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8:魔女は気まぐれでわがまま

「……魔女同士は?」

「えぇ、普通の人が相手だとたとえ王族といえど気分次第ですが、魔女の頼み事だと聞くみたいです。魔女は気まぐれとは言うけど、横の繋がりは大事にするんですね」


 意外ですね、とモアネットが己の発言に気付かずに話をすすめる。それどころか、魔術書を片手に、

「魔女が来たら、おもてなししないのは何より失礼なんですって」

 と魔女のマナーを二人に教えてしまう。


 とんだうっかりである。もはや迂闊と言える。

 これには天井を張っていたロバートソンとファッショナブルな友達も、ツツ……と降りてくる。もっとも、モアネットはそんな彼等の警告にも気付かずに魔術書を読んでいるのだが。


「……モアネット嬢、貴女も魔女だよな?」

「そうですね。アイディラ家は魔女の文字も忘れた家系ですが、私は文字も読めるし呪符も使えるわけですし。魔女仲間が来たらちゃんと歓迎……しな……きゃ……」


 己の発言の終わりあたりから嫌な予感を感じ−−ようやく感じ−−、モアネットの語尾が徐々に消えかかっていく。

 それと同時にモアネットの脳内を占めるのは「私の馬鹿……」という迂闊な己への罵倒である。なにせアレクシスとパーシヴァルがジッとこちらを見つめているのだ。

 その視線は瞳の色こそ違えど、どちらも言わんとしていることは同じ。だからこそ圧が凄い。ぐいぐいプレッシャーが掛かってくる。

 思わずモアネットがギゴゴと兜を鳴らしてそっぽを向き、鉄の手甲でそっと彼等の前へと地図を押しやった。

 そうして、


「……どうぞ、お気をつけて行ってらっしゃいませ。お土産は結構ですので」


 という言葉は、兜の中で反響してなんとも白々しい。


「モアネット、頼む! 一緒に着いてきてくれ!」

「嫌ですよ面倒くさい! ここまで調べてさしあげたんだから十分じゃないですか!」

「モアネット嬢、俺達だけで魔女のもとへ向かっても会えない可能性があるんだろう!? その間に王子の呪いが悪化したら!」

「諦めて死ねば良いんじゃないですかねぇ! 言っておきますけど、私呪ってはいませんけど許してるわけでもないんですからね!」


 喚くように拒否をし、モアネットがふいとそっぽを向いた。

 声を荒らげたせいで自分の声が兜の中で反響してうるさいが、今それを気にしている場合ではない。

 これ以上話を聞く気にはならない。脅すように呪符を手にすれば、声を出なくさせられると考えたのか二人がぐっと言葉を飲み込んだ。

 外に出るなんて御免だ。それも国を超えるなんて冗談じゃない。もとよりこんな古城に篭もるようになった原因の一端はアレクシスにあるのだ、そんな彼を助けてやる道理はない。

 むしろ狼に食い殺されるのを助けてやり、寝食を提供までしてやったのだから感謝して欲しいくらいである。こんな事なら、あの時扉を開けずに見捨てていればよかった。

 そう考え、モアネットが再度拒絶の言葉を口にしようとし……兜の中で息を呑んだ。


 アレクシスが深く頭を下げている。

 顔も見えないほどに深く。髪が真下に向かい、苦しいであろう態勢のまま、固まってしまったかのように頭を下げ続けている。

 王族が。第一王子が。かつて婚約を結んだ相手とは言え只の貴族の令嬢に、それも今や家族との親交は途絶え家系図から除名されているかもしれない令嬢に。

 深く、情けないと思えるほどに深く、頭を下げているのだ。

 隣にいるパーシヴァルが己の主の姿に心苦しげに瞳を細め……そして倣うように彼もまた頭を下げた。


「モアネット、頼む……君だけが頼りなんだ。絶対に無理はさせない、君の言うことは全て聞くと誓う。呪いを解かなくても良い、もしも解かれたら君が呪ってくれても構わない」

「アレクシス様……」

「誰に恨まれてるのか、僕は何をしてしまったのか、それを知りたいんだ。謝れるなら謝りたい、償えるなら償いたい。自己満足だと分かってる、モアネットに迷惑をかけるのなら本末転倒だ。それでも……」


 知りたいんだ。

 と、そうポツリと漏らされたアレクシスの言葉にモアネットはしばらく彼を見つめていた。深い茶色の髪が揺れ、かつて聞いた少年の声が脳裏によぎる。


 元より、モアネットはアレクシスに対してそこまで渦巻くような恨みは抱いていない。少なくとも今は、というべきかもしれないが、それでも彼に対する感情は薄れている。

 かといって許したわけではなく、それでいて心の底から恨んでいるわけでもない。


 そもそも発端は彼の言葉だとしても、当時の彼は自分と同様に幼かった。

 いくら王族の身分で影響力があるとはいえ、幼い少年の一言にその後の人生の責任を押し付ける気はない。己の過ちに気付いた彼が、誠心誠意謝罪の姿勢を見せ続けてくれたから尚の事。

 むしろモアネットの心に深く傷を負わせたのは、彼の言葉から続く一連の事。それが足枷になり、幾度か訪れた転換の機会に首を……兜を盾に振れなかった。

 だけど発端を担っているのもまた事実。だからこうやってモアネットは古城に篭っているのだ。


 なんとも絶妙なところだ。いっそ憎み恨んしまえれば楽なのかもしれない。

 そんなことを考え、モアネットが盛大に溜息をついた。


「宿は必ず一番いい部屋にしてください」

「……モアネット?」

「最上級のルームサービス付きで。それに機嫌が悪くなったら帰るかもしれないし、呪いの理由によっては相手に加担して悪化させるかもしれません」


 そう言い切り、モアネットが「それでも良いなら」と付け足した。


 他の魔女には興味があった。それも代々伝わる家系の魔女だ。話が出来ればきっと楽しいに違いないし、色々と教えてくれるだろう。

 それに、道中これでもかとわがままを言ってやろう。一番良い部屋に特上のルームサービス、もちろん行く先々で高級料理を食べて欲しい物を買わせる。

 快適な古城から引きずり出されるのだ、贅沢三昧する権利はある。彼等の財布事情など知るものか。

 魔女は気まぐれで気分屋、その恐ろしさを彼等に分からせてやろう。時には無様な不運を笑って、時には呪いを悪化させると脅してその反応を楽しんで、恩着せがましく旅を満喫してやればいい。きっと最高の気分だ。


 そう自分に言い聞かせ、そして最後に、


「それでも良いなら、私が隣国の魔女に会いに行くのに着いて来てもいいですよ」


 と告げれば、アレクシスとパーシヴァルが目を丸くさせ……そして安堵を交えた泣きそうな笑顔を浮かべた。


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