「あなたは私の騎士」と真美は笑う
(大丈夫なのかな、神原さん)
朝食を終えたハレは鏡の前でため息をついた。リボンを結んだ自分が凛々しい騎士になることはない。一対一での決闘では役に立てないのだ。
「ハレ。お迎えが来たわよ」
姉の声にハレはまさかと耳を疑った。きょうこそ撫子が。しかし期待は打ち砕かれる。
「えへへ。おはよう、雨宮くん」
前髪の一部が寝癖で反り返っている。白薔薇女学院の制服に身を包んだ真実は、恥ずかしそうに頬を掻いた。中学のときと変わらない笑みを浮かべている。
「……真実さん、白薔薇女学院に進学したんだね」
「そうだよ。魔女になりたくてね。雨宮くんはしばらく休んでたんだってね」
並んで歩き出しても、ハレはあのころの恋心を思い出すことはできなかった。撫子が薔薇姫になれるのかどうか、いま気になるのはそれだけだ。
心ここにあらずのハレ。そんなハレをよそに、真実ははしゃいだ声を上げた。
「あのね。私、魔女の才能あるんだって。だから、薔薇姫になってみようと思って」
「薔薇姫に? だってもう姫候補が出揃っていて……」
ハレは体を強張らせた。真実はポケットからステーキナイフを取り出す。
「有権者のリボンを集めるのも楽しかったけど、もう飽きてきちゃって。姫候補のリボンを直接奪っちゃえば早いって気づいたの。何人かの姫候補は力づくで脱落させたけど、さすがに紅姫や黒姫は手ごわくて。警戒されずに近づける〈騎士〉が欲しかったの」
ぞっとするハレの首に、ナイフの刃が押しつけられる。
「紅姫のリボンを奪ってくれてありがとう。黒姫との決闘につけていくから、返してくれない? あなたは私の〈騎士〉なんだから。あの電話のときからね」
(まさか、真実さんが風紀委員を操って……それだけじゃなく)
ハレが自分の鞄をあさると、ソースがついたアリスのリボンが入っていた。
※ ※ ※ ※ ※
『雨宮晴彦。もうすぐ戦いがはじまります。私を助けに来なさい。――まずはエリアCで紅姫のリボンを奪うのよ。青姫たる私のために』
残されたままの留守電を聞き、虹子は形の良い眉をひそめた。引きこもっていた弟が突然学校に行くと云い出したとき、なにかあると思っていたがやっと原因が分かった。
「……なんてこと。これは人形の声――人を操る魔法じゃないの」




