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【書籍・コミカライズ】重装令嬢モアネット〜かけた覚えのない呪いの解き方〜  作者: さき
本編~かけた覚えのない呪いの解き方~

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49/62

49:前夜

 休息の時間が穏やかであればあるほど、あっという間に過ぎてしまう。


 そうして迎えた決断の前夜。

 モアネットは屋敷の庭園で一人夜空を眺めていた。屋敷の明かりが程よく届き、それでいて屋敷内からも外からもどこか隔離された空気が流れる。落ち着くには最適だ。そのうえこの一角は庭園の中でも随分と入り組んだところにあり、用も無く立ち寄る者はそういないだろう。

 夜間でも人の行き来が絶えないこの屋敷において、これほどまで静かに一人でいられる場所は少ない。

 オルドが教えてくれた場所だ。その時の彼の「考え事には最適な場所だ」という落ち着き払った声を思い出す。

 そんな場所で一人夜風に吹かれ……、


「モアネット嬢?」


 と名を呼ばれ、聞こえてきた声を追うように周囲を見回した。

 二階のテラスから身を乗り出す様にこちらを見下ろすのはパーシヴァル。彼はモアネットの視線が兜越しながらに自分を見つけたことを悟ったのか、軽く手を振り……わざとらしい素振りで躊躇うように首を傾げた。


「……待てよ、もしかしたら鎧が勝手に動いてるだけかもしれない。中にはちゃんとモアネット嬢が入ってるのか?」

「入ってますよ。失礼ですね」


 茶化すようなパーシヴァルの言葉に、モアネットが不満を露わにそっぽを向いた。

 そんな態度もまた面白かったのか、頭上からパーシヴァルがクツクツと笑みを噛み殺す音が聞こえてくる。きっそさぞや楽しげな表情をしていることだろう。


「モアネット嬢、そっちに行っても?」

「どうぞご自由に。でも結構入り組んだ場所だから、辿り着くのは……」


 大変ですよ、と言いかけてモアネットが言葉を飲み込んだ。

 ザァと吹き抜けた風と共に視界に影が掛かる。慌てて兜を上げれば、夜の闇を背景に金の髪が映った。

 パーシヴァルの体がふわりと空を横切り、こちらに向かってくる。その身軽さは「降りる」というより「飛ぶ」に近い。

 そうして彼はモアネットの近くへと降り立つと、さも平然と空を横切ることで僅かに翻った上着を正した。その着地もまた軽々といったもので、当然のように緊張した様子もなく汗一つかいていない。

 とうてい建物一階分の高さを飛び降りたとは思えない。階段を一段下がった、その程度とでも言いたげなのだ。

 その様子に見惚れるように唖然としていたモアネットだが、はたと我に返るや、


「あ……危ないですよ」


 と彼を咎めた。


「そうか? これぐらいの高さならどうってことないだろ」

「明日を前に怪我をしたらどうするんですか。骨折したって引き摺って連れていきますからね!」


 そうモアネットが喚けば、パーシヴァルが不味いと感じたのか宥めはじめた。

 次いで分かりやすく「ところで」と話を変えてくる。


「ところで、その……モアネット嬢はここで何をしてたんだ?」

「私は安全に(・・・)月光浴です。安全に(・・・)怪我する要素無く(・・・・・・・・)

「そ、そうだな。安全が一番だ」


 モアネットの言葉から圧力でも感じたのだろう、パーシヴァルが乾いた笑いを浮かべる。

 そうして彼はゆっくりと息を吐き、改めるように「明日だもんな」と呟いた。その言葉に、モアネットがキシと兜を揺らして頷く。


 明日だ。

 明日、オルドの指揮のもと王宮へと向かう。

 早朝の日も登りきらぬうちを狙うのは、エミリアが朝が苦手だからだ。何度忠告してもおまじないだのお祈りだのと中々ベッドに入らず、翌朝大きな欠伸をして眠たそうに目を擦る彼女の姿が脳裏に蘇る。

 温かな思い出だった。だがそれも今はモアネットの胸を締め付ける。


 だがそんな思いに胸を痛めるのも今夜で最後だ。

 明日全てが終わる。いや、終わらせる。


 そう考えてモアネットが深く息を吐き、次いで窺うようにパーシヴァルを見上げた。


「パーシヴァルさんは、全て終わったらどうします?」

「毎日レンガに似たもので殴られる日々を過ごす」

「……そうでしたね」


 相変わらずな彼の返答に、モアネットが鎧の中で肩を竦めた。

 この場においても『レンガに似たもの』なんて話をしてくるのだ。なんて緊張感の無い人だ……そうモアネットが呆れるように溜息をつきかけ……そして息を呑んだ。

 パーシヴァルの瞳が細まり、まるで愛しむかのようにジッとこちらを見つめている。


 普段なら他者に見られているだけで鼓動が早まり冷汗が伝うのに、どうしてか今だけは寒気がしない。

 それでも鼓動は早まり、不思議と胸の奥が熱くなっていく……。


「……パーシヴァルさん」

「毎日、レンガに似たもので殴られるんだ」

「そ、そうですね…」

「それなら、毎日モアネット嬢に会えるだろ」


 そう告げてくるパーシヴァルの言葉は落ち着き払った中に嬉しそうな色合いを隠しきれておらず、それを聞いたモアネットが兜の中で瞳を瞬かせた。

 普段の悪戯っぽく軽口を叩く時とも護衛騎士として話すときの真剣な表情とも違う。もちろん初めて会った時の、あの絶望と恐怖を敵意で取り繕っていた時の表情とも違う。

 純粋に嬉しそうであどけなく、どことなく幼く見える。

 そんな彼の笑顔に当てられ、モアネットが慌てて兜をそむけた。


「ま、毎日なんて……魔女は忙しいんですよ! パーシヴァルさんは遠隔操作したレンガに似たもので殴ります!」

「確かにあの魔術なら出来そうだな。それでだな、モアネット嬢……」


 これを……と何やら途端に歯切れが悪くなり、パーシヴァルが小さな箱を差し出してきた。

 彼の片手に収まってしまう程の小さな箱。中にはいったい何が入っているのか、それでも箱の作りが随分としっかりしているあたり大事なものが入っているのだろう。

 それを差し出され、モアネットが小箱とパーシヴァルを交互に見やった。


「これは?」

「……レンガに似たものだ」

「レンガに似たもの!? まさか本当にあるんですか!」


 モアネットが慌てて小箱に視線をやる。

 まさか本当に『レンガに似たもの』を用意するなんて思わなかったのだ。そんなモアネットの反応に、対してパーシヴァルはどこか落ち着きがない。

 それどころかモアネットが中を尋ねても答えず、受け取るように促してくる。

 自分で開けて中味を確認しろということなのだろうか? これにはモアネットも兜を傾げつつ、促されるままに小箱を受け取った。

 綺麗なリボンが巻かれている。手にすると意外に軽く『レンガに似たもの』とは到底思えない。

 だが小箱を眺めても重さを量っても中を透かして見ることは出来ず、ならばとモアネットがリボンを解いてそっと箱の蓋を開け……。


「これって……」


 と、小さく呟いた。


 箱の中にちょこんと納まるのは一輪の花。生花ではない、だがその美しさと細かな細工は生花にも負けぬ美しさと気高さを纏っている。

 銀色の花びらには淡い色合いの石が散りばめられ、蓋が開かれたことで注ぐ光を受け輝く様のなんと魅力的なことか。モアネットがそっと手に取れば、軽い揺れでまた光の色合いが変わりより一層輝きだしたように感じられる。

 それでいて軽く、髪に飾っでも主の苦にも負担にもならないだろう。


 この花を覚えている。

 国境の街で見かけ、そして自分には似合わないと諦めた……あの、髪飾りの花だ。


「パーシヴァルさん、これ……」

「……レンガに似てるだろ」


 ふいとパーシヴァルがそっぽを向く。

 それに対してモアネットは兜の中でキョトンと目を丸くさせ、次いで己の手の中にある髪飾りに視線をやった。

 もちろん、レンガになど一切似ていないからだ。だというのに彼は念を押す様に「レンガに似てる」と言い張ってくる。

 思わずモアネットがどうしたものかと困惑の色を浮かべれば、兜越しでもそれを悟ったのかパーシヴァルがコホンと咳払いをした。


「それが『レンガに似てるもの』だ。だから……」

「だから?」

「……だから、全てが終わったら俺を殴るためにそれを受け取ってくれ」


 そう告げてくるパーシヴァルの声はどこか上擦っており、彼がどれだけ緊張しているのかが分かる。

 だが生憎と今のモアネットにはそれを冷静に察する余裕も、ましてや茶化す余裕もない。なにせ碧色の瞳がジッと自分を捉え、それどころか彼の視線は兜を超えて『鎧の中にいるモアネット』の胸に直接響きかねないほどなのだ。

 真剣で、熱っぽく、そして彼の余裕の無さがモアネットの胸を締め付ける。


 自分の余裕も削られていく。

 頬が熱く、鼓動が痛いくらいに早鐘を打つ。


 気を抜けば心ごと溶けてしまいそうだ。

 今まで一人古城で暮らしていたモアネットは胸に湧くこの感情の名を知らず、それでも手の中の花へと視線をやった。

 自分には似合わないと諦めた髪飾り。銀一色の兜につけたところで可愛さなど感じさせないが、かといって兜の中で着けたところで誰の目にも映らない。

 どちらにせよ宝の持ち腐れ、自分が持つのはこの髪飾りに失礼だとさえ感じていた。


 だけど、とモアネットの中で今まで考えもしなかった選択肢が浮かぶ。


 兜を被らずに、己を隠さずに、この髪飾りを髪に乗せたら……。


 そんな事を考えモアネットが手の中の花を見つめ、次いでパーシヴァルが様子を窺うような視線を向けていることに気付いて顔を上げた。

 照れくさそうに、それでいてどこか不安げな表情が「受け取ってくれるだろうか?」とこちらの返事を求めているように見えてならない。普段の表情とも、先程の純粋な笑顔とも違い、なんだか少し情けなくてそして可愛らしい。

 思わずモアネットが兜の中で小さく笑みを零し、次いで髪飾りを箱に戻した。傷付かないようにそっと中に入れ、ゆっくりと蓋を閉めてリボンを巻きなおす。


「そうですね、言われてみれば確かにレンガに似てるかもしれません」

「そうか……あぁ、そうだよな。似てるだろ」

「仕方ないから、全てが終わったらこれで毎日パーシヴァルさんを殴ってあげます」


 そうモアネットが答えれば、パーシヴァルが嬉しそうに笑って頷いた。

 





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