彼女はずっと魔女だった。
四月五日。天気は晴れ。私立ナス丘高等学校入学式と掲げられた鈍色の校門をくぐりぬけたハレは、青木戸に背中を叩かれた。
「おす、アッパレ。きょうから高校デビューだな。可愛い子いるといいよなー」
曖昧に頷くも、表情は冴えない。
(姉ちゃんもずいぶん粋な日に戻したよな。おれの不登校、丸々なかったことになる)
すべては嘘になった。
しかしハレは朝起きたときに確信した。なかったはずの半年のことをたしかに覚えている。もし記憶を留めた者が知ったら、虹子による大がかりな弟バカと云われそうだ。
だけどそのお陰で、撫子を探しに行けるのだ。撫子はハレのことを覚えていないかもしれないが、構わない。ちゃんと伝えるのだ。嘘偽りのない気持ちを。
ハレは砂利を踏みしめ、クラス発表の掲示板の前に立った。
「えーと、おれはA組の……」
記載された文字を追うハレの後ろに人影が立つ。長い黒髪が風に揺れた。
「――――嘘、だろ」
思わず呟いたハレの顔には戸惑いとともに、なんとも云えぬ笑みが浮かんだ。
たしかに、人間の真実が白薔薇女学院に入学できたように、魔女が一般校に通うこともできるはずだ。だから彼女はハレの名を最初から知っていたのだ。同じクラスだから。
一年A組に記載された雨宮晴彦の名。そのとなりには。
「雨宮くんの顔写真は青木戸くんがくれたのよ。魔女に襲撃されるまでの一ヶ月間、となりの席が空いたままで淋しい思いをしていた私のために、机に貼っておいてくれたの」
もしかして淋しかった時間を埋め合わせするためだけに時を戻したのだろうか。
振り返ったハレはナス高の制服に身を包み、ポニーテールの髪に赤いリボンを結んだ撫子と目が合った。そうかと思えば、撫子はズンズンと突き進んでハレを抱きすくめる。
「オオカミ少年は最後本物のオオカミに食べられてしまうのよ。雨宮くん。私に痛めつけられたいんでしょう?」
首筋にやわらかな衝撃があった。ハレは真っ赤になって体をそらす。
「ちが……あれは、嘘で。ちょっと、神原さんッ」
このままではナス高でも『オオカミ男』という不本意な称号を与えられかねない。あわてたハレは腰を抜かしてそのまま尻もちをつく。撫子は体を起こして唇を舐めた。
「嘘よ。時間はたっぷりあるんだもの」
いたずらが成功した撫子は手を叩いて笑う。ハレはその姿を恨めしげに見上げた。
(……やっぱり神原さんは魔女だ)
ハレもこらえきれずに笑い声をあげた。たぶん彼女はずっと魔女だった。
人をからかってこんなにも楽しそうに笑う、ごくふつうの、だけどほんの少し意地悪で嘘つきな魔女だ。




