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嘘つきは魔女のはじまり  作者: せりざわ。
羊は凶暴ではありません
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「神原さんは羊になっても可愛い」とハレは思う

『ハロー、白薔薇およびナス高の皆さまお元気ですかぁ? 放送室の妖精ハロ美です。きょうもお昼の放送〈満腹タイム〉はっじまるよー。まずはきょうの英会話いってみよー』


 各教室に設置されたモニターから昼の放送が流れる中。ハレは人気のない家庭科室で焼きそばパンを咥えていた。ハレを誘った撫子はとなりで姿勢正しく卵焼きを頬張っている。


「雪姫さん、ずいぶん神原さんのこと気にしていたけど知り合いなの?」

「知らないわ。あんな子」


 ばっさりと切り捨てられる。取りつく島もない。


「……幼なじみなのよ。幼稚園からの付き合いで、小中もずっと一緒だったわ」


 苦しそうな表情。ふたりの間になにがあったのか気になるが、とても聞けそうにない。


『というわけで、オラーって吼えるように叫ぶとwaterって聴こえやすいみたい。ぜひ試してみてね。さて次は薔薇姫戦線速報です。本日は雪姫こと天野白雪さまにおいでいただきました。薔薇姫戦線に際しての意気込みなどをたっぷり伺おうと思います』


 放送の音量が大きくなる。モニターには白雪のとろけそうな笑顔が映し出された。


(そうか。支持を集めるための演説とかするもんな。そこは魔女でも同じなんだ)


 ハレは食い入るように画面を見つめた。


『ごきげんよう、雪姫ですわ。きょうは皆さまに大事なお話があります。純真無垢なわたくしたち羊の群れの中に、一匹だけ狼がいるのですわ。これは恐ろしいことです。名は明かしませんが、数えれば分かることです。わたくしの目を見てください』


 がたん。突然撫子が立ち上がった。


「雨宮くん、目を閉じて耳をふさいでッ」


 ハレは撫子に抱きしめられ、そのまま胸の中に顔を押しつけられた。頭を抱くようにして撫子が腕を交差させたので、ハレは身動きがとれない。


(うわ、うわわ、うわわわ)


 撫子の胸の中はあたたかくてやわらかくて大きい。軽くEカップはありそうだ。


『それでは数えましょう。羊がいっぴき、羊がにーひき、羊がさんびきー』


 ぼふん。ぼふん。ぼふん。

 廊下から妙な爆発音が響いてきた。撫子の胸に顔をうずめているハレはなにが起きているのか分からなかったが、撫子はハレを抱いたままフォークを投げた。モニターに突き刺さり、画面は粉々に砕けて暗転する。そこでやっとハレを解放した。


「ぶは、うは、死ぬかと思った」


 とはいえまんざらでもなかったハレだったが、扉の隙間から廊下を窺う撫子の手には例のフォークが握られている。しばらくは羊を数える白雪の声が廊下に響き渡っていたが、声が聞こえなくなると、校内はおそろしいほどの静寂に包まれた。


「魔法よ。雪姫は全校生徒が目を向ける放送を利用して『魅了の眼差し(チャーム・アイ)』という魔法を使ったの。おそらく、もうすぐここに」


 とんとん、家庭科室の扉が叩かれた。ハレはとっさに扉を押さえて警戒する。


「おーい、アッパレ。おれたち週番だろ、次の授業の教材取りに行かないとドヤされる」


 耳慣れた声に、ハレは肩の力が抜けた。


「なんだ、青木戸か。ちょっと待ってくれ」


 扉から離れようとした背中に撫子が寄り添う。ダメ、と云わんばかりに首を振られた。


「平気だよ、青木戸だし。声の感じも普通だし」


 撫子は険しい顔で首を振る。扉の向こうでなおも扉が叩かれる。


「早くしろよ。さもないと、おまえの恥ずかしい写真ばら撒くぞ」


 扉の下の隙間からちらりと写真の端が垣間見えた。映っていた人物が自分ひとりではないことに気づき、ハレはパニックになった。


「おまえ、それ真実さんとのツーショット――」


 無我夢中でしゃがみこんだ瞬間、強引に扉が開けられた。扉の向こうには、青木戸をはじめとして、廊下を埋め尽くさんばかりに生徒や教師たちがひしめきあっている。撫子を視界に入れた青木戸はゆっくりと口角を上げた。


「見つけたぜ、狼め」


 青木戸の目がギラリと光った。髪が伸び、不自然に肩が膨らむ。発泡剤でも浴びせられたかのように全身が白い毛に覆われていく。やがて現れたのは毛むくじゃらの羊だった。


『わたくしの可愛い羊たち。狼を見つけたらただちに胸のリボンを奪いなさい』


 メェーと雄たけびを上げて羊たちが家庭科室になだれこんできた。撫子の周りを取り囲み、一匹二匹と飛びかかっていく。撫子はフォークで懸命に応戦するが数が多すぎる。

 ハレが駆けつけようにも視界のほとんどは羊たち。羊毛に霞んで撫子の姿を見失う。そうこうしている間にも次々と羊たちが押し入ってきて満員電車のようだ。


「神原さん、神原さーんッ」


 ハレは叫びながら群れの中を必死にかき分けていく。飛び交う羊毛と獣臭さに吐き気がしたが、青木戸を入れてしまったのは自分の責任だ。


(おれは神原さんの騎士だ。おれが助けないと)


 しかしどうすればいいのか。この羊の群れの中では、撫子の黒さはあまりにも目立つ。


(目立つ? そうか、目立たなければいいのか)


 一か八か。上手くいくか分からない。しかしやってみる価値はある。ハレはポケットから傘を取り出した。

「神原さん、おれの声が聞こえていたら答えてくれ、頼むッ」


 先ほどの位置からそう遠くないところで、フォークの切っ先が輝いた。撫子はあそこいる。ハレは羊たちに押されながらそちらに向かった。そして叫んだ。


「よく聞け羊ども。神原さんのバストは、こう見えてBカップだぁあああーーーー」

『メェエエエエエーー』


 羊たちが驚いたように叫ぶ。と同時に傘が輝き、魔法が放たれた。他でもない、撫子に向けて。

 魔法を発したハレは羊の一匹に突き飛ばされ、そのまま床に尻を打ちつけた。ジンジンする。そこへ、一匹の羊が近づいてきた。


「大丈夫? 雨宮くん」


 撫子の声だ。顔を上げたハレは、魔法にかかった撫子の姿に頬を赤くした。

 ハレが撫子にかけた魔法。それは、羊化する魔法だ。撫子のうつくしい黒髪と細身の体は真っ白な毛に覆われ、冷ややかな眼差しと胸元の赤いリボンを除けば羊そのものだ。


(……神原さん、可愛い)


 狼を探していた羊の群れは目標を失って右往左往している。その隙をついてハレと撫子は家庭科室を脱出した。


「神原さん、ごめん。おれのせいで」

「謝るのは後よ。反転攻勢に出るわ。白雪が直接リボンを狙ってくるのなら、こちらもそのつもりで行く。いいわね?」


 羊の姿でも撫子の言葉は力強い。ハレはしっかりと頷いた。

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