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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第一部:オロス編 そして負け犬は少女と出会う
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第六話:衣服選び

 オロスの第三階層の市場はにぎわいを見せていた。噴水のある広場に露店が並び、威勢のいい店員の声が響く。身なりのいい服を着た親子連れや男女のカップルに、学生制服のような統一された衣服を着た若者グループもいる。


 どこにでもある日常の風景、しかし行きかう人々の外見的特徴が多種多様で、統一感はない。


 頭部に動物の耳を持つ人や家族連れの長耳一族、さらには平均的な人間の容姿をした男女のカップルも仲睦まじく連れ歩く。長ひげの濃い見た目なのに、身長の低い男性だっていた。

 髪の色も赤や茶色、金髪は勿論のこと、緑や紫、水色の髪と色々な色彩が目につく。

 

 しかし、黒髪の人間はまったく見当たらない。ただでさえ黒髪の人口は少なく、たとえ黒髪に生まれたとしても大半の人間が染色する。

 不吉の象徴なのだから、望んで黒髪でいたいものも少ないから、こんな場所で三珠がフードを外したものなら、一斉に注目されかねない。


 要注意である。レンガ造りの並ぶ路地を歩き、フェレスが立ち止まった。


 逐一、レンガ造りの建物の看板を確認していたフェレスだが、ようやく目的の場所に到着したのだ。衣服の看板がぶら下がった店だった。険者用の服が並ぶ店内にはガラスなどはなく、まるで直売店のような開けっ放しの店内だった。

 店の壁に魔法陣が刻まれ、閉店時間が過ぎると魔術的なシャッターが下りる仕組みである。布で仕切られた試着室はあるが、大通りからは丸見えだ。そこで着替えるというのだから、三珠も気恥ずかしさがあるだろうが、彼女に露出癖でもなければ、今の裸布よりはましであるはずである。


「ここが服屋だ。金はどれくらいかかりそうだ?」

「そう言われても、選んでみないことには……それに、使い方は分からないし」

「そうか、金の使い方も教えてやらないといけないのか?」

「ごめん。手間のかかる子で」

「ほんとだよ、出来の悪い子供を預かった気分だ」


 皮肉ったことを言いつつも、フェレスは小袋から金を出す。小言親父のようかもしれないが、実際に面倒なので仕方ない。

 ともあれ、記憶喪失設定の少女に無理は言えないから、ここはフェレスが折れておく。

 

 フェレスは三珠の手のひらに五枚のメダルを乗せた。それぞれ無色と銅、銀、金、白金と色分けされている。不純物が混じった魔素結晶をメダル型に彫り、変性系の魔術を行使すると、結晶石に満ちた魔素が魔術の触媒となって、その形を金貨のメダルに変化させるのだ。

 五色の結晶メダルを指さし、フェレスが解説した。


「無色の結晶メダルを基本の一クリュスだ。そこから銅結晶が十、銀結晶が百、金結晶が千、白金水晶が一万クリュスになる」

「うんうん。なんとなくわかった」


 三珠は素直に頷き、フェレスの説明を聞き入れる。まるで娘とか、妹の教育をしているようだ。思わず、フェレスの枯れた心が癒されそうになる。これが家族愛というやつだろうか、まったくばかばかしい。忘れかけていた感情が甦りそうになり、けれどフェレスは否定する。

 長年独り身だったフェレスだから、金に余裕がないことはないが、余計な出費がかさんでしまう。連れが増えるのは、これだから嫌なのだ。まるで家族の面倒を見る世帯主になったような気分だった。

 もしフェレスに娘や妹がいれば、毎日、こんな気持ちに悩まされていたのだろうか。他人の生活費まで考えないといけないとは、息の詰まるような思いだ。

 

「流石に一万クリュスはいらないだろうから、とりあえず五千クリュス渡しとく」

「あっ、ありがとう」

「魔導書は持っといてやるから、ゆっくり見てこい」

「うん。じゃあ、お願い」


 厚い魔導書をフェレスに手渡すと、三珠は五枚の金結晶のメダルを受け取る。

 そして、彼女はスキップを刻みながら服屋に入店した。



   ◇



 少女は服屋の商品を散策することにした。ざっと見ただけでも、服の種類はそれなりにある。

 長袖長スカートのローブ。女性用の革ジャケット。へそ出しのタンクトップや、生地の丈夫そうな短パンもあり、全体的に露出の多い服が主流な気がする。


 できれば、清楚な感じの服がいい。


 子供っぽいと思われるかもしれないが、大胆な服装を自慢げにできるほど、三珠はスタイルに自信があるわけではないのだ。

 

「あっ、これ可愛い」


 ふと、三珠の目に止まったのは、淡い色取りのケープだった。

 セットのスカートはスパッツにフリルを付けたようなデザインで、お値段はセット価格一三八〇クリュス。 結構、お手軽価格ではないだろうかーーこれにしよう。

着せ替えもほしいから、色違いで三着はほしい。

 

 ついでに下着も見ておく。


 日本のランジェリーショップにあるような下着と違い、布擦れを防止するために、柔らかい生地の下着が多かった。上下合わせて五四〇クリュス、これも着替え用がいるだろう。

 

 まだまだ買い物は終わらない。

 

 黒髪は不吉の象徴で、人の目を引くというから、それを隠す帽子が必要だ。肩までの髪を隠すには、大きめの帽子がいい。三珠はふんわりとした白く大きな帽子を見つけ、うんうん、と頷く。


 なんか楽しくなってきた。


 日本の商店街でウィンドウショッピングをするのは、こんな感覚だったような気がする。三珠は気に入った商品を手に取り、試着室に直行した。

 試着室の中はあまり日本と大差なく、試着用の服をひっかけるハンガーがあり、正面の鏡が三珠の姿を映している。


「ん~、どんな感じかな?」


 するりと、三珠の肌を滑った布が床に落ちた。ぼろ布の方は後で店員に引き取ってもらおう。片腕で胸元を隠し、三珠は鏡に映った自分の裸を見た。

 たわわと歪んだ胸がつぶれる。カーテン一枚の試着室は、風通しが良くて災難だ。見られていないはずなのに、妙な焦燥感がこみ上げる。


「フェレスさんを待たせているし、早いとこ着替えちゃおう」


 三珠はハンガーにかけた下着をとり、それを着用していく。

 まるでスポーツブラのようなウィット感だった。ブラのサイズ表記は日本とあまり変わらないようだったから、ちゃんとCカップの大きさを選ぶ。

 

 なんだか、いい感じではなかろうか。


 三珠は鏡に向け、下着姿でポーズをとってみる。うん、色気が足りない。ちょっと恥ずかしくなってしまう。とほほ、とくたびれ、三珠はケープ一式を着用した。

 シャツが短めで、結局はへそ出しの服になってしまうが、その程度は我慢しようと決める。暑苦しい見た目にしては、生地の通気性がよいのか、割と快適である。

 スカートの裾を払い、後ろ髪を上げて白い帽子を深く被り、三珠は試着室から顔を出す。


「あのう、これ全部くださーい!」


 店内に三珠の声が響く。すると、すぐさま店員の女性がやってきた。犬のような耳をひょこひょこさせ、もこもこな尻尾を振る女性である。

  

 うっ、と衝動を押し殺す。


 動物好きの三珠には、動物の耳と尻尾の破壊力は絶大だ。速攻で飛び掛かり、撫でまわしたい感覚にとらわれる。ためだだめだ、三珠は首を振り、店員の女性に値段を聞く。


「そうですね、合計で七八四〇クリュスになります」

「えっ? 七八四〇クリュス……?」

「はい、よくお似合いですよ。お客様が試着したのですから、まさか、足りないとは言いませんよね?」


 店員の営業スマイルは、もはや脅迫の領域だった。ぴこぴこと動く耳と尻尾も、今は可愛らしいというよりは恐ろしい。強制販売とはこのことだ。

 

 どうしよう。完全な予算オーバーである。


 調子に乗って買いすぎたかもしれない。けれど、洗い替えを考えたら、どうしても三着はほしかったのだ。三珠は涙目になりつつ、店の外で待つフェレスに助けを求めた。

 すると、鋭い嗅覚で察した女性店員は、問答無用でフェレスに押し迫る。彼女のさわやかな笑顔に、恐喝と暴力の意志を刻んで。


「あのう、お連れ様のお代の件ですが……」

「ああ、それなら渡しておいたはずだ。問題は――」

「はい、七八四〇クリュスになります」

「えっ? ちょ、ちょっとまってくれ。そんなにするのか?」

「はい。女性の衣服選びを舐めない方がよろしいですよ?」


 ふふふ、と高圧的に笑い、店員は勘定をせびる。もうにげることはできないだろう。フェレスは店員に気圧されるまま、白金結晶のメダルを一枚渡す。


「お会計、ありがとうございまーす。お釣りの二一六〇クリュスになります」


 白金結晶のメダルを受け取った女性店員は、うきうきした様子でフェレスにおつりを渡し、彼の手のひらには、金結晶2枚と銀水晶1枚、銅結晶6枚だけが残された。

 おつりを強く握りしめ、フェレスは空を仰ぎ見ている。


 快晴だ。財布の減りも快調だ。


 そう呟くように、フェレスは今にも泣き出しそうな顔だった。

 三珠は慌てて彼に駆け寄り―― 


「すいません。本当にすいません」


 三珠は着替え用の服が入ったビニール袋を肘で支え、拝み倒すように両手をすり合わせる。

 文句を言いたげに、フェレスは三珠を睨みつけていた。

 悪いことをしてしまったような気がする。

 他人の財布なのだから、あまり無駄遣いするのはよくなかったと、三珠は反省するが、「まあいいか」とフェレスは許してくれたようである。

 

「とりあえず、魔導書はこれに入れておいたぞ?」


 フェレスはリュックに押し込んだ魔導書を取り出し、三珠に渡してくれた。服選びに時間がかかりそうだったから、彼が別の店で調達しておいてくれたのだろう。

 一見、皮肉屋めいた偏屈親父のような性格をしたフェレスだが、優しい人なのだとは思った。三珠は魔導書の入ったリュックを背負い、お世話かけます、と笑ってみせる。

 

 そこに何を感じたのか、フェレスはだらけるように頭を掻き、三珠から目を背けた。


「まあいい、次は俺の用事に付き合ってもらうぞ」


 そう言って、フェレスは次の目的地に向かい始める。彼に置いて行かれてしまっては、三珠はオロスの地理がわからなくなってしまう。三珠は彼の背中を追い――


「あっ! フェレスさん、待って!」


 まるで親に付きまとう子供のように、フェレスに連れ添うのだった。 

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