【14】とまどい
「そう、だったのか……」
アースフィアレストは大きく息を吐いた。
今、この目の前にいる少女はとても信じられない告白をした。
自分は異世界から来た、と。
普通に聞いたら信じられない。嘘をついているだろうと思うが、
アースフィアレストは妙に納得していた。
――少女が、あまりにもおかしかったから。
しゃべり方もそうだが、意味の分からない単語がちらほら出くること。
『天使』だからなんだろうと、今まではそれで済ませていたが、
まさか『異世界人』だったとは。
とは、いえ。
『天使』も『異世界人』もアースフィアレストにしてみれば、
おとぎ話のようなものだ。今さら驚きはない。
ただ、普通に暮らしていて、巻き込まれたことについては心から同情した。
むしろ、よくここまで誰かを責めず、取り乱さずにいたことを健気だと思った。
「マリア様……お辛かったのですね」
ミーシェラが、ぎゅうっと胸元に抱え込むように抱きしめると
「ギブギブギブ」と、真理愛は背中に手をまわして叩いていた。
「そ、そんなワケであの、隠しててすみませんでしたっ」
ペコリと頭を下げる真理愛に、声をかけようとしたその時……
――部屋をノックする音が響いた。
返事をし、扉を開けるとそこには見知った、しかし予想外の人物が立っていた。
「お久しぶりですわ。アースフィアレスト様」
「……ソフィーネ王女……なぜここに?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アースフィアレストの部屋に来客が来たため、
真理愛たちは自分の部屋に戻った。
――コポコポコポ……
ミーシェラがカップに注ぐと、紅茶のいい香りが漂う。
「……ナンデ、ココニ、イルンデスカ?」
真理愛はルームメイトのユノンのベッドに腰かけて、
ニコニコと笑っているステファルノに向かって言った。
ユノンは、ステファルノの隣にもたれるようにぴったりと張り付き、
腕にしがみついている。
「なんで、って。ユノンは僕の護衛だからね、明日の打ち合わせ?」
ユノンはしがみついたステファルノの腕に顔を埋め、
くんかくんかと匂いを嗅いでいる。
(……変な事、してないですよネ?)
「ええ~心外だなぁ。二人っきりでいたわけじゃないよ。ミィミィも一緒だったよ」
そうなのだ。
今、まさにそのミミズクのミィミィが真理愛の頭の上に乗って、
バッサバッサと嬉しそうに羽を揺らしているのだ。
(イタイ、イタイイタイ! 爪立てないでぇ! 禿げるっ禿げるってばぁ!)
「くくく……気に入られちゃったみたいだね」
「もぉー……頭の上は禁止です」
真理愛は、やっと頭の上のミィミィを持ち上げ、目の前に掲げると
ミィミィはぼふんっ!と膨らむような衝撃と共に3歳くらいの幼女に姿を変えた。
「さすが、ザーレッヘ学園長の使い魔だけあって人化できるんだね」
ステファルノが感心したように言い、その言葉に周りの者は呆然とした。
少女特有のぷっくりとした頬っぺた、大きな虹彩は黒くつぶらで、
強膜の部分は薄いクリーム色。
そして何よりも、茶色い髪の毛をそれこそミミズクのように、
ぴょんぴょんと左右二つに結わいている。
「おねーちゃま、おねーちゃま」
ミィミィが真理愛に抱きつき、グリグリと頭をこすりつけた。
「ミィミィにも、お菓子、出すのですー」
「……へ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「じゃーあ、いくよ?」
コクン、とミィミィとユノンが食い入るように、真理愛の手元を見ている。
皿の上には、逆向きにかぶさるように載っている、容器入りのゼリーだ。
その容器の底には、細く小さい一本の棒が飛び出ている。
「そ~~れ、ぷっちん!」
真理愛は掛け声と共に指で棒を折ると、ぷるるんとゼリーが皿に落ちた。
「「ふぉぉぉぉぉぉ~~~!」」
実にいいリアクションだ。
「ミィミィも! ミィミィもやるのですぅ~!」
「あ! ずるっ! 私も! 私にもやらせてくれ……ください」
ミィミィとユノンが我先と手を伸ばす。
「へぇ~おもしろい菓子だね」
「本当ですね。はじめて見ました」
平静を装ってはいるものの、ステファルノもミーシェラも自分のゼリーをぷっちんする時は子供のような顔をしていて、真理愛はそれがおかしくて笑った。
ユノンは嬉しそうにゼリーを食べながら、自分がゼリーのようにふるふると震えている。
(……ユノンちゃんって、甘党なのかな?
今度一緒にお菓子食べたら仲良くなれるかな?)
ミィミィはゼリーのお皿を持ってくるくると回って『ゼリーを称える歌』を歌っている。
……喜んでもらえて何よりだ。
「あの……ところでスーさん」
「ん?なあに、マリア」
「あの、その……さっき、アースさんの所に、女の人、来てて」
「ん~?」
「ソフィーネ王女でございますね」
その場にいた、ミーシェラが説明してくれた。
「あ~ソフィーネ王女か。もう来たの?」
「あ、のその、ソフィーネ王女って」
「ソフィーネはカスタード王国の第二王女。
そして……アースフィアレスト卿の婚約者?」
ステファルノがミーシェラに確認すると、ミーシェラは首肯いた。
「そ、うなんだ」
ステファルノが、じっと真理愛を見つめてる。
(ふあああ、やばいやばい、にいちがに、ににがし、にさんがろく、にしがはち……)
「マリア?」
(読まないで! 頭ん中、読まないでスーさん! よくわかんないの! 嫌なの! )
「わかった! わかったからマリア!」
ステファルノは真理愛をぎゅうっと、抱きしめた。
(ふおぉぉっ! 抱き、抱きしめられた~)
「大丈夫、聞いてない。マリアの声、もう聞こえないから……」
(まじ……?よかったぁ)
耳元で、ステファルノの声を聞き、真理愛はほっと息をついた。
「……、ってうぇぇぇぇぇぇ!?」
抱きしめられていることに今さら気が付くと、真理愛はステファルノを押しのけた。
「すすすすすすすすいません!」
「やだなぁ、あやまらないでよ。」
「……コロス……」
代わりにステファルノに抱きついたユノンに睨まれ、真理愛はせっかく仲良くなれそうだったのに、と悲しくなった。
「ごめんね。ユノンちゃん……
今度きのこの形したチョコやくまの形したクッキーあげるから」
「ん。許す」
(ユノンちゃん……いい子でよかった)
真理愛はふうっと息を吐く。
(アースさんに婚約者かぁ……だよねーあんなハイスペックな人だもん。
お相手もお姫様とか、むぅー王道だよねぇ……
それにしても、追いかけてきたのかな?すごい情熱だな……
……愛されてるんだな、アースさん。
なんだか、ちょっとさみしくなったのは、なんでかな……
きっとあれだ、彼氏いない歴イコール年齢の私の妬みだ。嫉妬だ。うんそう。
いいなぁ……今度会ったらひやかしてやろう)
アースフィアレストに婚約者がいたという衝撃と、
ステファルノに抱きしめられた衝撃が相殺して、
感情が逆にフラットになってしまった真理愛を、
彼は複雑な思いで見つめるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、おやつ食べ比べから争奪戦という様相を呈してきたので退席し、ステファルノは自分の部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると
「ソフィーネ嬢……」
ソフィーネ王女が侍女と護衛を従え、正面から歩いてきた。
「ごきげんよう、ステファルノ様」
「……アースフィアレスト卿に会いにいってたの?」
「ええ、ご挨拶をしに」
「婚約者だものね」
そのステファルノの言葉に、ソフィーネの顔が一瞬愉悦の情を示した。
ほんのごくわずかな、その感情のゆらぎは普通の人ならば察知できないだろう。
「お恥ずかしいですわ。あまり人前で口外なさらないで下さいませ 」
「その言い方だと、もっと言ってほしいように聞こえるなぁ」
「お言葉ですが、ステファルノ様……」
「だまりなさい、ファーラ」
主人を侮蔑されたと思い、付き従っていた侍女が申し立てようとすると、ソフィーネはそれを窘めた。
「我がものが、失礼を申しましたわ。ステファルノ様」
「ふふ、君は相変わらずだね」
「ステファルノ様こそ。あまりいじめないで下さいませね」
両者とも見つめあって微笑んでいるが、目が笑ってない。
「……それではごきげんよう」
「……ああ」
すれ違い、しばらく歩いてステファルノは重い溜息をついた。
(なんだか、おもしろくないな)
その、『なんだか』はよくわからない。
アースフィアレストをねちねちからかってやろう。
そう、ステファルノは思うのだった。