6:護衛騎士の真夜中の奇行
「大広間の床で寝るか地下のワインセラーで寝るか、どちらが良いですか? 外の小屋でも構いませんよ」
どうします? とモアネットが尋ねれば、パーシヴァルがそれはそれは鋭い瞳で睨んできた。
それに対してモアネットが兜の中で舌を出す。もちろん鉄越しなので見られるはずがないのだが、何か察したか彼の眉間に皺が寄った。勘のいい男だ。
「これだけの城だ、客室があるだろう」
「知らないんですかパーシヴァルさん、客室はお客様をお通しする部屋なんですよ」
嫌味たっぶりに「お前達は客じゃない」と告げてやれば、意図を察したパーシヴァルの眉間の皺がより深くなる。
たが押しかけた自覚はあるのだろう、ふんと不満気に視線をそらすことで終わりにしてしまった。彼の悔しげな表情に、モアネットの心の中で勝利の祝砲があがる、
「アレクシス王子はお疲れだ。早く客室に……静かで、床が抜けず、ベッドが崩壊せず、鳥が窓をぶち破って入ってくることもなく、上の階でタップダンス大会夜の部が開かれることもなく、隣室が深夜にパーティーを開いてサプライズのピエロが間違えて部屋に入ってくることもない客室に案内してくれ」
「ベッドが崩壊して、鳥が窓をぶち破って入ってきて、上の階でタップダンス大会夜の部が開かれて、隣室が深夜にパーティーを開いてサプライズのピエロが間違えて部屋に入って来たことがあるんですか?」
「……改めて聞いてくれるな、思い出す」
どうやら今あげた事例はほんの一部らしく、ここ一年まともに眠れていないとパーシヴァルが呟く。
その声色には疲労の色しかなく、モアネットの心の中で再び祝砲があげられた。紙吹雪と共に垂れる幕にはファンシーな文字で『ざまぁみろ』と書かれている。
彼等の弱り具合に思わず気分がよくなり、寛大になって宛てがったのは静かで床の抜けない客室。ごく稀にこの古城を訪れる人達に貸す部屋だ。
当然だが、ベッドが崩壊することも無ければ上の階でタップダンス大会夜の部が開かれることもない。隣室が突然パーティーを開いてサプライズのピエロが間違えて部屋に入って来ることだってない。鳥に関してのみ、森の中なので入ってくる可能性はあるが。
「アレクシス様はこの部屋を使ってください。パーシヴァルさんは隣の部屋をどうぞ」
「いや、俺もこの部屋で構わない」
「……………あっ」
「どうした?」
「いや、あの、分かりました。お、お気になさらず。シーツさえご自分達で洗って頂ければ問題ありませんので」
「嫌な気遣いするな。護衛だ、護衛」
ふざけるなと咎められ、モアネットが再び兜の中で舌を出す。
そんな二人のやりとりに対し、アレクシスは疲労を浮かべた表情で徐にベッドに近付くと、その造りや柔らかさを確認しだした。
「足は折れそうにないし、これなら底も抜けない」
「王子、布団と枕は?」
「うん、ダニも居ないみたい」
「失礼ですねぇ」
「王子、ベッドの下は俺が確認します」
「いや大丈夫。今回はカマを持った男も潜んでないし、血走った目の女性も居ないよ」
「だからそんな心配……今回は!? 前に潜まれたんですか!?」
なにそれ怖い! とモアネットが叫ぶ。
聞けば彼等はモアネットの古城に来る前もあちこち奔走していたという。その最中に泊まった宿で、妻の不貞現場を押さえ間男を殺してやらんと殺意を帯びた男に部屋違いで忍び込まれたり、行方を眩ませた男を執拗に追いかける女にこれまた部屋違いで忍び込まれたりしていたらしい。そのトラウマから、常にベッドの下まで確認するようになったのだという。
それを聞いてモアネットが唖然とする。さずかにこれは同情が勝ってざまぁみろとは思えない。
だからこそ腰から下げていたポーチから羊皮紙とペンを取り出し、サラサラと慣れた手つきで可愛らしいにゃんこを描いた。
そんな呪符をベッドの枕元に添える。
「なんて悍ましい生き物の絵だ……。そうかモアネット、この生物に襲われる夢を見ろということなんだね……」
「可愛いにゃんこ!」
「ご覧くださいアレクシス王子、この生物、顔の半分が崩れています。きっと夢の中で顔を焼き削がれてしまえという意味でしょう」
「ウインクする可愛いにゃんこ! それは呪い避けです!」
「「呪い避け?」」
声を揃えてオウム返しされ、モアネットがふんとそっぽを向いた。
といってもふんという鼻息は兜の厚みで遮られ、彼等には突如ギッと音をたてて兜が向きを変えたにしか見えないのだが。
ちなみにこのウインクする可愛いにゃんこの呪符は、間違いなく呪い避けである。
もっとも呪い避けといえど万年効くわけではなく、効果はせいぜい半日。それもモアネットが寝たり離れれば効果は薄くなってしまう。
魔術といえど、世界中どこにいても万全の威力……なんてものではないのだ。とりわけ、長く魔術に関わらずにいたアイディラ家の血なら尚の事。
そのうえ呪いの犯人と真相がわからないのだから、振りかかる災を弾くのが精いっぱいだ。
「それでも、今夜一晩くらいの安眠は守れますよ」
そうモアネットが教えてやれば、パーシヴァルが感心と僅かな安堵を含んだ小さな息を漏らし、アレクシスが表情を和らげ……そしてまるで意識を失うかのようにベッドに倒れこんだ。
直後に寝息が聞こえてくるのだから、相当疲労が溜まっていたのだろう。身体も、心も。
「そういうわけですから、パーシヴァルさんも隣の部屋で寝たらどうですか?」
「いや、俺はここに残る」
きっぱりと断るパーシヴァルに、モアネットが強情なものだと肩を竦めて部屋を出て行った。
それから二時間後、自室で調べものをしていたモアネットは部屋着の上に鎧を纏い、再びアレクシス達の客室へと向かった。
客室の扉を控えめに叩けば、しばらくしてゆっくりと扉が開かれる。顔を覗かせたのはパーシヴァルだ。
「お楽しみのところ申し訳ありません」
「………ん? どうした?」
「え、いや……さっきのより強い呪い避けの術式があったんで、呪符を交換しておこうと思って」
「………そうか。うん。なら頼む」
間延びした返答と共にパーシヴァルが扉を開ける。てっきり睨みつけてくるか嫌味の一つでも返してくるかと思ったのに、なんとも拍子抜けではないか。
なんだか調子が狂うとモアネットが呟きつつ、それでも室内に足を踏み入れた。
アレクシスの寝息が聞こえる。随分と熟睡しているようで、これは明日の朝までグッスリどころか朝と言える時間帯に起きてくれば良い方だ。
「この呪符なら、明日の昼までアレクシス様が寝てても……パーシヴァルさん?」
聞いてます?とモアネットが問えば、ソファーに身を預けていたパーシヴァルが十数秒たってから「あぁ、聞いてる」と返してきた。
その返答の遅さと声色から全く聞いていなかったことが分かり、モアネットが失礼な人だと彼を睨み付ける。
だが次の瞬間に目を丸くさせたのは、パーシヴァルがこっちに来いと手招きしているからだ。
人の話も聞かずにこの態度。なんとも失礼だと思いつつ、それでもモアネットが彼に近付き……グイと腕を、正確に言うのなら鎧の籠手を掴まれ強引に抱き寄せられた。
モアネットの身体が……もとい鎧が彼の胸板にぶつかり逞しい腕に包まれる。
「パーシヴァルさん!?」
「モアネット嬢……」
「な、なにをするんですか!」
「モアネット嬢、貴女はなんて良い子なんだ」
「……はぁ?」
「わざわざ調べてくれたんだな、モアネット嬢は優しくて良い子だなぁ」
「あ、あの、パーシヴァルさん?」
グリグリと大きな手で兜を撫でられ、モアネットが意味が分からないと目を白黒とさせた。
なにせ今のパーシヴァルは日中とは大違い「優しいな」「ありがとうな」と好意の言葉をこれでもかと口にして、抱きしめて兜を撫でてくるのだ。
これで驚くなという方が無理な話。
ちなみに抱きしめられていても鉄の鎧が体温一つ通さないので、胸の高鳴りとかは一切ない。むしろパーシヴァルが褒めれば褒めるほどモアネットの体温が下がっていく。無論、薄ら寒さで。
「モアネット嬢、ありがとうな。貴女は優しい人だ」
「パーシヴァルさん、正気に戻ってください……!」
「呪符も作り直してくれたんだな。本当に可愛いにゃんこだ、貴女は絵が上手い」
「どうしたんですかパーシヴァルさん、死ぬの!?」
死ぬなら他所で死んで!とモアネットが悲鳴を上げるも、パーシヴァルは上機嫌で褒め続け、きつく抱き締めグリグリと兜を撫で続けていた。
それから十五分後。
「……たまに、あぁなるんだ」
ソファーに腰掛け俯き、そのうえ顔を両手で覆いパーシヴァルが説明する。纏う空気の重苦しさといったらない。
そんな彼の目の前に立ち、モアネットが「たまにって?」と尋ねた。
「……眠い時とか」
「寝てください」
「いや、でも王子を」
「今、すぐに、寝ろ」
モアネットが一刀両断すれば、パーシヴァルが「護衛が……」と呟いたのち、モアネットの姿をチラと一瞥して大人しく隣室へと向かった。
きっと我に返り自分の行為を冷静に考え――賢者タイムである――そしてモアネットの惨状に非を感じ、大人しく寝る気になったのだろう。
……この、散々撫で繰り回されて指紋だらけになったモアネットの姿を見て。
※案内 2016/06/05※
第一話冒頭を変更致しました。
『社交界デビュー』→『彼と初めて顔を合わせた日』に変更し、当時のモアネットとアレクシスの年齢を下げています。(当時の二人に対し『幼い』という表現も付け加えました)
根幹に関わる重要なシーンを変更してしまい、申し訳ありませんでした。