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嘘つきは魔女のはじまり  作者: 芹澤
薔薇姫戦線決着
12/13

「すぐに会えるから、待っていて」

 体育館の中は異様な熱気に包まれていた。観戦を希望する生徒が殺到したため、出入口では魔法を用いた小競り合いが起きている。怒号とともに炎の球が飛び交い、氷の槍が入り乱れる様は魔法戦争の勃発を思わせた。あわてた風紀委員が仲裁に入っている。

 体育館の中央で相手を待つ撫子は、目を細めて生徒ひとりひとりの顔を確認していた。


(どうして来ないの、雨宮くん。お昼も、休憩時間も姿が見えなかった)


 傍らに突き立てたフォークを握る手が震える。


(……必ず来るって云ったのに。嘘をついたの、雨宮くん)


「青姫さまだッ」


 だれかの叫び声とともに、館内が静まり返る。出入口でひしめきあっていた生徒たちは道を開け、青姫を迎え入れる。ゆっくりと視線を向けた撫子はハッと息を呑んだ。


「少し遅れちゃった。ごめんなさーい」


 中央まで進み出た真実は、髪に結んだ紅姫のリボンをいじった。彼女の後ろにはハレが付き従っている。撫子と目が合うと、苦しそうに視線を背けた。


「神原さん、ごめん、おれ」


 ハレが呟こうとした言葉を、真実は笑顔で遮る。


「雨宮くんはね、私の〈騎士〉なの。最初から。紅姫のリボンを盗んだり、神原さんの言動を収集してスマホで教えてくれたりと、とーっても役に立ってくれたの」


 見せつけるようにハレの腕を組む。留守電によって真実に操られたハレは、気絶した紅姫のリボンを盗み、撫子の言動を真実に連絡していた。それらは意識外のことで、ハレ自身に記憶はないが、鞄に入っていたリボンやスマホの履歴が動かぬ証拠になった。


「……そうなの。敵だったのね、雨宮くんは」


 撫子が呟いた。瞳の色は昏く、感情は読み取れない。ハレは絶望的な気持ちだ。


「じゃ、話が落ち着いたところで、はじめましょうよ」


 一歩踏み出した真実がポケットをあさり、ナイフを天井へ放り投げた。次の瞬間、ズォッとにぶい音を立てて巨大なナイフが床に突き刺さる。にぶく輝く刀身は、血を求めるように撫子の顔を映し出していた。撫子は体を低くして臨戦態勢をとる。


「レイヴァテインの剣・レプリカね。私のグングニルの槍と同じように三種の魔具に含まれる一刀。あなたも持っていたとは」

「自分だけが特別だと思ってたの? 莫迦じゃない?」


 冷たく放たれた言葉はハレを震撼させた。中学時代の真実は気まぐれでひねくれていた部分もあったが、温厚で笑顔を絶やさない少女だった。同じ人物がここまで変わるとは。


「それじゃあ――いくよ」


 真実の顔が悪意にゆがむ。と同時に跳躍して一気に間合いを詰めた。

 撫子はフォークで応戦する。鳴き声を上げるようにフォークとナイフがうなった。摩擦で空気がたわみ、耳鳴りがした。ハレは思わず耳をふさぐ。

 力は互角と見るや、真実は跳躍して後退した。


「さすが黒姫。簡単に勝てるとは思ってなかった。だからこそ弱点を連れてきたのよ」


 一瞬ハレに視線を送った真実は、次の瞬間ハレの頭上に跳躍してナイフを振り上げた。


(だめだ、避けられないッ)


 ぎゅっと目をつぶるハレ。耳元で金属音が鳴り響く。薄く目を開いたハレはナイフを受け止める撫子の黒髪を目にした。


「か、神原さ」


 声は届かず、真実の力がわずかに勝り、フォークが転がり落ちた。


「もーらった」


 笑いながら、真実はナイフを一閃した。撫子の胸元から、するり、と裂けたリボンが床に落ちる。撫子はあわてて手を伸ばすも、その前でリボンにナイフが突き立てられた。


「はい。おしまいー、あなたの負けよ。黒姫サン」


 真実は高らかに笑うと、周りを見渡して叫んだ。


「薔薇姫、出てきなさい。戦線は終わった。私の勝ちよ。私の願いを聞きなさい」


 静まり返る館内。沈黙を破るように靴音を立ててひとりの女性がステージに現れた。


「ね、姉ちゃん……」


 ハレたちの前に佇むのはたしかに姉の虹子だ。虹子は申し訳なさそうに目尻を下げる。

「内緒にしていてごめんなさいね、ハレ。私は白薔薇女学院のOGで、現薔薇姫なの。そして、理事長も勤めているのよ」


 薔薇姫? 理事長? ハレの頭はパンクしそうだ。


「青姫、間宮真実。あなたの願いを聞きましょう」


 静かな問いかけに、真実は姿勢を正して咳払いをする。


「私、知ってるんです。時期がきたら、ナス丘の地を解放するんですよね。地域振興の一環として町議会と協定を結んだだけで、支配する気なんてなかった」


 ハレは驚くべき事実を知った。魔女による支配は過疎が進むナス丘町の地域振興策の一環だったのだ。魔女に支配された町として知名度をアップさせ、人や企業を呼び込む。この半年テレビニュースを見なかったハレを除いて、全町民が承知していたのだろう。


「テレビ番組で奇術師のように軽く見られる魔女の姿を見て、悔しかった。魔女の力はこんなものじゃない。だから思ったの。見せつけてやりたいって。魔女の力があればこの地を永遠に支配するのは簡単。それだけじゃなく、もっともっと魔女の土地を広げられる」


 ハレは体の震えを抑えられなかった。真実の云っていることは魔女による侵略戦争に他ならない。しかし真実の言葉にはさらに熱がこもる。


「魔女は強い。強いものは絶対。魔女こそが世界を支配すべきなんですッ」


 力強く放たれた言葉。しかしその場のだれも拍手しない。人間に害をなすことは魔女たちの本意ではないのだ。静寂に包まれた館内で、ハレが口を開いた。


「……真実さんの云うことは、間違っていないと思う」


 満足そうに微笑む真実と目を細くする撫子とを交互に見つめながら、ハレはポケットの中でぎゅっと傘を握りしめた。


「人間は弱いし、おれなんか嘘で自分を守らないとまともに生きられない。――でも」


 ハレの脳裏に、決戦を前に指先を震わせていた撫子の姿が浮かんだ。無理して笑う痛々しい笑顔が浮かんだ。撫子は自分の弱さを知っているのだ。

 心配そうにハレを見つめていた虹子は、ふっと口元をゆるめた。


「でも、真実さんには、人間たちを支配する資格はないッ」

「はぁ? 強さがすべてよ。私は薔薇姫なんだから、人間を蹂躙する権利がある」


 呆れたように真実がナイフを引き抜く。その瞬間を狙っていた。


「いいや。みんな同じ意見のはずだ。だって、貧乳の真実さんより、巨乳の神原さんに痛めつけられたいに決まっているだろぉおおおーーーー」


 ドMな自分を声の限りに叫び、傘を掲げた。魔法が発動する。

 カッとまばゆい光が放たれ、館内を真っ白に包み込む。だれもが眩しさに目を背けて動けない中、するり、と音を立ててある女生徒のリボンがほどけた。それをきっかけに、館内に押し掛けた女生徒のリボンが次々とほどかれて宙を舞う。あっという間に体育館の床は数百本というリボンに埋め尽くされた。これではどれが撫子のリボンか分からない。


「……てめぇ、あーまーみーやー」


 自分のリボンを胸元で押さえて死守した真実が、鬼の形相でナイフに手をかける。その瞬間、撫子が懐に飛び込んだ。

 ズンッと深い音ともにフォークは真実の体を貫く。ゆっくりと引き抜いたときには、真実のリボンとおおきな毒キノコが突き刺さっていた。真実はそのまま床に崩れ落ちる。


「勝負ありッ。薔薇姫は黒姫、神原撫子さんです」


 虹子の声を受け、体育館には大歓声が響き渡る。ハレは撫子に駆け寄って手を取った。


「神原さん。おめでとう。それから、ごめん」

「なんのことかしら?」


 素知らぬふりをして笑う撫子に、ハレは救われた思いだった。


「では新たな薔薇姫。願いをどうぞ」


 歩み寄ってくる虹子に向き直った撫子は、迷いのない声で告げた。


「白薔薇女学院がナス丘を占領する前に、時間を戻していただきたいのです」


 この意外な言葉にはハレのみならず動揺の声が広がった。


「魔女と人間は交わるべきではなかったのです。遅かれ早かれ青姫のように力を誇示したくなる者が現れる。やがてそれは戦争へとつながり、魔女も人間も不幸にする」


 悲しいことだけれど、互いの存在を知ってしまったら干渉したくなる。干渉したら、力関係や考え方の違いが生じる。軋轢はやがて、戦争へと発展してしまう。


「私の力で、時を戻すことは可能です。関わったすべての者の記憶とともに。しかしそうしたらあなたは薔薇姫の資格を永遠に失うのですよ?」

「構いません。欲しいものは、自分で手に入れます」


 つないだ手を、撫子はぎゅっと握りしめる。ハレはかすかに震えるその手を握り返すことしかできなかった。

 撫子とハレの顔を交互に見つめていた虹子は、ふたりの決意を感じ取ったらしい。胸元からそっとティースプーンを取り出す。それは一瞬で姿を変え、撫子のフォークと同じように巨大な槌になった。しかしその槌はレプリカである撫子のものとは違い、まとう気配は禍々しく異様な存在感を放っている。


「では、時間を戻しましょう。私のミョルニルの鎚で」


 虹子は大きく槌を振りかぶる。


「せーのぉっ」


 ズーン。床にたたきつけた槌の先から光の粉がこぼれる。二度、三度と槌を打つと、やがて一面が黄金色に輝き、空間そのものを埋め尽くしていった。寄り添った撫子のぬくもりが消えていく。


「神原さん。おれ、云いたいことがあるんだ。おれ、神原さんのこと」


 云いかけた唇を、撫子の人差し指が抑える。目が合う。きれいな瞳だ。


「大丈夫よ、すぐに会えるから。待っていて」


 きっとそれは嘘だ。だけど撫子の目を見ていると、信じてみたくなる。

 光の中に消えていく撫子の笑顔。その顔はいつまでもハレの目蓋の裏に残っていた。

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