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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第三部:魔術学院編・前篇 青春の影に負け犬は暗躍す
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第一二話:女子寮での一時(前篇・起 末話)

 女子寮の一室に通された三珠は、部屋の奥にある机に座り、指に挟んだ鉛筆を頬の横で、上下に動かした。三珠が向かい合っているのは、自分が装備した試作品の攻撃型エピセスィ・ブレスレットの、作動状況を報告するレポートである。

 異世界に訪れ、初めに知り合った幼い少女。ファーブラ・プリエリース社の社長令嬢、レティーナ・フォルゼ・メルデンティアに頼まれた依頼のものだ。

 

 三珠が任された初めての依頼だし、何より友人と認めてくれた少女の頼みだからこそ、やり遂げたいという気持ちは強い。

 それに、ブレスレットと利用することで、魔術のコツも掴めてきたのだ。今までは雲を掴むような感覚だったが、ブレスレットを装備したおかげで、魔素の感覚的に知覚することができるようになった。


「自分の周りに、蛍みたいな光の粒が浮遊してる感じ」


 ふんわりとした生地のバスローブを着用し、三珠はブレスレットを両手に包み込み、ゆっくりと目を閉じた。情熱的に胸を焦がすような粒子は炎、心を癒すように吹き抜けたのは風の魔素だろう。

 光の魔素は心身のストレスを払うように、心を清める。

 

 そして三珠は、ブレスレットに装着した魔素結晶を取り換える。


 大海に涼み込むような、冷たい安らぎを与えてくる水の魔素。

 地の魔素は全てを受け入れ、恵みをもたらすおおらかな優しさ。鋭利な刃で身を傷つけ、肌の表面を刺すような淡い痛みを感じたのは、闇の魔素だった。

 ブレスレットに装着した魔素結晶が、特定魔素の選出能力を補助し、雑音と黒い濃霧に覆われた世界の中で、三珠は他人ひとの残した残滓を掴み取る。

 そして、似たような願いの欠片を結びつける。それが魔術を扱う感覚だった。ブレスレットの扱いにもこなれてきたし、よいレポートが書けそうだ。

 筆を滑らし始めるが、しかし友人に見つめられ、三珠は手を止める。


「あんた、今日は休んだ方がいいんじゃない? 疲れてるっしょ?」


 ベットに寝転がったパジャマ姿のリーシャが、足をばたつかせながら、三珠に忠告してきた。

 薄着のシャツを着たリーシャは、胸が締め付けられるから、と下着をつけておらず、拭き残しの水滴滴る無防備な谷間をちらつかせる。

 女子寮の浴室は各部屋に設けられているらしく、2人で入るのがやっとな広さだったが、登山でかいた汗を流すには十分だった。


 しかしながら、女子だけとはいえ、少しリーシャはだらしくないだろうか。


 ピスカは白いネグリジェを着ているし、メルは……なんというか、学院都市に来る前に、三珠達と選んだものだけれど、骸骨の姿絵が刺繍されたフード付きのパジャマを着用していた。

 

 自分の率直な感想を言ってしまうと、あまり可愛くない。

 「骸骨は、死魔族の象徴……」などと言って、本人はすごくご満悦だったため、三珠達3人も言い出しづらく、空気を読んで購入してしまう。ドヤ顔のメルには忠告できず、三珠は目を瞑るしかなかった。


『(ますたー。メル、変なかっこー)』

「(やめてあげて! あの柄はお気に入りみたいだけど、やめてあげて!)」

 

 なまじスィアが子供らしく素直なために、魔蔵書の一言は辛辣だ。メル本人に念話を飛ばしてはおらず、「聞こえなくてよかった」と三珠は安堵する。


 余談だが、学院女子寮は4人部屋が基本らしい。これは同じ研究分野に携わるメンバーが、偶数単位で行動することが多いからだという。

 例外もあるようだが、最低でも2人1組で行動するように義務づけているから、最大4人は住めるように、部屋の左右には2段ベッドが用意されているそうだ。

 

「みんな……無理は、禁物……」

「メル姉さま、一番疲れてるみたいですからね」

「ピスカ……余計なこと、言わないでほしい……」

「はい、すいません」


 ベッドの上段を見上げるように顔を出したピスカは、くすりと楽しそうに笑う。一方のメルは下段を覗き込み、文句の1つでも言いたそうな顔をしていた。

 2人は右側のベッドにいる。左側のベッドは上段がリーシャで、下段が三珠という配置になった。

 自分も上段がよかったのだが、公平にじゃんけんをした結果、三珠とピスカは敗北してしまい、下段に追いやられたのだ。


 勝負の世界とは世知辛い、自分の不運の嘆きたくなる。


 と、三珠がため息を吐いた時だった。自分が寝るはずのベッドを陣取った2人の少女が、報告書をまとめる三珠に話かけてくる。

 4人を部屋に案内したまま居座り続け、なかなかに帰る気配を見せない学生会メンバー、ミラエル会長とルリアリアだった。お風呂は部屋に戻った後に入るらしく、2人は学院指定のローブのままだ。


「三珠はんは、魔術の選出が苦手やってんなぁ」

「ええ。珍しい黒髪だったし、思わず驚いちゃったわ」

「そうかぁ? ウチは特になんとも思わへんかったけど、ハウガーゼン教授に隠せたんは、えかったなぁ。あん人、いけずな人やさかい、うっとしくてかなんわぁ」


 肩を落とすルリアリアに、ミラエル会長が苦笑いを返す。概ね同意だったのだろう。2人は三珠達の部屋に滞在したのは、学院の話で盛り上がったからだ。

 途中、学生会メンバーの男子2人が帰還したとかで、ミラエル会長はスキャード教頭に呼び出されていたが、また三珠達の部屋に戻ってきた。

 他2人の男子メンバーは明日、ミラエル会長が紹介してくれるらしい。学院の食堂で朝食を摂った後、学生会室に案内するという話だ。


「この髪、ハウガーゼン教授見たら、どうなってたのかな?」

「そら、想像する必要もあらしまへん」


 迷いなく断言したルリアリアに、「やっぱりか」と三珠は思う。

 不吉の象徴とされる黒髪を見せたのであれば、ハウガーゼン教授にとって、絶好の標的になったに違いない。学院の取材ということで、帽子を深く被り、その上からフードを被るよう徹底したから、三珠の髪色が衆目に晒られることはなかった。

 とはいえ、学生会の2人の反応を見るに、そこまでの風評被害はなさそうだ。あくまで真皇教団の教えというだけであり、宗教関係者以外から見れば、「珍しいな」程度の感覚なのかもしれない。


 だが、ここは魔術学院の女子寮であり、黒髪が魔術適性が低い証という認識は広がっていて、一部の生徒達には舐められてしまうことはあるとのこと。

 学生会会長として規律を守る立場であり、ミラエル会長は責任感が強く、平等主義を貫く少女だった。ふしだらなイメージの強い夢魔族だが、彼女は最近多いという、奥手で清楚タイプなサキュバスなのだ。

 ミラエル会長は公爵家の看板を背負う以上、夢魔族の印象通りな尻軽女だと思われぬよう、気品ある態度を心掛けよ、と親に教育されてきたのもあるだろうが。


「ハウガーゼン教授に関しては、本当にごめんなさいね。取材初日に、嫌な思いをしてほしくはなかったのだけど」

「あっ、私なら大丈夫です! 気にしないでください、ミラエルさん」

「ほんまにええんか、ピスカはん?」

「はい、心配いりません。ルリア姉さま、私は打たれ強いんです! 鋼のメンタルです、私みたいなへなちょこ神官よりも、三珠姉さま達が責められるようなことにならなくて、ほんとによかったです」


 にこにこと、子犬のような可愛らしい笑顔を浮かべたピスカだったが、三珠はリーシャとメルに目配せし、3人は複雑な表情を作る。

 

 ピスカは自分を蔑視しすぎな気もする。


 そりゃあ、自分だってピスカの過去は聞いているし、他の2人も同じようなことを考えているのだろうが、やはり奴隷という枷を解き放ってはもらいたい。

 ピスカは良い子だとは思う。だけれど、健気がいきすぎるのも考え物だ。そんな三珠達のことを知ってか、知らずか、ミラエル会長は首を傾げる。


「あ、あれ? ルリアは姉さまなのに、私はさん付けのままなのね。学生会の会長だし、畏まっているのかもしれないけれど、遠慮しなくていいのよ?」

「ああいえ、違うんです。非常に言いにくいのですが、ミラエル会長さんは――その、お姉さま力が足りないと言いますか、包容力パワーが規定値に達していないといいますか……その、本当にすいません!」

「お姉さま力……?」


 ほけーっと、ミラエル会長の瞳から光が消え失せていく。

 ピスカがしきりに目を向けていたのは、学生会長の胸元だった。よく言えば、スレンダーな体型のミラエル会長だ。が、胸も体型にピッタリな控えめサイズなのだ。

 ピスカにもこだわりがあったらしい。尊敬できる女性ではあるが、甘えたくなるタイプではない。それがピスカにとっての、「さん」付けの定義らしかった。


「ふ、ふふふふふふふふふ……」


 俯き、顔を隠したミラエル会長が肩を震わせ、壊れたように不気味な笑い声を上げる。清楚で真面目な委員長、そんなイメージが崩壊するくらいの豹変だ。

 彼女は悔しそうに唇を噛み、


「そうよ、私はぺったんですよーだ! どうせ、どうせ――エッチじゃないサキュバスよ! 笑った? 笑ったわよね!? 勝手に失望しなさいよーだっ!」


 急にお子様言葉を使い出したかと思えば、ふえええええん、と泣き寝入りするみたいに、ミラエル会長は布団をすっぽりと被ってしまう。

 やけくそ気味なミラエル会長の暴走に、一同を目を丸くしてしまった。


「ああ、あかんわあ。地雷踏んでもうたなあ」

「え、ええ!? ミラエル会長はどうしたの?」

「会長はん。胸の発育を気にしとるさかい、こんななってまうんよ」

「す、すいません! そうとも知らずに――は、腹を切ってお詫びします!」

「かまへん、かまへん。ほかしといてえな」

 

 へらへら笑って手首を振るルリアリアは、もう慣れっこというふうだった。流石は副会長といったところか、ミラエル会長のダメな部分にも動じない。

 ルリアリアの順応力の高さと図太い神経には、三珠も尊敬するほどだ。


「それより三珠はん、飴さん食わへんか? 疲れた頭にはようさん利くで?」

「いいの? じゃあ、1つもらおうかな?」

「ええよ、ええよ。ほな、渡したるな」


 ルリアリアがローブの内側から取り出したのは、小袋に入った飴だった。ローブの下に着込んだ学生服のポケットに、飴の小袋を入れ込んでいたのだろう。

 飴の表紙には『青梅』と記述されている。梅味なのだろう、三珠も慣れ親しんだ食材が、異世界にあったことに喜び、飴玉を受け取った。飴の袋を開け、飴玉を口に放り込んだ三珠だったが――


「三珠はん、普通に開けて食べてまうんやなあ」

「えっ? 私、おかしいことし――っ!!」

「三珠はん、素直やなあ。かいらしいし、おもろいわあ」


 くすくすと笑うルリアリアを余所に、飴が予想以上に酸っぱく、三珠は唇を結んぶ。どうやら、彼女にからかわれてしまったようだ。

 「よくも」と悪戯好きの少女に言い返してやりたくなるが、唐突にルリアリアの背中にタックルし、ミラエル会長が彼女に抱きついてしまったために、三珠の報復は打ち止めとなる。

 仕方ない、今回は許してあげよう。


「なんね、ミラエル。どないしたん?」

「うう、ルリアリアぁ――私だって、バストアップ体操を毎日やってるのよ? それなのに、それなのにぃ……」

「しゃーないなあ。聞いたるさかい、抱きつくんはやめよし」


 はあ、と小さなため息を吐き、泣き言を口に出すミラエル会長を抱き止めると、ルリアリアが学生会長の頭を撫でる。

 

 うん、これがピスカの言う姉力の違いか。


 なんて三珠は思いつつ、学生会の2人を囲った少女達は、賑やかな夜の一時に心を癒され、ぐっすりと寝られそうな気分になってくる。


『(ますたー、みんな賑やかー。スィアね、楽しいの好きー)』

「(うん、そうだね。こういうの、ずっと憧れだったから)」

『(ますたーのあこがれ? それなら、スィアのあこがれー。でもね、スィアはむぞむぞするー)』

「(むぞむぞ?)」


 スィアが言いたいことがわからず、三珠は首を傾げてしまう。これはいけない。スィアにも悩みがあるらしく、お姉ちゃんとして聞いてあげなければ、と三珠は気を引き締めた。

 

『(うん。ますたー達がねちゃったらね、スィアは1人ぼっちなのー)』

「(そっか、スィアって睡眠の必要がないから……)」

『(そう、ずっと起きてたよ。でもね、楽しくなかったよ?)』

「(そっか、ごめんね。寂しかったかな?)」

『(わかんない。けどね、スィアはみんなと同じになりたいな)』

「(スィア……うん、わかった。じゃあ、今日は一緒に寝よっか?)」


 あの自分に似た銀髪の少女が、憂いげな表情をしている姿を思い描き、彼女の疎外感を和らげようと思う。魔導書である彼女が、仲間の輪に入り切れていない姿が、昔の自分にそっくりだったから。


『(ますたー、一緒にいてくれるの?)』

「(うん。これからは一緒に、お布団の中で温まろう!)」

『(そっか、スィアも一緒ー)』


 わーい、とはしゃぎ出しそうな魔蔵書を掴まえ、余計な騒ぎが起きないように気を配ると、学生会の2人が部屋に帰るまで、少女だけの賑やかな夜を過ごした。

 こうして、フェレス達が学術研究都市で暗躍する中、少女4人の波乱万丈な、普通とはかけ離れた学院生活は始まったのだ。

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