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嘘つきは魔女のはじまり  作者: せりざわ。
明るく楽しい学校生活
4/13

「オオカミ少年」と雪姫は名づける

「なんだここは……」


 高校入試以来、久々に目にした校門の前でハレは口を開けていた。

 白磁の立派な門柱には『私立白薔薇女学院+ナス丘高等学校』の文字。いつの間に改築されたのか、高さ五メートルはあろうかという門柱には薔薇の蔦がうつくしく絡み、朝露に濡れて薔薇が咲き誇っている。正門まで続く通路には白い石畳が並び、薔薇のアーチが日差しを遮っている。


 〈魔女支配下における手引き〉にはこうある。

『その二、町内に既存するナス丘高校は白薔薇女学院と合併し、魔女と人間とのより良き交流の場となる。ただし番犬に注意』


「おー、アッパレじゃないか。久しぶり」


 手引きを読みこんでいたハレは手荒く背中を叩かれて校門に激突しそうになったが、怒りよりも先に、懐かしい声に涙が出そうになった。


「おまえ、生きてたのか」


 振り返った先でへらへらと笑うのは中学からの悪友である青木戸あおきど りょうだ。しまりのない顔も、異国のようなこの場所では仏に見える。


「それはこっちの台詞だ。南米のボリビアに世にも珍しいアゲアゲ蝶を探しに行って、パピプペポ病に感染して休んでいたんだよな。パ行が喋れない難病はもう治ったのか?」


 ハレが云った引きこもり理由をそのまま口にして笑う青木戸が、どこまで信じているのかは分からない。しかしいまのハレにとってはどうでも良いことだった。


「あぁ、だいぶ良くなったよ。まだポがうまく云えないことがあるけど」

「問題ないさ。ポリウレタン、ポリカーボネイト、ポリエチレンなんて学校ではそうそう云わないから。ポリ袋とポケットとポテトって云うときに気をつけばいい」


 いつものようにけらけらと笑う青木戸の顔がこんなにも眩しいと思ったことはない。ハレは藁にもすがる思いで青木戸に迫り、目の前の現実について問いただした。


「おれが休んでいる間にナス丘が魔女に乗っ取られたって聞いたんだけど。まだ信じられなくて。なんていうか、平和的で友好的な侵略……じゃなくて協定締結みたいなやつ?」


 手引きには魔女に支配されたとの結果だけが書かれていて、そこに至る経緯には一切触れていないのだ。常識的に考えて、魔女がごくふつうの町を急襲するとは考えにくい。

 しかし青木戸の答えはあっさりしたものだった。


「あはは、まさか。五月のある日、町の重要施設に一斉攻撃を仕掛けられて一時間ももたずに町長が白旗を挙げたのさ」


 想像以上に大ごとだったらしく、ハレはうろたえた。


「政府は黙っていたのか? 知事は? 自衛隊は?」

「莫迦だなぁ。勝ち目のない争いに税金つぎ込んでどうするんだよ」


 青木戸はあっけらかんとしている。裏を返せば魔女の力が圧倒的だったということだ。


「ま、魔女たちも人間に危害は加えないと約束してくれたし、いまのところうまく共存していると思う。彼女たちの目的は、自分たちが通う学校が手狭になったからナス高を分校として押さえることだったらしいんだ。町全土を掌握したのはあくまでもついで」


 なんてはた迷惑なんだ、と呆れるハレだが青木戸はなお饒舌になる。


「魔女生徒が増えたことでクラス編成が若干変わったけど、レベルの高い教師のお陰でおれたち在校生の成績はうなぎのぼり。それだけじゃない。見目麗しい美女たちとお近づきになる機会がだんぜん増えたんだ。毎日話題にも事欠かないし、おれが所属する新聞部としては大歓迎だ。おまえにもすぐ分かる。さぁ行くぞ、魔女の楽園へ」


 勇んで歩き出す青木戸。その後ろ姿についていこうとしたハレの顔に、べとり、となにかが落ちてきた。雨にしては粘着質だな、と顔を上げると――。


「あお、あおあおあおあおあおーッッッッ」


 死にそうな悲鳴を上げるハレ。先を行く青木戸が何事かと振り返った。


「うん? あぁ、こいつか。番犬のベルだよ。手引き読んだだろ」


 ハレの目の前には、空を埋め尽くさんばかりの巨大な犬の顔が迫っていた。人間ひとりくらい簡単に噛み砕けそうな長い舌と強靭な顎をむき出しにして、湯水のように涎を垂れ流しつづけている。しきりに鼻を動かしてにおいを嗅いでいるようだ。


「ベルは生徒と教師のにおいを全部覚えている。だから知らないにおいを感じ取って反応してるんだろう。大丈夫、ただのフレンチブルドッグだよ。ほんの少しでかいだけだ。高さと横幅は電車一車輌分といい勝負だけど、走らせたらこっちの方が速いんだぞ」

「ばぅっ」


 ベルが目を輝かせて飛びついてくる。ハレは悲鳴を上げながら鎖が届かない場所までなんとか逃げたが、ベルは獲物を狙うようにぎりぎりのところまで近づいてきている。


「ベルはメスだ。好みの男を襲うのが趣味らしい。覚悟しておけ」

「笑顔で云うんじゃねぇよッッ」


 腹の底から絶叫するハレの後ろに、ある集団が迫っていた。


「いつまで校門をふさぐ気です? 雪姫ゆきひめさまのお通りですよ」


 丁寧だが厳しい女性の声に振り返ると、二十人ほどの女生徒の集団が控えていた。立ち往生するハレに険しい視線を向けている。すかさず青木戸がヘルプに現れた。


「これは雪姫さまと親衛隊の皆さま。失礼いたしました、すぐに視界から消えます」


 親衛隊、と呼ばれた集団はそれぞれ白いリストバンドやヘアピン、リボンなどで自分を飾っていた。白が彼女たちのチームカラーのようだ。


「ほら行くぞアッパレ。彼女たちに逆らったら命はないと思え」


 青木戸に腕を引かれてハレは敷地内に引きずり込まれる。途端にベルが瞳を輝かせた。

 いまにも飛びかかろうとするベルの鼻先を、集団から現れたひとりの少女が制す。


「ベル。お座り、ですわ」


 ミルクティーのような甘い声にも関わらず、あれほど興奮していたベルはおとなしく尻をつく。淡雪を思わせる白いブレザーにフリル付きのスカートという姿で、他の生徒たちとは雰囲気が違う。少女はゆっくりと振り返ってハレを見つめた。


「ベルを許してくださいませね。少しおてんばなのです」


 近づいてきても靴音がしない。天使の翼でもあるような軽やかさだ。


「初めまして。わたくしは天野あまの 白雪しらゆき。学内では雪姫と呼ばれております。失礼ですが、見慣れないお顔ですね」


 ハレは姿勢を正して軽く咳をした。


「おれ、雨宮晴彦といいます。ゴホ、病気療養のため学校を休んでいたので、ゴホ」


 嘘まじりの挨拶を受け、白雪は哀れみの表情を浮かべる。


「それは大変でしたわね。では雨宮さん、お近づきのしるしに称号を授けましょう」

「称号?」


 答えを求めるように青木戸を見ると、すかさず耳打ちしてくれた。


「この方が雪姫と呼ばれるように、魔女たちの中での呼び名だよ。姫直々に称号を与えられるなんて滅多にないんだからな、光栄に思え」


 白雪は彼方の方向を見て首をかしげていたが、しばらくして手を叩いた。


「決めました。あなたの称号はオオカミ少年です。お似合いでしょう?」


 オオカミ少年。嘘をつき続けて最後はオオカミに食べられた少年の通称。

 端的に云えば――嘘つき。

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