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嘘つきは魔女のはじまり  作者: せりざわ。
羊は凶暴ではありません
7/13

「気をつけて」と魔女は忠告する

『私の〈騎士〉になり、私を守りなさい』


 カーテンの向こうで太陽が輝いている。目覚まし時計でもアラームでもなく、撫子の声でハレは目を覚ました。引きこもり生活が長かったハレにとっては、ふつうの学生が登校する時間に合わせて起きるほうが異常。気を抜けばすぐにでも夢に呑まれそうだ。半年で定着した生活習慣はすぐには抜けない。

 しかし視界に入った制服がハレの意識を覚醒させた。真っ赤なリボン。そこに昨日、撫子が触れたのだ。騎士になれと命じながら。


「騎士、か」


 悪くない響きだ。むしろ、カッコいい。

 ハレは安住の場である蓑虫蒲団をそっと抜け出した。


「ハレ。お迎えが来たわよ」


 突然の姉の声に、ハレはまさかと耳を疑った。

 もしかして撫子が迎えに来てくれたのだろうか。同伴登校なんて。そんな。


「おはようございます」


 期待とともに朝食をかきこんで飛び出したハレを、砂糖菓子のようなやわらかい声で迎えたのは白雪だった。


「同じ通学路です。一緒に参りましょう。ね?」


 小首をかしげながら誘われては、断ることなどできない。白雪はひとりだった。並んで歩きだしても、親衛隊が現れる気配はない。


「ご安心ください。人払いしてあります。わたくしとふたりきりですよ」


 平安時代のお姫様のようなことを云って、白雪は心なしか距離を縮めてくる。手の甲と手の甲が触れ合って、ハレは思わず固まってしまった。


「す、すいません」

「いいえ、こちらこそ」


 気まずい空気が流れる。


「きょう、迎えに来てくれたのは、あれ、ですか。集票活動の一環」


 ハレは有権者だ。薔薇姫を目指す白雪にとっては一票でも多い方がいい。隙をついて奪う気かもしれず、ハレは警戒心を解けないでいた。


「いいえ。わたくしは、薔薇姫になるつもりはありません」

「えっ、せっかく候補に選ばれたのに?」


 ハレが問いかけるも、白雪は悲しげにうつむいてしまう。


「それは薔薇姫さまのご推薦であって、わたくしの意思ではありません。ですからお願いしたいのです。どうか、黒姫にだけはリボンを渡さないでください」

「……なぜ?」


 白雪の歩みが止まった。ハレも歩みを止めて白雪を覗きこむ。

 うつむいていた白雪は、意を決したように顔を上げた。


「薔薇姫に選ばれた者は、褒賞として願いを叶えてもらえるのです。わたくしには想像もつきませんが、黒姫はきっと恐ろしいことを考えています」

「恐ろしい、こと?」

「はい、とても恐ろしいことです。黒姫は飢えた狼なのです」


 つま先を伸ばして白雪がハレの目を覗き込む。おおきな瞳だ。吸い込まれそうになる。


(……あれ)


 一瞬、くらりと視界が歪む。足の踏ん張りが効かなくなってよろけそうになったところで、だれかに腕を支えられた。撫子だ。


「雪姫さま。私の騎士になんの用でしょうか?」


 白雪は口元を押さえて微笑む。いつの間にか親衛隊たちが後ろに控えていた。


「リボン投票のお願いをしていただけですわ。彼は有権者ですから」

「魔法をかけて、ですか?」

「誤解です。そんなに大事なら片時も離れず傍にいればよろしいのに」


 にらみあう両者。そのふたりに挟まれるハレ。一触即発の緊迫した空気が流れた。先に頬をゆるめたのは白雪のほうだった。


「やめましょう。ここで議論しても仕方のないこと。すぐに分かりますわ、黒姫」


 一団とともに立ち去る白雪。その姿が消えるまで撫子は険しい表情を浮かべていた。


「雨宮くん気をつけて。雪姫はああ見えて、羊の毛皮をかぶった狼なのよ」


 羊の毛皮をかぶった狼。その意味を、ハレは思い知ることになる。

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