【12】学園生活のはじまり
エレメンタル学園での寄宿生活は、学年が上だったり、事情がある場合は個室もあるが、基本的に二人部屋だ。
ちなみに男女で居住エリアは分けておらず、男女の行き来もできる。
それは、家族で入寮している者や護衛をつけている者が少なからずいるからで、その分警備や規則は厳しく、破ったものは即退学、罰金など場合によっては収監もありうる。
なので、問題が起こることは極めて稀なのだ。
二人部屋に入ると、派手さはないが重厚な作りの机とベッド、クローゼットやチェストなどが左右対称に配置されていた。
真理愛は当然、侍女のミーシェラと一緒に暮らせるものと思ってたが、ミーシェラはそこにはいなかった。
不思議に思っていると、ステファルノが一人のエルフを連れてやってきた。
(ふおお、銀髪おかっぱ美少女エルフですか。マジですか。この世界って顔面偏差値高過ぎだと思うんだけど、どうなってんすか? ほんとマジでお願いします。普通の平たい顔の日本人の心が折れそうです)
「ヘンサチ? ヒラタイカオ? またマリアの頭の中は、
本当に訳がわからなことばかりだね」
クスクスと笑うステファルノ。
その一歩下がった後ろにいる14~5歳くらいのエルフの少女は、
睨みつけるような表情で真理愛を見つめている。
「マリア、紹介するよ。この子はユノンと言って、君のルームメイト兼、護衛だ」
「チョットマッテクダサイ」
「うん?」
「護衛なら、ちゃんとアースさんがいますヨ?」
「じゃあ、君はアースフィアレスト卿と一緒に寝泊まりするの?」
「え?」
「ん?」
「ぶぇええええええっ‼にゃ!にゃんでそうにゃるんでふか!?」
「えーー? だって、護衛だもん、離れていちゃイミないよね?」
ニヤニヤと笑うステファルノ
(ぐぅ……)
「あは、顔まっか。うん、だからね、お互いの護衛を交換しようって」
「…………」
「あ、よけいなこと、しちゃった?」
「ソ、ソンナコトナイデスヨ! オキヅカイ、イタダケテ、イタミイリマス」
「そう? じゃあよろしくね。 また明日教室で会おうね」
そう言って、ステファルノは実にいい笑顔を見せると
ユノンという少女を残し部屋を出て行った。
――二人きりになる、真理愛とユノン
「…………」
「…………」
「あ、の」
気まずい雰囲気に耐えきれず、話しかけようとしたら
「あああああああああああああああああああああっ!!」
ユノンがいきなり叫びだしたので、真理愛はビクッと飛び上がった。
「ああああああ捨てられたぁ!捨てられたぁ~~~~
ステファルノ様に捨てられてしまったぁぁぁぁぁぁ!!」
「えええちょっとまって、ちょっとまって! 何言ってるの?」
「せっかくステファルノ様の護衛という、栄誉が与えられたのに。お守りしながら身の回りのことや、あれやこれらあんなことやこんなことまでじっくりたっぷりご奉仕してさしあげようと思っていたのに、私は、私は、お役目を果たすこともできず、あああああああ!」
(――ワザと押し付けたな、スーさん)
真理愛はとりあえず、明日会ったら殴ろうと決めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ステファルノが自分の部屋に戻ると
ベッドの上で不機嫌そうに寝そべっているアースフィアレストがいた。
「機嫌が悪そうだね、アースフィアレスト卿」
「……ステファルノ殿、なぜそのようなお姿に?」
「ステファルノでいいよ~僕もアースフィアレストって呼ぶことにするね。
あ、『アースさん』の方がいいかな?」
「いや、それは」
「だよね~僕も君に『スーさん』って呼ばれるのはちょっとイヤかな」
ふふふ、とステファルノは笑った。
「それで」
「ああ、姿を変えたことね。ん~? だってさすがに8歳の姿じゃさすがにね。
飛び級もあるとはいえ、やっぱり目立っちゃうからねぇ」
「……いや、十分目立っていると思うが」
「あれ? そう?」
「…………」
気付いてないのか、と言いたかったが口をつぐんだ。
知っててやってると思ったからだ。
そんなアースフィアレストを見て、ステファルノは苦笑する。
「そんなにマリアが心配?」
「え?」
「大丈夫、彼女……ユノンはちょっとおかしい子だけど腕は確かだよ。
僕の護衛だからね。それに……おたくの影さんも外で見張ってるんでしょう?」
アースフィアレストはうなずいた。
「ねぇ、それよりもアースフィアレスト、僕は一人でもかまわないんだけど。
君だって個室の方がいいでしょう?」
「……いや、俺は一緒でかまわない」
「見張られてるみたいでやだなぁ~別にマリアの所にしのびこもうとかしないよ?」
「な!べ、べつに俺はっ!」
アースフィアレストは憮然としている。
「そんなに怖い顔しないでよ。僕たちルームメイトじゃない。仲良くしようよ」
くすくすとステファルノは笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――夜も更けて、
ここは、エレメンタル魔法学園があるファライカの街
さびれた酒場で、小太りの男は誰からも見られない席に座り
身をひそめるように背中を丸め、キョロキョロと周りを見渡しながら酒を飲んでいた。
背後から声がかかる。
黒く長いローブをはおり、フードを目深にかぶっているので
相手の男の外見はまったくわからない。
「……用意できましたか?」
「は、はいこれを。教員の採用通知書になります」
小太りの男が震える手で手紙を渡すと、それを受け取りすぐさま開封し、書かれている内容に目を通す。
「ふん、アドリアン・ジェルドですか。つまんない名ですねぇ」
「そ、それであの、娘の方は」
「……わかってます。すぐに会えますよ」
小太りの男はホッとしたように身体を弛緩させ、
用は済んだとばかりに残った酒を煽りその場を離れようとした、が
急にのどをかきむしり泡をふいて、テーブルに突っ伏すように倒れた。
「……お望み通り、会わせてやったろ?」
クククと笑い、目の前の物言わぬ男に話しかける。
(さて……後はこのアドリアン・ジェルドというやつを消せばいいか)
手に入れた書簡を胸元にしまうと、ローブの男は夜の闇に紛れていった。