【13】告白しました
「パリパリパリ……むほぉっ! これが『ぴざちーずあじ』というものなのですねっ!」
「そうですザーレッヘ学園長、パリパリパリ
これがジャンク界の至高! ポテチのピザチーズ味です」
「おおぅ……この波型に切られたポテトのなんという美しさ、所々に見え隠れするチーズの欠片の奥ゆかしさ、えもいわれぬスパイシーでミートでトメィトゥな香り、一言で濃厚と言い切るにはもったいないほどの複雑な味わい、ふむ実に美味であります。パリパリパリ」
「お気に召していただいて何よりです。パリパリパリ
ところでザーレッヘ学園長、私に何かお話があると伺ったのでしゅ……ですが?」
「……おう、そうでした。マリア嬢にお話があったのです。
その前に、そんなに固くならず口調を元に戻していただけますかな?」
「……はい、わかり、ました」
ザーレッヘ学園長はそれを見て微笑むと、名残惜しそうにポテチの袋をテーブルにおいた。
「マリア嬢は、元の世界に帰りたいですか?」
「え?」
いきなりそう問われ、不意をつかれた。
「なんで知ってるかって申しますとね、ステファルノ殿から聞きました。
あなたが天使だということも」
「そう、だったんですか」
「魂が異世界の人間と入れ替わっているなんて、最初は何の冗談かと思いましたですよ」
「……ですよね」
「でもまぁ、『ぴざちーずあじ』を食べた今となっては、それも納得するしかないでしょうね……じゃないと珍妙なこの袋、説明がつきません」
「あ、の……帰れるんでしょうか?私……」
「質問に質問で応えて申し訳ございません。マリア嬢、もう一度聞きます。
……帰りたいですか?」
――私、私、は。
真理愛は膝の上にのせていた両手を、きゅっと握った。
「ザーレッヘ先生……私、最初はきっと楽しんでたんだと思います」
「…………」
「こういうの、あ、異世界トリップとか転生っていうんですけど向こうの世界で。
ずっと、憧れてて……
リセット、じゃないけど新しく異世界で生まれ変われたら楽しいだろうなって」
「…………」
「いざそうなって、自分でも驚くくらい受け入れられちゃって……多分、いい人に出会ってきたからだと思います。観光気分っていうか、野次馬根性っていうか、なんでもめずらしくって……魔法とかも使えちゃうし、久しぶりにワクワクしちゃったりして」
色々と思い出したのだろう。微笑みながら話す真理愛。
言い終わり、そこで口を閉ざすと一瞬悲しそうな表情を浮かべた。
ザーレッヘは話を無理に促すようなことはせず、黙って聞いていた。
「でも……ここに来る途中、盗賊に襲われました。
無事でしたけど、私は何もできませんでした。魔法が使えるのに、何もできませんでした。
その時わかったんです。ああ、私はどこにいても私なんだなって。
……当たり前ですよね?ついこないだまで、平和な日本でぬくぬくと暮らしてこれて、
お母さんがパートで働いた給料からおこずかいもらって、お父さんの給料で養ってもらって、お、おねぇちゃんだって就職したばかりなのに、あ、あたしにお菓子とかスナック買って来てくれて、コロスケだって朝起こしにきてくれて、あたし、あたし、あたしなんも役に立ってないのに、みんな優しいから甘えちゃって、それが当然って思っちゃって、
ちょっとツラくなるとすぐ閉じこもっちゃって、子供みたいに逃げて、
でも嫌で、くるしくって、そこからも逃げたくって。
もっと上手くやれる世界に行きたくって。
なのに、願ってたはずの異世界に来ても私は、私は……
私、は、馬鹿です。
家族に会えなくなるかもしれないって、ちゃんとわかってなかった。
切り捨てようとさえしてた。
ずっと、ずっと一緒に暮らしてたのに。
きっといつか帰れる、って。
もし帰れなくてもここでしあわせになればいいじゃん、て軽く考えてた。
それのどこが悪いのって、開き直ろうとさえしてた。
だけど、
お母さんのお味噌汁が、飲みたいんです……
自分ちの匂いがする、ベッドに潜り込みたいんです……
お父さんが小さいころ買ってくれた、クマのぬいぐるみをギュってしたいんです……
……もっと、もっと、早く気付いてれば……
……ううん、もっとあっちでちゃんとしてれば……
あたし、あたし、
ホントに何もちゃんと考えてなかった……」
まるで懺悔のように言葉がつむぎだされていた。
元いた場所が不幸そうだとは思えない。
きっと、軽い気持ちで憧れていた場所に来て浮かれてたのだろう。
そしてその事を軽く考えてた自分を責めてるんだろうと、ザーレッヘは思った。
望んだのは確かかもしれないが、結果入れ替わったのは不可抗力だ。
ゆっくりと頭を撫でてあげると、その双眸からは涙があふれ、こらえてるせいで顔がくしゃりと歪み、その姿を見ると心が痛んだ。
「結論からいいますとね、マリア嬢
……今のこの世界では、異なる世界とつなぐ術はありません」
ポロリ、と涙がこぼれた。
「でも、マリア嬢……あなたの魔法は未知数です。
このポテチもどうして顕現したのか、私にもわかりません。
これが、貴女の記憶が再現されたものなのか、貴女の故郷から召喚されたものなのか
それを確かめ、調べる事はできます。その過程でもしくは……」
「ザーレッヘ先生……」
「期待を持たせてしまう選択を提示したのは私です。
帰れなかったと恨まれる覚悟もできてます。
それでも、私は貴女に、残してきた家族を
こういう形であきらめてほしくはないのですよ」
「…………」
「いずれ、この世界になじみ、大事な人ができて
帰れない故郷に折り合いをつけて過ごすしかないかもしれません。
それでも……そんな日がくるまで、あがいてみてください。
それが……そう願う気持ちが、あなたを救うと思いますよ」
「せ……んせぇ」
ひとしきり、泣いて。落ち着いた真理愛に
ザーレッヘは言った。
「大事だと思える人がいたら、隠さず話した方がいいですよ」
「はい……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パタンと扉が閉じ、
真理愛がいなくなったと同時に
ステファルノの姿がすっと現れた。
「盗み聞きは行儀がよくないですよ、ステファルノ」
「……意外でしたよ、先生がそういう守れない約束をするなんて」
「それは、君の願望でしょう? 守られてほしくないだけなんじゃないですか?」
「実験や研究の過程で危険な目にあわせたくない」
「この世界にいる方が危険だと思いますがねぇ」
「…………」
「大体、貴方が何とかすればいいだけじゃないですか」
「それ、は」
「……同胞には甘いですねぇ、マリア嬢がかわいそうです」
「違うっ‼ 僕はっ‼」
その先の言葉は出してはいけない。
唇を噛み、ステファルノは思いと言葉を封じ込めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――コンコン
ノックが響き、アースフィアレストが扉を開けると
真理愛とミーシェラが立っていた。
「どうかしたのか?」
「あ、あのね。アースさん、そしてミーシェラに、お話しがあるの」
――真理愛は、決めた
大事な人たちに、伝えようと。
だから、告白した。
自分はこの世界の人間ではない。天使なんかじゃない。
地球の、日本という国から来た、異世界人だと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その頃――
エレメンタル学園の門をくぐる一人の男がいた。
黒い髪、赤い瞳、黒縁の眼鏡。
ボサボサだった長い前髪は上に流し、綺麗にセットされている。
男は、門番に書簡を渡し、こう告げた。
「アドリアン・ジェルドです。今日からここの教員として赴任しました」
「ああ、お話は伺っております。どうぞ」
「ありがとう」
男は、門番に礼を言うと、気付かれないよう酷薄な笑みを浮かべた。