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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第三部:魔術学院編・前篇 青春の影に負け犬は暗躍す
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第一三話:学院の朝

 んんう、と吐息を漏らし、寝返りを打つ三珠の肩が揺さぶられる。

 いったい、自分の安眠を妨害するのは、誰だとというのか。夢見心地で気持ちがいいのだから、邪魔はしないでほしかった。

 一面が花一杯の草原を歩き、幼い少女と歩く夢を見る。綺麗な銀髪をした彼女は、しかし寂しげに俯いて、自分の手を握り返してくる。


 少女の手は震えていた。

 この手を離さないでと、置いて行かないでと、自分に訴えかけるように。


 大丈夫、心配する必要はない。自分は彼女の手を離すつもりはないし、むしろ離されないように歩けるかが、とても心配だった。

 自分はこれから先も彼女とある。お互いに支え合う約束をいたのだから、それを反故にするなんてことは、三珠の性格が許さない。

 そう、真っ黒な影に隠れた少女を見下ろし、三珠は口を開こうとしたのだが――


「三珠、いつまで寝てるわけ? 朝食の時間には遅れないように言われたじゃん! まさか、忘れたとか言うんじゃないわよね?」

「いや、まだ眠い。あと、5分……」


 鼓膜を突くような少女の声が煩わしく、三珠は布団をすっぽり被る。

 攻撃型ブレスレットの定時報告書を書き上げるため、魔術を多用したのがいけなかったのだろう。

 ブレスレットの補助があるとはいえ、魔素の選出には体力と精神力を消耗してしまい、後日にも疲労が残ったりするのだ。特に三珠は、属性魔術への適性が中途半端なようだから、消耗も激しかった。魔術の連続使用にも、今後は注意しようと教訓を得る。


「これ、ダメじゃん。起きる気配ないんだけど……」

「仕方ない……ピスカ、やっちゃおう……」

「い、いいんですか? 気持ち良さそうですし、悪いような気がするのですが」

「いやいや、だらしない顏だしね。起こしてあげた方が、むしろ三珠のためっしょ? 健全な乙女たる者、外面も良くしなきゃじゃん」

『(スィアからもお願いー。ますたー、お寝坊さんだからー)』

「わ、わかりました。腹を切る覚悟でやっちゃいます!」


 ピスカは瞳を閉じ、静かに詠唱していく。

 風と光の魔素を練ったピスカは、針くらいの大きさをした雷を作り上げる。威力は電気ショック程度、電圧も控えめな雷の針だ。雷属性自体は複合魔術であり、複合魔術最低位の中級クラスだが、威力の調整なんかは術者の腕前次第で、いかようにもコントロールできる。


「すいません、三珠姉さま!」


 遠慮の知らない年上2人のいいなりとなり、きゅっと目を閉じたピスカは謝りつつも、両手の平の上に作った雷撃の針を、まるで発射型のスタンガンを撃ち出すみたいに、三珠の首筋に狙いを定める。

 実に斬新的な寝起きドッキリだった。

 

「はひゃあ!!」


 痒みを感じるくらいの痛みだが、全身を電流が駆け巡るような、ビリッとした感覚はあった。ぞわぞわっと、全身の毛先が逆立つと、三珠は背筋に悪寒が走る。「何、なに!?」と三珠は首を擦り、


『ますたー、おはよー』

「あっ、うん。おはよう、スィア」


 三珠は傍らに飛行する魔導書を懐に抱き止め、それから飛び起きた自分を囲う少女らに目を向ける。


「いきなり、ひどくないかな?」

「だって起きなかったし、仕方ないっしょ? 自業自得じゃん」

「スィアも賛同、した……ここで私達だけが責められるのは、理不尽……」

「スィアには悪気はなかったみたいだし――でも、2人は私で遊んだよね?」


 じーっと睨みあげる三珠だが、リーシャとメルは知らんぷりをして、よそ見してしまう。三珠は不満が冷めやらぬままに、ピスカの方へ首を動かす。


「あの、あの! ここで腹を切って見せますので、懺悔をお聞き入れください!」

「却下、悪戯のお返しは高くつくからね」


 むくりと起き上がった三珠に怯え、ピスカが後方に数歩下がる。しかし、三珠はピスカを責める姿勢を崩さずに、彼女に飛びかかる。


「朝の運動ついでに、悪い子にはお仕置きだ!」

「えっ? ええ!? ま、待ってください、許し――っ!」


 冗談半分にピスカへと襲いかかった三珠は、彼女の両肩を掴んで押し倒す。三珠に押し飛ばした勢いのまま、背後のあった二段ベットの下段に倒れたピスカに、自分は覆いかぶさることになるのだったが。


「お、お願いします。お仕置きは、あまり酷いことをしないでください」

「あれ? えっ?」


 瞳を潤ませたピスカが、三珠ではない誰かの影に怯えるように、口元に添えた手を震わせていた。お仕置き――その言葉が、元奴隷の少女が封じていた過去を、呼び覚ましてしまったのかもしれない。

 三珠の姿が調教師の男に重なったというのだろうか。冗談ではなかった。ピスカを物のように扱ったという、酷い人間と一緒になりたくはない。

 

 やりすぎたかな? と三珠は反省し、優しげな笑顔を作ると、家族を想う姉の姿を彷彿とさせるみたいに、ピスカの髪をさらさらな髪を撫でてやる。

 「今日のことは許してあげるよ」と、幼稚な癇癪は水に流す。友人が心の傷を広げてしまう様を、ずっと見ていたいとは思わなかったからだ。


「三珠姉さま……」


 落ち着いたピスカが、三珠の顔を見上げたところで、ふと部屋の扉が開く。寝癖のある髪をいじる彼女は、ルリアリア・マイザックスだった。


「三珠はんら、いつまできいひんつもりや? 寝坊はやめよし……」


 三珠達の部屋に侵入したルリアリアは、唖然として立ち尽くす。彼女が目撃したのは、涙目になったピスカを押し倒し、幼い少女の自由を奪う三珠だったのだ。

 ピスカを襲う三珠は、ルリアリア目線であれば、百合そちらの趣味をした少女に見えたことだろう。大人びたルリアリアらしく、下手な突っ込みをするような真似はせず、彼女は感情のない笑顔を取り繕い、


「すんまへん、邪魔したなあ」


 と、自然にフェードアウトしようとしていた。

 誤解である、謝った認識は早々に正さなければいけない。半ば条件反射のように体を起こし、事情を打ち明けようとした三珠は、しかし勢い余って、二段ベッドの天井に後頭部をぶつけた。


「あいたっ! つぅ……」


 頭をぶつけた痛みが脳天に直撃し、視界がぼやけたように錯覚する。軽い脳震盪を患いかけ、眩暈がしてしまったのだ。扉を閉めるのをやめたルリアリアは、ひょっこりと顔を出して言う。


「そない慌てんでも、初めから気づいとったで」

「じゃあ、あんなリアクションしなくてもよかったよね?」

「ほんの冗談や。三珠はん、ほたえすぎやで」


 にやにやと、白い歯を見せたルリアリアは、三珠をからかって楽しむ。サドッ気のある少女だと悟っていたが、やはり三珠の見立てに間違いはなかったようだ。


「ほんまに、ワラけるわあ。三珠はん、やっぱおもろいなあ」

「うう、このいじめっ子」


 痛みの残る頭を擦り、瞳に涙を浮かべた三珠は、ルリアリアに物申す。しかし彼女には軽くかわされ、三珠の逆襲が叶うことはなさそうだ。

 ルリアリアとの言い争うのはやめ、三珠はミラエル会長との約束を守るため、学院指定の制服とローブを着替えると、5人は食堂に向かった。



    ◇



 アルスファグナ魔術学院の朝食は賑わいを見せていた。男女の生徒が入り乱れ、5列に分かれた長机の椅子を取り合う。この5列の長机だが、各学科に指定された席があるらしい。

 

 アルスファグナ魔術学院には、5つの学生組織があるという。

 属性魔術の研究を行うエーデリアック・ノースキン、無属性特殊魔術の研究を行うアースデリト・コンサルタニア、巫術・補助魔術の研究を行う宗教魔術派の一団、シャーマリアン・ニルズンクルの3学科が、主に人気の高い学科らしい。

 あと2学科は、召喚・死霊術、および占術を研究するナルキシアン・ホングリート、その他の座学を専攻とするワーティキナ・ハリオラーティオだ。


 担当教官は属性魔術科がネルゼト・ハウガーゼン教授、特殊魔術科がアミス・スキャード教頭、宗教科が真皇教団より派遣されたというナタリア・ベルキャット司祭、召喚魔術科がタンゼン・ホグリート教授という打ち分けらしい。

 そして座学科の教授が、三珠達が出会ったノハメド・ヘレクセン教授だった。なんでも、彼が座学科に就任する前には、別の講師がいたらしく、アルスファグナ魔術学院で一番歴が短いのは、ヘレクセン教授だという話だった。


「私達、ワーティキナ・ハリオラーティオ所属の扱いなんだ」

「一番生徒数が少ないからね。学生会メンバーも、座学科所属という割り振りよ」


 と、そう三珠に言い聞かせてきたのは、先にワーティキナ・ハリオラーティオ所属者指定の長机に、三珠達の席を確保していたミラエル会長である。

 彼女は三珠達に着席するように促しつつ、気疲れしたようなため息を吐く。


「ごめんなさいね。男子2人の方は、危険を冒したらしいことを、仲介屋の人から報告されたらしくて、スキャード教頭先生にお説教くらっているわ」

「へえ、どんな報告だったわけ?」

「森に2人だけで入ったらしいわ。報告者の人が助けてくれたみたいだけど、スキャード教頭先生は許してくれなくて、そのまま朝食の抜きのお説教コース」

「なんか、わかる……あの人、厳しそうだったから……」


 そう言って着席したメルは、もはや学生会の男子メンバーなど、眼中にもないようだった。

 彼女の瞳に映るのは、長机に並んだ朝食のみ。学院の朝食はバイキング方式らしく、好きな皿から好きな物をとって食べていいという。

 朝食はビジネスホテル並みのラインアップといったふうだ。粗挽きの太いウインナーに、スクランブルエッグが盛られた皿。魚類のムニエルもある。

 サラダボール一杯の新鮮な野菜に、主食のパンが入ったバスケットも、かなりのボリュームがあった。パン用に瓶詰のジャムも配られていて、赤紫色の甘酸っぱい香りを漂わせるジャムは、ライムベリーという果物を加工させたものだという。


 市場で買ったパンが主流な旅をしている身としては、何十倍も豪華な朝食だな、と三珠は思う。魔術学院生達は毎日、カフェのモーニングと張るか、それ以上の品物を口にしているのだろうか。

 旅費の確保のため、節約制圧を強いられている三珠としては、羨ましいを通り越し、もはや憎いという域に達している。スポンサーの資金力は偉大なんだな、と三珠は世知辛い世の中を知った。


「みんなは……食べないの……。早くしないと、無くなる……」


 学院の生徒達が次々と食事に手をつける中、何の躊躇いもなく、それこそ周囲に溶け込むみたいに、黙々とメルは料理を口に運んでいた。


 スクランブルエッグは口内でとろけるような味わいだし、料理人の腕はいいのか、調味料をつけなくとも濃い味が十分に楽しめる。粗挽きウインナーの外は、カリッとした口触りなのに、溢れんばかりの肉汁は舌を刺激し、甘さを口一杯に広げた。

 魚類のムニエルは身がふっくらとしていて、魚の上にのったタルタルソースとの相性はいい。そして注目のライムベリーのジャムは、酸っぱさと甘さが見事に融合し、味の薄いパンをより引き立てる。


 メルに流されるように、着席した三珠達が朝食に舌鼓を打っていると、彼女らの姿を見つけた片眼鏡モノクルをした男性が、正面の空席に座り込んだ。


「いやあ、昨日ぶりだね」

「ヘレクセン教授? どうして、ここにいらっしゃったんですか?」

「食事のためだが? 他に理由があるかな?」

「ウチらの学院は朝食時間が決められとるさかい、先生はんらも一緒なんねんな」

「私はワーティキナ・ハリオラーティオの担当教諭で、学生会の管理顧問を任されているからね。こうして挨拶をしに来たわけさ」


 パンの切りこみにジャムを付けつつ、三珠達4人の姿を目に焼き付けると、ヘレクセン教授は気さくに言ってのけた。

 が、三珠は驚く。任期が浅いのに、ヘレクセン教授が学生会顧問をやっているのもそうだけれど、こんなに生徒と教員の距離が近い学院とは思わず、一般的な教育機関のイメージは崩れ去りつあった。


 いっそ自分がおかしいのだろうかと、そう思えてきてしまうのだ。

 と、学院に馴染めない三珠に反し、ヘレクセン教授は良き教員らしく、取材班を受け入れてくれる。


 「これから30日間、よろしく頼むよ」


 そう言い直したヘレクセン教授が、爽やかな笑みを作る。

 今後は学生会の世話になることが確定しているし、少し残念な性癖をした彼だが、三珠はヘレクセン教授に優等生然とした態度を示した、その矢先――


「1つ、この場を借りて話をさせてもらってもよいかな?」


 生徒達の食事に混ざっていたらしいハウガーゼン教授が立ち上がる。その時点で、三珠も嫌な予感がしつつも、彼の話に耳を傾けた。

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