入られていたりする。


「よかったじゃないか、バラド。お前の大好きな若い子だぞ?」

「いや、ピスカ君はそんな対象ではなく……」


 言い淀むバラドに、ピスカが突っ込む。


「何をごちゃごちゃ言ってるんですか、クルシュター助祭? お姉さ――司祭様が仕事をしているというのに、あなたがサボってどうするんですか!」

「いや、これには事情が――」

「問答無用です! 行きますよ!」


 ズカズカとレストランに押し入ったピスカはバラドの耳を引っ張り、お騒がせしました、とフェレスに頭を下げ、そして彼女は教会の助教を容赦なく連行し始めた。

 ちょうどよいタイミングだ、先にアポを取っておこう。フェレスは立ち去るピスカを呼び止め、


「待ってくれ、ピスカ。あいつに、明日の昼に俺が行く、と伝えてくれ」

「お姉さま……司祭様に、ですね。遺跡の件ですか?」

「ああ、そうなるな」

「承知しました、お待ちしています。フェレスさん!」


 そう、ピスカはにっこり笑うと、今度こそバラドを連れ去ってゆく。嵐のようだった男の乱入と退場に、三珠は呆然としていた。何にせよ、都合よく手間が省けたのは運が良い。

 フェレスは初めて、バラドのサボり癖に感謝したのだった。

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