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【書籍・コミカライズ】重装令嬢モアネット〜かけた覚えのない呪いの解き方〜  作者: さき
本編~かけた覚えのない呪いの解き方~

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53:決断の時Ⅳ

 


「なんで……」


 と呟いたのはどちらか。

 扉から出てきたエミリアとローデルは待ち構える面々に驚愕の表情を浮かべていた。とりわけ、その場に居る全身鎧を見て目を見開いたのは、先程まで話をしていた全身鎧が空だったと気付かされたからだろう。

 騙されたと察してローデルの表情が険しくなり、姉が無事だったと察してエミリアが僅かに安堵する。

 対極的な反応を見せた二人だが、次の瞬間揃えたように怯えの色を浮かべたのは、「よぉ、お二人さん」とオルドが声を掛けたからだ。軽い口調は勝利を確信してか、それとも己の余裕を誇示するためか。なんにせよ、この状況下でこの態度なのだからなんともオルドらしいとモアネットが兜の中で溜息を吐いた。

 そんなオルドを見て、そして彼の隣に立つアレクシスに視線をやり、エミリアとローデルが顔を青ざめさせる。


「二人揃って仲睦まじく登場とはな」


 クツクツと笑いながらオルドが二人に視線を向ける。

 随分と楽しげだが、ここまで計画通りに進んでいることがよっぽど面白いのだろう。もっとも、笑みを浮かべてこそいるものの、一瞬だが瞳を細めてポツリと漏らした「これが呪いか」という声色は深く、警戒の色を宿していた。誰も気付かないほんの一瞬だ、次いですぐさま普段通りの悪どい笑みに戻ってしまう。

 その笑みと掛けられた言葉に、ローデルが困惑しながらも憎らしげに睨みつけて返した。そうしてオルドと同様にアレクシスさえも睨みつける。


「兄上、自分が何をしようとしているのか分かっているんですか?」

「あぁ、分かってるよ」

「こんな事、国民に対して、それどころか父や母への裏切りですよ!」


 責めるような声色のローデルの訴えに、アレクシスが彼を見据え……ただ一言「分かってる」とだけ返した。その声色に迷いを吹っ切るような勢いはなく、躊躇っているような色もない。熱さも冷ややかさも無い、ただ淡々とした口調。

 それを聞き、ローデルの瞳が見開かれた。

 ついで彼の眉間に皺が寄りついには視線を逸らしてしまったのは、きっとこの一年間を、アレクシスにとって苦痛でしかない一年間を思い出したのだろう。

 その隣では、己が引き起こした事の重さを痛感しアレクシスを見ることも辛いとエミリアが俯く。


「でも兄上、全ては魔女の……」

「それも分かってる。確かに全て魔女のせいだ。だけど魔女は昔から居た。魔女を味方につけたこの反逆も、いつだって起こり得たことだ」

「そんな、兄上……」

「王族内の継承争いも、継承権剥奪も、それだけを見れば有り得ない話じゃない。今回はそれに魔女の呪いが関与しただけ。それだって起こりえない話じゃないし……いずれ起こっていた事かもしれない」


 そう淡々と話し、次いでアレクシスがオルドを見上げた。

 何かを言及するようなその瞳に、視線で問われたオルドが悪どい笑みを浮かべて肩を竦める。茶色の瞳を楽しげに歪め「最終手段だけどな」と答えるのは、言わずもがな肯定しているのだ。

 つまり、オルドは元より魔女を味方につけるつもりでいた。ゆえに彼は、魔女の存在が伝聞でしかないこの国において『魔女のもてなしは難しい』と知っていたのだ。

 だが魔女は容易に扱えるものではなく、下手をすれば喰われかねない。そもそも魔女が気乗りしなければ会うことすら出来ないのだ。ゆえにオルドにとって魔女はあくまで最終手段、そう考えていた中でこの騒動である。


「元々モアネットには目をつけていたが、魔女としての力量が定かじゃなかったからな。モアネットか他所の魔女か、ご機嫌取りをするにはどの魔女が良いかと考えていたところだ」

「……そうして、魔女を引き連れた僕を拾った」

「あぁ、最高の拾いもんだ。欲しい物が全て手に入った」


 クツクツと笑いながら話すオルドに、その野心に対して呆れたと言いたげにアレクシスが肩を竦めた。

 これにはモアネットもジーナと顔を見合わせて溜息をつき、警戒の色を示していたパーシヴァルさえもどこか呆れの表情を浮かべている。魔女の魔術に目をつけていた彼が、魔女の騒動により魔女と魔女殺しを味方につけ、望み続けた玉座を手に入れる……。

 なんという強運だろうか。もしやオルドもエミリアと同じように魔術を使えるのでは……そんな事をモアネットが考えるも、同じ事を考えたのだろうジーナが肩を竦めつつ否定した。


「たまにオルドのような強運の持ち主がいるのよ。魔女も魔女の呪いも勝利の女神も、何もかも己の強運で絡め取るの」


 そう溜息混じりに話すジーナの言葉に、オルドが楽しげに笑みを浮かべた。

 肩を竦めてわざとらしく「それ程じゃないさ」と告げる謙遜のなんと嫌味なことが。

 そんなオルドをアレクシスが見上げ、次いでローデルへと視線を向けた。


「ローデル、僕達はこれぐらいの考えを持っているべきだったんだ」

「これぐらいの、とは?」

「魔女がいるこの世界の王族に生まれたのに、魔女への対策を何一つしなかった。利にも害にもならないと決めつけて、魔女を度外視して国を収めようとしていた」

「だけど、それが魔女というもので……」

「その考えが駄目だったんだ」


 魔女は人でありながら一線を画した、自分達とは別世界の存在だと考えていた。存在を知っていてなおどこか作り話のようなものだと、こちらからちょっかいをかけなければ関係のないものだと決めつけていたのだ。

 現に、どの国の魔女も己の領地に篭って研究に没頭する者ばかりで、とりわけアイディラ家はとうの昔に魔女の名を捨てている。魔女に対しての認識が浅いと言えるだろう。


 それだけではない、オルドに対しても同じである。

 彼が玉座を諦めていないことを知っていて、王宮から追放するだけに留めておいた。いつか彼も丸くなるだろうと、そんな事を考えて頭を痛める程度でこの問題を終いにしていたのだ。

 その間もオルドは辺境の地を統治し、戦力を固め、果てには魔女を味方につける策すら練っていたというのに。


 それらが今回の反逆を招いたというのなら、これを油断と言わずに何と言うのか。

 そうアレクシスが告げる。その声は変わらず淡々としており、ローデルを見る視線には感情一つ宿していない。


「確かに全て魔女のせいだ。だけど全てが魔女のせいで進んでしまったのは、この国が油断していたから。油断の末に、平穏の上に胡座をかいていた王族が玉座を奪われる、有り得ない話じゃない。僕は今回のことをそう考えることにした。……だけど、それとは別に」


 言いかけアレクシスが深く息を吐いた。

 そうして一度瞳を閉じる。まるで己の中の考えをまとめるかのような僅かな間に、誰もが彼に視線をやった。

 次いで彼は周囲の視線を一身に受けつつ、深い茶色の瞳をゆっくりと開き……、


「それとは別に、こんな国は滅びてしまえと思う。これは王族も何も関係ない、魔女のせいだと知っても晴れないお前達への恨みだ」


 と、言い捨てた。

 そうして言い切るやローデルから視線を外し、それどころか背を向けてパーシヴァルに警備の手筈を確認しだす。もはや興味はないと言いたいのだろう。

 それを察したローデルが息を呑み、次いでエミリアに向き直った。請うように手を握りしめれば、エミリアの肩が震える。


「……エミリア、魔術を使ってくれ」

「ローデル様……」

「この国を救えるのはもう君だけだ。魔術を使ってこの国を守ってくれ!」


 そう縋る様に声を荒らげ、ローデルがエミリアの手を握りしめる。

『守ってくれ』と、その願いはローデルの本心だろう。魔女に対し油断し、魔女の魔術により兄に不信を抱き、魔女の願いのために王位を継いだ。それでもなお、国を守るために魔女に縋る。

 かつてアレクシスが国を愛する良き王子と言われていたが、ローデルもまた兄と同じように国を想っていたのだ。ゆえに彼はこの反逆を受け、魔女を頼ってでも国を守るべきだと考えた。

 だがエミリアの表情には怯えの色しかなく、ローデルに迫られて眉尻を下げ僅かに後ずさった。


「……ローデル様、でも私は」

「エミリア、頼む。どんな魔術でもいいから!」


 ローデルが声をあげ、離すまいとより強くエミリアの手を握った。痛みすら感じたのか、エミリアの怯えきった表情に僅かに苦痛の色が混ざる。

 そんな二人のやりとりに、モアネットはこれ以上エミリアを惑わせまいとローデルを止めようとし、それより先に動いたアレクシスに出かけた言葉を飲み込んだ。

 先程まで冷ややかとさえ言える表情を浮かべていたアレクシスは痛々しげに表情を歪め、それでも迷いなく真っすぐにローデルの元へと駆け寄ると握りしめた拳を振りかぶり……低く鈍い音を響かせた。


「ローデル様!」


 殴打の音にエミリアの悲鳴が被さり、アレクシスに殴られたローデルが崩れるように倒れこんだ。眼前で行われた暴力行為にエミリアがより表情を青ざめさせ、慌ててローデルに寄り添うようにしゃがみ込むと彼の頬に手を当てる。

 次いでエミリアは怯えの表情をアレクシスに向けたが、対してアレクシスはこれ以上暴力を振るう気はないと言いたげに深く息を吐き、オルドの部下にローデルを捕縛するよう伝えた。


「不穏な動きはもうしないと思うけど、念の為に……」


 そう告げるアレクシスの声色は低く、落ち着きを取り繕えないのか僅かに呼吸が早い。だが彼は周囲の視線に気づくとパタパタと軽く手を振り、「慣れないことはするもんじゃないね」と肩を竦めておどけてみせた。

 それが強がりなのは誰が見ても明らかだ。許さないと心に決めたとはいえ、根は優しいのだ。弟を――それも魔女に縋ってでも国を守ろうとした弟を――殴れば彼の胸が痛まないわけがない。

 だからこそモアネットは兜の中で瞳を細め、必死に笑みを浮かべようとする彼に労いの視線を向けた


「手を痛めたらどうするんですか」

「そうだね。次に誰かを殴るときはモアネットの手甲を借りなくちゃ」


 はは……と作り笑いを浮かべてアレクシスが頭を掻く。

 そんな彼に対し、オルドが不敵に笑い「助けたか」と小声で話しかけた。次いで彼は己の部下に対し、軽く片手を下げることで何かを命じる。

 その意味が分からずモアネットがギシと兜を傾げるが、アレクシスは意図を察したのだろう苦笑を強めて肩を竦めた。


「さすがにそこまでは割り切れないよ。パーシヴァル、もう大丈夫だから剣を戻して」

「……畏まりました」


 落ち着き払ったどころか冷ややかささえ漂わせる彼等のやりとりに、モアネットが慌ててパーシヴァルに視線をやった。見れば彼の手は腰に下げられている剣の柄に触れており、覗いている刃がゆっくりと鞘に収められた。

 オルドの部下も同様に剣を戻し、それどころかオルドさえもが「使わずに終わったか」と胸元から取り出した短刀を手に笑みを浮かべている。

 もちろん、それらすべてがエミリアとローデルを切り倒すためのものなのは言うまでもない。あの瞬間、誰もが魔女の魔術を警戒し武器を手に取ったのだ。

 だがその刃がローデル達に向かうより先に、アレクシスが拳を振り上げた。それを「助けた」と言われ、アレクシスが否定出来ないと苦笑で返す。

 いくら割り切り許さないと決めたとしても、目の前で弟が殺されるのを大人しく眺めていられるわけがない。


 次いでアレクシスがまるで場を譲るかのようにモアネットに視線を向けてきたのは、きっと自分がローデルと片をつけたから次は……という意味なのだろう。

 それを察し、モアネットが鉄で覆われた足でエミリアに歩み寄った。


「エミリア、どうか大人しく捕まって」

「……モアネットお姉様」

「私もオルド様につくと決めた。エミリアが抵抗するなら魔女として迎え撃つ覚悟はしてる。……でも、出来ればそんなことはしたくないから」


 だから、とモアネットが促す。それを聞くエミリアの瞳には涙が溜まり、まるでこの世の終わりを突き付けられたかのように青ざめている。

 それでも己を落ち着かせるように深く息を吐き、震える声で「わかりました」と呟くように答えた。


「お姉様とアレクシス様を傷つけ、ローデル様やこの国をも巻き込んだ。……許されることではないと分かっています」

「エミリア……」


 瞳を伏せて降伏を告げるエミリアに、モアネットが兜の中で深く息を吐いた。


 良かった、エミリアが分かってくれた……。


 そう胸に安堵が湧き上がる。

 囚えた後はオルドに託すと決めたが、流石に彼もエミリアを酷い目には合わせないだろう。そもそも、オルドはエミリアに対して恨みも何もないのだ。――彼のことだ、恨みどころか嫌味たっぷりに感謝するかもしれない――

 彼はきっと、エミリアに対して利用価値があると判断する。少なくとも、モアネットに対してエミリアの安否は最高のカードになるのだから、手放す(殺す)ようなことはしないはずだ。


 そう考え、モアネットが漂う終幕の空気に安堵の息を吐き……、



「魔女なら俺が手元で管理したほうが良いな。来いエミリア、妾くらいにはしてやる」



 というオルドの言葉とエミリアへと差し伸べられた彼の手に、咄嗟に息を呑んで兜を上げた。

「えっ……」と、喉から掠れた声が漏れる。

 だが次の瞬間には浮かんだ疑問が頭の中でグニャリと歪み、次いで体の内を押し潰されるような不快感を覚えた。流れる血が脈打つような、呼吸さえもままならないほどの胸のざわつき。

 だがそれはほんの一瞬のことで、それが消えるや湧いた疑問は全て「あぁ、良かった」と安堵に上書きされた。疑問に思うことなど何もないじゃないか、そう思考を包むような声が頭の中に聞こえてくる。



 ……そうだ、良かった。オルド様がエミリアを見張ってくれる。

 妾でも十分じゃないか。捕虜でもなく妾にするのだから、きっと大事にしてくれるだろう。

 オルド様のことだ、多少の我が儘も聞いてくれるかもしれない。

 エミリアの安全は保証されるんだ。

 エミリアがオルド様のそばに居れば、これからはいつも一緒に居られる。良かった、これで良かったんだ。



 そう「良かった」という考えが次から次へと浮かぶ。なんて素晴らしい結末だろうか、そんな感動さえ胸に湧くのだ。

 視界の隅ではジーナが喉元を押さえ何かを訴えようとしているが、口を動かすだけで声にはなっていない。喉を痛めたのだろうか、心配だ。

 そうモアネットがジーナを案じつつ、エミリアへと向き直った。

 差し出されるオルドの手に、エミリアは困惑を顕に後ずさるだけだ。早く手を取れば良いのに、そうモアネットが心の中で急かす。


「なんで……オルド様、どうして」

「何を迷うことがある。俺の手を取れ、俺のものになれ、エミリア」

「いや……もういや……モアネットお姉様……」


 エミリアが震える声でモアネットを呼ぶ。その胸元が淡く輝きだし、それを見てエミリアが顔を青ざめさせて慌てるように服の内を探った。

 いったい何をしているのか、いまだ躊躇い恐怖の色を浮かべるエミリアをモアネットが兜越しに見つめる。

 今更ネックレスなど取り出して何になるのか、早くオルドの手を取るべきなのに……。


 そうモアネットが微睡みの中で考え、エミリアを促すために口を開き……、


「…………断ち切って……パーシヴァルさん!」


 僅かに残った意識を手繰り寄せ、叫ぶように魔女殺しの名を呼んだ。


 その瞬間、モアネットの真横を一つの影がすり抜ける。金の髪を揺らし駆ける、その動きのなんと速いことか。

 モアネットも、エミリアに手を差し伸べていたオルドやそれを見守っていたアレクシスでさえも制止も出来ぬ速さ。

 そうして彼は迷うこと無くエミリアへと向かい、手の中にあるものを出せと声を荒らげると共に剣を引き抜いた。



 悲鳴と共に何かが割れる高い音が響く。

 その瞬間を、モアネットは視界の一部を遮る鉄が邪魔だと、何も出来なかったのならせめて遮るものなくこの一連を目に焼き付けるべきだったと、未だ兜で顔を隠す己を悔やみながら見届けた。



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